第8話
やっと着いた。
王都の街はずれに足を踏み入れ、私は深い溜め息をついた。
あれから2日、私たちは暗い気持ちのまま残りの行程をこなして帰還した。
途中で、団長の馬が私たちに追い付いてきたけれど、勿論その背に団長はおらず荷物だけが括り付けてあった。ツイルさんは団長の馬と自分の馬を繋いで並走して連れてきていた。
街は陽が暮れかけており、街灯に火を灯す作業が始まっている。
「さぁ、急ぎましょう」
ツイルさんの言葉に頷き、ラインシート家を目指した。
皆に会えるのは嬉しいけど、団長のことがあって、どうしても気が沈んで仕方がない。どんな顔して、皆に会えばいいのかわからない。また一つ、ため息が漏れた。
ラインシート家の門をくぐりエントランスを目指していると、使用人の一人が私たちを認め、駆け足で屋敷に入っていった。
それとほぼ同時に、サイアスさんやマリーネさんが駆け出してくる。
あぁ、久しぶり! 久しぶりのサイアスさんだ。
私はエリンから飛び降り、サイアスさんに向かって駆け出した。
息を切らしてサイアスさんの前に立つと、彼は両手をひろげて「おかえり」と言ってくれた。
つい、涙がこぼれる。
「団長が・・・・」
「あぁ、ツイルが早馬で知らせてくれた。崖から転落したと聞いた」
「うん、谷底に転がって行った・・・・死んじゃったと思う」
「ハナ。あのジャックだ。そう簡単に死ぬわけはない」
私の言葉に、サイアスさんは薄く微笑みながら首を左右に振った。
「でも、すごい崖だったんですよ」
「大丈夫だ」
サイアスさんは穏やかに返すけど、あの崖を見ていないからそんな風に言えるんだよ。あんなところから転落したら、いくら身体を鍛えているからって生きているわけがない。
「だって、川に落ちても水面に頭を出すことなく、流されていきましたよ」
思わず力を込めて返す。脳裏には、繰り返し団長とラング伯爵が崖を転げ落ち、川に転落するさまが浮かんだ。
「ジャックは大丈夫だ」
「・・・・」
それでもサイアスさんは団長が生きているって言う。そう信じたいのかな。なら、私が否定し続けるのはいけないような気がする。
俯いて考えに耽っていると、サイアスさんにふわりと抱きしめられた。
「ハナが無事でよかった」
頭上からサイアスさんの声が降ってくる。サイアスさんの腕の中は温かくてとても安心できる。帰ってきて良かったと思う。
眼を開けたら、日本の自分の部屋だったらと何度も願ったけど、それはいつも叶わない。毎朝、悲嘆を感じた後に想うのは、ラインシート家やサイアスさんの事だった。早く、早くサイアスさんに会いたいって思っていた。
日本に帰る術が見つからないない今は、私の帰るべき場所はここなんだって、サイアスさんの腕の中で眼を閉じる。温かい、旅の疲れがほぐれていく。
「あっ、そうだ!」
私は、首にかけていたサイアスさんから借りた碧色の宝石の指輪がついたネックレスを、服の上に引き出した。それと同時に、ニールから貰ったコスタル神殿の木彫りのペンダントも服の中から出てくる。
「私が無事だったのは、これっ、このお守りのお蔭だと思います。ありがとうございます。今、お返ししますね」
急いで留め具を外そうとすると、サイアスさんは私の手の動きを止めるように、自分の手を重ねてきた。
「これはもうハナのものだ」
「ダメですよ。こんな高価なもの、簡単に頂けません」
「いや、いいんだ。それより、このコスタル神殿の守りは誰から?」
サイアスさんは、私の首に下がっている木彫りのお守りに触れた。
「あぁ、これはニールから貰いました。出発の時、街中で私のこと待っててくれたんです」
「ほう」
あれっ、なんかサイアスさんの声のトーンが下がったよ。どうしたんだろう。ツイルさんやマリーネさん、テリィまでが一緒に身震いしている。使用人のみんなの顔色も心なしか良くないようように見える。
「この守りは旅の安全を祈願したものだな」
「はい。ニールはそう言ってました。1日かけて神殿まで行ってくれたみたいです」
「そうか、これも効果があったようで良かったな」
サイアスさん? 顔は笑ってるけど、なんか目の奥が怖いです。
「神殿の守りは念願が叶ったら、神殿に奉納することになっている」
サイアスさんはそう言いながら、私の首から神殿のお守りを外した。
「そうなんですか」
「次の非番の日に一緒に神殿に行こう」
「連れて行ってくれるんですか」
「勿論だ」
「ありがとうござます!」
良かった。1日かけて行く神殿なんて1人じゃ行けないものね。
「この守りは私が預かっておこう。ハナには私の守りを付けていてほしい」
「はい」
サイアスさんのお守りは高価なものだけど、これだけ言ってくれてるんだから、突き返すわけにはいかないよね。また、機会をみて返そう。
「サイアス様・・・・。神殿の守りは持っていてもかまわ・・・・」
