第4話
私は、豚汁を食べようとした途端に光に包まれ、気付いたらあの部屋にいたと説明した。本当にそれだけ。何かを見たわけでもないし、聞いたわけでもない。
「ナナ・グラシアが消えた時と一緒のようです」
「うーん、よくわからねぇな」
団長はボリボリと頭を掻き、副団長の青い瞳も困惑している。グラシア男爵は今にも泣きそうな顔をしている。私だって泣きたいよ。
場が沈黙に包まれ、暫く誰も口を開くことが出来なかった。
「ハナちゃん、寝てる時にうなされてたけど。どこか苦しかった?」
沈黙を破るようにオネエ医師が言葉を発した。
「苦しくはなかったけど・・・・。夢の中でナナさんと思われる人物に会ったんです」
答えると、みんなの顔色が変わった。そりゃそうだよね。こんな異常な事象が起こってるんだもの、僅かな手がかりでもほしいって思うよね。でも、信じてもらえるかな。
「どういうことだ」
団長が眉間に皺を寄せている。外見が、渋いハリウッド俳優だから、すごく絵になってて、この場面が映画の一シーンのように感じる。ほんと、作り事だと思いたい。
「夢なんだろうけど・・・」
そう前置きして、先程の夢の中でみた出来事を話した。
私の食事を私の家で食べて、私を見て謝ったあの娘のことを。
「私を見て謝ったのが気になります」
「謝った・・・・」
副団長が呟く。
「なにか心当たりでもあるんですか」
「いや・・・・。セイン、今までこんな事例はあるのか。様々な書物に目を通しているお前なら、何か知っていることがあるんじゃないか?」
副隊長は表情を曇らせて話題を変えた。
何か知ってる? もしくは推理できる材料を持っている? 教えてくれないのか、今は教えられないのか。教えてくれないなら、探るまでだけど。
「入れ替わりなんて聞いたことないよ」
医師は溜め息をつきながら返答した。副隊長はあの部屋で、異世界人の来訪は稀にあるって言ってたけど、今回みたいに、この国の人と入れ替わった事例は記録にないんだ。私、どうなるんだろう。また、何かの拍子で入れ替わることができるのかな。
「まぁ、ハナ。いづれにしろ当分の間、もしくは『死ぬまで』お前の身柄はこのイーリアス王国の保護下に置かれる」
「だよね。怪しいことこの上ないもんね」
団長の言葉に苛立ち、荒い感情のまま答えた。帰りたいって言ってる人間に『死ぬまで』なんて言葉、残酷だってことくらい考えなよ。私はこんな人たちの監視下に置かれるんだ。保護なんて言ってるけど、本当は監視なんでしょう! 怒鳴りたい気持ちを何とか抑える。
「まぁ、そう尖るな」
団長は苦笑しながら、頭をボリボリと掻いた。
「で、誰に保護を依頼するかだが・・・・」
団長の一言に、副団長が表情を曇らせる。
「前例のない異世界人の保護だ。軍の幹部クラスでしか対応できないな。だが、あまり他部署に知られるのも良くないと思う。どうだろう、サイアス」
「えぇ、そうですね。彼女は王城内に出現したのですから近衛で対応するのが良策でしょう」
団長は副団長の返答を聞くとニヤリと笑った。
「そうだろう、そうだろう。だがなぁ。俺は、緊急の呼び出しが多いし、屋敷も小さくて人手もなくてな。ハナには十分に対応できないと思うんだ。というわけで、サイアス。お前に頼む」
「なにが『というわけで』ですか! 緊急呼び出しは、私の方が多く対応しているはずです! 」
「でも、俺の屋敷が“保護”に不十分なのはわかるだろう」
団長がわざとらしく困った表情を浮かべた。
「たしかに、私の屋敷に人手はありますが・・・・。そうだ、男爵はどうです。ナナはハナと入れ替わって、ハナの家族に世話になっているんだし」
副団長がグラシア男爵に問う。
