第2話
「腹が痛い」
団長が腹部に手を当て、お腹をおさえ苦痛に顔を歪めた。
いよいよ剣聖ダニエルの住まう国境の町に入ったところ。ダニエルの村はこの町の中心から3時間程度行ったところとのことで、もう夕方だし今日はここに宿をとって明日移動しようということになった。
ツイルさんは町に入ると、団長の用事で砦に行かされて不在だった。
部屋に入って荷解きをしていると団長が現れ、腹痛を訴えてきたのである。
「変なもの食べたんじゃないんですか」
荷解き時の手も休めずに団長に返す。
「んなわけねーよ。ダニエルの爺さんに久しぶりに会うと思ったら、なんかこう腹がきゅーっとな」
「はーん、緊張してるんですか。団長にもそういう神経が残ってたんですね」
いつも言動が無神経だから、そんな感情ないかと思っていた。
「悪い。薬を買って来てくれねぇか」
「いいですけど、場所がよくわかりません。宿の人に頼んだらどうですか」
「町の薬屋は品薄でな。ちょっとこれに着替えてくれねぇか。廊下で待ってるからよ」
団長はそう言うと私になにやら子供っぽいワンピースを渡してきた。
・・・・団長は私になにをさせたいんだ?
とりあえずワンピースに腕を通す。ピッタリだ。フリフリだ。怖っ! 団長何考えてんだ!
「おぉ、ぴったりじゃねぇか。それとな」
団長は本当に腹痛があるのか喜々とした表情を浮かべ、手に持っていた頬紅を私のほっぺにくりくりと塗り始めた。
「うわっ、何するんですか!」
「薬屋では緊急性を装わないとすぐに薬を売ってくれねぇんだよ」
「だからって、こんな格好する意味がわかりません!」
「ハナには父親の腹痛のために急いで薬が欲しい健気な娘を装ってほしいんだ」
「団長の腹痛に緊急性は感じませんけどね」
ニヤニヤしながら、私に頬紅を塗る姿には、本当に腹痛なんてものがあるのか疑わしかった。
「うぅ、痛てて・・・・。頼むハナ」
私の指摘を受け、急に屈みこむ団長に仕方ないと思いつつ、差し出された薬局の地図とお金を受け取った。
ちらりと、サイアスさんの「団長には気を付けて」という言葉が頭をよぎったけど、薬を買いに行くくらいなんともないし、こう見えて団長のお腹は本当に痛いのかもしれない、とりあえず出かけることにした。
「どこだ、ここ。この地図あってるのかな」
地図を手に少しばかり人通りの少ない道に入る。
方向音痴の私に、この地図は不親切すぎるよ。それにこんなに人通りの少ないところに薬屋なんてあるのかな。
それにしてもこの格好。通りのガラスに映った自分の姿に思わずため息をつく。これじゃ15歳いやこの世界だと13歳くらいの子どもに見えてしまう・・・・。過剰に塗られたピンクの頬紅は、まるでコントに出てくる芸人のよう。これで薬屋の人に、涙ながらに父親の腹痛を訴えて薬を買えなんて、どんな罰ゲームだよ。いつもの私の姿だって、薬くらい買えるのに。
溜め息をついて歩を進めようとした時、後頭部に激しい衝撃と痛みを感じた。
「油断した・・・・・」
倒れる際に顔面を強打しないように、受け身をとるのが精一杯だった。
「うっ・・・・痛っ」
後頭部に痛みを感じつつ目を開くと、薄暗い部屋に寝かされていることに気付く。
「どこだ、ここ」
軋む身体を起こして周囲を見回すと、あまりの光景に驚き、思考が停止し身体が動かなくなった。
なに、この子どもたち・・・・・。
薄暗がりの中、教室の程度の広間に見目麗しい子どもたちが、たくさん押し込められている。
宝石のような瞳に金髪、プラチナブロンドなど輝かしい髪を持ち、整った顔立ちをした子供たちは、一斉に私を見つめている。容貌は輝かしいが、彼らの瞳には恐怖や諦め、悲しみなど様々な色が宿っていた。
誘拐? こんなにたくさん? はっ、児童売買!!
