第13話
「ハナ、起きろ」
呼び声に薄っすらと眼を開くと、クリスさんが私を見下ろしていた。
慌てて起き上がって周囲を見回すと、見知らぬ室内のベットに寝かされていたことに気付く。
「ここは?」
「軍の南方支所の医務室だ。あれから、ギフカド漁港に着いてお前たちを馬車でここまで運んだんだが、ハナはいくら声をかけても起きないから、兵士に運んでもらった」
クリスさんは苦笑いしている。
「う・・・・すみません。あっ! サイアスさんは、サイアスさんは大丈夫なんですか!」
眼がしっかり覚めて気になったのはサイアスさんのこと。彼はどうしているんだろう。ここにはいないのは傷が深くて重体だから? 危篤なの?
「サイアスは処置が済んで今眼が覚めたところだ。ハナを呼んでいる。さぁ、行こう」
「はい!」
クリスさんの返答に安堵する。良かった、矢は安全に取ることが出来たんだ。話すことができるってことは命に別状はないってことだよね。でも、あの傷でずっと海に漂流していたからダメージは大きいはずだよね。どんな状態なんだろう。あぁ、サイアスさんに早く会いたい。
ベットから飛び降りるとシャツとズボンに更衣されていることに気付いた。
えっ、だれが着替えさせてくれたの? 思わずクリスさんを見る。
「あぁ、ここには女性兵士がいる。彼女たちに頼んだんだ」
「そうなんですか」
ぶかぶかの袖口とスボンの裾を折り返しながら返答すると、クスリさんは笑いを漏らした。
なにかおかしいかな? 首を傾げてクリスさんを見る。
「いや、サイアスの看護に誰が着くかで女性兵士たちがすごく揉めたんだ。ここがあんなに騒がしくなったのは久しぶりだったなと思ってな」
「サイアスさん、素敵ですもんね」
私は軽く溜め息をついて苦笑いで返した。
「まぁ心配はないだろうが、しっかりつかまえておけよ」
クリスさんは、大口を開けて笑いながら、私の背中をバンバンと叩いた。
だから、無理だってば。ただの異世界人としか思われてないんだから。
「サイアスさん!」
部屋に通され、室内を見渡してサイアスさんを探すと、彼はベットに半身を起こしていた。
あぁ、良かった。サイアスさんの顔色はまだ少し悪いけれど私と目が合うと少し笑って迎えてくれた。
その笑顔を見た瞬間、私の身体は勝手に動き出して、彼に駆け寄ると思いきりその身体を抱きしめた。
「ハナ・・・・」
「良かった。本当に良かった。ごめんなさい。ケガさせてごめんなさい」
サイアスさんが抱きしめ返してくれる。腕が手が温かい。砂浜で触れられた時のような冷たさを感じないことに安心する。
「ありがとう、ハナ。一緒に帰ってくることができた。ありがとう」
サイアスさんの声が優しく耳に響く。
「サイアスさん・・・・」
どのくらいそうしていたのか、クリスさんの咳払いで我に返る。
「あっ、うわっ」
私は慌ててサイアスさんの腕の中から飛び出した。
「クリス・・・」
サイアスさんはクリスさんの名を少し不機嫌に呼んだ。
「大事なことを聞くんだろう。いちゃつくのは後でやってくれ」
クリスさんは、ニヤッと笑っている。
「べっ、別にいちゃついてるわけじゃないです。ただ、あんな危機的状況から生還できたことが嬉しくて、お互いそれを分かち合っていたって言うか、なんというか・・・・」
私が言い訳がましく弁明していると、サイアスさんがそれを制する。
「ハナ、レオンが言っていた極秘事項とはなんだ」
サイアスさんの顔が厳しくこわばっているように見えた。
そうだ。浮かれている場合じゃない。イーリアス王国の一大事だった。ちゃんと話して対策を立てて貰わないと。
「レオンはライデントの第3皇子なんです!」
「ライデントの皇子!?」
サイアスさんと、クリスさんは合わせて驚きの声を挙げた。
「はい、それにイーガル皇子がレオンに協力しているようで新年祭の警備配置図を渡していました」
「なんだって!」
クリスさんは大声を出し、サイアスは声もでないようだった。
それから私は、カテガルの屋敷や船の中で見たこと聞いたことをすべて二人に話した。
「新年祭でガレル国王を亡き者にするというのか」
サイアスさんが低く呟く。
「急いで王都に遣いを・・・」
クリスさんは踵を返して室内から出て行こうと歩を進めた。
「待て、クリス」
サイアスさんはクリスさんを呼び止めた。
クリスさんは不審な顔をしてサイアスさんを見つめた。そうだよ、サイアスさん。早く国王に、ウィル皇子に知らせないと。
「クリス、私たちの葬儀をしてくれないか」
「は?」
「へっ!?」
クリスさんと私は呆けた顔をしてサイアスさんを見た。
葬儀って、私たちは死んだことにするの? なんで?
