第5話
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馬車を降りるとまたお城だった。
王城より規模は小さいものの立派な造りで、以前テレビで見た「お城に泊まろう」みたいな番組にでてくるドイツやフランスのお城ホテルを思い出した。
「あの、ここは別のお城ですか?」
「いや、私の屋敷だが」
副団長は事もなく返答する。何バカなことを言っているんだとでも言いたげな表情だ。
「へっ、お家ですか」
つい変な声が漏れる。そんな私を振り返りもせずに副団長は屋敷に向かって進んでいく。
「おかえりなさいませ」
大きな扉! それも綺麗な彫刻がされた重厚な木製の扉が開かれ、使用人たちが出迎えてくれる。
こっ、これはあれだ! 旅番組にありがちな、高級旅館で女将と従業員一同がお迎えする場面と一緒だ。「いいわねぇ、一度は泊まってみたい」ってよく母親が言ってた。お母さん、私泊まっちゃうよ。いや、住んじゃうよ。
副団長は使用人たちに鷹揚に頷いて応えている。
すごい! リアルにお貴族様だ! おぉ、執事と思われる人が近づいてきて副団長から上着を受け取っている。大きなお屋敷、多くの使用人、あぁ自分のジャージ姿が限りなく恥ずかしい。
「ハナ、執事のツイルと侍女頭のマリーネだ。君のことは彼らに任せた。わからないことはなんでも聞くといい」
「はっ、はい。クサノ・ハナです。よろしくお願いします」
執事さんと侍女さんに頭を下げると、二人はにこやかに微笑んでくれた。
「では、こちらに」
マリーネさんはお母さんに近い年齢なのかな、にっこり笑った目尻の皺が意外に多いけど、その笑顔はとても優しく温かく感じた。緊張が少し和らぐ。
彼女に案内されて、絨毯が敷き詰められた長い廊下を歩く。両側の壁には磨かれたランプ、廊下の所々に壺や彫刻の美術品が並んでる。お城じゃないのに立派だな、貴族の収入っなんだろう? あとで執事さんに聞いてみよう。
「サイアス様が、お仕事で保護された女性を連れていらっしゃると伝令があったので、使用人一同身構えていたんですけれど、こんな可愛らしいお嬢様でよかったです」
マリーネさんはふふっと笑った。
「副団長さんのご家族は、私のような者が来て驚かないでしょうか?」
「伯爵と奥様、サイアス様の弟妹様方は、今の時期は御領地にお住まいですので当分お会いすることはないと思いますよ。あと、数か月もすればお戻りになりますので、その時はお会いすることになるんでしょうけど」
私はマリーネさんの言葉に曖昧に微笑んだ。できれば会うことなく帰りたい。数か月先のことなんて考えたくないよ。
「こちらのお部屋をお使い下さい」
「わぁ、すごい」
与えられた部屋を見回して言葉を失った。だって、私が現れたお城のあの部屋よりは少し地味だけど、十分に広くて窓も大きくて立派なんだもの。家具だって重厚な感じだけど、重さは感じない配色になっていて、絨毯やカーテンの色もとてもバランスよく明るくまとめられている。そして、お姫様ベット! すごいすごい。私が部屋の中央で呆気にとられていると、マリーネさんは数点のドレスを持ってきてくれた。
「お衣装を慌てて探したのですけれど、ローゼ様が嫁がれる前のものしかなくて。あぁ、ローゼ様はサイアス様のお姉様ですけどね」
そういって見せてくれたのは、フリルやリボンなど装飾過剰なものが多くて・・・・シンプルなのってないのかな。
私はマリーネさんのお仕着せに眼がいった。紺色の足首までのワンピースは、働く者の仕様になっているため装飾は少なく動きやすそうだ。彼女は私の視線に気づくとギョッとした表情を浮かべた。
「これは侍女の制服ですのでダメですよ。制服なんて着せたらサイアス様に叱られてしまいます。ハナさんはシンプルなのがお好きなのね」
