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第51話 シラユキ(♂)と七つの大罪⑨

「こっちですね」


 グラは己の影に宿るグリムの『力』を探知機として活用し、グリムの元へと道案内をしてくれた。


 ガイア達が辿り着いたその場所は、森の中心に広がる花畑。

 色とりどりの花が咲き乱れている。


 その花々に、ヘドロの様な色合いの鮮血が降りかかる。


 グリムが、大型犬程のサイズがあるトンボ型のモンスターを八つ裂きにし、その血肉を臓物ごと飛散させたからだ。

 そして細切れと化したモンスターの体を、闇そのものの様なモヤを操り、すり潰していく。


「地獄絵図……?」


 余りの光景に、ガイアは呆然とそうつぶやく事しかできなかった。


 先程のアスモダイ主演生スプラッタの時点で精神的HPがギリギリだったコウメは、その光景に卒倒してしまう。

 アシリアは「あの黒い人強い」とグリムの手際の良さに感心しているご様子。

 テレサは「ぐ、グロいです……」と若干引き気味。

 グラは「うわー、流石にやり過ぎじゃないですかね」とやや軽いリアクション。


 散乱しているヘドロの様な血肉の量から推測するに、グリムはかなりの数のモンスターを蹴散らした様だ。

 しかし、未だ花畑には虫型モンスターが溢れかえっている。


「オ、オ前ラ来テタノカ」


 ガイア達に気付き、グリムは「丁度良カッタ」とつぶやきながら、突進してきたモンスターを殴り飛ばす。

 その動作と言葉の雰囲気から、苦戦していた様子は感じられない。


「流石ニ、シンドクナッテキタンデナ」


 そう言うと、グリムはグラの方へ黒腕をかざした。

 その腕に反応し、グラの影から黒竜の頭が現れ、そしてグリムの元へ。


 グラが目の前にいる現状、もう力を分配しておく必要性は無い。

 黒竜の頭がグリムの影の中へと溶ける。


「今度コソ、退イテモラウ」


 絶え間なくグリムに襲いかかっていた虫達が、一斉に停止する。


 グリムから放たれる、目に見えない重圧。

 先程の半端な威嚇とは違う、悪竜の王による全開の威嚇。


 流石の虫達も、動けなくなる。


(……それでも、逃げはしねぇか)


 虫達は確かに停止したが、あくまで停止。

 それは「攻撃しなきゃ、でも恐い」という葛藤の現れ。


 全開のグリムの威嚇に対し、まだ葛藤する余地がある。

 それはつまり、グリムに比肩する程に『契約主』も恐い、という事だ。


 シラユキからそこまでの脅威は感じなかった。

 つまり虫達がグリムと同等に恐れているのは、先程シラユキが言った「この虫達と契約した誰か」。

 どうも、そいつは余程の大物らしい。


(まぁ、良い。とにかくこれで……)


