第11話
サイアスさんが、王城から帰って来るとの連絡があり、エントランスに向かう。
はーっ、昼間は忘れてたけど。どんな顔して会えばいいんだろう。
ツイルさんは挨拶って言ってたから、普通にしてればいいんだろうけど・・・・。
「おかえりなさいませ」
使用人のみんなと出迎える。
サイアスさんは、少し疲れた顔をしていた。団長代理の業務もしているから忙しいのかな。
「ハナ、ゆっくり休めたか」
「はっ、はい。今日はのんびりと過ごしました」
庭仕事したけど、あれはあれでストレス解消になるから“のんびり”の枠内だと思う。ツイルさんの視線がちょっと痛いけど、笑ってごまかした。
「あっ、そうだ。レイラさんが来たんですよ。団長のこと聞かれて・・・・」
レイラさんには、団長が無事だってことぱれちゃっんだよね。
「聞いたよ。やっぱり、ハナは登城しなくて正解だったな」
サイアスさんは、笑いを堪えている。レイラさんに、私が嘘をつけなくて動揺していた様子を聞いたんだろうな。
「少し離れて見ていましたが、あれはひどかったですね。侍女を続けるなら、うまく立ち回れるようにならないと」
ツイルさんが口をはさむ。侍女を長く続けるつもりはないけど、あんなに簡単にばれるような言動は、とらないようにしなくちゃ。
「ハナらしいから、無理につくろえるようにならなくてもいいんだがな」
サイアスさんはそう言って、私の背中を軽く押して居間へと誘った。
良かった。サイアスさんは、いつも通りで話しやすいや。私の方が意識しすぎなんだ。仕方ないよね、日本人なんだから。今日もおやすみの挨拶されそうだったら、キスではなく言葉でお願いしますって言おう。
サイアスさんが、着替えに行っている間、暖炉の前の椅子に座っていたら少し眠くなってきた。
王都に雪は降らないけど、夜の寒さは結構きつい。暖炉の前はすごい暖かいし、オレンジ色の小さな火を見ていると気持ちも落ち着いてきて、ほっこりする。
「セインが来る予定なんだ。夕食に誘ったんだよ」
サイアスさんは、着替えて居間に降りてくると、私の隣りに椅子を持ってきて座った。
セインさんか、久しぶりだな。そうだ、メイは元気かな。
「そうだ。サイアス様、レイラさんって、団長のこと好きなのかな」
ふと、昼間のことを思い出して口にする。
「ははっ、ハナにもわかったか」
サイアスさんは苦笑いしている。それにしても、この反応・・・・。レイラさん、みーんなにバレバレのようですよ。
「団長は知ってるの?」
「知らないだろう。レイラに対しては、良い部下くらいの感情しか持っていないようだ」
「うわっ、もったいない」
レイラさんの想いはかなってほしいけど、団長じゃなぁ・・・・。気付かれないまま、時間が過ぎていくんだろうな。うーん、応援すべきか、見守るべきか。応援する場合、私はどう動こうかな・・・・。
「ハナ、2人の問題だよ」
私の考えを読んだように、サイアスさんが言葉を発した。
「やっぱり、私の考えてることって顔に出るんですね」
溜め息と共にサイアスさんを見る。
「表情がくるくる変わるから、面白くて・・・・可愛い」
サイアスさんは、そう言うとジッと私の顔を見つめてきた。
へっ、かっ可愛いって言われたの、子どもの頃以来だよ。うわっ、そんなに見ないで下さい。イケメンに見つめられるのなんて、人生初だから、どっ、どうしていいかわからなくなる。えっ、こんなこと考えているのも、サイアスさんには全部わかっちゃうのかな。はっ恥ずかしい。顔が赤くなって来るのがわかる。この間をどうしよう。
「ハナちゃん、元気?」
扉がノックされるのと同時に、セインさんが居間に入ってきた。
やったぁ、天の助けだ。ありがとう、セインさん!