団長はこれを知ってて、わざと私を町に一人で行かせた? 囮にされた?
あぁ、もうなんて無謀なんだあの人は! 私になにをさせようとしてんのよ! この子たちを救えってか!無理に決まっているでしょう。私はただの空手好きな女子なんだよ。これだけの子どもの売買をしている組織に立ち向かえるわけないじゃない!
私がイライラと自分の思いに耽っていると、7歳くらいの男の子が声をかけてきた。
「おねぇちゃんも捕まったの」
「そうみたい」
溜め息をついて返答する。
「大きいのに捕まるんだね。ぼくらどうなるのかわかる?」
男の子の問いに、ツイルさんから『男の子は主に働き手として、女の子は娼館に売られる』って聞いたことを思い出した。
答えに困っていると、部屋の外から複数の人の足音が聞えた。
「おねぇちゃんは、まだ気を失ったふりしてるから」
「わかった」
男の子は物分かりよく、自分のいた場所に戻って行った。
ドアが開いて、2~3人の男が入ってきたのが気配でわかる。
気を失ったふりをしている私の背後で声がする。
「ほら、飯だぞ。きちんと食っとけよ。やつれたガキは必要ねぇからな」
男の言葉とともに食器が床に置かれた音がする。
「男が10、女が15揃っているな。まったく、売れ行きのいいことで」
「北の子どもはキレイだからな」
「兄貴、こいつは売れねぇんじゃねぇかな。全然キレイじゃないし、黒目黒髪なんて不吉じゃねぇの。いくら珍しいからって捕まえることなかったんじゃねぇ」
気を失っているふりをしている私の傍に、男が屈みこみ頬を棒のようなものでつつく。男の酒臭い息が顔にかかり、思わず顔を顰めそうになったけど耐えた。
「何言ってんだ。貴族ってのは物珍しいのもお好みなさるんだよ。多少、年取ってようが不細工だろうが高値がつくぞ。あんな通りを独りで歩いていてくれてラッキーだったぜ。」
兄貴と呼ばれた男の下品な笑い声が室内に響く。
「へぇーっ、こんな不細工でも高値がつくんだ」
男たちは高笑いしながら部屋から出て行った。
男たちは出て行ったが、私は暫く動けなかった。
あれだけ何度も『不細工』って言われたのは初めてだ! おまけに年取ってる!? 確かにこの中じゃ最年長だろうよ。くっそう、やってやる。お前ら一網打尽にしてやる!
私は勢いをつけて起き上がり、子どもたちの元に向かった。
子どもたちは、男たちが置いて行った乾パンみたいなものをモソモソと口にしていた。
「この中で一番年上は誰?」
私が声をかけると、12歳くらいの女の子が小さく手を挙げた。
「男たちが何人いるかわかる?」
女の子は私の問いに首を傾げたけれど、さっき声を掛けてきた男の子が「4人だよ」と答えた。
「4人・・・・」
「そう、兄貴って奴に、子分の2人と見張りの1人の4人。あと、時々いい服を着た太った人が見に来てたよ」
男の子はよく観察していたのだろう。元締めと思われる男の情報もくれた。
「ここにきて何日? 歳はみんなどのくらいなの?」
「多分、2日くらい。歳は5歳から12歳まで全部で25人よ」
この問いには最年長の女の子が答えてくれた。
「わかった。あなたと君の名前は?」
私は最年長の女の子と、7歳くらいの男の子を指して尋ねた。
「ライラ」
「テリィ」
「よし、ライラ、テリィここから出るよ。手伝ってね」
私の言葉に、子どもたちの目に生気が戻ってくるのがわかった。
「あいつら、出荷は明後日だって言ってた」
「よーし、作戦を練ろう」
みんな無事にここから出てやる!




