第50話 シラユキ(♂)と七つの大罪⑧
「あ、おはようございます」
テレサが目覚めて最初に放った一言は、実に彼女らしい緊張感の無い物だった。
しかし、ガイアは妙な事に気付く。
「ん? お前やたら泣きそうな目してるけど、大丈夫か?」
「へ?」
テレサの目は、今にも泣き出しそうな程に潤んでいた。
「な、何ででしょう? あ、よく覚えてないんですけど、何か悲しい夢を見た様な……」
「悲しい夢?」
「昔の夢、って感じだったんですけど……うーん、どんなのでしたっけ……」
少し悩み始めたテレサだったが、そんな事考えてる場合じゃない事に気が付く。
「というか、ここどこですか? すごいですね、カラフルで……って、何ですかこのドレス!? あと何か知らない子がいますよ?」
「起きて早々忙しいなお前は……」
夢が何だと言い出したと思ったら、洞窟内の色彩豊かな光に感心し、いつの間にか着せられていたウェディングドレスに驚き、更にグラを見つけて首を傾げる。
「私はグラです。色々積もる設定はありますが、今は置いとく感じで」
「え、何ですかそれ、すごく気になるんですけど! 思いませんかガイアさん!」
「俺は聞いてるから別に」
「アシリアも聞いた」
「私も……ごめんなさい……」
「かつてない蚊帳の外感!」
先に目を覚ましたアシリアは、コウメと共にグラのちゃんとした自己紹介を聞いている。
流石のグラも、1日に3度も自己紹介するのは面倒臭いのだろう。
まぁ、なんだ。
起きるのが遅かったこいつが悪い、という事だ。とガイアは心の中で結論付ける。
「では、皆さん起きた事ですし、グリムの所へ行きましょうか」
「ぐりむ?」
「……お前な……」
ちょっと前にズルいだ何だと大騒ぎしていた癖に、もう忘却の彼方らしい。
「あ、それはそうと、シラユキちゃんに似てるあの7人組はどこですか!?」
「ここには1人しかいなかったし、残りはシラユキってのと一緒に向こう、だろうな」
「妙な気配が固まっている」とグリムが向かった場所。
おそらく、そこにシラユキ達はいるのだろう。
「シラユキちゃん……きっちり色々、話を聞かせてもらいます」
「なら、ちょっと急いだ方が良いかもな」
「何かあるんですか?」
「いや、勢い余ってー……って事が、ありえるかもと」
「あー……私もそこは保証しかねます」
「本当に何があるんですか!?」
黒いブーツが、花々を蹴散らす。
散った傍から花が再生を始めている事など気にも止めず、グリムは走る。
僅かな闇を爪に纏わせ、斬れ味を上げる。
それを迎え撃つ魔人達は、シラユキを庇う様に陣形を組み、攻勢に出た。
まず、陰気そうな少女、『シラユキの嫉妬』。
「……その闇を支配する力……羨ましい……妬ましい……!」
彼女の能力は、彼女が嫉妬した『あらゆる能力』を封印する『嫉妬の縛印』。
その刻印が、グリムの胸に打ち込まれる。
「アァン?」
途端に、グリムが身に纏っていた闇が『力』による支配から解放され、霧散する。
「フハ! もらったぞ!」
笑いながら、グリムに飛びかかる顎鬚のダンディ、『シラユキの高慢』。
「貴様にできる事が、我輩にできぬ訳がない!」
彼の能力は、相手の『あらゆる能力』を数倍の出力で模倣する『高慢な模倣』。
ルシフルの周囲に、闇が集う。
その闇を、無数の触手の様に伸ばし、先を剣の如く尖らせる。
「我輩達に1人で勝てると思ったのか!? 奢るなよ真っ黒クロスケめ! 貴様の能力で、八つ裂きにしてや…」
彼の言葉は、途中で遮られた。
口内に登ってきた、大量の血痰によって。
「っっっ!?」
ルシフルが支配したはずの闇が、彼の胸を、腹を、全身を引き裂いていく。
「ひ、ぎぃ、あああぁぁあぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁ!?」
