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僕らの誓い   作者: 緋花李
第二章 -世界篇-
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第十三話 翡翠の都へと

 暖かい風が俺の頬を撫でる。花の香りが仄かにする、優しい風だ。見上げた空は今日も澄み渡り、どこまでも青い。

 少しの食料と金を入れただけの鞄を下げ腰には剣を差し込み、俺は歩く足を止め、空を見上げていた。そしてそのまま空気を胸一杯に吸い込んで、ぐっと伸びをする。

 これから翡翠の都に向かうために港に行く。船で丸三日の距離だ。なかなか遠い。

 けれど、最近の船には魔力結晶マジック・クリスタル、――純粋な魔力そのものを結晶化させたもの――が搭載されている。だから、本来なら一週間かかる距離を三日で行くことができるんだ。ちなみにここ、王都が原産地であると聞いた。

 ただ、おかしいことが一つだけある。

 王都セレスタインの人口のほとんどは『人間』。エルフやハーフエルフではない。なのに、彼らしか持つことのできない『魔力』の結晶の原産地なんだ。

 人間に魔力はない。リリー曰く、多少の魔力は流れているけど、それを開花させることができないのだという。

 政府の中で、もしかしたらとてつもなく高性能な機械が出来上がっているのかもしれない。

――あり得ないけど。


「どうしたの? 早く行かないと船が出ちゃうわよ」


 先を行っていたリリーが振り返って声をかけてきた。風によって髪がなびいている。

 不意に強い風が吹き、花弁が舞った。風に揉まれ、渦を巻き、砂ぼこりと共に消えていった。それを目で追う。花弁が、これから先に起こることを暗示しているように思えた。


「――何もなければいいんだけどな」

「えっ? 何?」


 聞き取れなかったのか、リリーが髪を耳にかけながら首を傾げる。俺はゆっくりと首を横に降り、「なんでもない」と呟いて彼女の隣まで駆けた。

 俺たちの少し先に凜さんが、品のある動作でキモノを直し、そしてゆるりと振り返る。蜂蜜色の瞳が僅かに細められ、赤い紅を塗った唇がかすかに動き、口角が上がった。凛さんは風になびく黒髪を押さえて、歌うように呟く。


「翡翠の都では、花が散ると恋が実ると言われているのです」

「えっ? 花が散ると、ですか?」


 凛さんは淡く微笑みながら頷いた。


「帝都の方は『桜』をご存知かしら?」

「ええ、知ってるわ。薄ピンクの、小さい花がたくさん咲く木でしょ? この辺りにはないけど、貴族街に行けば見れるはずよ」

「まぁ、そうだったのですね。帝都にも桜が植えられているなんて。翡翠の民として光栄です」


 凛さんは嬉しそうに手を合わせ、そしてお辞儀をする。顔があげられた時、凛さんはあどけない笑顔だった。俺はその笑顔になぜかほっとする。凛さんはあまりにも大人びていて、年相応には見えないからだ。余計なお世話かもしれないけど。


「続きは歩きながらでもいいかしら? 時間もないことですし」

「はい、構いませんよ。それで、どうして花が散ると恋が実るんですか? 俺はなんとなく悲しいというか、寂しいというか……とてもプラスの方向には考えられません」


 少しだけ歩く速さをあげて、俺たちは肩を並べ歩き出す。

 花が散るのは儚くて切なくて……さっきも言ったけど、俺はとてもじゃないけどいい方向に例えたりするのは難しいと思う。

 凛さんは俺の言葉を聞いて、たもとで口元を押さえて静かに笑った。


「翡翠の都に伝わる、古い伝承があるんです。昔、春になると桜の木に毎日のように語りかける青年がいたそうで。青年は盲目でしたが、篠笛しのぶえがとても上手な方だったんです。青年は語りかけては笛を吹き、桜に聞かせていたらしいのです」

「桜に語りかけるだなんて、だいぶ変な人よね。桜は返事もしないし、聞きもしないのに」

「あのな……」


 伝承だっつってんのに。

 リリーがズバッと言い捨てて肩をすくめるもんだから、俺はため息をついて首を振った。

 この手の伝承は一般的に見たら変な人が登場するモノが多い気がする。あくまで俺の考えだけど。

 凛さんは続ける。


「青年は桜が散るのが嫌いだったそうなのです。目の見えない青年にとって、春は素敵な季節でした。花の香りがとても安らぐから、と。目が見えなくても、そこに花があるのが分かるから。だから青年は花の散るその時まで、桜の木に語りかけていたのではと思います――そして桜も散り始めたある日。青年が桜に語り終わり、篠笛を吹いていた青年を一陣の風が包みました。その風は桜の花をあっという間に散らし――花弁が、少女を作ったのだそうです」

