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歩み寄るには塀が高く


 イザベラ嬢は剣の筋がいい。

 幼い頃から剣を扱い初めた者ならまだしも、この年齢になって、剣を持ちたいと思うやつは基礎をおろそかにしがちな者が多いが、イザベラ嬢は素振りひとつとっても、ブレない動きに重きを置き、基礎体力の向上に励んでいる。

 グランクヴィスト流剣術というのは、基本的な型に過ぎない。

 熟練者になればなるほど、強さに貪欲になり、様々な他の流派をかじり始めるので、奇天烈な動きで剣を扱うのが普通になる。俺も、父も、叔父も、それぞれ根本的な所は同じだが、相手に弱点を悟られないように――流動的に型を変えていく。


「イザベラ嬢、腕が下がっている」

「くっ」


 イザベラ嬢が気迫の篭った顔で日夜頑張っていたおかげで、早々に打ち合いに臨むことができたのだが、驚いたことにイザベラ嬢は剣を向けることに、また向けられることに恐怖心が無いようだ。これは凄いことである。いや本当に。怯えが見て取れない段階まで進むのって、グランクヴィストの者のような脳筋じゃないと意外に時間がかかるので、イザベラ嬢のまたとない志の高さは大変なショートカットになった。


「はああっ」

「ブレてるな、しっかり振り下ろせ」


 ガキン、ガキイン!と打ち合う度に音が鳴る。イザベラ嬢の細腕から、何度も剣が振り下ろされる。使っているのは一般的な片手剣である。男でも好き勝手に振り回し続けるのは、腕が疲れる代物なのだが、イザベラ嬢ホントスゲェ。もう十数分は打ち合い続けている。ハイデリヒに並ぶ為に努力を続けていたあのハイスペックは伊達じゃない。流石、公爵家出身は違うなと俺は攻撃をいなしながら内心で舌をまく。


「はあっ」

「足がついてきていないぞ」

「はっ」

「脇が甘い、締めろ」

「はああああっ!」


 いやしかし、殺気が


「やああっ!」

「やっ」

「あああっ!!!」


 殺気が凄くてね!?


 ガキン!の感覚が段々と短くなり、確実にこの麗人、俺を仕留めに来ている。親の敵か?俺を何に重ねてるんだ?大丈夫か?


 剣の師である父にだって、俺は割と容赦なく打ち付けていたが、イザベラ嬢の視線は完全に復讐者のそれである。


「イザベラ嬢!剣を下げろ!無闇に打っても意味がない!」

「らあああああっ!!!」

「ッ、」


 イザベラ嬢は俺が受け止めた刃にギリギリと力を込めて、圧を与えてくる。俺こんなの教えてないんだが。

 と、思えばフッと力を抜いて、イザベラ嬢は剣を引き――俺の首筋目掛けて、刃先を突き出す。

 俺は受け止めるのを止め、体を少し反らして己の剣を滑り込ませ、横から刀身を叩いた。キインッ!っという軽い音と共に、イザベラ嬢の手から剣が飛んでいく。側使えの女性がびっくりした目でこちらを見ていた。


 地面に突き刺さった剣を横目に、肩で息をしながらも、まだ俺を睨み付けて来るイザベラ嬢に、低い声で言った。


「……気迫は充分だが、腕を痛める。休憩を入れようか」

「っは、は…………、……わかりましたわ」



***


 側使えの女性が用意してくれた椅子に座り、洗浄の生活魔法を使って、体をさっぱりと綺麗にする。生活魔法は、魔力を持つ者なら誰もが使える魔法だ。『ライト』で灯りを灯し、『クリア』で汚れを落とす。基本的に生活魔法の有効範囲は、己一人分であるが、アゴスティ家など魔術具を開発する家の者が、それらの有効範囲を広げたり、大きなものにさせたりと、言わば電子機器を作る仕事を担っているのだ。俺達のような魔力持ちというのは、スイッチを押すことができる者、という認識にも、等しいのである。


 対面して座るイザベラ嬢も、身なりこそ綺麗に整えていたが、顔は運動した後らしく、少し疲れた様子だった。

 イザベラ嬢の側仕えのメアリーが、どうぞとハーブの入った水を差し出す。透明なピッチャーにはアゴスティの家紋が入っており、恐らく氷の魔術が使えずとも、前述したように、スイッチを入れる、ように魔力を流すだけで、氷の魔術を使った時のように、中に入っている液体が冷える仕組みなのだろう。

 毒の懸念が無いように、と先に飲んでみせるイザベラ嬢に続いて、俺も水を喉に流した。


「さて、今日の昼食も気に入ってくだされば良いが」

「……そうですわね、また私好みです。……こちらには薬草が入っていて?少しばかり、体が温まりますわ」

「ええ、フリューネル草と、イオニス草を少々、と聞いております」


 ナインツから俺が作ったとは言わないほうがいいと聞いていたので、イザベラ嬢の言葉に相槌を打ちつつ、ぱくぱくと腹を膨らませていく。先程まであの気迫だったのに、今は料理に夢中のようだ。この材料は、と食べながら舌の上で味を転がらせ、何がどうなっているのか、把握するのに忙しいらしい。