「阿呆ガ……」
その様を横目で見て嘲笑いながら、グリムは駆ける。
狙うは、己の胸に妙な刻印を打ち込んだ少女。
「ひっ……」
レバリャタンが逃げる間も無く、その大爪が彼女の胸を貫き、もう片方の手がその首を刎ねる。
「大シタ『力』モ無イ癖ニ、『闇』ヲ従エヨウトスルカラソウナル」
ルシフルとレバリャタンが、元のストラップ人形へと戻る。
同時に、グリムに刻まれた刻印が消え失せた。
「奢リガ過ギタナ。オ前ラ如キジャ、俺様ノ『力』ヲ模倣スルノモ、コノ『力』ニ嫉妬スルノモ、3万年ハ早イ」
嫉妬する事すら許されない程の差。
模倣など、叶うはずが無い。
「くっ……」
ゼブルは悟る、こいつは、無策で倒せる相手では無い。
ならば打つ手は1つ。
「『暴飲暴食』!」
「ンオ?」
グリムが疑問に思った時にはもう遅い。
その漆黒の体は、ゼブルの体内へと消えた。
「『憤怒』! 『怠惰』!急いで人形を回収しろ!万全の準備を整えなければこいつは……」
不意な衝撃。
ゼブルの腹の肉を裂き、闇の触手が吹き出す。
「ぎ、あぁぁぁぁああぁぁぁぁっっ!?」
「臭イ胃袋ダ。モウ少シ食生活ニ気ヲ使ッタラドウダ? ……マァ、肉食ノ俺様ガ言エタ義理ジャナイカ」
「ば、馬鹿な……っ!? な、ぜ…動けるんだぁぁぁぁっ!?」
「知ルカ」
グリムを体内に捕らえ、その間に万全の対策を練ろう。それから戦おう。
ゼブルはそう考えていた。
ゼブルの体内では、あらゆる生物の時間が停止し、動けなくなる。
故に、体内という弱点だらけの場所に敵を招き入れても危険は無い、はずだった。
残念な事に、大前提としてグリムは『生』物ではない。
それがゼブルの誤算であり、取り返しのつかないミス。
ゼブルを内側から微塵に刻み、グリムが大地を踏みしめる。
「アト、2体ト1匹カ」
残るは、筋骨隆々の大男と気だるそうな表情の幼い少年。
そして、シラユキ。
「チィッ……やるぞ『怠惰』!」
「面倒だけど、仕方無いね」
筋骨隆々とした男の筋肉が数倍に怒張し、服が弾ける。
「仲間達を次々に葬った…貴様には腹が立つ! 腹が立つ、腹が立つぞぉぉぉぉぉぉ!」
怒張という範疇を超え、質量保存の法則を無視し、筋肉が増加を始める。
更に肌の血色も変化し、まるで鉄鋼の様な黒銀色へ。
3メートルを悠に越える、黒銀色の巨人が完成する。
「憤怒は力による破壊を暗示する! 『憤怒怒涛』ッ!貴様はこの俺の圧倒的パワーの前に破壊されつくされるのだ!」
「ウルセェナ。声張リ上ゲテイクラ吠エヨウガ、俺様ニハ破レル鼓膜ハネェゾ」
「その余裕そうな態度がますます腹立たしいわ!」
まさに鉄塊の様な拳が、グリムへ向け放たれる。
受け止めるついでに引き裂いてやる。
そう爪を立てるグリムだったが、直後、火花が散る。
「!!」
「『鉄拳粉裁』! ぬぅ、がぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
世界を震わす様な怒号。
鉄塊の様な拳が、グリムを後方へと吹き飛ばす。
背中で数本の木々をへし折り、グリムの体はようやく止まる。
「グッ……ヤルジャネェカ…ッテ…」
グリムが立ち上がる前に、その体を影が覆い隠す。
「ごぉらぁああああああああああああああああああああああああ!」
振り下ろされる拳の鉄槌。
一瞬で間を詰めた大男は連続してそれを打ち下ろす。
筋肉ダルマは鈍い。
それは、極一部の無駄に筋肉をつけている阿呆に限る。
必要な場所に筋肉が集中していれば、それはただただ効率的にパワーを生む。
発生する運動エネルギーが多ければ多い程、物体は速く動く。
当然の原理だ。
だが、それがどうした。
グリムは大男の速度に反応し、連撃を回避してみせた。
(愚直な脳筋タイプか……下手な特殊能力振りかざす奴より、厄介だなぁ!)
