背嚢の能力
「これは予想外だ……背に腹はかえられない」
インセニレはそう呟き、獣を封じていた力を魂謄本から自分に戻し、大量の魔力として体に宿した。さらに彼はその魔力を右手に集中させた。
青白い魔力はさらに青みを増した。
「いくぞーっ!!!」
インセニレはフィトニに突っ込んでいった。青く光る魔力は黒い触手を消し飛ばした。
邪悪な力を秘めた本体は新しい触手を作るが、インセニレの魔力と獣の攻撃に敵わず、本体はどんどん小さくなっていく。
やがてインセニレの魔力が本体に触れた。
ドオオオオォォォォン__……____!!!
本体は轟音と共に爆発四散した。
フィトニは最後の抵抗をした。無数の槍となって飛び散ったのだ。槍の一つがアリベラーレの胸めがけて飛んでゆく。アリベラーレはまだ気を失っている。
「やばいやばいやばい、間に合え、間に合えっ」
インセニレは全速力でアリベラーレのもとへ向かう。
しかし槍を避けながらアリベラーレを助けることは不可能な距離にいた。
(だめだ、間に合わねぇ……)
槍が刺さる瞬間、インセニレはアリベラーレから目を逸らした。
「……すまない、アリベラーレ。」
彼はそっと目を開けた。赤く染まっているはずの場所は、なぜか神々しい光に満ちていた。
「うっ……」
目に光が入り、意識がはっきりした。少し体が軽くなったようだ。胸あたりに木の破片がちらばっている。これは……モルファスにもらったペンダントだ。
「なんだか知らないがよかった……」
インセニレはそう言いながら手を貸して立たせてくれた。
ヴォオオオォォォォ……
インセニレの魂謄本に閉じ込められていた魂が城を破壊しはじめた。
「やばい! もう契約する魔力も残ってねえし……逃げることもできないな! ハハハハハ!」
「一応背嚢で飛べるよ。でもブラータを見つけなくちゃ」
「ああ、それなら言っておかなくちゃならないことがある。実は……」
この先を言うのをためらっているような、インセニレにしては珍しい表情をした。やがて真剣な眼差しでこちらを見て言った。
「俺はブラータでもインセニレでもあるんだ。」
……そういえば……
『それ……いや、いい。俺は素手が一番慣れてる。』
『そうかぁ? ここの魔女は人を遊び道具にしようとしてるしなあ……』
『いえ、こちらこそお招きいただきありがとうございます。』
それに昇降機のトランクルームに、ブラータが持っていたはずの十七年式歩兵銃が入っていた!
その時、獣が地上へ降りていった。下からそれが暴れているであろう振動を感じる。
「でも……」
頭ではわかっていても、心では迷っていた。
「しょうがねぇな……」
インセニレは服のポケットからガラスの瓶を取り出し、その中に入っている白い粒を一粒噛み砕いて飲んだ。
「よく見ていてくれよ、連続で薬を飲むのはごめんだ……うぅっ」
インセニレは口を押さえてえずいた。
牢の中でえずいていたのはこれが原因か!
インセニレの髪が逆立ち、巻き毛から直毛になった。まぶたは形状が変わり、顎はそのままだが口は小さくなった。
「ぇえ……フーッ……、、グゥッ」
姿が変わってもえずいている。
そこにいるのは間違いなくブラータだった。
なぜかインセニレの時には持っていなかった刀が現れた。
「その刀はあの……でもなぜ今いきなり現れたんだろう?」
「……ハァ、ハァ、今はここを離れることが……最優先です。行きましょう。……うぅ」
「多分僕じゃ、ブラータを支えるのは無理だよ。だからこれを背負って」
ブラータに背嚢を渡す。
「僕がブラータの荷物を背負うから、そっちは僕を掴んだまま飛んで欲しいのだけど……その、調子の悪いところ、いいかな?」
「いい、ですよ。」
「信じなくて……ごめんなさい」
彼は僕の背嚢を、僕は彼の荷物を背負った。
「それで……どうすれば飛べるのですか。……うっ」
「できるだけ速く助走して、踏み切る時にその、肩紐の余分のところ……そうそれ。それをおもいっきり引っ張っぱるんだ。」
「わかり、ました。」
「そしたら僕はあそこでしゃがんで手を挙げてるから、助走して体をできるだけ水平にして僕を飛び越えながら、腕を掴んでね。」
「ええ……」
自分で指し示した、崩れた床の端ギリギリの場所へ向かう途中にカラスたちが群がっているのを見つけた。スペルビアと合わせて合計四羽の翼が折れている。
「どうか…しましたか!」
「カラスたちが怪我をしてて、逃げられないみたいなんだ!」
「!」
ブラータはこちらへ駆け寄ってきた。
「助け、ましょう。」
「どうやって? 早くしないと城が崩れちゃうよ。」
「まずカラスたちを両腕に抱いてください。」
翼の折れた四羽を、片腕に二羽ずつ抱いた。彼らはおとなしくしている。怪我をしていない三羽はこちらをじっと見てから飛んでいった。
「そうしたら先ほどあなたが向かっていたあの床の端へ行きましょう。体勢は私があなたの体に触れて調整します。」
床の端に立つと、ブラータに体勢を決められた。脚を軽く曲げて体を極限まで水平に近づけた格好だ。
さっき飛んでいった三羽のカラスが城周辺を飛んでいるのが見える。
「では距離を取ります。助走を始める時は声でしらせます。」
そう言いながら彼は僕から離れた。すぐに彼の声が聞こえた。
「行きますよ!」
「わかった!」
返事をすると、彼が後ろから走ってくる音が聞こえた。……背嚢の中身は内部の紐で固定してあるが、飛行中に落ちないことを祈るばかりだ。
ゴゴゴゴ……
塔が傾き始め、よろけてしまった。なんとか胴体を水平のままにしてブラータを待つ。
早くっ……落ちてしまう……
ブラータが肩紐の調整用部分を引っ張ると、背嚢が展開して鷹の翼のような形状になった。
「ううあぁぁぁ、、」
重力で体が下に引っ張られるのをこんなに強く感じる……もうだめだ……!
