その男、豪にして深き水底(みなぞこ)のように
893(⁉)の事務所に乗り込んだジャンヌ。ほぼ無敵なため、気分はもはや暴れん坊将軍。親玉めがけて一直線に突き進む!
「トクジ、お前」
「許してつかあさいアニキ。このザマですわ」
「なるほどな、お前は下がれ」
「へい」
兄貴分である魔狼のような鋭さを持った悪魔顔の男は、弟分のおかれている状況をすぐさま見抜いたようだ。こやつ、戦時に部下にしたらなかなか頼りになるであろう。戦闘能力も高そうだし、ジルやアレシュに劣らぬ活躍をするかもしれない。低く落ち着いた声で男は私に問う。
「クエスちゃんを助けに来たのか」
「だとしたら?」
「普通なら止める。ボスに会わせるなど無理な話ですからな。だが、それはあくまでも普通の場合。お嬢さんは明らかに普通ではない」
「では」
「ボスに会っていただくとしましょう。クエスちゃんも、そこにいます」
「わかった」
ビル最上階の、最も奥まったところに、この建物の主の部屋があった。兄貴分の男は、木製の装飾きらびやかなドアの前に立つと。その向こう側に向け、大きめの声で話しはじめた。
「ボス! 洒落にならん客人が、来ましたわ」
「……?」ドアの奥から返す声が聞こえる。
「あの頃以来の、一大事かもしれませんで!」
「……れ」
許可がおりたらしく、我々は室内に招かれる。
その部屋にはクエスと、高そうなデスクにどっしりと座る壮年の男がいた。その、髪をポマードか何かで固めてオールバックにした肩幅の広い清潔感のある男の眼光は、このビルの他の人間とは桁違いの底知れぬ鋭さと深さがある。これは、ただ者ではない。大須で出会った竜神の少年は人ならざる存在感があったが、この男もそれに劣らない貫録があり、いかにも何かの黒幕と言う感じであった。
「えっ!? あんたら、何でここに!?」
驚くクエス。
しかし、奥の男は表情を変えない。怒るわけでも、驚くわけでもない。ただ、目の前にあるものを静かに見据え、低い声で語る。
「君たち、クエスの知り合いかな」
「はい」
「そうです」まく朗が続く。
「その剣……ただ者ではないようだね。わざわざこの子の身を案じて、ここに来たと言ったところか」
「はい」
「そのような感じです」まく朗が続く。
この男には、否定するだけ野暮と言うもの。
隠したところで、おそらく簡単に見抜かれるだろう。
「そうか……なに、安心したまえ。クエスに変なことをするつもりはない」
「?」
「最近あまりに金銭感覚が無くなっていたから、少し強引にお説教をしようと思ったまでだ」
「……」
穏やかな、落ち着いた口調であはるが、男からは常にジリジリとした威圧感のようなものが体から放たれている。それは、この日本に来てから感じたことのない「将」の気配だ。
「なるほど、まだ神は見捨てていない、か」
「親父さん」とクエスが言う。
「懐かしいな」
「うん……」
「こんな使命を帯びている目をした人間を見るのは久しぶりだ」
男は、直ぐに私の現状を把握した。そして、嫌みなく微笑む。そこには、嬉しさのようなものがにじみ出ていた。
「はじめまして、私は漆原乗辰。漆原グループの経営者をやっているものだ」
「ウルシバラ……?」
「あ、ジャンヌさま」
まく朗が、なにかに気づいたようだ。
「もしかすると」
「ん?」
「あの伝説のゲーム会社かもしれませんよ~ほら、この前のゲーム大会の格ゲー思い出してください~」
「ああ、あのスト……ハイファイって言ったな」
「あれの製作会社がウルシバラって言うんです。しかも、ネット情報だと岐阜に会社があったって話ですし」
それを聞いて、経営者の男はうんうんと首を縦に振った。
どうも、本当に関係あるようだ。
「そうか。あのゲームを知ってくれているか」
「格ゲーマニアなら常識レベルですから」
「ははは、そうか。それは開発者として悦ばしい」
「え、開発者ってもしやメインディレクターのノリタッツさんですか」
「その偽名はスタッフロールでしか使っていないが、そこまで知っているとは流石だ。あれは、私が娘のわがままに付き合った結果出来上がったものだからね。システムやキャラクターデザインは主に私と娘がおこなった」
「うわ、特ダネスクープです! ドキュンです! チビりそうです!」
驚き言隠せないい方からするに。まく朗はどうも今回は本当に失禁しそうな状態のようだ。確かにこんな覇気漂う紳士があのゲームを、しかも娘のために作ったと言うのは信じがたいレベル。ましてやキャラデザまでやっているのだから意外にも程があるのだ。本当に只者ではなさそうだなこの男は。いろいろな意味で。
「さて、話が少し逸れたが、本題に戻そう。まず、君達は、どうしてクエスに接触した? 確かに、この子は目立つ。だからとて、すぐさま話そうとは普通はしないだろう。何か、目的があったのかね」
「親父さん、話しかけたのはこっちなんや。だから、ウチが説明します」
「お前が先だったか。よろしい、話せ」
「はい」
クエスはいつになく真剣な顔を見せる。
こうしてみると、本当に聖女のような凛々しさがある。
「二人は、ガブリエルブレインを求めているのです」
「……ほう」
その名を聞いた途端、漆原の眼光は何かを射抜くように鋭くなった。