厄介、と心中で吐く割に、グリムは楽しそうだ。
こういう相手との喧嘩は、正直心躍る。
直後、異変が起こる。
大男の速力が、跳ね上がった。
「!?」
それも、数段、とかいう表現じゃない。
目にも止まらぬほどに速い。
数十倍の速度で、動き始めたのだ。
残像の尾を引く拳が、グリムを捉え、天高く打ち上げる。
「グォゥッ……ッ!」
空を捉えていたグリムの視界が、黒銀の巨人で覆われ、そして地へと叩き落される。
そこで、更に不可解な現象が起きる。
何故か、大男はグリムよりも先に大地に立っていた。
「ナッ……!?」
ありえない。
空中では筋肉がどれだけあろうと関係ない。
大男がどれだけ重かろうと、あの体躯ではタカが知れている。
空中で叩き落とされたグリムより先に、自由落下するなど、ありえない。
しかし現にそれは実現している。ありえてしまっている。
グリムが地面に触れる前に、その体に全力の蹴りが襲い掛かる。
流石のグリムの体も、全体から嫌な音が響き始める。
(不味い……!)
グリムは亡霊。この体は所詮は器。
どれだけ叩かれようと、グリム自身にダメージは無い。
しかし、器はいつか壊れる。
器が壊れれば、グリムは霊体だけになり、実質無力化されてしまう。
これ以上もらうのは、不味い。
身を翻し、グリムは着地。一瞬で思考を巡らせる。
(……あのガキから妙な気配がする……あのガキの能力か!)
大男が突如素早くなり、物理を越える動きを見せたのは、おそらくあの幼い少年の能力だ。
ただ単純に大男の動きを素早くした訳では無いだろう。
(あのデカ物の攻撃の威力は変わっちゃいない……)
大男の速度が単純に速くなっただけなら、比例して破壊力も上がるはずだ。
しかし、それは無かった。
何より、それではグリムより先に落下していた説明が付かない。
(考えうる中で1番ありえる能力は……『俺様の全てを遅くしてる』……!)
反応、体感、そして、グリムそのものに影響する全ての現象。
それらを全て、スピードダウンさせている。
それならグリムから見て大男が素早くなったのも説明がつく。
グリムに関する全ての事象が遅くなっているのなら、『グリムの落下速度』より、大男の自由落下の方が速かったのもうなづける。
「……気付いたみたいだねー。僕の『怠惰な一時』に……」
だから、どうした。と少年は笑う。
気付こうと、対処は不可能。
何故なら、今のグリムの反応・行動速度では、大男を振り切れはしない。
少年を狙う事はできない。
一方的な攻撃を受け、大男に破壊されるだけだ。
大男が大地を蹴り、放たれた矢の様な速度、グリムには更にその数十倍に感じられる速度で、突進する。
「……ソォイウ事ナラ、話ハ簡単ダ」
大男の一撃を、グリムは、見事に躱してみせた。
「!?」
「ダッテソウダロウ? 俺様ガ、更ニ速ク動ケバ良イダケダ」
あらゆる速度を遅くされたのなら、もっと速くなればいい。
「俺様ガ、オ前ラ如キニ本気ヲ出シテイタトデモ、思ッテイルノカ?」
仕方無い。
今出せる本領を、見せてやろう。
(簡単に壊れてくれるなよ、俺様の器!)
グリムは拳に闇を纏わせ、全速力で振るった。
ソニックブームすら生じさせるその一撃が、自身の倍近い黒銀の巨体を、何十mも吹き飛ばす。
「……ット、力、入レ過ギタ」
余りの一撃に、グリムの拳の方にも亀裂が入る。
これだから借り物の体は嫌になる、とグリムは心中溜息を吐く。
「そんな……」
「サテ、絶望シテルトコ悪イガ、トットト能力ヲ解イテモラオウカ」
漆黒の風。
そう表現すべき速度で、グリムは少年に接近し、その頭部を粉砕した。
少年は元の人形へと戻り、グリムにかけられていた能力が解除される。
「……コレデ、残リ1匹……」
大男はまだストラップに戻ってはいないが、完全にノビている。
残るは、黒ドレスに身を包んだ美女(♂)、シラユキただ1人。
「オ前ヲ適度ニシバイテ、アノ人間ノ所ニ連レテキャ終ワリダ」
ガイアの説明を適当に聞いていたグリムだが、とりあえず目的だけはきっちり理解している。
「……不愉快だよ、君の声。何より、存在が」
「ヨク言ワレル」
ふぅ、とシラユキは深い溜息。
そして、ゆっくりと腕を持ち上げた。
「人の幸せを邪魔するなんて、最低の趣味だと自覚した方が良い」
「別ニ趣味ッテ訳ジャネェヨ」
シラユキは静かに、中指と親指の先が合わされた状態の手を、グリムへと差し向ける。
あの手の形は、指を鳴らす時の形だ。
「……? 何ダ? 指ヲ鳴ラシテドウシヨウッテンダ?」
「君を消す」
パチン、とシラユキが指を弾き鳴らす。
瞬間、黒い雷撃が、グリムへと襲いかかった。
「!?」
グリムは反射的にそれを回避。
黒い雷撃はグリムの遠く背後の木に直撃し、その木を粉微塵に吹き飛ばした。
「攻撃魔法……人間ノ癖ニ、随分気軽ニ使ウジャネェカ。魔人カ何カノ混血カ?」
「……ハーフ、か。まぁ、『血が混ざっている』という意味では近いかもね」
シラユキは続けて指を鳴らす。
無数の雷撃が、グリムへと襲い掛かる。
(そんなもんで……)
グリムの全開速度なら、こんな魔法、躱し切るのは容易だ。
しかし、グリムの膝部辺りから、ガギリ、と嫌な音が響く。
「!」
さっき、少年を仕留める時の全速移動で、大分脚部に負荷がかかっていたらしい。
これ以上負荷をかけるのは、不味い。
(チッ、自分に合った肉体が無いってのは、本っ当に不便だなぁおい!)
