◆第三話◆ 入学前魔力審査
「本当なんだよ! エデル兄さんが魔法で僕達を助けてくれたんだ!」
その後、屋敷へと帰還したエデル達。
ガレリアは少しの打ち身。
当主も打撲等負傷していたが、そこまで酷いものではなかったようで、こちらの被害は極めて少なかった。
エデルは当主に、バジリスクを追ったが巣穴の洞窟で息絶えていた事。
そして、魔法陣の件についても伝えた。
「お父様も見てたでしょ! あの強い魔物を、簡単に倒しちゃったの!」
「うむ……」
頬を紅潮させ、熱弁するアビス。帰って来てからずっとこの調子だ。
当主は意識が朦朧としていた事もあり、はっきりとは頷けないでいる。
「けっ、本当かよ」
ガレリアが、訝る様にエデルを見る。
「魔法なんて高等技術、ちゃんと使い方を覚えないと使えない。俺達はこれから、それを魔法学園で習うんだぞ? 自然に、普通にできるわけないだろ」
「でも……」
アビスが反論しようとするが、ガレリアに睨まれて縮こまる。
「おい、エデル。本当の事言えよ」
椅子に腰掛け黙ったままのエデルに、ガレリアは詰め寄る。
「俺は気絶してたし、お父様も意識がはっきりとしてなかった。本当は何かのおかげで偶然、運良くバジリスクを倒せたのを、自分の手柄にしたくて、アビスにもそう言うように脅したんだろ」
「違うよ! なんでエデル兄さんがそんな事する必要が……」
「決まってるだろ! 次期当主の座を手に入れるためだ!」
アビスとガレリアが、興奮して言い争う。
「どうなんだ? エデル」
それを尻目に、当主はエデルへと問うた。
対し、エデルは……。
「……かもしれないな」
エデルは肯定も否定もしないことにした。
単純に言い争うのが面倒だからだ。
それよりも疲れているので、早く寝たいという気持ちが大きい。
「はん、今の内に正直に言っといた方が身のためだぜ。後でボロが出て、恥かいても知らねぇぞ」
吐き捨てるガレリア。
アビスが不安そうな目で、エデルを見て来る。
「……まぁいい。ともかく、魔物の被害はこれで収まった。エデル、お前が見付けたという魔法陣についても、調べておこう」
そんな中、当主は立ち上がると、この話はここまでと言うように、パンと手を打ち鳴らす。
「皆、今日はご苦労だったな。明日も朝は早い。それまで存分に、体を休めるといい」
――――
時は流れ――夜。
自室。
風呂から上がり、寝間着に着替えたエデルはベッドの上に腰を下ろす。
「ふぅ……」
遂に自分はレベル100に至った。限界と思っていた99の壁を越えた。
更なる高みへと向かえるのだ。
これから自分がどうなっていくのか、楽しみで仕方がない。
今の内に『書庫』で千年前の魔法を読み漁っておこうか、などと考えていると。
そこで、ノックの音がした。
「……なんだ?」
エデルは立ち上がると、部屋の扉へと向かう。
「あ……エデル兄さん。夜分遅くにごめんなさい」
扉を開けると、そこに立っていたのはアビスだった。
「……何の用だ?」
「えっと……その……」
いつものようにまごつき、少し黙った後、アビスは上目遣いでエデルを見上げて来る。
「兄さん、僕は信じてるよ。兄さんは凄い魔法使いに……ううん、きっと、あの伝説の【大賢者】くらいの存在になれるって」
随分、熱の入った声でそう言うアビス。
応援してくれるのはありがたいが、キラキラした目が眩しい。
それによく見ると……。
寝間着を着た華奢な体。
女の子顔負けの美貌。
これで男でなければ……いや、そうでなくても、そういう趣味を持つ人達には、かなり需要があるかもしれない。
しかし、当然、エデルにはそんな趣味は無い。
「ああ、明日は早い。お前も早く休め」
そう簡単に返答すると、アビスは「うん、おやすみ、エデル兄さん」と嬉しそうに言って帰って行く。
「ふぅ……」
ベッドに腰掛ける。
やはり今日は疲れたので、もう寝ることにした。
――――
……――翌日。
ベッドから起き上がり、朝食を済ませ、当主に言われた時間に庭に出ると、既に正門の前に馬車が停まっていた。
それだけでなく、御者の他に何やら正装の大人が二人いる。
ローブを纏っており、その背中や袖には厳かな紋章が見える。
「私達はウィンバック魔法学園から来ました」
立ち並ぶエデル達三人と、当主を前に、一方の男が恭しく頭を下げる。
「クラーム家のご子息方をお迎えに上がるため。それと、入学前に、皆さんの才能を測るために」
「……いいか、お前達」
そこで、当主が口を開いた。
エデル達は振り返り、彼を見上げる。
「以前にも言ったが、お前達を学園に行かせるのは、ある目的のためだ」
以前何を言われたか覚えていないエデルの一方、ガレリアは気合が入ったように拳を握り、アビスは胸に手を当てて不安そうに目を伏せる。
「三人の内、学園で優秀な成績を収めた者を、我がクラーム家の次期当主とする。学園には学年という概念は無い。実力によるクラス分けがあるだけだ。おのずと、優劣はハッキリしてくる」