 虫達が動かないのなら、あとはシラユキをシバくだけだ。

 そう思った時、グリムは気付く。


 いつの間にか、シラユキがいなくなっている事に。


「何……?」


 直後、グリムの足元。

 大地を抉り、花を散らし、一筋の黒い雷光が炸裂した。


「ナッ……」


 グリムは全力で跳ね退いたが、少し遅かった。

 その左腕の肘から下が、雷撃の中へ飲まれ、塵と化す。


「テメェ、イツノ間二……!」


 左腕を失ったグリムが睨みつける中、雷撃が貫いた穴が、押し広げられていく。

 ゆっくりと大地を裂き、襲撃者が姿を見せた。


 銀の長髪に、漆黒のドレス。

 シラユキ、だ。

 その所作は優雅に羽化する黒蝶を思わせる。


「おや、妙なナリだとは思っていたけど、機械だったんだね、君」


 グリムの断面を見てシラユキは感心した様に言うが、表情は動かない。

 しかし、


「シラユキちゃん!」


 テレサのその一言に、シラユキは大きく目を見開いた。


 今の発言がおかしかった訳では無い。

 いくらテレサが阿呆とは言え、人の名前を呼ぶくらい問題無くできる。


 シラユキが驚いた理由は、テレサが起き、しかもここにいる事。


「テレサ……!? ……まさか、アスモダイは……」


 だが、その動揺も一瞬。

 シラユキは元通りの無表情を貼り付け、グリムから距離を取る様に後方へ跳ね退いた。


 あと少し退くのが遅ければ、グリムはシラユキに対し攻撃を仕掛けている所だった。

 その気配を、冷静に気取った。


「……まぁ良いよ。確かに予定は狂いに狂ってるけど、結果さえ良ければそれでいい」


 シラユキは僅かに余裕の笑みを見せる。


「……あれがシラユキか……」


 本当、男とは思えない。

 気付けていなかったテレサを馬鹿にしたガイアだったが、他人の事言えた義理じゃなかったなと自覚する。


「……ガイア、皆あんまり心配してないけど、黒い人大丈夫なの?」

「そ、そうですよ! 腕が! チョンパですよチョンパ!」

「心配スンナ、チビッ子ト猫ッポイノ」

「はい、グリムは事実上不死身なので」


 グリムは実体を持たない亡霊であり、今の体はただの容器でしかない。

 腕がもげようが首チョンパしようがグリム自体に問題は生じない。

 グラは当然、ガイアもそれは聞いている。コウメはまだ気絶しているので心配するもクソも無い。


「大丈夫なら良いです……では本題に。シラユキちゃん! どういう事ですか!?」

「切り替え早ぇな……」


 まぁいつもの事か、とガイアが溜息を吐く。


「相変わらずだねテレサ。質問が漠然とし過ぎてる。一体何の事を聞いてるの?」

「何もかもです!」


 マモンによるテレサへの精神攻撃。

 続くゼブルによる誘拐。

 そしてその後の、魔人達による攻撃。


 マモンは言っていた。

 自分の主人はシラユキであり、全てシラユキの命令だと。


 そして、マモンの同胞である他の魔人達の主人や行動理由も同一なのだろう。


 一体何故、そんな事を?


 その理由も、マモンから聞いている。

 しかし、正直テレサには理解できていない。


 何故その理由が、こんな状況を作っているのか、全く理解できない。


「私と結婚したい、というあなたの目的は聞きました……! でも、何でこんな事を……」

「……さっき言ったじゃないか」


 微笑を崩さず、シラユキはきっぱりと言い切る。


「結果さえ、僕の望む形になれば、それでいい」

「もっとちゃんと説明してください! それに、あのシラユキちゃんに似てる人達は何ですか!? あと、何であなたが魔法を使えるんですか!?」


 状況から考えて、先程グリムの左腕をもぎ取った雷撃は、シラユキが放ったのだろう。

 テレサの知る限り、シラユキは魔法なんて使えない普通の人間だ。


「説明は後でゆっくりしてあげる。まず、すべき事がある」


 シラユキはパチン、と指を鳴らした。

 彼の周囲に、無数の小さな物体が出現する。


 それは、


「針……?」


 シラユキの周囲に現れた針が、射出される。

 針が狙ったのは、ガイア達の誰でも無い。


 針の目標は、グリムに怖じ気付き、動けなくなっていた虫達だ。

 針が刺さった虫から、次々に奇声を発し、失っていた戦意を取り戻していく。


「アレは、もしかして……ちょっと前に製造禁止になった魔法道具か……!?」


 その名は『ユー、モンスターマスターになっちゃいなよ♪』。

 軽いノリな名前に反し、かなりエグい性能の道具。


 自分よりも弱いモンスターに、あらゆる命令を強制する、モンスター愛護団体をマジギレさせた代物だ。開発者としては、ペット化されているモンスターのしつけに使う道具的なノリだったらしい。