私は喜々として立ち上がり、セインさんを迎えるために彼に寄って行く。サイアスさんが、深いため息をついたのが聞こえた。
「セインさん、お久し振りです」
「うん、ハナちゃんが長旅から帰ってきたから、体調をみてほしいって依頼があってね」
セインさんは、相変わらず綺麗な笑顔を浮かべて、私の顔を覗き込んだ。
今日は、医師として来たんだね。あのくらいの旅で、どうにかなるほど身体は弱くないんだけど。
「全然大丈夫ですよ」
セインさんが、顔を近づけてきて、頬を包むようにして手を添える。下眼瞼を引いて、貧血の有無を診てくれる。
あれっ、こんなに見つめられているのに、サイアスさんに見られるほどドキドキしないや。どういうこと? 診察だから? イケメン度で言えば、セインさんのが勝っているのに。変なの。
いや、今はそんなことより、聞かなくちゃいけないことがあった。
「メイは元気ですか?」
私の言葉に、セインさんは微笑んだ。
「体調はだいぶ回復しているよ。毒も抜けてきて、手足の痺れも改善している」
「良かった」
安堵のため息が漏れる。あのまま症状が進行して死んじゃったらと思うと、怖くて仕方がなかったんだ。彼女は、この世界に来て初めての女の子の友達だから。
「ハナちゃんは、サラシア嬢をどうしたい」
「どうって?」
「サラシア嬢は、君に毒を盛っていたんだよ」
「でも、知らなかったんですよね」
「知らなかったら、許せるの」
「はい、許せます」
私の即答に、セインさんは目を見張った。
「皇女の暗殺にも関わっていたんだよ」
それも、知らずに利用されていたんでしょう。
「セインさん、私にはよくわからないです。一番、悪いのは操っていた人でしょう?」
私はセインさんの目を見つめて返す。彼は、瞳を伏せた後、フッと息を吹き出した。
「そうだね。じゃあ、ハナに対する毒物投与の罪は不問ということだね。サイアス君」
「そういうことになるな。まぁ、ハナならそう言うと思っていたよ」
サイアスさんは、私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「そうそう、サイアス君。今朝、ラングが目覚めたよ」
セインさんの言葉に驚く。ラングってあの時、団長と崖から転落した人だよね。彼も生きているの。
「ハナ、ジャックが生き証人をそう簡単に死なせるわけがない」
サイアスさんの言葉に目を見開く。だって、ラングを庇いながら生還したってこと? なんて、身体能力なの。はーっ、この世界の騎士、恐るべし。
「証人は揃ったな」
「いよいよ追放だね」
サイアスさんとセインさんが、言っているのは誰のことなんだろう。メイとラングの証言があれば、罪を裁くことができるんだ。
それで、ウィル皇子とアリシア皇女が安心して過ごすことが出来るようになるのかな。
「お食事の準備が整いました」
ツイルさんが、私たちを呼びに来た。
「さぁ、行こう」
サイアスさんが、食堂に移動しようとする。
「あっ、待って」
私は、準備しておいたセインさんへのお土産を、袋の中から取り出した。
「ハナ、これは・・・・」
セインさんは、私が差し出した木彫りの鹿のペン立てを手に、不思議そうな顔をしている。
隣では、サイアスさんが目を丸くした後、笑いを堪えるように口元を手で覆っている。
「いつもお世話になっているお礼です。エナ町のお土産ですよ。すごいでしょう、この鹿! 可愛いですよね。ペン立てとセットになってて、優れものなんですよ」
「あぁ、そうなの。うん・・・・可愛いね。ありがとう。こんな面白い物、初めてもらったよ」
セインさんは、苦笑いしながら受け取ってくれた。
「面白い?」
「まぁ、気にしないでいいよ。へぇ、たくさん買って来たんだね」
セインさんは、袋の中を覗き込んだ。
「はい、みなさんには本当にお世話になっているので。アリシア皇女や侍女のみんなの分と、ニールの分とと早く渡さなくちゃと思って」
「へぇ、ニールにも?」
「はい、コスタル神殿のお守りをくれたんです」
「で、彼には何を?」
セインさんは、興味津々で聞いてくる。
「何がいいのかわからなくて、エナ町特産の織物の小銭入れにしました」
「ふーん、木彫りじゃないの?」
「お世話になっている程度が違いますから。木彫りは、すごくお世話になっている人にと思って購入してきました」
セインさんに笑顔で返すと、彼は鹿を撫でながら「ありがとう」と言ってくれた。
「ニール君は、わざわざコスタル神殿に行ったんだね。サイアス君、のんびりしてられないね」
「そうだな」
なんのことだろう。ニールが神殿に行ったこととと、サイアスさんがのんびりすることと、どういった関係があるんだろう。
私は首を傾げながら、食堂に向かう2人について行った。