胸部と腹部を支えられ、足が宙に浮いた。
「よく耐えてくれたね。」
ブラータがそう言ってくれた。
森上空を飛んでゆく。後ろから城が崩れる音が聞こえる……あれ、急に聞こえなくなった。
「城が崩れる音が……消えた?」
「どうやら招待状を持った者しか中に入れない結界があったようですね。出るのは自由みたいです。」
「じゃああそこはもう二度と誰も入れない場所なのかな」
「いえ、私が魔女の情報を集めているときに、入れない場所の情報はありませんでした。そう考えると……おそらく空間を重ね合わせていたのでしょう。」
「へぇ……」
降りる場所を探した。今まで東に向かってきたのだから、東に行ったほうが森を抜けられるかもしれない。
「東へ向おうよ」
「どうすれば方向転換できますか。」
「背嚢を広げた時に引っ張った紐を片方ずつ、片方ずつね、強めに引っ張るんだ。」
「支える腕が一本になるので少し苦しいかもしれませんが、辛抱してください。」
「うん」
僕らは旋回して方向転換した。カラスたちが近くによってきた。
「そうだ、君たちは僕らが降りられるような場所を知ってる?」
カラスたちは僕らの前を飛び、先導してくれた。
飛んでいくと森を過ぎて草原に出たので降りることにした。
「高度はどうやって調整しますか。」
「さっきの紐を両方引っ張ると何かがはまる音がするから、そうしたら左の紐を引っ張って。高くするときは右ね。」
うまく平坦な場所で高度を下げてもらった。初めてにしてはかなり上手だ。
「減速しますね」
「わかった。」
かなり遅くなった。
「僕を離して。減速の感覚がわかれば、君なら簡単に着地できるよ。」
そうして減速してから離してもらって地面に転がった。できるだけカラスたちに負荷がかからないように気をつけはした。
体を起こしてカラスたちを地面におろす。
「ん……今から手当てしてあげるからね」
彼らはうなずいた。
少し離れたところから地面にそこそこ重さのあるものが落ちた音がして、ブラータが展開した状態の背嚢を抱えて駆け寄ってきた。
「大丈夫のようですね」
「うん。カラスたちの手当てをしなくちゃ。背嚢の中に消毒液と包帯があるから、そこに置いて」
「わかりました」
彼は展開された背嚢を、紐で固定された中身が上になるように置いて空を見上げた。彼が見ている方向に、あの黒い獣が見えた。
……いけない。今は怪我をした生き物がいるんだ。
「ブラータも手伝ってね」
「ええ」
彼は空を見上げるのをやめてカラスの治療を始めた。自分の荷物から治療用具を出して使っている。
水で傷を洗い、木の枝と包帯で固定する。
「ごめんよ、痛いよね。……頑張れ、頑張れ」
「大丈夫ですよ、治りますから」
二人は声をかけてカラスを励ましながら手当てをしてやった。
「はい、終わり。よく頑張ったね」
「ですがこのまま放っておくわけにもいきませんね……」
「一度手を出しちゃったもんね……ちょっといい?」
カラスたちに背を向け、彼らに聞こえないように話をする。
「カラスたちに魂の救済者ってこと、バレてる気がするよ。動物だし大丈夫かな?」
「わかりません。彼らにはヒトと同じ知能が与えられています。人型にされていたのをみますとね。」
「使い魔だったもんね。」
「私たちの使い魔になってもらいますか?」
「いいと思う」
ブラータはカラスたちに向き直った。
「使い魔として、私たちと一緒に来ませんか。」
カラスたちは互いの目を見合せ、一匹が前に進み出て『よろしくお願いします』という風に頭を下げた。
「それじゃあ、飛べないものはおいで。肩とか、背嚢の上に乗せてあげるから」
自分とブラータで2羽ずつ肩や荷物の上に乗せた。
「そういえば訊きたかったんだけど、その刀はなぜ消えたり表れたりできるの?」
「あなたも魂の救済者ですからわかるでしょうが……この刀は私の魂の片割れです。」
「そうなんだ」
僕の魂の片割れは銃だ。背嚢の右側に帯紐でいつも固定して……あれ?
「あーっ!」
「どうしました。」
「十七年式歩兵銃! 自分の魂の片割れを忘れるなんて!」
精神的なショックと共に肉体的な疲労が一気に襲ってきて、その場に座り込んでしまった。
「あぁ……結界の中にどうやって入ればいいんだろう……」
「招待状はまだ持っています。入れると思います。」
彼は荷物を探った。
「これは……」
招待状はインクが消えた、ただの紙になっていた。
「……」
いよいよどうしようもなくなった。
「別の魔法に詳しい人になんとかしてもらいましょう。」
「うん。?その言い方、銃を取り戻すのに付き合ってくれるの?」
「ええ。私もあの黒い獣をなんとかする方法をその筋の人に訊きたいと思っているのです。」
「そうなんだ。ありがとう」
「さあ、野宿の準備をしましょう。今日はもう日が暮れました」
「うん。」
僕は今日自分の旅の中で初めて、仲良く大人数で寝た。