「いえ、我が屋敷は狭くて、それに“保護”なんて自分にはできません。それはこういったことに慣れている軍部の方のほうが・・・・」
男爵は眉を下げ弱々しくも、即答し抵抗した。
「セインは?」
「はっ、何っているの。ぼくは医者だよ」
医師は呆れたように返している。
副団長の弱り切った顔に眼がいく。かわいそうに・・・・。っていうかひどくないか。確かに面倒な異世界人だけど、ここまでたらいまわしにしなくてもいいじゃないか。
牢屋は嫌だけど、王城の一室でも与えてくれないかな。あっ、でもそれじゃ監視が不十分なのか。日中は人目があっても、夜は私一人のために兵士を配置するのも負担だろうし、悪目立ちするだろうしな。
「・・・・では、私が保護しましょう。ジャック、緊急の呼び出し対応は、すべてあなたにお任せしますからね」
長い沈黙のあと、副団長がしぶしぶといった風に口を開いた。
「もちろんだ!」
団長が笑顔全開で返答すると、副団長の口元から「ぎりっ」と歯を食いしばる音がした。
「あー、なんかすみません」
ついつい謝ると、副団長は深い溜め息をついた。
「いや、君のせいじゃない、いつものことだ。ここで少し待っていてくれ」
副団長は疲れた顔でそう言うと、団長、男爵と共に部屋を後にした。
「良かったね。ハナちゃん。サイアスなら安心だよ。ラインシート家は伯爵位だから家は広いし、使用人も多い。何と言っていも、彼は細かい心配りができるから不安なく生活できると思うよ。こう言ってはなんだけど、団長はちょっとガサツだからね」
セイン医師がお茶を持ってきてくれた。紅茶っぽい琥珀色の液体からはミントのような香りがする。飲むのをためらって臭いを嗅いでいると「ちょっと気持ちが楽になるように“シゼ”の葉を入れたよ」って言われた。ハーブみたいなものなのかな。口に含むと仄かな苦みと共にスーッとする清涼感が伝わって来る。ささくれだった心が少し和んできた。
「保護って、生活は保障されるけど、監視がつくってことですよね。自由はないんだろうな」
カップを両手で包み、ポツリとこぼす。
「それほどガッツリ拘束はしないと思うけどね。お供つきなら外出可能なんじゃないかな。街が見たいなら僕が付き合ってもいいよ」
「・・・・」
医師の言葉は嬉しかったけど、とてもそんな気になれるとは思えない。
「さっきの人たちは、コノエってところの団長と副団長なんですね」
ジャックとサイアスだったかな。外国人の名前を覚えるのは苦手だ。
「そういえば紹介してなかったね。僕は宮廷医師のセイン・セオドア、ちょっと言葉の荒い無精髭がイーリアス王国近衛騎士団の団長ジャック・ジャン・ダフル、そして金髪碧眼の貴公子然としたのが副団長のサイアス・ウォン・ラインシートだよ。グラシア男爵はもう覚えたね」
セイン医師の言葉に黙って頷く。
私を監視するのは副団長か。伯爵ってなんだ? 貴族なんだよね。私は平民だよ。お貴族様の家で暮らせるのかな? 不安しかないけど。まぁ、心配するなって言うんだから。余計なことは考えないようにしよう。
そう決意して、シゼの葉入りのお茶を一気に飲み干した。
しかし、その決意はあえなく揺らいでしまった。
普段は馬で登城する副団長が、私を自宅に連れ帰るために、ラインシート家の馬車を王城に呼び寄せたんだけど、その馬車がすごかった。漆でも塗ってあるのかって思うくらいピカピカしてるし、内装も高価そうな布張りで、フカフカのクッションも用意されていて乗り心地がとても良かったのだ。
貴族ねぇ・・・・。日本にも昔はいたけど、今はいないもんなぁ。いや、いるのか? あぁ、でも私には全く関係のない世界なんだよね。
深く深く溜め息をついて、移動中は外も見ず、目を閉じてやり過ごした。




