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異世界で侍女やってます  作者: らさ
第4章
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第1話

読んで頂きありがとうございます。

1週遅れとなってしまい、お待ち頂いた方々には申し訳けありませんでした。

いよいよ第4章に入ります。これからもよろしくお願い致します。

 ナタリア事件のことが人々の口に乗らなくなり数か月。

 王都は、冬の季節が終息に近づき、春の気配があちこちに感じられるようになった。エリンと通勤する森の中の木々にも新芽がみられるようになってきている。


 この世界では、春の訪れとともに年が代わる。ニホンでいう年度始めが新年に当たるわけだ。あと2カ月程度でイーリアス王国は新年を迎える。

 王城では、新年祭とフロンシーヌ様の王妃就任式が同時に行われることとなり、その準備のためにみんな忙しく過ごしている。

 この国に来て約半年、生活にはだいぶ慣れ、侍女の仕事もうまくこなせるようになって、日本のことを思い出して涙することも少なくなった。



 そんな時、久し振りにナナの夢を見た。


 ナナは少し太っていた。まぁ、元が痩せすぎだったから、全然普通になったくらいだけど。

 夢の中でみた彼女は、とても楽しそうに暮らしていた。

 私の妹の美野里ともうまくやっているみたいで、よく出かけている姿もみられたし、お隣の翔太兄ちゃんとも楽しそうに話している姿もみられた。食事も笑顔で摂っていて、毒見役から解放されて安心して食べることが出来るようになったんだなと思った。

 あんなに日本で楽しく暮らしているようでは、こちらの世界になんて戻りたいなんて思わないんだろうな。じゃあ、私は? 私はずっとこのままなの? 帰りたいのに。



「ハナ、元気がないな」

 朝食時にボンヤリしていると、サイアスさんに声をかけられた。

 気付くと、パンを持ったまま俯いていた。


「・・・・実はナナの夢を見たんです」

 震える声を抑えて返答する。

「グラシア嬢の?」

 サイアスさんは、とても驚いて椅子から半分立ち上がった。


「はい。すごく元気でイーリアス王国のことなんて忘れているようでした。この国に帰りたいなんて、全然思っていないみたいだった・・・・。ナナが帰りたいって思ってくれないと、帰れないかもしれないのに・・・・すごく悔しい」

 声が震える。ダメだ泣きそう。


「ハナ。君がニホンに帰りたいと思っているように、ナナにも郷愁の念はあるはずだ。まだ、半年・・・・いつかはナナも強く帰りたいと望むだろう」

 サイアスさんは静かに語りかけてくる。

 そうか、そうだね。まだ、半年だ。この先、ナナがどう思うかなんてまだわからないよね。ありがとう、サイアスさん。

 顔を上げてサイアスさんを見ると、彼はなぜか苦しそうな顔をしていた。

「サイアスさん、どこか痛いの?」

 私が問うと、サイアスさんは一瞬驚いた顔をして「大丈夫だ」って微笑んだ。


「けど、少し痛いかな」

 サイアスさんは、薄く微笑んだまま呟くように胸を擦った。

 えっ、心臓! 心臓が痛いの? ダメだよ。心筋梗塞とかかな? でも、すごく痛そうではないな。大丈夫なのかな。

「サイアスさん! 早く登城してセインさんに診てもらいましょう! 心臓が痛かったら大変です。早いうちに対処しないと! 私、出かける準備してきますね!」

 私は急いで立ち上がり、自室に戻るべく席を後にした。


「ハナ。君がいなくなると考えただけで私の心はひどく痛むんだよ」

 サイアスさんの呟きが、急いでいる私の耳に届くことはなかった。




 登城して医務室に一緒に行こうとしたけど、サイアスさんは一人で大丈夫だからって医務室のある棟に向かって行ってしまった。


 サイアスさんに何かあったらどうしよう。サイアスさんがいなくなったら・・・・そんなの、嫌だ。サイアスさんがいなくても、私の身柄は王城が保護してくれるだろうけど・・・・サイアスさんほど頼れる人はいない。一緒にいてほしい人はいない。ずっと、ずっと一緒にいてほしい。

