65、こっから
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「……帰ってきたか」
目を覚ますと俺は見慣れない部屋に立っていた。この部屋に心当たりは無い。だが、一つはっきりしてるのはここは異世界ではないということだけ。しかし姿はナタリアのまま。
棚に並んでいるマンガ本は巻数もタイトルもバラバラで、部屋のあちこちには大量のマンガ本がらんざつに積み上げられている。テーブルには食べかけのポテチにコーラ。見るからに冷め切っていそうなピザもある。ゲームのコントローラーは食べ物の油でベトベトで、住人のいい加減な性格が分かるようだった。
「空気も最悪だな……」
淀んだ空気に耐えきれず、カーテンを開けると、窓の先に見えたのは何もない真っ白な世界。窓に鍵は付いていないが、どんなに力を入れてもびくともしない。
その時、部屋の向こう側から勢いよく水の流れる音が聞こえる。
「さてと、今度は何しようかしら」
びしょびしょに濡れた手を服で拭きながらアフロディアは帰ってくる。
「…女神もトイレに行くんだな」
「ゲッ…!?」
俺を見つけるや否や、一瞬恥ずかしそうな態度を見せたアフロディアだったが、すぐに態度を戻す。
「失礼ね。お花を摘みに行ってたのよ」
「まぁ、そういう言い方もあるか」
「私は女神よ。私には相応しい言葉を選びなさい」
するとアフロディアは髪はボサボサ、だらしなかった服装も魔法を使って一瞬で整えてしまう流石の女神も人の目は気にするらしい。
「しょうがないでしょ。今はオフだったんだから、このくらい許してちょうだい」
「別に何も言ってない」
「私には聞こえるのよ。だって女神だから」
あっそう。
妙に自慢げな女神をあっさりとスルーするナタリア。
「分かったならいいわ。それより、アナタがこの部屋にいるってことはアナタが最後の勝負に勝ったってことよね。じゃなきゃこの部屋には来れないはずだし」
「…見てなかったのか?」
「あーー、途中までは見てたんだけどね、仲間だなんかってアナタ達が言い始めた辺りから、うんざりして飽きちゃったのよ」
アフロディアは飲みかけだったコーラを一気に飲み干すと、食べかけだったポテチを俺に差し出す。
「ご褒美。いる?」
「結構」
「そう。……アーンしてあげようか?」
「結構」
「なーんだ、せっかく気を利かせてキレイな姿にしてあげたのに、そっけない態度は相変わらずなのね。つまらないの」
アフロディアはポテチの油で汚れた自分の手を、俺のお気に入りのコートの裾で拭く。
「おい……」
「異世界系って結局いつもこうなのよね。最初は面白いのに途中から不思議とどうでもよくなっちゃう。だけどなんでか懲りずにまた見たくなっちゃうのよね。そうだ、今度はゲームオタクでも転生させて悪役令嬢の破滅フラグでも回避させようかしら」
あの時タクマが突然脱力したように力を失ったのも、女神が興味をなくしたから。結局、この女にとっては俺も勇者達も所詮は暇つぶしの道具でしかなかったということか。
「道具でもなんでもいいじゃない。アナタは死なずに、約束通り元の世界に帰れるんだからさ、」
その直後、ナタリアはアフロディアに向かって発砲した。
「…ちょっと、今のどういうつもりよ?」
魔弾は脳天を貫き、貫通した銃弾は床にめり込む。驚くことに、女神の体はまるで無機質の物体のようで一滴の血すら流れない。そしてその傷もあっという間に再生してしまう。
「……」
「何も言わないならそれでいいわ。私が勝手に…って、アンタこんな時にマジで何考えてんのよ!!」
ナタリアの頭にはムフフな妄想ばかりが駆け巡っていて、アフロディアもろくに思考を読むことが出来なかった。
「しかも私とアナタが……私をふしだらな穢らわしい目で見るんじゃないわよ!!」
「そんなこと言うな。惚れてんだよ」
「心にも思ってないこと言っちゃって。それだけ私に知られたくないことがあるってことかしら」
