小話 お父さん、お母さん
大聖堂の鐘が鳴る。
花嫁姿の私の手を、騎士団の正装を身に着けた団長が自分の腕に組ませる。
いつもは伸ばし放題の髭やボサボサの髪の毛は整えられ、それなりに威厳を持った姿に見える。
「じゃあ、行くか。娘よ」
団長の目は泳ぎ、顔は歪んでいる。
「うわっ、なんかすごく嫌そうですね」
「当たり前だ。先代ラインシート伯爵の頼みじゃなきゃ聞かねぇよ」
憮然と答える団長。まぁ、いきなり私みたいな者が娘になったんだ。困るよね。
そう、私は2カ月前に「ハナ・クサノ・ダフル」になった。
なんの身分も持たずに結婚すれば、貴族世界で後々苦労することになるだろうと、ラインシートのおじい様の勧めがあり末端ではあるが、一応貴族である団長の養女になったのだ。
私にとって貴族夫人たちのいじめなんて、なんてことないんだけどね。クイーブさんの指示には従うことにしたんだ。
「だがなぁ、俺がお前の父親になるのはいいとして、なんで母親まで必要なんだ」
団長はため息をつく。
「だって、お父さんだけじゃ寂しいじゃない。ねぇ、お母さん」
私は隣に立つレイラさんに微笑んだ。
「そうだな」
言葉少なに返すレイラさんの顔は耳まで赤い。
「こんな小娘の言うことなんて聞かなくて良かったんだぞ。レイラ」
「ハナの一生の頼みだから断れない」
「一生ねぇ。そのドレス、窮屈じゃねぇのか。お前はいつも動きやすい恰好しているからな」
団長がドレス姿のレイラさんをまじまじと見つめた。
「にっ、似合わないか?」
レイラさんは、慌てて自分のドレス姿を見回す。
「いや、お前に合ってる。綺麗だ」
団長は素っ気なく答えているけど、なんとなく顔が赤くなっているのを見逃す私ではない。
ふふっ、私の作戦は今のところいい方向に進んでいる。
私の結婚のことで、団長とレイラさんは頻回に顔を合わせることになり、2人の会話が増えている。業務以外の場で、業務以外の話をすることは2人にとっていいことなんだろう、なんだか雰囲気が前と違ってきているように感じるんだよね。
私たち3人は今のところ団長の子爵という爵位を利用して家族になっている。けれど、団長とレイラさんには本当の家族になって欲しいな。
鈍い団長をなんとか目覚めさせてね。レイラさん。
「ハナ、私は席に着くからな」
レイラさんは式場の扉を開けて中に入って行った。
「さぁ、行くか」
「はい、お父さん」
私が返事をすると、係の神官が式場の扉を開いた。
私と団長が進む先にサイアスさんが待っている。
両側の席々にはラインシート家や騎士団の皆の顔がある。皇族からはウィル皇子とアリシア皇女が参列して下さっている。ほかにも、知らない貴族の顔もたくさん。みんなの視線が私と団長に注がれている。緊張して足がうまく進まない。
「ハナ、落ち着け。いつもの図太さを出せ」
「ずっ、図太とい? お父さんひどいよぉ」
「ははっ、この場で冗談か。いいぞ」
私と団長はゆっくりと歩きながら、小声でやり取りをした。
サイアスさんの立っている場所に辿り着くと、団長は私の手を外しサイアスさんに手渡した。
「大事な娘だからな。大切にしてくれ。息子よ」
団長はニヤニヤしている。
「くっ」
サイアスさんは団長の言葉を受けると、苦虫を潰すしたような顔をした。
「まったく、なぜジャックが義父なんでしょう」
「先代ラインシート伯爵が俺を信頼しているからだろう」
団長の顔は得意げだ。
「まぁ、いいです。さぁ、行こうハナ」
「はい」
サイアスさんはため息の後、自分の腕に私の手を添えさせた。
「ありがとう。ジャック義父さん」
サイアスさんは歩き出す直前に団長を振り返って、団長にからかうように声かけた。
「げっ」
今度は団長が苦虫を潰したような顔をした。
私とサイアスさんはそれを見て笑顔で歩を進める。
「お父さんか・・・・。なんか、いいじゃねぇか」
団長がクスッと笑ったのが背後に聞こえた。




