第3話
待って、待って、私のごはん食べないで!
自宅の食卓で、豚汁を食べている栗色の髪で碧眼の女の子に抗議する。でも、私の声は彼女に届かないようで、彼女はすごい勢いで豚汁や目の前の食事を平らげていく。
それを私の母や妹が困惑した表情で見ている。お母さん止めてよ。美野里、いつも私に食べ過ぎだって言うじゃない! その子にも注意してやってよ!
自宅の食卓が遠い。声は届かないし、姿も見えていないみたい。
女の子に近寄ろうとしても、透明な壁みたいなのがあって、2~3mくらい外側から見ているしかない。
透明な壁を叩き、喚き続けていると、彼女はちらりとこちらに視線を向け、ひどく驚いた表情を浮かべた。えっ、見えてる?
「ごめんなさい・・・・」
彼女の声が聞えた! ごめんなさい・・・? どういうこと。問い質そうと、声をかけようとしたけど、彼女は俯いて耳を手で覆ってしまった。
ちょっと、説明してよ。どうして、こういうことになっているのか、わかってるんだよね。ちょっと!
私がいくら喚いても、怒鳴っても、彼女がこちらを見ることは二度となかった。
「どうしよう。花はどこに行ったんだろう」
母が溜め息をついている。
「この子と入れ替わりにどこかに行っちゃった?」
妹の美野里も溜め息をついて困り顔だ。
そうだ! 入れ替わり! 入れ替わっちゃったんだ!
彼女は謝った! 何か知ってるんだ! いい加減にして、いい迷惑だ! あたしはこんな世界に居たくない! 早く元に戻して!
「嫌だーっ!」
叫びながら飛び起きた。
「夢?」
息が苦しい。はぁ、はぁ。深呼吸すると少し落ち着いてきて、胸の重苦しさが徐々に薄らいだ。
ん?
誰かの視線を感じて顔を上げると、目の前にカーネル・サン〇ースさんがいた。
「・・・・。ついに死んだか。騎士にでも刺されたのかな。ここは天国? カーネルさんの功績を考えればそう思えるけど」
ジッとカーネルさんを見つめた。彼も私をみつめている。
「はじめまして、サンダースさん。草野花と申します」
手を差し出すと、彼は困った様子で握り返してくれた。温かい・・・・まるで体温があるようだ。天国ってすごい。
「日本では大変お世話になりました。ケ〇タには部活の後に友人たちとよく・・・」
「あははは、君面白いね」
カーネルさんにお礼を言おうとしているのに、部屋中に大きな笑い声が響いた。
声の主を見ると、オネエだった。目の前に外国人のオネエがいる。
骨格は男なのに容貌は女性的で、銀の長い髪、緑の瞳がそれに拍車をかけている。私が呆けて口を開けているとオネエはカーネルさんを指して言った。
「彼は君と入れ違いに居なくなった侍女、ナナ・グラシアの父親のカーネ・グラシア男爵だよ」
入れ違いの侍女? 私の家で、がつがつと食事していたあの娘のことか! あの娘はナナって言うんだ。一連の出来事が頭に中に浮かび上がって来た。ここは天国じゃない。私にとっては地獄だということを思い出す。
「髭男爵! 私、ナナさんと入れ替わってしまったんです。彼女は私の家で食事をしていました。私を見て『ごめんなさい』って言ったんです。私、帰りたい。ナナさんとまた、入れ替わることはできますか!」
私は男爵の肩に手を置いて、彼の身体をグラグラと揺すった。男爵は泣きそうな顔をしている。大事な娘がいなくなったから? でも私だって、家族にとっては大事な娘なんだよ! なんとか、なんとか帰らなくちゃ。こんなところに居たくない。
「答えてよ、答えて!」
「止めなさい」
興奮して男爵の肩を揺すっていた私の手が、大きなごつごつした手に抑えられた。
私の手の上に置かれた手を追って、視線を上げると副団長が私を見下ろしていた。
副団長の瞳は、さっき見た青い月のように冴え冴えしている。でも、冷たいんじゃなくて、暗闇を照らす青い小さな灯みたいだと思った。あの場で、周囲の者が一斉に敵意や警戒を向けてくる中、副団長は冷静だった。彼に話しかけられて僅かにほっとしたのを覚えている。
気分が少し落ち着いて、室内を見回す。
ベットが2台並んでいて、なんとなく薬のような臭いがする。壁際にはガラス棚が並び、そこにはたくさんの葉っぱや木の枝が入った瓶が収納されていた。保健室みたい。
私はカーネさん、オネエ、無精髭を生やしたワイルドなハリウッド俳優みたいな人、副団長に囲まれていた。溜め息をついてカーネさんの肩から手を離す。
カーネさんは私の手を取り「クサノハナさん。私も娘を取り戻したい」と言った。私は黙って頷き返した。
ベットから身を起こして、隣室の応接室みたいなところに移動すると、事情聴取が始まった。
どうやらここはイーリアス王国の王城内医務室であるらしい。
ハリウッド俳優みたいなシブいイケメンはイーリアス王国近衛騎士団長、オネエは宮廷筆頭医師だと説明された。
男爵グラシアさんは、娘が消えたとの知らせを受けて急遽登城したらしい。
「草野花」
名を問われ答える。
「クサノハナか。姓は?」
私に問うのは副団長だ。
「姓は草野、名前が花」
「ハナか・・・・。発音がナナに似ているな」
副団長は溜め息をついた。男爵の瞳も悲し気な色を映している。
「ハナと呼んでもいいだろうか?」
黙って頷く。
「年齢は?」
「19歳」
周囲で息をのむ気配がする。なに? なにそんなに驚いてんの。
「・・・・団長」
暫くの間の後、副団長が後ろに座っている団長を振り返った。
「あぁ、詐欺罪適用だな」
団長が、表情険しく私を見つめている。
「へっ!? なんで」
思わず声が漏れる。別に何も騙そうとしてないけど。
「そんなナリで19はねぇだろ。色気もなにもねぇ、せいぜい15、6ってとこだな」
「えぇ、私もそう思います」
なんだってぇ。目の前の男2人に殺意を覚える。
色気云々は今までも散々言われてきた。しかし、『黙ってれば可愛いよ』との声も主に女友達からもらっているのだ。なんと反撃しようか考えていると、
「ダフル団長、サイアス君。失礼だよ。この娘は15、6歳じゃないよ。立派なレデイだよ」
オネエが笑いながら口をはさんだ。
「どうしてわかる」
団長が声色低くオネエに問う。団長からは周囲の者を圧倒するような威圧感が放たれている。さすが、王国近衛騎士団の団長だけあるな。髭男爵は威圧感に当てられブルっと震えているけど、そんな空気を物ともしないで医師はニコニコしている。女性的な容貌の優男だけど、ただ者じゃないな。
「だって、骨格が発達してるもの。19歳くらいで妥当かな」
オネエがにこやかに返す。団長と副団長が目を見開いて私を凝視した。
ありがとうオネエ。見た目じゃなくて、骨格からの詐欺疑惑否定だけど、充分成人女性に近いと証明してくれて助かりました。私は2人を睨め付けた。
「そうか。セインがそう言うなら、そうなんだろうな。では、ハナ。君がこの世界に移動してきた時のことを教えてほしい」
副団長は、私の視線をスルーして次の質問を投げた。