第3話 嘘吐きな彼女
市の教育委員会に送られてきた怪文書に記載されていた九人の共通点は呆気なく見つかった。
その共通点があまりにも理不尽というべきか、不条理すぎたからなのか、俺は呆気にとられると同時に無性に腹が立ち、自分の拳を自分の部屋の壁に何度も何度も叩き付けたい衝動に駆られた。
「……おいおい、これが理由なのか? これがあの九人が選ばれた理由だっていうのか? 何かの間違いだろ? おい? おい? 間違いだろ? 間違いだって誰か言ってくれよ!! 俺が馬鹿な結論に達したって誰か怒ってくれよ!!」
他にもいくつかの候補があったが、どれもこれも九人全員が該当するものではなかった。
だが、とあるリストだけは怪文書のその九人と一致していたのだ。
白ワニ事件が起こる三ヶ月半ほど前に、中等部一年の全クラスの女子の間で『中等部一年でどの男子が格好いいか』という投票が密かに行われていた。
格好いい男子の二大巨頭と言われていた八丁堀瀬名、一条銀次のうち、一条銀次に投票しなかったのが、怪文書に名指しされていた九人であった。
愛川ひとみ他七人が八丁堀瀬名に投票をし、尼子美羅は無記名を貫き、そして、古城有紀は俺の名前を記載して投票した。
その投票によって、古城有紀が俺こと月定邦雄を好いている事が発覚し、お節介焼きのおかげで俺と有紀が付き合う事になったという流れがあった事も分かって、泣き笑いに似た感情があふれ出てきた。
「こんな馬鹿げた理由で……なんで……なんでなんだよ……」
その結論を後押ししたのは、怪文書の筆跡と一条銀次の筆跡がほぼ一致した事だった。
一条銀次のクラスメイトにテストのためにと言ってノートを借りてもらい検証した結果、『1』『D』が特徴的で同じ筆跡であった。
その時の脱力感たるや凄まじかった。
一条銀次に投票しなかったという理由だけで怪文書で名指しされた九人が不憫でならなかった。
そして、不条理にも、九人は藤沼から暴行を受け、古城有紀はえん罪だけではなく停学処分を受け入れた。
「この世の中って理不尽から成り立っているんだな」
当時中一だった俺はどうしようもない現実に直面して、俺はボロボロと大粒の涙を流した。
こんな事があってのいいのか、こんな不条理が許せるワケがなかった。
真実にたどり着いた翌日、当時はまだ親しかった奴らと共に一条銀次を取り囲んだ。
理由次第では暴力もやむなしと思いながら、あの怪文書について問いただすと、
「俺が偽物のいじめ問題を解決すれば人気がさらに上がると思っていただけなんだ。悪気はなかったんだ」
あの怪文書を送った理由を悪びれもせずに一条銀次はそう説明した。
脱力ものの理由で俺の怒りはどこかへと吹き飛んでしまい、もう後は大人の判断に委ねようという気になってしまった。
即座に銀次を校長に突き出し、その口から真実を説明させた。
だが、真犯人が見つかるも、古城有紀を停学処分にした責任問題が浮上でもしたのか、一条銀次が罰せられるような事はなかった上に、古城有紀の処分が撤回される事もなかった。
その後、一条銀次は女子からの人気が失墜して誰からも相手にされないようになっただけではなく、高等部への進学を拒否されたようで、高等部へは行かずに他の私立高校へと進学した。
実質的な処分は受けずとも、一条銀次は社会的な制裁を受けていたのかもしれない。
* * *
――――――――――6月7日 12:48
「そんなメールは来てないわよ」
桜庭美奈と大塚珠希は、同じクラスであったから話は早かった。
白ワニ事件についてのメールが届いているか確認したところ、二人にはそんなメールは届いていなかった。
つまり、白ワニ事件の関係者なのに、メールが届いた人と届いていない人とに区分されるのが判明したのだ。
二人には白ワニ事件の関係者が狙われている可能性が高いので気をつけて、と告げて、俺は気になった案件に首を突っ込むため、職員室へと向かう事にした。
無為に時間を過ごすのは嫌だったので、歩きながら今回の件を頭の中で整理することにした。
錦屋いなり、五十嵐麗子、愛川ひとみ、三富一穂、赤城絵里には白ワニ事件についてのメールが届いていた。
関係者であるのに関わらず、尼子美羅、桜庭美奈、大塚珠希、古城有紀にはメールは届いてはいなかった。
この違いはどこから生まれたのか?