「さあ、どうだろうな」
ナタリアは立て続けにコルトパイソンの引き金を引く。銃弾はそれぞれ肩や胴体など撃ち抜くが、効果は全く無い。
「……」
「どこを撃ったって無駄よ。人間の作った武器程度で、女神が殺せるわけがないでしょう」
アフロディアは目の前のゴミを払うようにフッと息を吐くと、勢いよく吹き飛ばされ、壁に激突する。
「ぐっ……!!」
たった一撃。いや、息を吹きかけられただけ。しかし、実際は交通事故に遭ったよう。ナタリアの体は酷く悲鳴を上げている。
「下等種族が。女神様にに逆らってんじゃないわよ!!」
「ぐあぁぁっ……!!」
アフロディアはダメ押しに、ナタリアの肋骨を砕くように踏みつけた。
「名前だけの勇者達と違ってちょっとは利口だと思ってたのに、結局人間はどいつもこいつも同じなんだから!」
悲痛の叫びが部屋中に響く。本能が命の危険を知らせる。それでもナタリアの目はまだ死んでおらず、銃を握りしめるその手にも力が入る。
「あと、三発……」
「はぁ?」
「そのままじっとしてろ」
動かぬ体に鞭を打ち、なんとか引き金を引き切る。続けてもう一度引かれるが、どちらもアフロディアに全く擦りもしない方向へと飛んで行った。
「大外れ。伝説の殺し屋なんて異名もそれじゃ形無しね」
余裕の笑みを浮かべたアフロディアは、今にも死にそうなナタリアの髪を引っ張りあげ、無理矢理起こす。
「そこまでして元の世界に帰りたくない理由はなんなの?」
「すぐに分かるさ…」
ナタリアは諦めずにアフロディアの胸辺りに銃を突き抜ける。
「撃ちたいなら撃ちなさいよ。ま、無駄だけどね」
装填されている弾は残り一発。やっと、やっとだ。切り札の出番が回ってきた。
「切り札ぁ?」
「……俺の勝ちだ。糞女神」
最後の力を振り絞り、最後に放った全力の一発は、虹色の魔弾だった。それは見事アフロディアの胸を貫き、ぽっかりと丸い風穴を開けた。
「…ちょっとは効いたろ」
「残念。勝負は私の勝ち。切り札も結局意味無しね」
それでも女神は殺せなかった。風穴は再生して、破れた服までも元通りになってしまった。
「だから言ったでしょ?女神は殺せないって」
勝ち誇ったアフロディアは、自らの一部でもある聖剣アフロディアを手に取る。
「今度は私の番。地獄にも天国にも行け無いように殺してあげる」
天国と地獄。ちゃんとあるんだな……。
「だけどアナタにはもう関係ない。あの世でもこの世でも無い虚無の世界で永遠に彷徨ってなさい。これが私からの天罰、報酬よ」
それは困ったな。ある女と地獄で待ち合わせしてんだよ。ただでさえ遅刻してんのに、約束まで破りたくは無い。
「死になさい!」
「…一緒にな」
ようやく口にした、たった四文字の言葉が全てをひっくり返す。
「なっ!?」
聖剣アフロディアンがナタリアの首を刎ねようとした瞬間、虹色の魔弾を起点として残りの銃弾五発も共鳴するように眩しく輝くと、部屋一体に巨大な魔法陣が展開された。
「この紋様……っ、転生陣!?まさかアナタ!」
「女神を殺す方法は無くても、人間になれば殺し方なんていくらでもある」
「最初からずっとこれを狙ってたってこと?……」
「当然だ。勝ち目が無ければ勝負はしない」
少しでも銃弾の距離がズレていれば魔法陣は発動しなかったことだろう。銃弾は六角形を描くようにそれぞれが一定の距離を均等に保つように的確に撃ち込まれていた。
「だけど不能なアナタがいつこんな大それた魔法を使えるようになったのよ。あの世界に転生魔法なんて使える奴が存在するわけがないのに!」
「いいやいる。攻撃魔法以外ならなんでもできる天才がな」
「あのウサギか…!ちょっとした気まぐれで類稀な魔法の知識を与えただけだったなのに、まさかこんなことになるなんて……!!」
俺を生かそうと用意してくれた転生魔法が込められた虹色の魔弾。少々望んでいた使い方とは違うと思うが、役に立ったぞアルレイシャ。いや、
「優秀だろ?俺の相棒は」
「……このアマぁぁぁぁ!!!」