「花弁が、少女を?」

「ええ。その少女は桜自身だったようです。少女はずっと青年に恋焦がれていた――つまり桜は青年に恋をしていたのです。少女は花の香りを身に纏う、美しい女性でした。のちに青年と少女は結ばれ、幸せに暮らしたと……」


 凛さんが語り終える頃には目の前に港が見え、俺たちが乗る船も確認できるくらいになっていた。いつの間にやら風に潮の香りが混じっている。

 リリーがつまらなさげに唇を尖らせて髪を払う。彼女の胸元のリボンが風に吹かれ、ふわふわと揺れた。

 船の中から船員が客を呼んでいる。俺たちは急いで船の中へ乗り込んだ。






 船に乗って丸三日。翡翠の都が見えてきた。

 俺とリリーは甲板の手摺てすりに寄りかかり、船の進路先を見つめてからお互いに顔を見合わせて、ニカっと笑う。

 春だからだろう。翡翠の都は桜の花の淡いピンク色が目立った。


「見えて参りましたね」


 ふと後ろから声をかけられ、俺とリリーは同時に振りかえる。

 船の甲板に出てきた凜さんが嬉しそうに目を細め、風に靡く黒髪を押さえた。


「やっと、帰ってきたのですね……故郷に……」


 声にも喜色を浮かべ、微笑んだ凜さん。手摺につかまり、目を細めて故郷を見つめる。

 その横顔を見て俺とリリーは静かに笑った。とりあえず、仕事はうまく終わりそうだな。

 そう思い、俺は手摺に背を預け、甲板を見渡した。


 ――その時。


 爆音が不意に耳に入り込んできた。そして何かが崩れ落ちる音も。勢いよく振り返り、前方を見やる。


「なんだ!?」

「あれ見て!! 翡翠の都からだわ!!」


 リリーが指を指した方角からは煙が上がり始めている。だんだん翡翠の都に近づくにつれ、焼ける音や悲鳴、何かがぶつかる音など様々な音が、小さいが聞こえてきた。

 これは――都の中で、何かただ事はないが起きている!

 凜さんは唇を震わせ、後ずさった。顔からは血の気が引き、真っ青になっている。

 やがて目的地の状況に気がついたのか、船の上も騒がしくなってきた。

 客の中には悲鳴をあげ、船員に掴みかかって文句を言い出す連中もいる。船員は状況確認に追われ、船内を走り回っているようだ。

 すると一人の若く、すらりとした長身の船員が、俺たちの方へ駆けてきた。


「お客様!! 今、翡翠の都に異常事態が発生しているみたいで……と、とにかく危険ですので、船内に、お、お戻りください!!」


 慌てて言葉がおかしくなっている船員を見て、嫌な予感がする。

 ――もしかすると、翡翠の都に到着することができない……?


「ねえ、この船、翡翠に行けるの? まさかここまで来て引き返すだなんて言わないでしょうね?」


 リリーも感じたのだろう。船員に掴みかかる勢いで詰め寄った。

 船員は言葉に詰まり、目を泳がせ一歩後ずさる。

 一瞬、リリーの目元が震えた。

 ――ああ。こうなったら誰にも止められない。


「はっきりしなさいよ!!」


 ついにリリーは左手で船員の胸ぐらを掴み、右手で後方の翡翠の都を指差した。


「いい!? 引き返すってことは翡翠の都の住民を見殺しにするってことなのよ!? あんたの腰についてるコレは何!? 男ならそれ振りかざして挑みに行きなさいよ! ただの飾りならさっさと海に捨ててなさい!! 戦う度胸も無いくせに、剣の意味もわからないくせに、お飾りでつけてんじゃないわよ!!」


 両手でぶんぶんと船員を揺すり、リリーにしてはかなり珍しい言葉をこれまたかなり早口でまくし立てる。

 その間にも翡翠の都では赤々とした炎が激しく燃え上がり始めていた。これは早く何とかしないと、かなりまずい。

 俺は視線を翡翠の都からリリーに詰め寄られ、ただぽかんと口を開けている船員に向ける。そして一歩進み出て自分の剣に触れながら先任を見上げた。


「俺たちは傭兵なんです。だから戦いには馴れてる。一緒に戦ってほしいとはいいません。ただ、救えるかもしれない命を見殺しにすることはしたくないんだ。俺たちを翡翠の都に届けてくれるだけでいい。そうしたらすぐに離れて。相手が何人いるかわからないから」


