第十四話 襲撃者の少女たち
ミルクティー色の長い髪に大きな赤い花の髪飾りをした幼い少女が、愛らしい顔の所々に血を付けていた。その服にも、小さくて細い手にも。血にまみれたその姿は異様だった。
俺はどくりと鼓動の音を感じて、左手で胸を押さえる。緊張で口内は渇き、汗が伝う。本能が『ヤバい』と伝えていた。
リリーも感じているのだろう。相手の様子を窺うようにしながら、いつでも魔術を発動できるように構えていた。
少女は髪をサッと払い、血の付いた大鎌の柄を地面に強く突き立てる。
「いつの間にか邪魔者が増えてしまったではありませんか。レーツェル、貴女の責任ですわよ」
少女は咎めるように隣の蜂蜜色の髪の少女――レーツェルを見上げる。
レーツェルは唇を尖らせ、重心を右に少しずらすと、ピストルを手の中でくるりと回して肩をすくめた。ツインテールがふわりと揺れる。
「だってさリリアーヌ、あいつら『ガキに構ってる暇はない』、とか言うからさぁ。遊んでくれなくてつまんなかったんだもん」
そう言って彼女は手に付いた血を舐めあげて、顔をゆがませた。「まずい」と呟いて。
その彼女の肩越しに見える、ごろごろと転がっている――死体。斬られ、撃たれ、苦しむ暇もなく息絶えただろう人々。
「任務中に『遊ぼう』と声をかけるな、とあれほど注意したではありませんか。自覚をもって任務を行っていただかなければ困りますわ。余計な労力を使ってしまったのですわよ?」
呆れたように幼い少女――リリアーヌがゆるゆると首をふった。
俺たちはただ黙って、彼女たちの様子を伺う。俺たちの背後で親子がしゃがみこみ、震えていた。
俺は親子を背にかばいながら少女たちを見つめ、剣の柄を握り直す。
――この少女たちの全てが異常だ。
会話そのものからは異常性は感じない。けれど彼女たちの出で立ちが、彼女たちの異常性を訴えていた。
リリアーヌが握る血の付いた大鎌。レーツェルの左手にある血に濡れたカードとピストル。そして二人の体に付いた血――少女たちの全てが血に濡れていた。
どくり。
また心臓が大きく打つ。焼け焦げた臭いが強すぎて、血の臭いは感じない。それでも少女たちの後ろに溜まっている死体と血だまりに恐怖を感じずには居られなかった。
俺が剣の柄をさらに強く握りこんだとき。ふいに空気が動いた。そして感じたのは、殺気。ぎょっとして振り返ると、凛さんが怒りをあらわにして少女たちを睨みつけていた。
「貴女たちが私の故郷を……!」
凜さんは言うなり腕を振り上げ、二匹の妖をレーツェル達へと仕向ける。鋭い牙が彼女たちの喉元を咬みきらんばかりに襲いかかった。
けれど。
リリアーヌがすい、と左手を前へ突きだし、右から左へと滑らせる。すると見えない壁のようなものに妖がぶち当たり、煙のごとく消えてしまった。
「なっ……!?」
凜さんは目を見開き、息を呑む。
あれは魔術だ。リリーも使う、防御系の魔術。けど、詠唱時間が短すぎるしかなり強力だ。
すっかり固まってしまった凛さんの周りに、白い煙が漂い始める。
『凜、あやつ……我らではどうにもならんほどの魔術師だ』
『危なかったわ……下手したら本当に消えてしまうところよ。私たちではとても対抗できない――あの娘、妖避けの魔力を練り込んだ魔術を使えるみたいよ』
さっき消えてしまったと思った妖二匹が煙から姿を表し、凜さんの周りを回った。
凜さんは拳を握りしめ、悔しそうに口を真一文字に結ぶ。だが彼女は、握りしめていた短刀は手放すことはなかった。もしかしたら、このまま放っておけば凛さんは突っ込んでいくかもしれない。
俺が凛さんの進行を阻むように前へ出たその時、レーツェルの左手で何かが輝き、いつの間にか彼女の周りに適当に投げられたカードが魔方陣を作りだした。
まずい――!!