穿った考え方をするのならば、四人にメールを出すことができなかったのではなかろうか
メールはメールアドレスを知らなければ、その相手に出すことはできない。
五人のメールアドレスは入手可能であったためメールを出すことができたが、他の四人はメールアドレスが入手できなかったためメールできなかったのではなかろうか。
つまりは、五人のメールアドレスを知ることができた人物が今回の主犯とも言えるのではないか。
だが、あのメールと通り魔の件の犯人とが同一人物であるかまでは、まだ断言できるレベルにはまだ達していない。
関係者である九人の中に真犯人がいるとも限らない。
四人にメールを出す必要が出さなかったのだとも考えられる。
しかしながら、結論を出すのは早急すぎるかもしれない。
全体を俯瞰するには、まだ様々な要素が足りなさすぎる。
全てが出そろった頃合いに、俯瞰すべきなのだ、この白ワニ事件の真実というものを。
そんな事を考えているうちに、俺は職員室の前まで来ていた。
「失礼しま~す!」
ドアを叩いて、悠然と職員室の扉を開けて、教室内にいる先生の顔ぶれをうかがう。
誰が入ってきたのだろうかと視線を向けてきた数人の先生が渋面になるのを受け流しながら、話が分かりそうな先生がいるか探った。
一番物わかりが良さそうなのは、担任の安達真継であった。
とりあえず、担任に話が通らないようならば、取引ができそうな先生に話をするしかない。
「先生、ちょっといいですか」
安達真継は俺が話しかけると、困ったな、という表情を露骨にしてみせた。
ある意味問題児であるので、その反応には慣れている。
「何だ?」
「ええと、尼子美羅さんが教室の窓ガラスを割った件で少々」
安達先生が拒絶反応に似た表情を隠さずに俺に見せた。
こういう正直なところが話しやすいというものである。
「変な事に首を突っ込みたいのか?」
「そんなところです」
「お前に教えられる事などないと言ったらどうする?」
「……そうですね。中等部の先生で湯河原羽衣先生っていましたよね? その件にちょっと首を突っ込んでました」
ようは、あの件で多少は活躍していたのだから便宜を図れと迫ったのだ。
「ふむ……」
俺の言葉の意味を察してか、安達先生が他の数人の先生に目配せをした。
職員室の空気がよどんだように思えたが、そんな事を気にする俺ではなかった。
「その好奇心を勉学に向けて欲しいものだ。倉田先生、資料をコピーして、こいつに渡してください」
安達先生にそう言われた倉田先生とやらが何か書類を出して、コピー機でコピーしだした。
「その件で取引できるのは今回限りだぞ」
「先生、恩に着ますけど、ちょっと足りないですね。他に何か尼子美羅さんが関わった件とかってありますか?」
湯河原羽衣の件での俺の活躍がこんなところで役に立つとは。
とはいえ、こんな取引をしてもいいものなのだろうか。
先生もこんなに資料を簡単に俺に渡したりして責任問題になったりはしないのだろうか。
「資料を見ろ。そこに書いてある」
安達先生はうんざりしたような顔で、俺を睨み付けた。
「尼子美羅さんの潔白を証明したいだけですので、あまり気にせずに」
「そうしてくれると助かる。宗大さんに目を付けられると厄介なのでな」
俺は尼子美羅の使いっ走りか何かと思われているのか。なら、その思い込みを利用させてもらうまでだ。
「はい」
安達先生は俺の事を厄介者だと当然思っている。
だが、無視するのではなく、こういう優しさを与えてくれるから助かる。
もしかしたら、先生方は尼子美羅の件を当然持て余していたのかもしれない。
そこに俺が登場したものだから、渡りに船とばかりにぶん投げて寄こしてきたのかもしれない。
こうもすんなり事が運ぶとは思っていなかったが、厄介事はとりあえず俺に投げておけという不文律でもできてしまったのだろうか。
* * *
――――――――――6月7日 14:15
俺は授業中に教科書を読んでいるふりをして、渡された資料に目を通していた。
尼子美羅がヒステリーを起こしていたと囁かれている理由が渡された資料で理解できた。
短期間の間に、尼子美羅は美術室の窓ガラスを割り、美術室の備品を壊し、教室のドアを蹴って穴を開けたりと奇行を繰り広げていたようだ。
ヒステリーを起こして、物を壊していたと思われても仕方がなかった。
尼子美羅はそれらの奇行について自白した上、何ら弁明をせず、弁償しますとだけ述べているようであった。
「……」
今朝、瀬名が言っていた窓ガラスを割ったという所業は、割れたガラスの写真付きで説明がなされていた。
割られていたのは、一階にある美術室の窓ガラス六枚である。
割れたガラス片が床に飛び散っているもの、校庭側から撮影した割れた窓ガラスなどが写真には収められていた。
「嘘つきだな」
授業中だという事を忘れて、俺はぼそりと呟いた。
幾人かの視線が一瞬だけ飛んできたが、俺は気にする素振りも見せずに、割れた窓ガラスの写真を魅入られたように見つめる。
美術室にある窓ガラスは全部で六枚あり、その六枚全てが割られている。
左側、あるいは、右側から一枚一枚順番に窓ガラスを割っていったと普通ならば思えるだろう。
教室内から撮影された写真では、左側から三番目の窓の付近にだけガラス片が散乱していて、校庭から撮影をした写真では、右から三番目の窓の下以外にガラス片がこれでもかと散っていた。
「はぁ……」
その訳は、尼子美羅本人から聞き出すしかないだろう。
授業が終わるなり、俺は尼子美羅のクラスまで行った。
「話がある。放課後、時間があるか?」
尼子美羅の席まで行き、次の授業の準備をし始めていた美羅にそう告げると、
「承知しましたわ」
笑顔で即答した。
「俺は待っているからな」
「……ふふっ、前門の虎、後門の狼」
今、妙な事を口走ったような?
「虎と狼? それって……」
俺と美羅の会話に聞き耳を立てていた女子数名が、俺のその台詞を聞いて、告白かしらなどと囁きだした。
そうじゃないと否定するのも面倒だった事もあり、後で訊けばいいと思って、俺は早足で尼子美羅の教室を後にした。