 船員は壊れた人形のようにかくりと首を動かして俺を見た。その目は俺の腰にある剣を見つめている。

 そしてハッとしたように勢いよく頷いた。


「わ……わかりましたっ!! い、今すぐに……」


 リリーがパッと手を離すと、若い船員はバタバタと大袈裟な足音を立てて船内に戻っていく。

 その背中を見送ってから俺は翡翠の都を見つめた。

 一体、何が起こっているのだろう、あの街で。赤い炎と黒い煙が桜の木までも呑み込んでいた。きっと、花が散っている。


わたくしの、故郷が……!!」


 震えた言葉には、怒りが込められている。その声の主は、凜さんだ。

 ふと、背筋がひやりとする。急に冷気を当てられたかのように、寒い。振り返るとそこには懐からふだを取りだし、怒りを含んだ目でそれを握りしめる凜さんがいた。


「……凜さ――」


 異変を感じて、俺が声をかけようとした刹那。

 凜さんは歯で指を薄く切り、そこから流れ出した血を札に塗りつけた。


「我が声に答えよ、我と契りを結びし大いなる自然のしもべたち――」


 印を結び、凜さんが唱え終えると、凜さんの周りに一陣の風が吹いた。その風が二匹の蛇のような――体が半透明で、煙を帯びている――生き物に変わる。

 隣でリリーが呆気にとられたように口を開けていた。もちろん、俺も。


「これは……」

「――わたくしの、あやかしです」

「これがあやかし――」


 俺は息を呑んであやかしを見つめた。その鋭い牙に背筋がヒヤリとする。


『どうした凜。今日はやたらと荒々しいな』

『私たちを呼ぶときの凜はいつもこうじゃないですか。全く、いつもは冷静でおしとやかなのに、怒ると人が変わるんだから』


 凜さんの周りをくるりくるりとゆっくり回りながら二匹のあやかしは頭に直接響いてくる声で話した。

 凜さんはそんなあやかしなどお構い無し、と言ったように帯の隙間から短刀を抜き出して横に払う。


わたくしたちの故郷が、何者かに荒らされている。手を貸してくださいますね」


 凜さんの言葉には、否定を許さない力が込められていた。その言葉にあやかしが頷いた、その時。今まで波に漂うだけだった船が再び翡翠の都に向けて出発し始めた。

 ――そう、戦いが繰り広げられているだろう、その地に。






「これは――」


 あまりの光景に言葉が出ない。

 翡翠の都の家のほとんどは木でできている。その木製の家々はほとんど焼かれ、炎はさっきにも増して勢いを増していた。地面には踏み荒らされた血の跡――


「酷いわね」


 腰の短剣を抜き、油断なく構えているリリーは街をぐるりと見渡して短く呟いた。

 リリーの言う通り、今俺たちが目にしている光景は、どこもかしこも酷く傷ついている。

 凜さんはというと、さっきから敵を見つけるべく、あやかしを操り、ぶつぶつと何かを呟いていた。内容までは聞こえないが、たぶん何かの呪文だと思う。

 俺が凜さんから視線をはずし、大通りから広場へ目を向けたその時――目の前を金色の風が駆け抜けた。

 正確には風ではない。輝く長いブロンドの少女だ。少女が手にしているのは、華奢で儚げな印象の彼女には似つかわないロングソード。

 ……ロングソード?


「もしかして、あの人『ユノ』さんじゃ……」

「えっ!? 父さんが言ってた、新しい仲間メンバーの!?」


 リリーが慌てて彼女を見やる。

 彼女はキモノを来た幼い少年とその母親らしき女性を背に庇い、誰かと対立するように構えていた。たとえ彼女がユノさんでなくとも、おそらく敵ではないだろう。彼女が身に付けている白のコートは所々破け、血が滲んでいた。

 とにかく、助けに行かないと。

 加勢しようと彼女の元へ駆け出した直後。


 ――銃声が鳴り響いた。


「あーあ。せっかく楽しんでたのにぃ。僕の邪魔しないでよね! 遊んでくれない癖にっ!!」


 そんなこの場には似つかわない言葉と甲高い声と共に。


「あなたが闇雲に魔術を使うから、あちらに気づかれてしまったのですわ。少しは自重なさい」


 銃声はブロンドの少女の足元の地面をえぐっていた。

 俺たちはブロンドの少女の元で武器を構えながら、少女と対立していた人物たちを見て言葉を失う。

 目の前に居るのは、鮮やかなはちみつ色の金髪に血のような瞳を持つ、無邪気そうな少女と、やっと十歳に手の届いたくらいの、ミルクティー色の長い髪と小柄な外見に似つかわない、大きな鎌を持った少女のふたりだった。


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