「――いっけえー!!」
掛け声とともに、大きな火の玉が襲いかかってきた。反射的に背後にうずくまっている母親の腕をつかみ、子供は脇に抱え、半ば引きずるようにしてその場を移動する。
だが、リリーがさっきリリアーヌが使っていたような防御系の魔術を使ってくれ、火の玉は当たらずに済んだ。火の玉は魔術に吸い取られ、消滅する。
リリーがレーツェルをキッと睨みつけ、短剣を構え直した。
その様子を見て、レーツェルが子供のような無邪気な笑顔を向けて一歩近づく。彼女のまとう、黒のワンピースが揺れた。
なんだ、こいつ……。
「ねえ君たちさ、僕と遊んでくれる? そこの金髪の人は遊んでくれなかったんだよねぇ」
『金髪の人』と指をさされ、隣で油断なく剣を構えている少女の顔が余計に険しくなる。
レーツェルは手元のキューブを俺たちに見せるようにした。よく見ると面が九つに分かれているのが分かる。色はバラバラだが、中央の列だけ同じ色――深い青色の列を作っていた。このキューブは何だろう。初めて見る。
「僕、今すごく暇なんだ。このキューブもつまんないし、魔術だってつまんない。戦うこともつまんないんだよねーおんなじことの繰り返しでさ」
「はぁ? あんた、何言ってんの?」
リリーはのんびりと話しかけてくるレーツェルに対して怪訝そうな顔をした。無理もない。つい今さっき俺たちに魔術を仕掛けてきたんだ。こいつは、敵。なのにどうしてこんなにも親しげに話しかけてくるのだろう?
リリーは短剣を構えたまま、油断なくレーツェルを見る。俺は家屋の奥に親子とほぼ放心している凛さんを避難させ、リリーと金髪の少女に並んで剣を構えた。金髪の少女の横顔をちらっと見ると、出血のせいか顔色はあまり良くなく、肩で息をしているのが分かる。
レーツェルはさらに続ける。
「だから、僕と遊んでくれる? って聞いてるの! 僕は別に、戦いに来たわけじゃないんだ。なのにこの街の奴らは誰もかまってくれないし。つまんないから」
「つまんないって理由だけで町中に魔術ぶっ放していいと思ってんの? これだから子供は困るわ」
「僕子供じゃないよ! もうすぐ誕生日だもんねーそれで十七になるんだ」
嬉しそうに語る目の前の少女に、俺は戸惑いすら覚えた。人を殺し、街を焼いたというのに、罪の意識などみじんも感じていないようだ。むしろ、俺たちが現れたことを楽しんでいる。そうとしか思えない。しかも、俺たちと同年代――
かなり張り詰めたこちらの状況に気がついたのか、レーツェルは先ほど掲げたキューブを上へ放り投げ――掴んだ。伏せられた目をゆっくりと開いて、ため息をつく。
「やっぱり君たちも遊んでくれないんだ。みーんな僕とは遊んでくれない……いっそ、死んじゃえばいいのに」
ぼそりと呟いてとてつもない速さでキューブの片手で操り始めた時。
「もうお止めなさい、レーツェル」
リリアーヌがレーツェルを手で制した。レーツェルはキューブを操ることをやめ、リリアーヌを振り返る。その顔は不満げで、『なぜ止めた』と言わんばかりだ。