なるほど、昨夜のガレリアの言葉を思い出す。
どうやらこの三兄弟は、次期当主の座を争わされている関係にあるらしい。
「では、準備が整いましたので、こちらに」
見ると、先程の使者が何やら透明な球体状の石を持っている。
「こちらの石に手を翳し、魔力を発露する要領で力を込めてください」
「まずは、俺からだ!」
意気揚々と、ガレリアが前に出る。
「へへっ、見ててくれよ、お父様」
ガレリアの手が、使者の持つ魔法石に触れる。
そして、ガレリアが力を込めると、透明な石の中に、何やら文字が浮かび上がった。
「現れましたね。このように、この魔法石には、数値化された能力値が浮かび上がる仕掛けになっております。現れるのはレベル、魔力値、魔法適性値(火)、魔法適性値(水)、魔法適性値(風)、魔法適性値(土)、魔法適性値(光)、魔法適性値(闇)……簡単に言えば、レベルは成長の度合い、魔力値は魔力の量、魔法適性値は顕現の得意な魔法の属性を表します」
ガレリアの数値は、以下の通りだった。
――――
レベル 12
魔力値 10
魔法適性値(火) 10
魔法適性値(水) 4
魔法適性値(風) 8
魔法適性値(土) 9
魔法適性値(光) 7
魔法適性値(闇) 10
――――
「なるほど、流石はクラーム家のご長男。中々の数値です」
それを聞き、ガレリアは得意げに胸を張る。
続いて、アビスが前に出る。
そして必死に目を瞑り、力を込める。
――――
レベル 4
魔力値 2
魔法適性値(火) 1
魔法適性値(水) 2
魔法適性値(風) 2
魔法適性値(土) 3
魔法適性値(光) 3
魔法適性値(闇) 3
――――
現れた数値を見て、アビスは溜息を吐き引き下がる。
そして、エデルの番が来た。
「いよいよだね、エデル兄さん」
自分の事など忘れ、アビスはわくわくするような顔になっている。
当主も、期待の眼差しを向けて来る。
ガレリアは、どこか気が気でない様子だ。
エデルは前に出る。
正直、自分のステータスは『書庫』の中で何度も読み返している。今更、見たって新鮮味はない。
心配なのは、現れた数値を見て、皆にうるさく騒ぎ立てられても困るという点だ。
アビスは手を翳す。
そして――石の中に数値が浮かび上がった。
――――
レベル 00
魔力値 00
魔法適性値(火) 00
魔法適性値(水) 00
魔法適性値(風) 00
魔法適性値(土) 00
魔法適性値(光) 00
魔法適性値(闇) 00
――――
「……は?」
その内容に、使者達も、思わず声を漏らしてしまっていた。
エデルも驚く。
0……0と表示されている。
全ての数値がだ。
これは、何かの間違いだろうか。
(……俺の『書庫』で見たステータスは、レベルが100、他の数値も三~四桁近いはずなのに……)
「こりゃ驚いた!」
後方でガレリアが笑う。
「う、嘘だよ! 何かの間違いだ!」
声を上げるアビス。
その中で、エデルは冷静に考察する。
(……そうか、千年前の時点でも、レベルの上限は99だった)
レベルという概念が、三桁より上が認識されていないのだということはわかった。
しかし、他のステータスまでと言うのは……。
(……ん?)
そこで、エデルは一つ気付く。
「一つ聞いていいか? この世界で、一番レベルの高い者はどれほどの数値を持っているんだ?」
使者に問い掛ける。
「世界最高峰の【大魔導師】ブレイカル様の、レベル50ですね」
「………」
使者が、そのブレイカルという名前の人間のステータスを語るが、全て二桁だった。
これで、全てわかった。
この世界にはレベルをはじめ、ステータスで三桁を越える数値を持つ者がいないから、それ以上の桁など想像すらできないのか。
何と言う事だろう。
(……千年前より衰退していないか? この世界の魔法文明は)
「これは困りましたね……」
「まさかここまで才能が無いとは……」
使者達がひそひそと話し合い、当主へと相談を始めた。
まぁ、魔法の才能が皆無だと出たようなものだ、そうもなるだろう。
しかし、当主は。
「いえ、入学させて欲しい」
使者達へと、そう言った。
「ここからまったく成長が見込めないわけでもない」
「しかし……場合によっては、ご子息に辛い思いをさせる可能性も」
「俺は構わない」
説得しようとする使者達に、エデルも言う。
それを見て、当主も大きく頷く。
「本人が言っているのだ、問題は無いだろう」
当主に言われ、使者達は渋々承諾する。
かくして、エデル達の学園行きが正式に決定した。
それぞれの荷物を、メイドや使用人達が馬車へと運び込んでいく。
「エデル」
そんな中、当主がエデルへと語り掛ける。
「お前には、何か普通とは違うものが備わっているのかもしれない。なんとなく、そう思うんだ。だから、決して諦めるな」
「………」
なるほど。
この父親、ただの脳筋かと思っていたが。
人を見る目は、あるのかもしれない。




