第18話 Between disinfection and detoxification
電気代高騰に悩む市民が蓄電池を持って集まりそうなほど、その電撃は凄まじかった。
それはその発生源の感情の発露だったのかもしれない。
「……やりすぎじゃない ? 」
ようやく目を開けることのできた零は、彼女のすぐ背後に立つ黒い人型のものを見て言った。
「……戦乙女は……戦乙女を傷つけた者を……決して許してはならない……それは戦乙女が負う義務の一つ……」
彼女の手の中の水晶が、いや正確にはその中に封印されている者が応えた。
「ひひ、ということはあなたもその義務を負っているということですねぇ。戦乙女の零さん ! 」
何が面白いのか、「不審者」は顎の肉を揺らして笑う。
「なんでそんな調印した覚えも無い相互防衛条約に加盟したことになってんだよ……」
「まあ今回はそれに助けられたんだからいいじゃないですか。それにいざとなれば地球の国同士のように、そのケースは条約の適用外だとかごねてうやむやにすればいいんですよぉ ! 」
超大国のみが許される卑劣な行為を実行するには非力すぎる零は小さな溜息を吐いた。
「……義務は……他にもある……戦乙女は……純潔な乙女を五人……正しく導いて……自分と同じ戦乙女に……しなくてはならない……そうすれば……その五人がさらに五人ずつ戦乙女を増やし……戦乙女はどんどん増えていく……」
「それってねずみ講だろ !? トップの人しか儲からないタイプの !? 」
零は怒鳴ってから、一息ついて、静かな声で二人に言う。
「……ともかく助かったよ。二人ともありがとう」
「ひひひ、どういたしまして ! 」
「……当然のことを……しただけ……それより……早く……彼女を……」
「戦乙女の嘆き」の言葉で、零は改めて床に伏している女性を見やる。
「……どうやら毒にやられたようですねぇ」
いつのまにか銀ブチの眼鏡をモノクルに代えた「不審者」が彼女を観て言った。
「毒 !? そんなのどうやって介抱したらいいんだよ !? 」
「落ち着いてください ! まずはお茶を用意するんですよぉ ! 」
「お茶 ? 」
「お茶に含まれるタンニンで毒を中和するんですよぉ ! 」
「確かに探偵マンガでそんな描写あったけど ! その知識で毒蛇に噛まれた人を助けたお手柄小学生もいたけど ! それってヘビに噛まれた時でしょ !? どう見てもそれとは違う毒を飲まされてるよ ! 」
零はマルガリータの傍らに転がる盃を見て言った。
その時、少し前に「不審者」によって開かれた扉が再び勢い良く開く。
「大丈夫か !? 」
珍しく慌てた様子の酉井だ。
「なんとか間に合いましたよぉ ! その代償として大幅にカロリーを消費してしまいましたがねぇ ! 」
一年の内、消費カロリーが摂取カロリーを上回る日が一日もなさそうな男は哄笑する。
「それにしてもなんでついてきたんだ…… ? 危険だって言っただろ」
「……まあいいじゃない。それよりもこの人をなんとかしてよ ! 毒飲まされたみたいなんだよ ! 」
父さんが帰って来なかった時のことがフラッシュバックして、とは口が裂けても言えない零はマルガリータ姫を指さす。
「毒だと……ならこいつだ…… ! 」
そう言って酉井は魔法のドクターバッグから緑色の缶を取り出す。
「あんたもお茶かよ ! 」
「落ち着け。よく見ろ」
その缶にはお茶の下に「割り」の二文字。
「よく見た所で事態は何も変わらねえよ ! お茶だと思ってたものが、お茶に焼酎が混ざったものだったってだけじゃねえか ! 」
「お茶には消『毒』効果がある…… ! そしてもちろんアルコールにもな…… ! 」
「消毒の毒って毒物の毒だっけ !? 」
「待ってください ! 酉井さん ! 」
珍しく「不審者」が酉井を制す。
「そのお茶割りではアルコール濃度が足りませんよぉ ! 」
「……確かにそうだ」
缶にはいつものストロング系缶酎ハイの「 9 %」ではなく「 4 %」の文字。
「足りないのはあんたらの医学の知識だよ ! 」
零は激昂した。
「酉井さん ! ここは四則演算を使うんです ! 」
「わかった ! 」
そう言って酉井は魔法のドクターバッグからいくつものお茶割りの缶を取り出し、最後に大きな器を取り出して床に置く。
「四則演算の一つ、加法 ! 」
そして彼は器に並べた缶の中身を順番に注いでいく。
「それですよぉ ! 」
「それじゃねえよ ! 量は増えてるかもしれないけど、濃度は変わんねえから ! 小学校に理科の授業がない世界からきたのかよ ! あんたらは ! 」
「大丈夫だ ! さあ飲め ! 」
酉井は横たわるマルガリータ姫を抱き起し、バケツ程の容量がある器を彼女の口元へ注いでいく。
その九割は彼女の身体を濡らした後、床を濡らす作業へと移ったが、その一割はなんとか彼女の口へと侵入できたようだ。
「……ここは…… ? 天国ではない…… ? 私は助かったのか…… ? 」
「なんで助かるんだよ ! 」
意識を取り戻し、顔の血色も良くなったマルガリータ姫を見て、零は再び怒鳴った。