確かになぜ、リリアーヌはレーツェルの攻撃を制したのだろう。あのまま攻撃させていてもよかったはずだ。いや、その方が向こうには好都合なはずなのに――
リリアーヌはふぅ、とため息をつき、長いまつげを憂鬱げに伏せる。そして短いスカートの裾についた砂ぼこりを払った。
気だるげに、ゆっくりとした動作で俺たちをまっすぐに見る。いや、違う……? 彼女の視線は俺『たち』に向けられている物じゃない。彼女が見つめているのは――
「――どうやら、わたくしたちは会ってはならない方に会ってしまったようですわ」
「へっ? どーゆーこと?」
「…………」
リリアーヌはそれきり黙りこみ、彼女の青色の瞳は、ただまっすぐにリリーだけを見つめていた。
その時間が、一瞬にも一時間にも思える。それくらいに静かで、緊張の糸が張り詰めた場。
俺はつばを飲み込み、乾ききった喉を潤そうとしたが、全く意味のない行動だ。低く落とした腰のせいで、腿が痛くなってきているのも感じる。
不意に花弁が俺たちとリリアーヌ達の間に舞い落ちてきた。そしてどこからか鈴の鳴る音もする。
それが合図だったとでもいうかのように、リリアーヌが体を半歩ずらして、大鎌を空に突き上げた。すると彼女の周りに魔法陣が発生し、淡く輝き始める。レーツェルが「ちぇ」と唇をとがらせながら魔法陣に飛び込んだ。すると蜂蜜色の髪の少女は一瞬にして姿を消す。
リリアーヌは顔を上げ、口元だけに冷たい笑みを浮かべた。
「いずれまた、貴女方とは刃を交えることになりそうですわね」
そう、言い残して。彼女もまた、光の中へと消えていった。
「私が、『ユノ』……この街の、商人の護衛をしていた……」
「その時、運悪くあいつらが来たわけ、ね……」
案内された屋敷の部屋の片隅で、リリーは金髪の少女――ユノさんの右腕に治癒術をかけながら呟く。今さっき彼女の足の手当てを終えたところだ。
リリーが魔術で街中の炎を消し去り、形の残っている家を一軒一軒回った。全てが破壊されたわけではなく、街の奥の方はほとんど被害を受けていなかったのだ。その中に凛さんの実家があり、凛さんは無事に家族と合流した。
破壊されていなかった家の中にはまだ生きている人々がたくさんいた。――怪我人も何人かいたので手助けしながら、その人々に案内され、街の中で一番大きな屋敷のようなところに通されたのだ。街に何かあった時、ここに集まるようにと言われていたらしい。
「……はい、これで傷自体は問題ないはずよ。ただ、あたしの治癒術じゃ傷をふさぐので精いっぱい。悪いんだけど、跡になっちゃうかもしれないわ」
「……別に、構わない……」
ユノさんは二の腕まである黒のアームウォーマーを腕につけると、さっきこの街で起こったこと全てを話してくれた。どこか無機質な瞳が少しだけさまよう。
「……翡翠から出ていた商人の護衛を終え……街を歩いていた時。突然銃声が鳴った……そしてすぐに、炎が上がった……あの二人を見つけた時は、すでに――二十人はやられていた……と思う」
「二十人……」
あの二人なら、その数の人間だったら――五分もしないうちに片付けたんじゃないか……?
