第10話 綺麗なあの子は…(ドM)《前編》
僕は、ネズミの忠助。
僕が住み着いている家には、1人の優しい女の子がいるでチュ。
彼女の名前はシンデレラ。
とっても可憐な少女なのでチュ。
でも、シンデレラは家族に恵まれなかったでチュ。
母を早くに亡くし、父と2人暮らし。
そんな父も、再婚後すぐに他界してしまったチュ。
今彼女と戸籍上家族関係にあるのは、意地悪な継母と2人の義姉。
その3人にまるで下僕の様に扱われる彼女。
見窄らしい服を着せられ、金色に輝いていたその髪は整える暇さえもらえずに色褪せてしまっているチュ。
日に日に、彼女の可憐さは埃に埋もれていく。
でも、僕にはどうする事も出来ないでチュ。
僕が小さなネズミだから、というのもあるんチュけど、それ以上に……
「シンデレラ! 早くリビングの掃除終わらせなさいよ! 本当にすっとろいわねぇ!」
「ああ! もっと罵ってください!」
「うるさい! 早く掃除しなさいっての!」
「ありがとうございます! 励みますのでもっと! もっと蔑みの言葉を!」
「き、気持ち悪い……」
「ありがとうございます!」
心底幸せそうに笑うシンデレラ。
……そう、彼女は、かなり上級なドMなのでチュ。
どうする事も出来ないし、どうしようもないのでチュ……
「ちゅー訳で、シンデレラをどうにかして欲しいでチュ」
「ガイアさん! ネズミさんが喋ってます! 可愛いです! 飼います!」
「好きにしろよ。でももうちょい話は聞いてからな」
休日の朝。
魔地悪威絶商会のオフィス。
現在、まさに珍客というべき客が来ていた。
「メールでやたら語尾にチューチューついてるから何かと思ったが……」
先日、珍しい事に仕事の依頼メールが来た。
そして依頼に返信し、本日この時間を指定してオフィスまで来ていただいた訳だが……
「ネズミって……」
やって来たのは、テレサの小さめな掌でも握りつぶせるくらい小さなネズミ。
「こりゃ今回は金にはならなそうだな」
「チュっ…確かに満足に払えるお金はないでチュ……でも見捨てないで欲しいでチュ!」
必死にすがりつく様な声を上げる忠助。
「もうあのどうしようも無いシンデレラは、魔法くらい使わないと、本当にどうしようも無いでチュ!」
「ひっどい言われ様だなシンデレラって人……」
というか、何やら早とちりされている。
「あのなネズミさんよ。俺は別に依頼を受けないなんて言ってないぞ」
「チュ?」
「まず、俺にそれを決める権限は無い」
あくまでガイアは幹部。
活動方針はボスであるテレサが決める。
そんでもってテレサは、金の有無で困ってる人…いや、ネズミを見捨てたりはしないだろう。
「で、どうせやんだろ、テレサ」
「可愛い……」
「話を聞きなさい」
「いだっ!? ガイアさん!? チョップするならするで加減してくださいよ!?」
「思いっきり加減したわ! で、どうせやるんだろって聞いてんだ!」
「もちろんです! そのデレラさんとやらを……えーと、どうすればいいんですか?」
「チュ」
少し考え込む忠助。
「まず、シンデレラはどうしようもなく……こう、ドMなんでチュ」
「ドMってなんですか?」
「……まぁ、ざっくり言うと虐められて喜ぶ人だ」
「変態さん……?」
「それに近いかもな」
「なっ、シンデレラは変態なんかじゃ無……い?」
「変態なんだな」
で、その変態デレラをどうしろと言うのか。
「チュ、僕はシンデレラには幸せになって欲しいでチュ」
「………………」
「どうしたんですか? ガイアさん?」
「いや、なんでこのネズミはそんな変態の事をそうまで想えるんだろうかと」
「……シンデレラは優しい娘なのでチュ」
ほわんほわんって感じで回想を始める忠助。
真っ先に思い浮かぶのは、継母や義姉にいびられて紅潮するシンデレ……
「違うでチュ! そこじゃないでチュ!」
料理中に手を切り、ちょっと嬉しそうにしているシンデ……
「そこでも無いでチュ!」
もっともっとと罵倒を要求し、義姉に本気でドン引きしていてもなお要求し続けるシンd…
「違うんチュよーっ! もう少しまともな所が希にはあるんチュよーっ!」
(希にしかまともな所が無いのか……)
義姉に殺されかけた忠助を助け、「大丈夫?」と優しく労わってくれた、シンデレラ。
「はっ、これでチュ、この回想でチュ!」
そして忠助に対し「ネズミさん、少しくらいなら私の手を噛んでくれても…
「ストップでチュ!思い出はトリミングしてでも美化するでチュ!」
「何があったんだよ一体……」
さっきから1人でギャーギャー喚く忠助。
少し心配になってきた。
「とにかく、僕はあんなシンデレラでも幸せになって欲しいんチュよーっ!」
あんなって……
「でも幸せにしたいって、具体的にどうすれば……」
「あれですよ、大抵の女の人の幸せと言えば……タマノコシって奴ですよ!」
「……ちなみにテレサ。その言葉の意味は知ってるか?」
「いいえ。でもチャールズ兄様がお城の古井戸の方でよく叫んでますよ? 『俺とならタマノコシだぞ!? 女性なら誰だって喜ぶはずなのに…何で俺はモテないんだ』って」
何か嫌だなその光景。
「ちなみに玉の輿ってのはな……」
軽く説明を終えると、テレサはとても良い事を思いついた様子で笑った。
「それなら丁度良いです! チャールズ兄様とくっつけちゃいましょうよ! そのデレラさん!」
「自分の兄貴の結婚を軽く捉え過ぎだろお前……」
「でもチャールズ兄様そろそろヤバイってウィリアム兄様が言ってましたよ」
「ヤバイ?」
「はい、何でも最近、城の馬小屋で遠い目をしながら『……メス馬……メスって事は一応…?』とかボソボソつぶやいてたとか」
「うん、それはお前が思っている以上にヤバイな」
「そうなんですか?」
相当ヤバイだろう。
種族的な見境が無くなってきているのだから。
そんな王子のおかげで実は自分が命拾いしていた事を、ガイアは知らない。
「でも、一般市民と王子をどうやって会わせ…その辺はお前がいるから大丈夫か」
「はい! これでも私はお姫様です!」
城に友達としてデレラを連れて行くのは容易。
あとの問題があるとすれば……
「問題は、デレラの方か」
「っていうかシンデレラの呼び方はデレラで決定なんでチュか?」
「何かシンデレラとチャールズって名前を並べてはいけない気がする。なんとなく…どっかの舞台の脚本と言うか、商標的に」
こうなってしまったのは偶然だが……まぁ、わかる人にはわかるだろう。
「にしても、ここからだぞ難題は。いくら結婚に飢えてる王子っつっても、立場上、ボロクソい変態庶民との結婚なんて周りが許さねぇだろうからな……」
正直くだらない事だとは思うが、王族である以上身分とか家柄とか、容姿等々も気にかける必要があるだろう。
「大丈夫でチュ! シンデレラは綺麗に着飾って黙ってさえいれば、超一級品の美女でチュ!」
身分とかはもう、隠蔽する方向で行こう。
最悪、テレサの魔法で「貴族ですよ」的な証拠を捏造する。
「よし、後はシンデレラの意思次第でチュね!」
そんな訳で、ガイア達は件のシンデレラに会いにいく事になった。