速力に物を言わせた回避はできない。
しかし、そうなるとシラユキの魔法は躱し切れそうにない。
(面倒くせぇな!)
グリムは闇を操り、シラユキの雷撃を全て打ち落とす。
「君が誰だか知らないけど、僕『達』の幸せを邪魔する以上、容赦はしないよ」
温度の無い声でそう言い放ち、シラユキは天へ向かって指を鳴らした。
「誰にも邪魔させない。僕はここで、テレサと幸せになるんだ」
今度は、大空に無数の魔法陣が展開され、その中からおびただしい数の虫型モンスターが召喚される。
少なく見積もっても50匹はいるだろうか。
種類も雑多。
共通点と挙げるなら、どいつもこいつもやたらとレベルが高そう、という点か。
「さっき戦闘を見た感じ、君には『回りくどい特殊能力であれこれする』より、こういうゴリ押しの方が効きそうだ」
先程の戦闘、シラユキはただ黙って見ていた訳では無い。
特異な能力を振りかざす魔人達が瞬く間に蹴散らされていく中。
単純な力で押す大男だけは、グリムを少しばかり苦戦させていた。
シラユキはそれを見逃してはいなかった。
「……オイオイ……召喚魔法ッテ、ソンナ簡単ニ使エルモンダッケカ?」
「さぁね。一般的な魔法の価値観はよくわからない」
魔法にはあまり馴染みが無い、という事だろうか。
その割には、随分と使いこなせている様子だが。
「……ちなみに、この虫達は僕に『この力』をくれた子が契約してた物なんだけど……」
フフッ、とシラユキが笑う。
「どれも微塵切り程度じゃ死なないらしいから、せいぜい頑張って」
「サラット厄介ダナ!?」
虫型モンスター達が一斉に牙を剥く。
「ッタク……図ニ乗ルナヨ、虫ケラ共」
グリムは放てる限りの敵意を虫達へと向ける。
威嚇、だ。
今は半分程度の『力』しか無いとはいえ、グリムはかの有名な悪竜の王。
当然、虫達は絶対的強者を目の前にし、止まる。
しかし、それは一瞬の事。
すぐに虫達はグリムを攻撃すべく動き出した。
「チッ! 良ク教育サレテルナ畜生ガ!」
グリムを恐れていない訳では無い。
恐怖しながら、虫達はグリムへ襲い掛かる。
もし彼らが涙を流す機能を持っていたのなら、泣きじゃくりながら突進してきている、という状態だろう。
(グラに渡してる分の『力』を戻せば、流石に威嚇も効くだろうが……)
それをすると、向こうが戦闘中だった場合、とても不味い事になる。
それは、出来ない。
グリムとしては、グラの生命を危険に晒してまで、この虫達の生命を尊重する義理は無い。
そしてそれなりに強そうなモンスター、しかもこれだけの数が相手だ。
流石のグリムも「気分が乗らないから不殺プレイするか」なんて言えない。
何よりそれは面倒臭すぎる。
「……恨ミタキャ恨メヨ虫ケラ共! ソウイウノ慣レテッカラナァ!」
あまり気分は乗らないが、全員駆除させてもらう。