「この支所の周囲はカテガルの間者に見張られているかもしれない。最悪の場合、兵士のなかにカテガルと通じている者がいるかもしれない。私たちが生きている知られれば、それはレオンに伝達され、彼は計画を中止するだろう」
サイアスさんの言葉に頷く。そうだよね。私が生きてイーリアスに戻ったと知れば、計画が露見するのは当たり前だものね。
「レオンが計画通りに動いたところを捕縛したい」
「しかし・・・」
クリスさんは厳しい顔をしている。
「今のところ、私たちの生存を知っているのは漁師の一部と支所の一部の兵士だな。クリス、彼らには箝口令をしいてくれ」
「あぁ、それは分かった。でも、サイアスまさか・・・・」
クリスさんは心配そうにサイアスさんを見る。
「私とハナは王都に向けて、今夜ここを発つ。誰にも知られないようにな」
「はーっ、言うと思った。サイアスそれは無理だ。お前の体調は万全じゃないし、ハナだって完全に調子を取り戻したわけじゃないぞ」
クリスさんの言葉に頷く。私は大丈夫だけど、サイアスさんはダメだ。無理したら傷が開いちゃうよ。
「今はまだ昼前だ。ハナ、夜までゆっくり休めば体調は回復するか?」
サイアスさんがちょっとすまなそうな顔をして私を見る。
「私は大丈夫ですけど・・・・でも、馬を早駆けするんでしょう。それにもし敵が現れたら・・・・サイアスさんの方が心配です」
私は不安を口にした。
「ハナがいれば大丈夫だ。私たちが組めば怖いものなどない。そうだろう」
サイアスさんは私に笑顔を向ける。それはそうだけど、傷が心配だよ。
「まぁ、お前は言い出したら聞かないからな。盛大な葬儀をして号泣してやるよ」
クリスさんはため息をついた。
「頼んだぞ」
「任しとけ。そうと決まればハナ、お前もこの部屋で寝てくれ。他の兵たちにばれないようにな。ウロウロするんじゃないぞ。お前たちは海で漂流していたところを救い出したが、すでに死んでいたってことにするからな」
クリスさんはそう言うと部屋から出て行った。
その後すぐに、ちょっとわざとらしい泣き声が聞こえてきた。クリスさん、演技はいまいちですね。
「ハナ、休もう」
「はい」
私は答えるとサイアスさんの隣のベットに潜り込んだ。
横になるとすぐに睡魔が襲ってくる。やっぱり身体がすごく疲れているんだ。
ちらりとサイアスさんを見ると、彼も横になって眼を閉じていた。
先のことは心配だけれど、サイアスさんの顔をこうして間近に見られたことに安心する。イーリアスに戻ることができたことに安堵する。
私の中ではもう日本は遠く、戻ることのできない場所になっているのかもしれない。
サイアスさん、サイアスさんのいるところが私の帰る場所でいいですか。




