第17話 王者の力
盾を使わない前提なのだろうか、両刃の剣を両手で構え、二人の男が迫る。
刃渡りは 1 メートルほど。
かつて 40 万円も払って海外から呪われた剣を輸入しようとした呪物コレクターが銃刀法に引っかかり、手元に届く目処が立たず、 40 万円を払い損になってしまったという呪いよりも税関の方がはるかに恐ろしい話があった。
そんな剣を入手するにはキリマンジャロよりも高いハードルを超えなければならない日本では目にすることがない光景。
どうしてか「不審者」はいつものニヤニヤ顔。
これから起こる戦闘に備えてか、ズボンのベルトを締め直す余裕もある。
「そんなことしてないで早く逃げろよ ! 相手は剣を持ってんだよ !? ボクシングの世界チャンピョンでも勝てないよ ! 」
珍しく「不審者」を心配する零。
「ひひ、御心配ありがとうございます。ですがねぇ、あなたは舐めてますよぉ。王者の力を ! そして同じ力を持つ私をねぇ ! 」
何が面白いのか、「不審者」は高笑い。
(なんなのこの余裕は !? もしかして本当に昔ボクシングをやってて……実は無茶苦茶強かったりすんの !? )
「うるせえ ! 」
「死ね ! 」
剣術というには些か流麗さに欠けた、ただただ力任せに振り下ろす斬撃が「不審者」を襲う。
魔物相手にはそれでいいのだろう。
小技で付けた小さな傷では人外の者は止まらないのだから。
零は思わず目をつむる。
乾いた炸裂音が響いた。
二発。
彼女は急いで目を開ける。
そこには床に蹲る男二人。
「……あのさあ……どう見ても異世界の野蛮な剣術を洗練された現代ボクシングの技術で華麗に打ちのめす展開だったでしょ…… ? 」
「ひひひ、私はボクシングなんてやったこともありませんよぉ ! ですが、もしこの二人が実際に世界王者に襲いかかったら、同じ結果になっていたと思いませんか ? それは私が世界王者と同じ力を持っているからですよぉ ! 」
「うん……まあ……確かにこうなるかもね。ボディーガードによってね」
零は脚から血を流して倒れている二人の男と、「不審者」の手の中にある L 字型の黒い物体を交互に見やる。
「それに私は言ったはずですよぉ。『文明的に倒す』とねぇ ! まさしくそうじゃありませんかぁ ! これは文明の力ですよぉ ! 」
「少しの躊躇いもなく人に向かって銃をぶっ放す奴が文明的とは思えないんだけど !? それにしてもどこにそんなの隠し持ってたの ? よく今まで逮捕されなかったね。あんた毎日職務質問受けてんでしょ ? 」
「ひひ、これは普段パンツの中に隠してるんですよぉ ! どんなに仕事熱心な警察官でも職務質問の段階でここまではチェックしませんからねぇ ! 」
「汚いな……」
零は汚物を見る目で、「不審者」の手の中の銃を見やる。
「何を言ってるんですかぁ ! ここがアメリカならこの銃と股間の銃をうまく掛けたジョークを言うところまでがワンセットですよぉ ! 」
「いつの時代で止まってんだよ ! そんな性にオーブンなアメリカなんてもうないの ! 日本よりセクハラ訴訟が活発に行われてんのを知らないのかよ ! 」
零はいつものように激昂した。
今の彼女にはそうするだけの余裕があった。
「お、おい !? 今のはなんだ !? 」
「魔術か !? 」
残りの男は三人、しかもその内二人は明らかに狼狽えている。
「……落ち着け。あれは魔術でもなんでもない。種も仕掛けもある。火薬を使った道具だ」
ロドリゴは眉間に皺を寄せて、まさしく「不審者」を見る目で彼を睨む。
「火薬 ? なんだそれ…… ? 」
「初めて聞いたぞ ? 」
「後で説明してやる……。それよりも……」
ロドリゴは踵を返して走り出す。
この場を乗り切る最善の一手を打つために。
「てめえ ! 」
勇ましくも殴りかかった零の拳を簡単に躱し、ロドリゴは彼女の腕をひねり上げ、そのまま後ろへ回り込む。
「クソ ! 放せ ! 」
「おい ! こいつの命が惜しかったらその武器を捨てろ ! 」
彼女を盾とし、その喉元に刃を当てながら、ロドリゴは怒鳴る。
「おやおや、私に膝を撃ち抜かれて、どんなにグルコサミンを摂取しても癒えない痛みと共に生きていく方がおすすめなんですがねぇ……」
「不審者」は外連味たっぷりに肩をすくめて首を振った。
「聞こえないのか !? 」
「痛っ !? 」
零の首に刃が触れる。
「やれやれ……わかりましたよぉ。これがそんなに気になるなら差し上げますよぉ。どうぞ…… ! 」
そう言って「不審者」は惜しげもなく生命線であろう銃をロドリゴから見て右前方に向かって放り投げた。
彼の視線はそれを追う。
アタマの中は銃で一杯。
だから、ついでにこれもどうぞ、という「不審者」のセリフも耳に入らない。
「あ…… !? 」
だが零にはそれがはっきりと見えた。
彼女に向かって飛んでくるそれが。
それは、その中身は彼女を救おうとしているのか、懸命に手を伸ばしていた。
自然と零の手もそれに向かって伸びる。
そして彼女の手にそれが触れた途端、閃光が走った。




