◆第五話◆ ルーゼロッテ・ミドラ
「助けていただきありがとうございました!」
橋を過ぎ、馬車は王都の学園に向かってひた走る。
そして今、エデル達の馬車には、先程河で溺れていたところを助けた少女が乗っている。
「しかし、素晴らしい偶然ですわね。まさか、同じウィンバック魔法学園に通う予定の貴族のご子息に、こうして助けていただけるなんて」
先刻、意識を取り戻した彼女から話を聞いたが、なんでもそういうことだったようだ。
「こうして出会えたのも何かの縁、入学後も是非仲良くしてくださいまし」
「え、えーっと……」
満面の、花咲くような笑顔で、無垢な言葉を連ねる彼女に、アビスがおずおずと聞く。
「その、一つ聞きたいのですが……」
「はい、何でございましょう」
「あの、えーっと……」
「ミドラ」
そこで彼女は、改めて自己紹介をする。
「王家より傍系の血を引く、十二の守護聖家が一つ、【虎】の紋を授かりしミドラ家の跡取りが一人、ルーゼロッテ・ミドラです」
彼女はどうやら、かなりの大物のようだった。
まぁ、王家の血を引いているのなら当然だろう。
エデル達も貴族なのだし、立場は同等なのかもしれないが、その中でも『十二の守護聖家』という呼称を名乗っている彼女の家は、一段上の存在のようだ。
「ルーゼロッテさん程の方がどうして、あんな川で、しかも子犬を助けていたんですか? 多分、学園に向かう途中だったんですよね?」
「はい、わたくし、徒歩で学園に向かっている最中でした」
「と、徒歩!?」
その発言に、アビスが驚きを見せる。
「学園からの使いの方が馬車で向かいに来られたのですけど……事情がありまして……で、差し掛かった河で子犬が溺れているのを見て、つい放っておけず」
「飛び込んだ……と」
「はっ、随分と破天荒なお嬢様だ」
そんな彼女を眺めながら、ガレリアが笑う。
「ところで、エデル様!」
そこで、ルーゼロッテが向かいに座るエデルに話しかけてきた。
ちなみに、馬車の内部構造は四人がそれぞれ二人ずつ向かい合うような内装となっているのだが、一方にエデルとアビス、もう一方にガレリアとルーゼロッテと言う形で座っている。
ルーゼロッテが勢い良くエデルに接近する。
「……なんだ?」
興味無く外を見ていたエデルは、ジト目で彼女を見る。
「あなたはわたくしの命の恩人です」
エデルの手を取り、キラキラとした目で、ルーゼロッテが言う。
「この御礼は、学園に到着後、是非ともさせてくださいまし」
「……いや、いい、気にするな」
かなり熱の籠った視線を向けて来るルーゼロッテから手を離し、エデルは素っ気無く言う。
静かにして居たいのに、やたら絡まれ迷惑そうなエデルである。
「しかし、わたくしと変わらぬ年頃で既に魔法をお使いになられるとは、途轍もない才能をお持ちなのですね!」
どこか興奮したように顔を近づけて来るルーゼロッテに、更に辟易とするエデル。
「る、ルーゼロッテさん! ごめんなさい、兄さんが困っているので!」
と、そこで横からアビスが割って入って、二人を引き離す。
どこか頬を膨らませて、ルーゼロッテに敵対心を抱いているようにも見える。
理由はよくわからないが、その後も車中の騒がしさは収まらなかったのであった。
――――
とやかくしている内に、馬車は遂に、ウィンバック魔法学園へと到着を果たした。
広大な敷地に、巨大な城のような校舎が立ち並ぶ、まるで町一つがそのまま学園になったかのような場所だ。
「ここが……」
その光景を見て、アビスが息を呑む。
正門を潜り、中を進み、彼等を乗せた馬車は校舎の一つの前で止まった。
「本日は宿舎で一晩明かし、明日、入学後のクラス分けのための試験が行われます」
馬車を降りると、先に留まった馬車から降りた使者の男性が、そう説明に来た。
「今日は、学園の中でも散策していただきながら明日に備えてください」
使者は続けて、寮の場所と、それぞれの部屋の番号を伝える。
「荷物等はこちらで運び込んでおきますので、では」
テキパキと迅速に業務を果たし、彼は一礼すると去っていった。
残されるエデル達。
「さ、行きましょう、エデル様」
使者達が去るや否や、ルーゼロッテがエデルの手を取り笑顔を湛えて言った。
どうやら、一緒に学園内を回る気らしい。
「いや、俺は一人になりたいのだが」
「言ったではありませんか、御礼をさせていただくと。敷地内には各種の施設があるようですし、本日はわたくしが、エデル様を楽しませられるよう、ご奉仕させていただきますわ」
……まったく、勘弁して欲しい。
入学を控えた新入生同士が、学園に来た初日から正門前でイチャイチャしている。
そんな二人に、周囲を行き交う在校生や職員や、色んな人達が白い目を向けて来る。
完全に悪目立ちしている。
アビスは不機嫌そうだし、ガレリアはニヤニヤしている。