怒りと共に絶叫するアフロディアは、聖剣を投げ捨て、ナタリアの首根っこを掴む。
「アナタ正気!?そんなことしたらあの世界は愚かアナタ自身だってどうなるか分からないのよ!?」
「知ったことか。今の仕事は女神であるお前を殺すことだけ。その為なら方法を選ぶつもりは無い」
表情一つ変えず淡々としながらも強気に言い放つナタリア。
「アナタ分かってない。転生魔法はいわばソシャゲのガチャみたいなもの。何に転生するかなんて最後まで分からないのよ!!」
「いいじゃないか。それは楽しみだ」
「全然楽しくなんかないわよ!!」
話の通じないバカとは相手などしてられないと、怒りを隠そうともせず、慌てて魔法陣を消そうと試みる。
「イヤだ、そんなの絶対イヤだから!!」
少しでも魔法陣を崩そうと、紋様を踏み潰してみたり、埋め込まれた魔弾を引っこ抜き破壊してみるが、魔法陣が消える様子は無い。
「もうっ、どうしてして消えないのよ!!」
「無駄だ。もう止められない」
「ふざけないで!」
「日々の行いが悪いからこんなことになるんだよ」
「なんですって?」
今ここに容姿端麗、余裕飄々な女神の姿はない。ここにいるのは必死に慌てふためくダサいおばさんだけ。
「お前、女神のくせに人望無いだろ。だから恨まれる必要の無い奴までに恨まれるんだ。ワガママやってきたバチが当たったんだよ。女神なのに。ハッ」
この時だけはまるで自分が自分じゃないみたいだった。きっとストレスが溜まっていたんだな。不思議とめちゃくちゃ気持ちがいい。
「…イタルエイジィィィっ!!」
「久々だよ。その名前で呼ばれたのは」
煌々と輝く魔法陣の光が次第に増していく。
「そろそろ時間みたいだ」
ナタリアは覚悟を決めた様子で、潔く胡座をかきながらその時を待っている。
「ありえない…アリエナイ…有り得ない……!!」
「愚痴の続きは来世で聞いてやる。また後でな」
「そんな…絶対イヤよ。私は、だって私は女神なのよ。こんなのいやーーーー!!」
アフロディアの叫び声と共に二人はあたたかい虹の輝きに包まれ、姿を消した。
◇◇◇◇◇◇
朝焼けの光が、王都の外れにひっそりと息づく小さな集落を静かに照らしている。まだ人気も少なく声も聞こえてこない頃。複数が隣接する民家の一つから、子供の泣き声が聞こえている。
「おぎゃあ……おぎゃあっ!」
それに応えるようにもう一人。
「あーば、ばーぶば」
声の正体は双子の女児の赤ん坊。
二人の揺籠は揺り籠は暖炉のすぐ近くに並べられ、柔らかな毛布にくるまれた小さな命が、それぞれ精一杯に手足を動かしながら叫んでいる。金髪の少女は子供らしく泣き喚いて、もう一人の黒髪の少女は子供らしくないほどにとても落ち着いていて、対照的だった。
「ぎゃあっ、あーばぶばぶば!(殺すならさっさと殺しなさいよ!)
「ばぶばぶ(焦るな)」
「あーだば、ばふば、ばぶあー!!(女神である私があろうことがアンタと一緒に赤ん坊になるだなんて、本当ッ最悪よ!)」
すると奥の部屋から慌てた様子の足音が聞こえてくる。
「はーい、今行くよ〜!」
喧嘩するように泣き喚く二人の元に母親がやってくる。その母親はどこか、昔贔屓にしていた宿屋の娘に面影が似ている気がした。
「ほーら、姉妹同士喧嘩しないの。仲良くしなきゃ」
「おぎゃぁぁぁ!!(誰がこんなのと仲良くするもんですか!!)」
母親は器用に二人一緒に抱き抱える。
「あーだー!!(覚えておきなさいよ。いつか絶対私がアンタを殺してやるんだから!!)」
「ばぶばぶ、ばぶ(その前に先にオレが殺すさ。だがその前に、まずはミルクの時間だ)
「ばーぶ(もうっ…)」
「あら、お腹が空いてたのね。はいどうぞ」
運命の悪戯か、母親の思いとは裏腹に歪み合う二人の少女。しかし空腹の中ではそれも別の話。二人は双子らしく、息ぴったりとそれを口にした。
END
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