「さぁさぁ、ハナさん。こんなところで話していないで、お疲れでしょう。お湯をお沸かししますよ。それから夕食になさって下さい」
ツイルさんが、何か話しかけたけどマリーネさんがそれを遮った。
「それとその子は?」
マリーネさんの一言に屋敷中の者がテリィに目を向けた。
「あぁ、テリィって言うの」
私はテリィの傍に行って、彼に挨拶するよう促した。
「テリィです。ローランド国生まれです。エナ町で人買いに捕まっていたところを、ハナに助けて貰いました。他の子は国に帰ったけど、僕は帰れないので・・・・。このお屋敷で雇うって、ホーネットさんが言ってくれたので、ついて来ました」
「まぁ、人買い」「帰るところがない?」
テリィの言葉に使用人の皆は声を失っていた。女性たちの中には、眼をウルウルさせている者が数人いる。
「サイアス様、庭師見習いとして置いて頂けますか」
ツイルさんの言葉に、サイアスさんは黙って頷いた。
「ところで聞きたいが、人買いに捕まっていたところをハナが助けたとは、どういうことだ。ツイル」
「はっ、そっ、それは」
うわっ、サイアスさんの声がさっきより低くなったよ。ツイルさんが真っ青だ。私から目を離したことを叱られるのかな。でもあれは、団長の策略に私が引っ掛かったわけで、ツイルさんは悪くない。
「サッ、サイアス様、私が団長の命で人買い団の屋敷に囮として・・・・」
「囮! ハナを囮にだと! ジャック! やはり企んでいたな!」
私の言葉に、サイアスさんは非難の矛先を団長に向けた。でも、サイアスさん。団長はもういないよ。
「ハナ! 大丈夫だったか。ケガはケガはしていないのか」
サイアスさんは、慌てて私の腕をとってケガの有無を確認しようとしている。本当に心配性だな。こうして、目の前に元気に立って、動いて、話しているのに。
「サイアス様、大丈夫ですよ。ちょっと、囚われてただけだから」
笑顔でサイアスさんに返していると、テリィが思い出すのも嫌なことを言い出した。
「大丈夫じゃなかったよ。ハナ、あいつらに何回も『不細工』とか『平たい顔』とか、『買い手がつかない』って言われてたよね」
「不細工、買い手がつかない・・・・」
サイアスさんは、呟くとクラリと足元をふらつかせた。それをツイルさんが、慌てて支える。
「ツイル、そいつらは今どこにいる・・・・」
「国境に。そこで裁きを受けるかと・・・・」
「生温い。王都に送らせろ。私が直接、その罪を吐かせよう」
サイアスさんからは、なにやら冷たい気が放たれている。目つきもすごく鋭い。これは怒ってるね、相当怒ってる。なんで、そんなに怒るんだろう。別に私がなんと言われようと、聞き流せばいいのに。本当に過保護で、心配性でお父さんみたいだな。
「そうだ、皆さんにお土産があるんですよ」
私は、場の空気を変えようとしてエリンに括り付けてあった土産袋を降ろした。
「はい。マリーネさんや侍女さん、女性の使用人さんたちには北方の織物の小物類です。リボンもありますよ。好きなのを選んでください」
「あら、可愛い」「えっ、このリボン、素敵ね」
女性たちはめいめいに小物を選び始めた。よかった気に入ってもらえたみたい。
「男性の方々にはお酒とか、北方の珍しいおつまみです。仕事の後に呑んで下さい」
「おぉ、気が利くな」「こんなの見たことないな」
男性陣にも受けている。私ってお土産選びの天才かな。
「サイアス様にはこれです」
「ハナ、これは・・・・」
「すごいでしょう。この木彫りのペン立て! この馬の木彫り、綺麗ですよね。サイアス様の愛馬のグレールみたいですよね! もう、一目見てサイアス様には、これしかないって思いました」
私はニコニコと、北海道でよく見るクマの木彫りの馬版みたいなのを、サイアスさんの腕に乗せた。
馬の木彫りはまな板状の板の上に乗っていて、馬の隣には筒状のペン立てが備え付けてある。すごい実用的な優れものなのである。あぁ、私ってすごい!
「ありがとう・・・・。私とグレールのことを考えて選んでくれたんだな」
「はい!」
「ありがとう。大事にしよう」
サイアスさんは、木彫りの馬の背を撫でながら、ペン立ての部分を覗き込んだ。
「さぁ、お湯の準備ができましたよ。参りましょう」
私はマリーネさんに背を押されて、屋敷の中に入った。
「サイアス様。民芸品など・・・・申し訳ありません。しかし、ハナがすごいいい笑顔で選んでいたので、阻止でませんでした」
「いや、構わない。私のことを思ってハナが購入してきたものだ。大事にしよう」
「サイアス様は、ハナが大好きなんだね」
「そうじゃの。可愛くて仕方がないようじゃ」
「お屋敷の皆にも大事にされているんだね。カッセルさんもハナが大事?」
「勿論、ハナは良い娘じゃからな。お前もじゃろ、テリィ」
「うん、大好き」
こんな会話がされている頃、私はお湯に浸かって旅の疲れを癒していたのでした。