私が黙って頷くとマリーネさんはクローゼットの奥に消え、暫くすると薄いグリーンの装飾の少ないドレスを手に現れた。
あぁ、それなら着られそう。
ドレスは裾が長くて、引きづって歩くようになってしまった。マリーネさんが「裾詰めしなくてはなりませんね」って苦笑している。副団長のお姉さんのだものね身長あるんだろうな。あと、胸の部分がかなり余裕です・・・・。いや、余裕というかブカブカですな。ふっ。
「お似合いですよ」
マリーネさんはそう言ってくれたけど、日本人の私には違和感が半端ない。
「さぁ、お食事にしましょう。お腹が空いたでしょう」
マリーネさんは、部屋のドアを開けた。お腹か。あれから何時間経ったんだろう。空いてる感覚はないけど、食べなきゃ身体が持たないもんな。
ドレスの裾が歩きにくくて、何度か立ち止まって、やっとのことで食堂に着いた。
そこは長いテーブルが中央に配置された大きな部屋だった。部屋の右奥には暖炉があって、そちらのスペースには低いテーブルと何脚かのソファが置かれている。広いなぁ、我が家の居間とは大違いだ。家の全部の部屋の面積を足しても、お屋敷の面積には全然足りない。それに、ここにも美術品が多く飾られていて、すごい落ち着かない。私は軽く溜め息をついた。
副団長はすでにテーブルに着いていて、私をみて少し驚いた顔をした。やっぱり変なんだろうな。平面日本人顔の私が、ドレス着てこんな部屋の中に立ってるなんて。
食事は、前菜とかスープとか順番に出てきた。美味しいけど、私は根っからの和食党なのでご飯が恋しい。それに、テーブルをはさんで副団長と2人だけで摂る食事はなんというか・・・・寂しかった。ご飯はいつも家族とワイワイ、今日あった出来事なんかを話しながら食べていたので、こんなに静かなのは寂し過ぎる。つい、食事をする手が止まってしまった。
「ハナ?」
「家族のこと思い出して・・・・」
「・・・・」
なんとも言えない空気が流れる。
食事中に申し訳ないけど、辛くて仕方がない。お腹は空いてるはずなんだけど、食事が喉を通って行かない。俯くと、太腿においた両手の甲に涙が零れ落ちた。
副団長は黙って立ち上がり、私の傍に来て目線を合わせるように屈みこんだ。
「ハナ。辛いだろうが、ナナと入れ替わって帰れる日を待とう。それまでは私もツイルもマリーネ達も君が安心してこの屋敷で暮らせるように協力する」
「また、入れ替われるんでしょうか」
「それは、わからないが願おう。ナナも帰りたいと思っているはずだ」
副団長の言葉に顔を上げる。彼の青い瞳はまっすぐに私に向けられていて、その青い灯は私の真っ暗な心の中に一筋の強い光を届けてくれた。帰れる、きっと。それまでは、ここで監視されながらでも生きる。絶対、家族や友達の元に帰るんだ。手に力を込めて拳を握る。帰れる、きっと。
「ありがとう副団長さん」
「サイアスでいい。君をハナと呼んでいるんだ。私のこともサイアスでかまわない」
「私は異世界人だし、平民ですよ。こうしてお屋敷に住まわせてくれるだけでありがたいのに、伯爵様を名前呼びなんてできませんよ」
「私がいいと言ったら、良いんだ」
サイアスさんは、そう言うと自分の席に戻って「トンジルとはなんだ?」と聞いてきた。
「・・・・豚汁はですね。豚肉と野菜の味噌汁のことで・・・・」
私は食べ損ねた豚汁を思い出しながら、材料から作り方を説明した。
サイアスさんは、食事を摂りながら「ブタは」「ミソとは」なんて色々質問してくる。おかげで私は寂しく、辛かった気持ちを少しの間でも忘れて、食事を摂ることができたのだった。
名前呼びの件を、マリーネさんに聞いてみたら「サイアス様」と呼ぶように言われた。
そうだよね。私みたいなのが、伯爵を呼び捨てにするのもどうかって感じだよね。そもそも、私って不審者じゃない。サイアスさん、対応が緩すぎるよ。