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流離の葛篭・溝出:最終話

静かな静かな午後の日溜まりのなか、周さんが珈琲を淹れる音だけが店先に響いてる。天星珈琲は、挽きたて淹れたてが自慢なんだそうだ。

香ばしくて馥郁とした香りが、じわじわと空気を珈琲色に染めていく。


「さてさて。いい豆が手に入ったから早速淹れてみたんだが、味はどうだ?」

「――~~っ! っっ!? に、にが……にがい、です……!」

「……少々酸味が強いか? もう少し苦みが強い方が(おれ)は好きだな」


ご機嫌な周さんが出してくれたのは、お洒落なカップに入った真っ黒な液体。

香りはものすごーくいいのに、口に含むとものっっっすごく苦い! 思わず、全身が総毛立ってブルリと震えちゃった。

こんなに苦いのに平然と飲める伊吹さん、すごくなぁい?


「うーん……お子さま舌の雪ちゃんに、珈琲はまだちょっと早かったかぁ」

「存在は知っていましたが、まさかこんなに苦いなんて……!」

「よーく味わうと苦味以外にも味があるんだけど、飲み慣れないうちはわかんないよな」


知ってた、と言うように笑う周さんが、私のカップにお砂糖入りの牛乳を注いでくれた。

恐る恐る口をつけると、こんどはお砂糖の甘さと牛乳のまろやかさが加わって格段に飲みやすくなってるわ!

大人になったら、この味がわかるようになるのかしら?

…………というか、一回は死んだ私って、これから年を取ったりするの?


「そういえば……聞いたか、雪? 最近、ここらを荒らしてた空き巣強盗が捕まったそうだ」

「えひゃっ!? は、はい」


ガラス越しの柔らかな日光を浴びながら考え込んでいたところに声をかけられて、変に声が裏返っちゃった。

周さんがそれを気にする様子はないけど……乙女としてはちょっと気恥ずかしいものがあるわ。


「表通りで暴れてるところを官憲に捕まって、調べてみたらその犯人だった……っていう、アレですよね?」

「そうそう。なんでも、血溜まりだけ残して姿を消した隠居の婆さんの一件も、ヤツが殺したって自白したらしいな」


結局、葛籠の人はあの男を自らの手で殺したりはしなかった。

あのまま葛籠の中でくびり殺してやることだってできたのに、あの男を人の世界に返してやった。

……まぁ、突然街中に現れた簪を振り回して暴れる半狂乱の男を、警察が見逃すほど甘くはなかったんだけどね。

でもそのお陰で、あの男が犯した罪が白日の下に晒されることになったと思えば……これが最善の道だったのかもしれないわね。


「自らの手による復讐って道を諦め、人の道理と法理に委ねたおかげで、あのご婦人が亡くなってることを縁故がある連中に伝えられたらしいからな」

「そう、ですか……それじゃあ、葛籠の人はちゃんと供養してもらえるんですね……よかったぁ……」


葛籠の人は、元々は三味線やお琴の先生をしている人だったんだそうな。

唯一の身内である娘さんを病で亡くしてしまってからかなり落ち込んでた、っていうだけでも心配なのに、ある日突然大量の血の跡だけを遺していなくなってしまって……。

親しいご友人や、お弟子さん、近所の方はものすごく心配していたみたい。

家の荒れ具合から、強盗にでも教われたんだろう、と。あの血の量じゃ助からなかっただろう、と。

そうわかっていても、遺された人たちは心のどこかで〝もしかしたらまだ生きているのかも〟〝親切な人に助けられて匿われているのかも〟と思うのを止められなかっただろう。

あの男が捕まって自白したことで、遺された人の希望は打ち砕かれはしたものの……それでも、気持ちに区切りをつけることができるんじゃないかしら。

葛籠の人も、遺された人が供養をしてくれることで前に進めるはずだ。 

……今ならわかる。あのとき占っていたのは、葛籠の人の事だったのね。かんざしも、調査が終わったらお返しするって警察の人が約束してくれたそうよ。

お骨は見つけられなかったけど、その代わりとして娘さんが眠るお墓に一緒に収めてもらえるんだって。


「そういや雪ちゃん。もう占いはしないのか?」

「えっ……今、ちょうど占いの事を考えてたところだったんですが……。周さんって、人の心を読めたりするんですか?」

「ふふふ。それはどうかなぁ?」


なんだか考え事を当てられたようで、ちょっとドキッとした。

やんわり細められた目でじーっと見られると、なんだか心の底まで覗かれそうなんだもの。


「まぁ、道具は基本〝使われたがり〟が多いか。特にあのカードは雪と相性が良さそうだし、気が向いたら使ってやるといい」

「えーっと、うーん…………それじゃあ……天星珈琲店の今後の繁盛具合とか占いますか?」

「それも気になるけど、どうせなら天星探偵事務所の繁盛具合を聞いておきたいな」

「えっ? 確かに探偵業をしてらした話は以前にお伺いましたけど、今も続けてらしたんですか? てっきり、廃業して珈琲店になったのかと……!」

「雪ちゃん、慣れてくると結構毒舌だなー。その時に言った気もするけど、天星探偵事務所はまだ業を継続してるんですー! 天星珈琲店と兼業ですー!」


子供みたいにぶーぶー膨れてみせる周さんと話し込んでいたら、いつのまにかテーブルの上にカードの束が置かれていた。

自室の引き出しにしまっておいたはずだけど……犯人には心当たりがある。


「梅さんと萩さんでしょう? 持ってきてくれてありがとう」


そう声をかけると、カードの影から手拭いを姉さんかぶりにした小鬼さんと、前掛けをした小鬼さんががひょこりと姿をみせる。

この子たちは私が最初に会った小鬼さんで、着替えを手伝ってくれた小鬼さんでもある。

梅さんと萩さんとは相性が良かったみたいで、いつの間にか照魔鏡をかけなくても見えるようになってたのよね。


いつも梅柄の手拭いを被ってる子を梅さん、いつも萩柄の着物を着てる方を萩さんって呼んでるわ。


「え? 〝新しい商品が入ってきたから、それで占ったら面白そう〟? 〝舶来の凄いサイコロ〟? 気にはなるけど、伊吹さんの許可なく商品はいじれないわ」

「……はぁ? 最近店に入荷した舶来の賽子ぉ!? ダメだ、雪ちゃん! そりゃ曰く付きのアレだ! 土着の(まじな)いがかかった、立派な呪物だよ! 伊吹も、なんでそんなモン仕入れたんだ!?」

「ああ。最近、蒙古の方から渡ってきた動物の骨でできたやつか。呪いと言っても、大したものじゃない。使ってみるか?」

「おい伊吹、やめてやれってば! 確かに獅子は我が子を千尋の谷に落とすとは言うけど、雪ちゃんはまだ仔猫みたいなモンだろ! 雪ちゃんも、興味を持つんじゃない! おいコラ二人とも、オレの話を聞け~~!!!!」


さっきの静寂が嘘のように、お店の中に明るい声が響く。

葛篭の人も、向こうで娘さんと笑えているかしら?

……いつか、色々なことが終わった時、私のお母さんも待っててくれるといいな、って。

そんなことをふと思った。

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