「なるほど……、回復役グレードライトの素材をベースに……」

「魔術具や、魔術薬ではゼラチヌの使用により、安定した効果を発揮しますが、料理ではこういう使い方になりますね」

「食材としての側面は素晴らしいけれど、高価ゆえに贅沢な使い方ですわね、案の一つとして参考にさせていただきます」

「料理人から相性の有無を預かっております、組み合わせの参考にしてください。いつも、たくさんの素材をいただく御礼です」

「……食事を用意して貰っていますのに、情報までくださるなんて、グランクヴィスト卿の慈悲深さには頭が上がりませんわ」


 イザベラ嬢は、何事に対しても、向上心の、強い女性だ。

 もっと言えば、彼女なら、俺が正しき道を示せば、こんな結末にはならなかったのだろうと思う。

 それをもしかしたら知っているのかもしれないなんて思いはすれど、俺はそれでも、彼女を今更手放す気にはなれなかった。


 貴族の婚姻は、己の自由は存在しない。

 家格や個の能力の結びつきで全てが決められる。元ある婚姻から筈れようものなら、薄暗い未来が残されているのだ。


 ハイデリヒは王族で、後から現れたロレーヌ嬢もまた、王族だ。

 そして彼、彼女らには、王族同士が結ばれるべき、大切な理由が存在している。

 俺はそれを知った時に、すぐにイザベラ嬢に教えていれば、多少の癇癪はあったかもしれないが、理解の早い彼女のことだから、可能性上では、それを受け入れられたのかもしれない。ハイデリヒを諦めたかもしれない。ゲームでは、ロレーヌの攻略対象には、俺や、ナインツも含まれている。

 けれど、現実世界である今ここに生を受けている俺は、ロレーヌがハイデリヒ以外と結ばれる等あり得ない、ことを知っていた。


 イザベラとハイデリヒの婚約解消は、導かれた運命であった。

 けれど、そこには数多のルートが存在していた。イザベラが理解し、穏便に事を済ますルート、それを選んでいたなら、ハイデリヒと同年齢のナインツがイザベラの婚約者だったに違いない。魔法系統の属性が多い家柄で、昔から結びつきが強い。

 そして家格でも、家柄でも、体術と治癒や癒やしの魔法を得意とする神官業務を担う、あと一つの公爵家――コドラント家に産まれた5歳にも満たない娘――と俺は婚約していただろう。素直な性格が多いコドラント家と、グランクヴィストもまた、昔から結びつきが強かった。


 昔からの結びつきが無いような家同士の結婚は、非常に難しいのだ。俺も、コドラントに産まれたのが男だったなら、流石にそろそろグランクヴィストの親戚で相手を探さなければならなかった。実際にナインツは、親族で相手を見繕ったと言っていた。

 

 ハイデリヒの護衛をしていた手前、公爵家は顔を会わせることも儘ある。

 それでも、親や、歴史を抜きに子供同士で結びつくのは、慣例を破ることになり、親族内にも疑いの目を持たれてしまう。


 だからイザベラ嬢が、俺への警戒心を解かないのは、普通のことなのだ。


 俺の知っている過去の話から言えば、イザベラ嬢は数多の罪を負い、公爵家も爵位を一つ落とされ、婚約解消され、修道院に入り、イザベラ・アゴスティではなく、イザベラというシスターとして生きる筈だった。

 それを捻じ曲げたのは俺だ。過去のストーリーにも存在しなければ、現実世界でも考えがたい行いを今している。


 当然、婚姻を結んだと報告した時は一部の親族から疑いの目があったが、俺が小さな時からイザベラ嬢が可愛くて仕方がない、と公言していること、またグランクヴィストに変革をもたらしつつも、一族の益になることしかし続けていないこと、また父が認めている為に、こうして俺は好き勝手にイザベラ嬢に接触することができているのだ。


「焼き菓子は後に致しましょう。ヨーグルトは今頂きます」

「わかりました。疲労回復に、蜜をかけますね。焼き菓子にも練り込んでおりますが、それはまた、本日の稽古を終えられた時に楽しんで頂ければ幸いです」


 イザベラ嬢がきりりとした顔つきで非常に美味でした、と感想を述べてくれるので、俺はふわりと笑って、冷蔵の魔術具に入れていたヨーグルトを取り出し蜜をかける。魔虫というと響きは悪いが、効能を知っているものからすれば、それがどれだけ貴重なものなのか、また美味であるかは想像に難くない。

 イザベラ嬢も、最初は蜜を使うのが勿体ないと感じていたようだが、度々俺が提供するので、蜜の虜になっている。取りすぎはよくないが、疲労回復に驚くほど効果があり、また特定の牧草のみを食べて育つマルク牛の乳とは相性が最高だ。

 受け取ったイザベラ嬢は悪戯に顔を綻ばせる。


「ありがとうございます」


 ……凛々しい顔もいいが、穏やかな笑顔もいいなあ。

 イザベラ嬢を手に入れる為に、常にハイデリヒよりも努力し続けた。上だけを目指し、誰に文句を言わせるまでもない、実力と下積みを重ねてきた。

 この平穏な時間を手に入れる為に、これまでの人生があったのだ。

 たとえ、どれだけの殺気を向けられて、どれだけの気迫でかかってこられて、そして、たとえ、嫌われていようとも。


「イザベラ嬢の笑顔は、オルラントスの明朝花よりも、愛らしく、美しいですね」

「………………食事の際は、会話は慎まれたほうがよろしくてよ」


 ――俺の手に入れ方が褒められたものじゃあなくとも。

 彼女を一番近くで見つめ、守りたい気持ちは、幼少の頃から変わることはない。


オルラントスの明朝花:空気が澄んだ森にのみ育つオルラントスは、春先の明朝に美しい花を咲かせる。人が起きる頃には花は蕾に戻るので、儚くまたこれ以上なく美しいさま、を指す。女性への褒め言葉のひとつ

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