第12話
読んで頂きありがとうございます。
今回はサイアスさんの視点で話が進みます。
ニールとサラシア嬢の馬影が遠ざかると、私はハナの手を取った。
「ハナの手は痺れることはないのか」
小さなハナの手を包み込むように確かめる。
「えっ、なんともないですよ。私は病気になんて・・・・」
「メイに焼き菓子を良くくれると言っていただろう。もらった菓子を食べ続けていたのではないのか」
サラシア嬢は、この店の焼き菓子を口にして気付いたのだろう。
カップを取り落としたのは痺れのためかもしれないが、あの表情や動揺している様子は・・・・自分が毒を盛られ続けていた可能性に気付いたからだろう。
使われた毒はおそらく、エトナ草の根だ。少量ずつ体内に取り込むことで、徐々に全身の神経が侵され呼吸さえもできなくなる。遅延性の毒だ。
ハナも菓子を口にしていれば、毒に侵されている可能性がある。ハナの答えを待つ間、私の心臓は早鐘のように鳴り続けた。
「お菓子ですか・・・。あれね。実は・・・・その、美味しくなくて、捨ててました」
ハナはばつが悪そうに苦笑いする。
瞬間、彼女を抱きしめた。
良かった。ハナの苦しむ姿は見たくない、ましてやそんな形で自分の前から去ってしまうなんて考えたくもない。
「あの・・・・」
腕の中からハナの声がする。見ると、彼女は顔を真っ赤にして私を見上げていた。
あぁ、なんて可愛いんだ。このまま、ずっと抱きしめていたい。つい、腕に力がこもる。
「さっ、サイアス様」
ハナが身じろいだため、残念だが腕を解いて開放する。彼女が離れていく瞬間、温かな熱が遠くなるのを感じ、ふと寂しさを感じた。
「サラシア嬢は毒を盛られていた可能性がある」
「えっ!?」
私の言葉にハナはひどく驚いたようだった。まったく考えもしていなかったのだろう。
「誰が・・・・あっ、焼き菓子をくれた人?」
ハナの言葉に頷き返す。
「おそらく、今日ここで焼き菓子を食べて気付いたのだろう」
「王都で一番のお店のお菓子だって喜んでいたのに・・・・痺れとか・・・あんなに青くなって・・・・ひどい」
ハナは、悔しそうに俯いた。
侍女から情報を引き出すだけ引き出し、使い捨ての駒とする。今回も巧妙に証拠を残さず、逃げ切るつもりだったか。爵位の低い侍女が、王都の高級菓子店に出入りすることはほとんどないだろうから、菓子の味は知らなかったはずだ。うまくサラシア嬢に目をつけたつもりだったが、早々に気付かれたというわけだ。あと少し発見が遅れていれば、彼女は話すことも、書くことも困難になっていたはずだ。
「メイは助かりますか」
「時間はかかるが、大丈夫だ。毒が抜ければ元の状態に戻ることができる」
多少の後遺症は残るかもしれないが、生活するには支障のない範囲だろう。
「良かった」
ハナはため息をついた後、笑顔になった。
「お菓子を食べ続けていれば、私もメイみたいになっていたかもしれないんですね」
「そうだな。捨ててくれていて、良かった」
「お菓子は日本の物の方が美味しいし、ラインシート家のトリスさんが作ってくれる物のほうが、この菓子店の物より美味しいです」
「そうか。私はニホンやトリスに感謝しなくてはならないな」
「?」
ハナがキョトンとした顔をしている。
「ハナがいなくなったら困るんだ」
つい苦笑しながら答える。
「そうですか。いつも迷惑ばかりかけているから、私が日本に帰ったらさぞかしスッキリすると思うんですけど」
「そんなことはない。困るんだ。さぁ、屋敷に戻ろう」
ハナの背に手を添えて、馬房に向かう。彼女はなにごとか呟いていたが「変なの」と締めくくっていた。
彼女がニホンに帰ったら・・・・考えたくもないことだ。
翌日、登城すると近衛の執務室にセインがいた。
「サラシア嬢は」
「サイアス君の言う通り、毒物中毒の初期から中期の境界ってとこだね。治療が間に合いそうで良かったよ。彼女は重要参考人だからね」
セインは、微笑みながらさらりと言葉を発する。
