◆第四話◆ 溺れている少女を助ける
「ははっ、しかし、さっきは笑わせてもらったぜ」
馬車に乗って、ウィンバック魔法学園へと移動中のエデル達。
馬車は二台あり、先を行くのが使者たちの乗った馬車。
そして後続のもう一台に、エデル達三人が乗っている。
車内では、心底機嫌の良さそうなガレリアが、滔々とエデルを小馬鹿にしている。
「まぁ、安心しろよ、エデル。俺がクラーム家当主になった暁には、いくら無能の落ちこぼれだからってお前を追放したりしないからよ」
ぽんと、肩を叩いて、ガレリアは喜色満面で言う。
ふぅ、と溜息を吐くエデル。
「ガレリア兄さん!」
そこで、エデルの隣に座っていたアビスが感情を露わに叫ぶ。
「さっきから、エデル兄さんに酷い事を言い過ぎだよ!」
「なんだよ、アビス。お前は嬉しくないのか? 一番の落ちこぼれから抜け出せて」
言って、ガレリアは馬車の座椅子に深々と腰を落とす。
「だが、この俺のレベル12、に対して、4に0……どう考えても、この差は大きいなぁ」
「うぅ……」
言い返せず、歯噛みするアビス。
「アビス」
そこで、それまで沈黙を続けていたエデルが、遂に口を開いた。
「それと、ガレリア」
弟と兄の名前を、順々に呼ぶ。
「な、なんだよ……つーかお前、なんで昨日から俺の事を呼び捨てに――」
「静かにしてくれ、集中できない」
それだけ言って、エデルは目を瞑る。
先程から言われていた罵詈雑言など、どうでもいいというように。
エデルはこの移動の時間を使って、『書庫』に潜って少しでも知識の復習に集中しておきたいのだ。
「……けっ」
そんなエデルの反応に、つまらなそうに、ガレリアは舌打ちしてそっぽを向く。
と、そこで、急に馬車が停車した。
「ん? おい、どうした!」
窓から顔を出し、先を行く使者達の馬車にガレリアが叫ぶ。
見ると、馬車は今大きな橋の上を通過中だった。
停車した馬車の前方に、数名の人だかりができているのである。
「申し訳ございません」
前の馬車から、学園の使者が降り、こちらへとやって来て説明する。
「どうやら、ちょうど下の河で人が溺れているようです」
「え?」
エデル達は馬車を降りる。
橋の欄干から覗き込むと、遥か下、川の中央で溺れている人間が見える。
「だ、大丈夫なのかな?」
アビスが不安そうに呟く。
単なる川ならともかく、この河川、かなり幅が広い。
遠くの岸の方では、助けに向かうための小舟の準備がされているが、時間がかかりそうだ。
その間にも、あの溺れている人物はどんどん流されて行ってしまう。
逆に言えばあの人間は、なんでこんなに大きな川の真ん中で溺れているのだろうか。
「それが、どうやら上流の方で溺れている子犬を助けようとして飛び込んで、泳いでいる内に流されてあそこまで来てしまったそうです」
エデルが質問すると、使者が人だかりから聞いてきた情報を話してくれた。
「お、おい! 誰か早く飛び込んで助けろ!」
と叫ぶガレリア。
しかし、かなり流れが速い。
野次馬達も、自分から飛び込もうという気概を持つ者はいない様子だ。
「お前は行かないのか?」
そこで、エデルがガレリアに問い掛けた。
「は、はぁ? なんでこの俺が……」
ガレリアが、動揺したように呟く。
「エデル兄さん、ガレリア兄さんは泳げないんだよ」
そこで、横のアビスがそう囁いた。
「………」
「な、なんだよ! お前だって知ってるだろ!」
「……ふぅ、仕方がない」
嘆息し、エデルが橋の欄干に立った。
「お、おい! エデル! 何のつもりだよ!」
「この程度の根性も無いのか。まぁ、まだ子供だし仕方がないか」
「おい! まさかお前、飛び込むつもりか!?」
ガレリアの言葉を待たず、エデルは欄干から下の河に向けて身を投げた。
「お前だって泳げないだろ!」
……なに?
飛んだ瞬間、後方のガレリアの言い放った言葉が耳に届いた。
「クラーム家は代々、カナヅチの家系なんだぞ!?」
……そうだったのか。
もう遅い。
水面が眼前にまで迫ってきている。
もう少し、早く言って欲しかった――。
――――
「やむを得ん」
水面に着水する寸前、エデルの意識は『書庫』に入っていた。
外の肉体は、今も着々と水の中に沈んでいる。
故に、酸欠を起こす前に手ごろな魔法を一つ装備する。
「これでいい」
エデルは本棚の端の方から一冊の本を抜き出し、パラパラと捲る。
それほどの時間は要らなかった。
意識下でも流石に息苦しくなってきている事もあり、エデルはすぐに、精神を現世の肉体へと戻す。
――――
「《水流》
そこからの行動は迅速だった。
水中、エデルの体の周囲で、水が蠢き、独自の流れを作る。
川の流れの中に合って、エデルの体がまるで別の流れの中にあるかのように、溺れて沈みゆく人間と、その人物の腕の中の子犬のところまで体を運ぶ。
到達。
(……ん? 女か)
見ると、その人物は女性だった。
まだ年端も行かない、美しい女の子だ。
ともかく今は、じっくりと見ている暇は無い、
そのまま《水流》で水を操り、エデル達の体は水中から上空へと飛び出す。
そして少女達を抱え、エデルは元居た橋の上へと帰還を果たした。
おおおおおおおお! と歓声が上がる。
「な、お前、今……」
「エデル兄さん! やっぱりエデル兄さんは魔法が使えたんだ!」
目前の光景に、茫然とするガレリアと使者達。
アビスは歓喜の声を上げる。
「今のが、魔法……」
「彼は一体?」
「あのクラーム家のご子息らしい」
「おお、素晴らしい、あの年で魔法を操れるのか」
「流石だ」
周囲の人だかりから、エデルを讃える声が聞こえる。
その中エデルは、腕の中の少女の体を橋の上に下ろす。
真っ白い高級そうなドレスを着ている。
金色の髪の張り付いた顔は、見事に整った美少女だ。
気を失っており、双眸を閉じて動かない。
ちなみに子犬の方は、既に起き上がってキャンキャンと走り回っている。
「ん? このブレスレッドは……」
そこで、使者が何かに気付く。
少女の首元に見える、ブレスレッドのデザインを見て。
「何という事だ……」
驚いたように目を見開く。
「これは……十二の守護聖家の一つ、ミドラ家の家紋だ!」




