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前略、灰色青春探偵様【連作ミステリィ・三流探偵シリーズ】  作者: 佐久間零式改
姫子とのデートの夜に
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第1話 黒が好みと俺は答えた

――――――――――6月2日 19:00



 茜色八幡(あかねいろはちまん)神社は、街外れにある。


 茜色市内を走っている私鉄神五目線の茜色駅から徒歩で十五分ほどの距離で、茜色学院からだと徒歩で二十分ほどである。


 錦屋いなりは、茜色八幡神社の隣にある実家から毎日徒歩で茜色学院まで通っており、帰りも当然徒歩であった。


 その日、いなりは図書室で勉強をし、カウンターにいる眠り猫シキに挨拶をして帰路についた。


 いなりの歩く速度は、さほど速くはない。


 本人の性格が歩き方に反映でもされているのか、ゆったりゆったり歩く。


「?」


 後少しで家に着くというところで、道の真ん中で立ち止まっている人がいる事に気づいた。


 白いマスクに、サングラスをかけていて顔が見えない上、腰の辺りまで伸びている黒髪を強調するかのように真っ赤なロングコートを着ている人であった。


 いなりはそんな容姿の人を見て、ぼんやりと『昔流行った口裂け女そっくりな格好なのです』と考えながら歩いていた。


 何の疑問も抱かず、立ち止まったままの口裂け女のような人の横を通り過ぎようとした時であった。


 何か風を切るような音がしたと思ったら、唐突に右足に激痛が走った。


 足を動かそうとするもできず、いなりはその場でよろめいて転倒した。


「……痛いのです」


 いなりは足でもつったのかなと思って、右足の様子を見ようとして、顔を動かした時、真っ赤なロングコートを着た人が何かを振り上げたのが視界の片隅に映った。


 何なのです? と思って、視線を真っ赤なロングコートに向けると、警棒のようなものを自分めがけて振り下ろそうとしている瞬間であった。


「……あれ?」


 気づいた時には視界がぼやけていて、自分がどこで何をしているのかさえ分からなくなっていた。道ばたで眠ってしまったのかとさえ思ってしまったほどだ。


 額の辺りが痛みがあり、何か温かい液体のような物がそこからしたたっているようにも思えていた。


 私、どうしたんだろう?


 そう思いながら、身体を起こそうとするも、痛みのためか、身体が全く動かせない。


 ……おかしい。


 そう思った時に生暖かい液体が唇に触れた。


 隙間から口の中へと入り込むと、鉄の味が広がっていった。


「……血?」


 滴っているのではなく、額から流れているものが血である事に気づいて、錦屋いなりはようやく状況を理解し始めた。


 赤いロングコートの人に殴られて軽い脳しんとうでも起こしたのだと悟り、逃げないとと思うのだが、身体が言う事をきかない。


 状況だけでも知ろうと目を動かすと、そこは自分が歩いていた場所とは違う薄暗い更地のような場所であった……。




               * * *



――――――――――6月5日 20:00



 俺は悩んでいた。


 いくら頭をひねっても解決策が思い浮かばず、どうしたものかと頭を抱えていたのだ。


 明日、俺は八丁堀姫子とデートする。


 湯河原羽衣ストーカー事件で俺を謀った件を通じて姫子の事を見直したので、約束通りデートだけはすることにしたのだ。


 とはいえ、姫子が指定した待ち合わせ場所は奇っ怪であった。



『599m


35度37分30.5993秒


139度14分37.0013秒


この場所の駅前に午前11時集合!!!


絶対に来てね、お兄さん!』



 デートの待ち合わせ場所は、この場所だと指定してきたのだ。


 姫子のくせになおも俺を謀ろうというのか。


 この謎はすぐに解けたのだが、どういう格好で行くべきなのかが迷いどころだった。


 軽装で行くべきなのか、本格的な格好で行くべきなのか。


 姫子の腹づもりが不明瞭であるため、悩みに悩んだ。


「……電話か?」


 不意にスマートフォンが着信音を奏でだした。


 スマホを手に取ると、俺の心情を見透かしているかのように、八丁堀姫子からの電話である事を告げていた。


「腹痛で明日行けないとか、そんなところか?」


 俺は電話に出るなりそう言って、姫子の出鼻を挫こうとした。


「お兄さんの好みが知りたくって電話しちゃいました。ええっと、白、ピンク、黒、ベージュ……お兄さんはどの色が好みかな?」


 電話越しの姫子はえらくご機嫌だった。


 この質問は何かの謎かけなのだろうか?


 俺はしばらく考えたが、謎があるような気がしなかったので、


「黒が好みかもな」


「うん、分かった! お兄さんは大人っぽい黒の下着が好みなんだね。明日着ていくからよろしくね!」


「は?」


 電話はそこで切れてしまい、俺はスマホを耳の近くに寄せたまま呆然とした。


 姫子は明日着ていく下着の色を訊いてきていたのかよ。


 姫子が一回りくらい離れている女教師と付き合っている兄である八丁堀瀬名と同じくらいぶっ飛んだ性格をしているのを改めて思い知らされた。


「俺が手を出したら負けのチキンレースでも仕掛けてきているのか……」


 俺は頭が痛くなってくるのを感じつつ、そうぼやいた。


 据え膳喰わぬは男の恥だとかそんな言葉があったような気がするのだが、食べてしまってはこちらが骨の髄まで食らい尽くされてしまいそうなので手を出すのが躊躇われる。


 それに、今の俺と姫子は付き合うか付き合わないかのチキンレースを繰り広げているのがお似合いなのだ。


「姫子が独り立ちできるようになったらが理想だしな……」


 姫子はまだ俺に依存している影がある。


 その影が消滅した頃合いがつきあいどころではないかと俺は思っている。


 もしかしたら、その頃には姫子は俺など全く見もせず、他に行ってしまっている可能性も捨てきれない。


 だが、そうなったら、それでいい。


 俺に依存するように仕向けてしまった流れがあるのだから、そういう結果になっても諦めるしかない。


 人とはそういうものなのだから……。



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