 はっ、何考えてるの。身分不相応なのに。

 でも、半年間一緒に過ごしているうちに、サイアスさんは私のなかで無くてはならない人になってしまったようだ。本人には言えないけどね。





「元気がありませんね」

 突然、声かけられて顔を上げると目の前にセインさんがいた。

「私が来たのにも気づかないなんて、どうしたんですか」

「ちょっと考え事してました」

 私は、皇女の元に届いた手紙を整理していたのだけど、気付くと全然仕分けされていないことに少し驚いた。どれだけボンヤリしていたんだろう。


「セインさんはどうしてここに?」

「アリシア皇女の健診ですよ」

「あぁ、そうだった。今日の予定に入ってましたね」

 皇女は月に1回セインさんの健康診断を受けている。健康診断って言っても、日本みたいに採血とかレントゲン撮影とかは出来ないから、問診が中心であとは医師の経験で判断処理されていく。


「あっ、そうだ。サイアスさんは医務室に行きましたか?」

 私の問いに、セインさんはクスッと笑った後、答えてくれた。

「うん、来たよ。大丈夫。サイアス君はなんともないよ」

「あぁ、良かった。心臓病かと思って心配しました」

 ホッと胸をなでおろす。

「ははっ、彼もいろいろ苦しいんだよ。それより、グラシア嬢の夢を見たんだって」

「サイアスさんから聞いたんですか?」

「ニホンの生活を謳歌しているようだって」

「はい。すごく楽しそうで笑顔の場面ばっかり。羨ましくて仕方ありません」

 サイアスさんがなんでもないって聞いて安心した私の心はまた沈んでしまった。


「先生、お茶がご用意できました」

 ラリッサさんが、お茶の準備が整ったことを伝えてきた。これから、皇女とお茶するんだろう。

「ハナちゃんもおいで。ナナのことは皇女も聞きたいだろうから」

 セインさんは、私の手を取って立ち上がらせた。


 皇女とセインさんが席に着き、レイラさんやラリッサさん、ロビィ、イライザが控える中、夢で見たナナのことを話した。

「ニホンで無事に暮らすことができているのね。少し、安心したわ」

 アリシア皇女は表情を和らげた。黙って聞いていた侍女たちの間にもホッとした空気が流れる。みんな言葉にはしないけど、心配していたんだな。ロビィとイライザが安心したような表情を浮かべたのは意外だったけれど、それなりに気にしていたんだろうな。

「それにしても、少し太ったなんて。ニホンの食事はナナの口に合ったんだな」

 レイラさんがクスリと笑った。


「勿論です。日本は美味しいもので溢れてますから! あぁ、日本食が恋しい。お刺身に天ぷら、うどん、蕎麦、鍋も食べたい!」

 頭の中に様々な食物が浮かぶ。

「オサシミ?」

 アリシア皇女が首を傾げる。

「はい。海の魚を生で食べるんです」

 あぁ、マグロの大トロ、鯛やすずきの白身、いくらにウニ食べたい、食べたい。


「えっ、生!?」

 セインさんはじめ、みんなが目を見開き、身じろぎもせずに私を凝視する。

 あぁ、そうか生魚なんて食べないよね。この国で見たことないもん。マグロもいないんだろうな。ついついため息が漏れた。


「そういえば、南方にハルハタっていう赤身の魚を生で食べる地域があるって聞いたことがあるわ」

 アリシア皇女は思い出すように言葉を発した。

「アリシア様! 本当ですか!」

 私はアリシア皇女の言葉に飛びつく。

「えぇ、確か・・・大海に面した南方のギフカド漁港で獲れる・・・・」

「アリシア皇女! それ以上は!」

 セインさんは慌てて皇女の言葉を遮ったけど、もう遅かった。私の頭にはギフカド漁港とハルハタの地名がインプットされてしまった。


「私、ギフカド漁港に行きます! 団長に休暇申請してきますね! アリシア様、すみませんが少し席を外させて下さい」

 私は力強く宣言し、近衛団長の執務室に向かおうと踵を返した。


「荒れますね」

 レイラさんが呟く。

「サイアス君の生活がまた乱される」

 セインさんが溜め息をついた。

「ごめんなさい」

 アリシア皇女は俯いた。


「ギフカド漁港! ハルハタ! ギフカド漁港!」

 私は急ぎながらも地名を忘れないように呟き続けた。地名を連呼するのに夢中で、みんなが脱力しているなんてことには気づかなかった。

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