メイ・サラシア嬢は知らずのうちに利用され、命まで危機にさらされたのに、私たちからみれば敵方に通じていた間者となってしまう。
「毒物は、エトナ草か」
「ご名答。実は、ラインシート家のツイルからも菓子の分析を依頼されていたんだよ。なんでも、いつも使っている学者がなかなか分析できないようだからってね。菓子からはエトナ草の成分が抽出されたよ」
「エトナ草は少量づつでも強い効果を表すからな。投与されていた量も微量で分析しにくかったんだろう」
「サラシア嬢には気の毒だね。一体、どんな口車に乗ったんだか」
本当に何を言われ、どう騙されたのだろう。
ここ数か月、皇女の行動が敵方に筒抜けのように襲撃を受けていたのは、サラシア嬢から情報を得ていたのだな。
敵はサラシア嬢とどのように接触していたのだろう。近衛でも侍女たちの行動には細心の注意を払っていたはずなのに。
「難しい顔してるね。サイアス君」
セインの言葉に我に返る。
「近衛でも侍女の動向は監視していたのにな」
「まぁ、相手も必死だからね。わからなくても、仕方ないんじゃない」
「サラシア嬢は?」
「敵方に始末されないように、ある場所に匿っているよ。そう簡単に殺させるわけにはいかないもの」
セインは不敵に笑う。本当に医者にしておくには惜しい人物だ。
「そうだな。ハナまで始末しようとした奴らの思うままにはさせない。早々に捕らえて、これ以上ないくらいの苦痛を味わってもらおう」
つい口の端に笑みが浮かぶ。
「サイアス君。すっごい極悪人の顔してるよ。ダメだよ。多分ハナちゃんはそんな報復は望まないよ」
「ハナには内緒だ」
「はーっ、バカだねあいつら。サイアス君を本気にさせちゃったよ」
セインは苦笑いして、ため息を吐いた。
「おっ、どうした揃って」
ジャックが、登城時間ギリギリに扉を開けて部屋に飛び込んできた。頭は寝ぐせだらけ、無精ひげも伸び放題。全くなんとかならないものか。ついため息がもれる。
「じゃあ、僕は医務室に戻るね。サイアス君、サラシア嬢とエトナ草のことは、君から団長に伝えてね」
「あぁ」
セインは、立ち上がると伸びをして退室して行った。
「ふーん、侍女にエトナ草を盛ったか。どこまであくどい奴らなんだ。反吐が出る」
「サラシア嬢は療養を兼て、セインのところに匿われてるそうです」
「重要参考人だ。始末されないように警備を強化しろ。自死しないようにも注意を払ってくれ」
ジャックは、緊張感なく髪に櫛を通しながら指示を出すが、その眼にはギラギラした闘志が宿っているように見えた。
「ハナも巻き添えを食うところだったんだな」
「えぇ、でも菓子の味が口に合わず、食べることはなかったようです」
「ほぅ、それは良かった。明日から北の国境に向かうのに、危うく連れて行けなくなるところだった」
ジャックが安堵した表情を浮かべている。そうまでしてハナを同行させるのには、何か企んでいるとしか思えないのだが。
「あぁ、そうだ。ニールの奴が、明日から20日間の休暇を申し出てきたんだが、どうすれば・・・・」
「却下です」
ジャックの言葉を途中で遮る。
「はっ? あいつは滅多に長期休暇を取らないし、別に取らせても・・・・」
「却下です」
私の即答に対しジャックが顔を歪め、苦笑いする。
「そうか。ハナにくっついて来るかもしれんのだな」
「えぇ、そのつもりでしょう。ニールはハナが完全に自由になるのは、いつだと聞いてきました」
あの瞬間、ニールもハナに思いを寄せていることに気付いた。
「へぇーっ、やるじゃねぇか。負けてらんねぇな、サイアス」
「えぇ、負けるつもりはありません。でも、彼女に対する思いは、彼女がニホンに帰れないと分かった時に伝えるべきことだと思っています。ニホンに帰れる可能性のあるうちは伝えるつもりはありませんよ。ニールにもそのつもりでいて欲しいものです」
私の言葉にジャックはため息をついて「あぁ、めんどくせぇ」と呟いた。