と、そこでだった。
「ん? 誰かと思えば、ルーゼロッテじゃないか」
エデルとルーゼロッテの背後から、声が掛けられる。
ビクッと体を揺らし、ルーゼロッテが振り返った。
「……お、お兄様」
そこに立っていたのは、背の高い男だった。
エデルより少し年上か。
金髪を撫で付け、オールバックにしている。
高貴そうな服装や見た目だが、その顔にはいやらしい笑みを浮かべている。
彼の周りにも、引き連れているのか、何人かの生徒がいる。
「ちょうど、顔見知りと会って話してたところだったんだ」
親し気に話しかけて来る彼に対し、ルーゼロッテは俯いて黙っている。
「はは、そう冷たくするなよ。俺と一緒が嫌だからって、馬車に乗らず本当にここまで辿り着いたのか、大したものだ」
「………」
「ん? そいつは?」
そこで男は、ルーゼロッテの隣に立つエデルを見る。
「紹介してくれよ、ルーゼロッテ」
「………ご紹介しますわ」
ルーゼロッテは、ギュッと唇を噛み締めた後、男を手で差し示す。
「バロン・ミドラ様。わたくしの兄です」
「血は繋がってないがな」
男――バロンが言う。彼の引き連れている取り巻き達もニヤニヤしている。
「俺は正妻の子、こいつはどこの誰とも知らない娼婦の子だ」
「………」
エデルはちらりと、ルーゼロッテを見る。
彼女はエデルから視線を逸らしていた。
「で、お前は?」
「……この方は」
紹介しようとするルーゼロッテ。
「いや、やっぱりいい。大して興味ないからな」
しかしバロンは、大袈裟に手を振る。
「まぁ、頑張れよ、ルーゼロッテ。この俺の「おまけ」としてな」
まるで、周囲に聞かせるかのような大声で、バロンは言った。
「お……おまけ」
「当たり前だろ? 正式な後継ぎは俺だ。お前はあくまでもおまけで、この学園に入学し、俺をサポートするためにいるんだ。わかってるな。この学園内では、常に俺の手となり足となり、俺に従えよ」
ぽん、と、バロンはルーゼロッテの肩を叩く。
「それが、所詮、父上がお情けで引き取った、お前の役目なんだからな」
「お、お父様は!」
そこで、ルーゼロッテが震えながら口を開いた。
「お父様は、わたくしにも、後継ぎとしての資格があると……」
「そんなの方便に決まってるだろ! まさかお前、本気で自分がミドラ家に相応しい存在だと思っているのか?」
バロンに言い攻められ、泣きそうな様子のルーゼロッテ。
……やれやれ。
エデルは下らなそうにため息を吐く。
「おい、もう行っていいか?」
そして、バロンへと言う。
「俺は、この内輪揉めには関係無いはずだ」
エデルの言葉に、どこかショックそうな顔のルーゼロッテ。
バロンも目を見開いているが、すぐに元の表情に戻ると。
「……はっ、まぁ、確かにそう――」
「何よりまず、お前の声が耳障りだ」
続けようとしたバロンの言葉を、エデルの舌が切った。
「はしゃぎたいなら、人の迷惑にならない小部屋の中で、窓も戸も締め切って、壁に向かって叫んでいろ」
「なんだと……」
バロンの顔から、笑みが消える。
空気が変わった。
アビスは心配そうに、ガレリアは面白くなってきたというような顔で、その光景を見ている。
「ふん、どこの地方領地の田舎貴族の出か知らないが、ミドラ家の者にそんな口をきいて、どうなるか知ってるのだろうな?」
「知らん。小リスと仲良くタップダンスでも踊るのか?」
瞬間、激昂したバロンが、腕を振り上げ殴り掛かってくる。
驚き、ルーゼロッテが庇おうとエデルの前に飛び出す。
が、瞬間。
エデルは素早い身のこなしでルーゼロッテの手を引きながら、バロンの足を引っかける。
「ぶげ!」
盛大に前に倒れるバロン。
「貴様!」
起き上がったバロンと、周囲の仲間達が、エデルへ襲い掛かろうとするが……。
「待て! あいつら、どこに行った!?」
「え?」
眼前のバロンの発言に、ルーゼロッテが思わず呟く。
バロン達はきょろきょろと、周りを見回している。
まるで、その場にいるエデルとルーゼロッテの姿が見えないかのように。
「行くぞ」
エデルはルーゼロッテの手を引くと、バロン達の前からすたすたと立ち去る。
「これは、どうなって……」
「透明化する魔法を使った……《透明》……奴等に俺達の姿は見えていない」
校舎を一つ越え、バロン達からかなりの距離が取れたところで、エデルは立ち止まる。
「もういいな、危機は去った。既に透明化は解けている。俺は一人になりたいんだ」
そう言って、エデルは去ろうとする。
その裾を、
「……いえ」
ルーゼロッテが掴んだ。
「また、助けられてしまいましたね。一日に二度も」
その両眼に光を瞬かせ、真っ直ぐにエデルを見詰めて来る。
「御礼を! この分もお返しさせて頂かねば、気が済みませんわ!」
「………」
……やれやれ。
俺は一体、いつになったら一人になれるんだ?