 しかし実際に悪用される事件が起きてしまい、現品回収および破棄・製造禁止を命じられた。


「さぁ、行け。僕とテレサ以外、ここには必要ない。ここで僕達は、幸せになるんだ」


 虫達が、臨戦態勢に入る。


「チッ、来ルゾ」

「アシリア、単純な喧嘩なら負けない」


 魔人達に負けた事が地味に悔しいらしいアシリアが拳を構える。


「大丈夫ですよ、任せてください!虫にはこれです!」


 やる気満々なグリムとアシリアが動く前に、テレサが指を鳴らす。


 現れたのは1門の大砲。

 その砲身には『BarzerP38』と刻まれている。


「虫を自動認識して麻酔弾を撃ちまくる、今魔族の間で密かなブームが来てる(デビコ談)登山グッズ、『バルサーP38』です!」


 どっかの医薬品扱いの殺虫剤と軍用自動式拳銃を合体させた様な名前の大砲から、ピピピピという機械音が響く。


『虫型モンスター、31体ヲ検知シマシタ。砲弾作成…完了。ソシテスカサズレッツ発射ファイア。迷ワズ撃テヨ、撃テバワカルサ、何事モ』


 機械の癖に無駄口を叩いた直後、その砲口が火を吹いた。


 放たれた時は一発の砲弾だったが、途中で爆散。

 弾内より現れた31本の麻酔針が、正確に対象へと命中していく。


 針を受けた虫達は次々と花畑へ落ち、ピクピクと痙攣している。


「……やるね、テレサ」

「シラユキちゃん、そっちがその気なら私にも考えがありますよ」

「考え?」

「力づくでもこんな事やめさせて、きっちり説明してもらいます」

「……相変わらず、変な冗談が好きだね」

「本気です」

「ならやってごらんよ。君にはできない。だって君は僕の運命の……」


 パチン、とテレサの指が鳴り、始まる。

 テレサの必勝パターンというか対男用の常套戦術、『股間にトンカチ』。


「そいやっ!」

「のぉうっ!?」


 相手の余裕もシリアスな空気を吹き飛ばす一撃。


 トンカチを喰らい、ガクンと膝を着くシラユキ。

 それを見てガイアは、「あ、本当に男なんだ」とちょっとどうでも良い事を考える。


「ガイアさん、今です!」

「へ?」

「今の内にシラユキちゃんを、あの植物でグルグルしちゃってください!」

「ああ、対竜兵装か」


 股間への攻撃のダメージはドデカイが、一時的な物。

 シラユキが復活する前に、ガイアの『まぁまぁ平和的な木槍グングネイル・アーティミシア』で無力化させようという考えらしい。

 テレサにしては珍しく、きっちり考えている。


「わかった」


 木槍は洞窟内に立てかけられていたのをきっちり回収済みだ。

 ガイアは魔法の指輪から木槍を取り出し、花畑へと突き立てる。


 魔法のハーブ達は花々の隙間を縫う様に駆け抜け、シラユキを捕える。


「ぐ、ぅぅぅうううぅ……!?」


 ハーブによる力の吸収が始まる。


「っ……テレサ……!」


 力を奪われ、急速な脱力感に襲われる中、シラユキはテレサを見据えた。


「何故?」と、そう訴える様な瞳だ。


「……僕は、君を幸せに……幸せにしてあげられるんだよ……?」

「幸せ、ですか」

「ああ……テレサの事は、僕が一番よくわかっている、だから僕は君を幸せにできる。念には念を入れ、『愛し合う者達を幸せにする』というこの花畑に新居を構える計画も立てたんだ」


 本気の目だ。

 何も間違いなどない。そういう確信の元の発言だ。


「シラユキちゃん……私の事を考えてくれるのは、すっごく嬉しいです、でも……」

「こんなのおかしい? こんな形での結婚を幸せだとは思わない? それに自分の幸せは自分で掴める?」

「え?」


 テレサが言おうとした事を、シラユキは掻い摘んで代弁する。


「君の事はわかってる、そう言ったろ?」


 テレサの言いたい事はわかっている。

 その上で、シラユキは笑う。


「でも、君はわかってない。僕は、今の君の意思なんてどうでもいいんだ」

「し、シラユキ……ちゃん?」

「君を、これから『僕と結婚する事で幸せを感じる』、そういう風にしてあげる。絶対に」

「何を……」

「君が幸せなら、僕は幸せだ。でもさ、どうせなら、僕はもっともっと上の幸せを目指したい」


 シラユキの美しい顔に、不気味な笑みが浮かぶ。


「考えたんだ。『法律』にも、『常識』にも、『誰かの意思』にも囚われず、2人が最大限の幸せを得る方法」


 アンラに言われた通り、必死に、必死に考えた。


「僕は君と居られればこれ以上の幸せは無い……だったら、後は君に『僕と一緒にいる事が最大の幸せ』だと思い込ませればいい。そう思える状況を作ればいい」

「…………!」


 その発想から、マモンの能力による『テレサの居場所を奪う』作戦が生まれた。

 そうする事で、テレサの中からシラユキ以外の拠り所を消去しようとした。


 それに失敗し、シラユキの次の作戦は、こうだ。

 アスモダイでテレサを仮死状態にし、とりあえず結婚式までやっておく。

 その後、テレサが眠っている間に、彼女の拠り所を全て破壊する。

 この魔法の力と、忠実な魔人しもべ達と共に。


 しかし、それすら失敗に終わった。


 なら次はどうするか。

 もう、シラユキの中で答えは出ている。


「僕は君から、僕以外の全てを奪う」


 そう、


「君から、『君』を奪う」


 それは、至ってはいけない最悪の答え。


「君を、作り直す」


 テレサを変えるのでは無く、作り直す。

 それが、シラユキが新たに設定した手段。


 どんな過程を踏んでも構わない。


 今のシラユキに、『善悪』という概念は無い。

 ただ、結果として自分とテレサが幸せならそれで良い。


「そんなの、おかしいですよ! 本気で言ってるんですか!?」

「良いよ。今は理解してくれなくても。理解させてあげるから。いや、理解できる君に作り直してあげるから」


 最早、『テレサの意思』さえも、どうでもいい。

 そんなもの、捻じ曲げてしまえばいいと考えている。

 それが間違っていると、彼は決して思わない。


 そうする事で自分もテレサも幸せを感じる未来が待っている。

 何が間違っていると言うのか、シラユキは本気で理解できない。


「……シラユキちゃん」


 流石のテレサも、理解した様だ。

 今のシラユキに、まともな言葉は届かない。


「……っても、もうお前動けないだろ?」


 シラユキは既に魔法のハーブに大分体力と魔力を持って行かれているはずだ。

 どれだけボスっぽい雰囲気を出していても、ここから逆転する術など……


「……確かに、魔力も体力も底を尽きそうだ」


 でも、


「僕がもらったのは、それだけじゃない」









 ……見て、『マスター』だ。


 マスターが帰ってきた。


 ここに帰ってきた。


『あの子』も一緒だ。


 会えたんだ。


 巡り会えたんだ。



 まだ、誰も気付いていない。


 花々の、小さなザワめきに。






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