俺はさっき見た大量の死体を思い出して、寒気を覚える。二年前の戦争を思い出す――
あの時も、たくさんの人間が死んだ。その中には、俺たちのような子供の兵士もたくさんいた。二年たっても色褪せることなく脳裏に焼き付いている。
――俺も、あの少女たちと同じだ。たくさん、殺した。大量の血を見た。でもきっと、俺は俺の覚えている以上の人間を殺している。『アイツ』が、あの頃から俺の心に住みついていたから。
俺は俯いて自分の掌を見つめた。それから、黙り込む。
誰も、何も話さない。リリーも、そしてユノさんも俺と同じことを思っているのかもしれないと思った。
静まり返った俺たちの周り。聞こえてくるのは子供たちの鳴き声と、女性のすがる声。男性の罵声も聞こえてくる。
重い空気が俺の肩にのしかかってきたとき。
「…………」
「? どうした、リリー」
リリーがハッとしたように急に立ち上がったのだ。刹那、俺の頭の中にキィンと鋭い音が鳴り響く。同時に肌がひりひりと痛んだ。
何かいるのか? でも、殺気ではない。もっとほかの、何か。ただ、どこかで感じたことのある感覚だ。頭に響いた音は初めてだが、肌が張り詰めるようなこの感覚は。
首を巡らせて辺りを見渡すが、見えるのは避難してきた翡翠の人々と、この民家の内部――ここの家主曰く、引き戸が『フスマ』といい、床に敷いてある、植物の香りがする絨毯、『タタミ』――、そしてフスマの外にある丁寧に手入れされた庭があるだけだ。
「……どうしたの?」
ユノさんが一人首をかしげて、俺たちの顔を交互に見る。彼女は何も感じていないのだろうか。
俺は視線をユノさんに戻した。
「なんか、急に肌がひりひりして。ユノさんは感じませんでしたか? 寒気とか、殺気とかとは違うんですけど――なんていうか」
「――敬語」
「えっ?」
不意にユノさんがまっすぐに見つめてくる。そして大きな青の瞳を瞬かせて呟いた。
「敬語……じゃなくて、いい」
「ああ……えっと、じゃあ敬語はなしで……俺のこともロアで構わないから」
「…………」
ユノさん――ユノは視線を俺からそらして、今度はリリーを見上げる。
リリーはまだフスマの外――庭を見つめていた。いや、違う。庭よりももっと先のどこか――俺には分からない何かを感じているのだ。俺よりも強く、鮮明に。
一心に外を見つめ続けるリリーにユノは諦めたのか、何も言わずに視線を戻し、自分の後方に置いてあったロングソードを引き寄せる。その時彼女の首から下げられている月のペンダントが見えた。
そういえばユノの名前は月から来ているんだっけ。よく見れば彼女の容姿は確かに月を思わせる。淡く長い金髪に空を思わせる大きな瞳。夜空に浮かぶ月を思わせる白のコート。細く白い左右の足にはそれぞれ違うもの――右足には赤のリボンを足首から太ももまで巻きつけた物。左足には黒と白の腿まであるソックス――を身につけている。
「……何……」
不意にユノが振り返り、無機質な瞳を向けてきた。顔立ちも整っていて肌も白いため、どこか人形めいて見える。……どうしてそんなにも心を閉ざすのだろう。
俺は首を振り、「なんでもない」とだけ呟いた。
「今……」
「リリー?」
それまでずっと外を見つめて微動だにしなかったリリーが、やっと口を開いた。視線もこちらに戻したが、どこか戸惑いの色を瞳に宿す。
「今、とても綺麗で、しかも強力な魔力を感じた」
「? 綺麗な魔力?」
「あたしもよくわからないけど……なんか、この世に存在するのか、ってくらい澄んだ魔力だったの。あんなの、初めてだわ」
「……エルフ」
ユノが視線を愛剣に注ぎながら呟いた。その呟きに、リリーの肩が少しだけすくめられる。
だが、気づいていないのか、ユノはそのまま続けた。
「……この近くに、隠されたエルフの里がある……」
「エルフの里? そんなの聞いたことないわ。王都にはエルフとハーフエルフの集落地帯があるけど、そのほかにエルフの集落があるなんて、初耳よ」
「……あなたは、知っているはず」
ユノは顔を上げ、リリーを見上げる。リリーは怪訝そうに眉をひそめた。
「知っている? あたしが、何を」
「あなたは、逃げているだけ」
「逃げる? 何から」
「……本当の、自分」
会話が成立していない。リリーは訳が分からないと首を振った。反対にユノはただまっすぐにリリーを見つめている。さっきのリリアーヌのように、ただ、まっすぐと――
「――いずれ、向き合う。誰しもが、本当の自分と」
そう呟き、ユノは剣を背負って立ち上がると、隣の部屋へと消えていった。長い金髪を風になびかせながら。




