第13話
今日は、北方の国境に出発する日。
ラインシート家のエントランスで、サイアス様から“お守り”だと、綺麗な宝石のついた小さな指輪に細いチェーンに通したネックレスを頂いた。
「これ、高価なものなんじゃ」
「いや、そんなことはない。ただの旅の守りだよ」
サイアスさんはネックレスをつけた私をニコニコと見ている。
いやいや、大層な物なんだよきっと。ツイルさんはじめ、使用人の皆が目を見開いてサイアスさんを見ているもの。こんなのもらっていいのかな。
「サイアス様、それは・・・・」
ツイルさんが話そうとすると、サイアスさんはすっごくいい笑顔で彼を脅した。顔は笑ってるけど、人を制する気が一瞬強く放たれたのがわかる。それを受けて、ツイルさんは深く溜め息をついた。
やっぱり、ものすごく大切なものなんだ。でも、返そうとしてもサイアスさんは、受け取らないだろうな。
ネックレスを陽にかざすと、サイアスさんの瞳と同じ碧色がキラキラと輝いた。
「サイアス様の瞳と同じですね」
思わず声に出すと、サイアスさんは瞳を大きく見開いて、その後にっこりと微笑んだ。
「ハナ。一緒には行けないけれど、見守っているよ」
あぁ、そういう意味で渡してくれたんだ。サイアスさんは、本当に心配性だな。
「大事にします。旅から帰ってきたらお返ししますね」
笑顔で返すと、サイアスさんはうな垂れてしまった。あれ、違うのかな。まぁ、いいや。元気に帰ってきて早く返そう。こんな大層なもの、私には合わないよ。
「ハナ、ジャックには注意してほしい」
私がネックレスを服の下に収めると、サイアスさんが耳打ちしてきた。
「えっ、団長?」
「そうだ。わざわざハナを同行させるのには、なにか企んでいるとしか思えない」
サイアスさんは真剣な表情だ。でも、
「剣聖ダニエルに異世界に帰る手がかりを聞くんでしょう」
「・・・・そうだったな。・・・・困ったことがあったらツイルに相談しなさい」
サイアスさんは一瞬困った顔をした。剣聖ダニエルに会うっていうのは嘘なのかな。団長はなにを考えているの。ダニエルの話が嘘だったら、ツイルさんの精神が崩壊すると思うけど。私は隣で上機嫌で出発を待っているツイルさんに目を向けた。
「サイアス様、メイのことよろしくお願いします」
あれからメイには会えていない。
メイは信頼していた人から毒を盛られていたんだ。結果、知らずにアリシア皇女をも裏切っていたことになっていた。そして、私にまで害を及ぼしたと考えているはず。どんな気持ちでいるかとても心配だ。
「大丈夫だ。セインの解毒療法の腕は確かだ。徐々に元に戻るだろう。私も時々顔を見に行くようにしよう」
サイアスさんの言葉に安心する。サイアスさんに任せておけば大丈夫だって思える。
「では、皆さん。行ってきます」
ツイルさんと一緒にラインシート家の使用人のみんなに声を掛ける。みんな一様に寂しそうな顔をして「頑張れ」「気を付けてね」って声を返してくれた。この世界の旅は、危険なものらしいから、気合を入れて慎重に行かなくっちゃ。
ラインシート家を出て王都を抜け、郊外の団長の家で団長と合流して北方に向かう手はずになっている。団長や私が不在となることは、アリシア皇女、ウィル皇子、近衛の一部の人間と皇女の侍女しか知らない。彼らには箝口令を敷いたって言っていた。敵方に知られるとまずいことでもあるのかな。
「ハナ」
私がエリンに跨ろうとすると、サイアスさんが手伝おうとして、手を握ってきた。大きくて温かな手は私の手を簡単に包み込む。暫くこの温かさに触れることもないんだなと思うと、急に寂しくなった。
「待っている。早く帰っておいで」
サイアスさんの優しい言葉に、つい身体が勝手に動く。
あれっ、うわっ。気付くと私は、サイアスさんに抱き着いていた。こっ、これはあれだ。小さい頃父親によく抱きついていたから、それと同じ行動のような気がする。お父さんって、あの頃すっごく頼りになって安心する存在だっんだよ。
「ごっ、ごめんなさい。サイアス様」
慌てて身体を離そうとしたけど、サイアスさんは私を抱え込んで、すごいいい笑顔を向けてきた。
「ハナから、抱き着いてくれるとは嬉しいな」
「いやっ、あの、これは・・・なんか、急に寂しくなって・・・・なんだろう。この感じ」
ついしどろもどろに答える。サイアスさんは黙って聞いてたけど、暫くして腕を放してくれた。
「今はこれで十分だ」
「へっ?」
「いや、気にしなくていい。さぁ、ツイルが気を揉んでいるようだ。出発した方がいい」
サイアスさんは苦笑しながら、私をエリンに跨らせてくれた。
「行ってきます」
「あぁ。ツイル、ハナを頼むぞ」
「わかりました。2人して無事に戻ってきます」
ツイルさんは、腰に剣を佩いている。彼は強いから心強いな。でも、私もその辺のごろつきには負けない自信があるけどね。
ツイルさんの後をついて屋敷を出る。
何度か屋敷を振り返ると、サイアスさんと使用人のみんながずっと見送ってくれているのがわかって、少しうるっときてしまった。
王都の街中に入るとニールが待っているのに気付いた。出勤前には早いから、見送りに来てくれたのかな。
「どうしたの、ニール」
エリンの手綱を引いて馬足を止める。
「見送り。休暇を申請したけど通らなかったから、せめて見送りだけでもと思って来てみたんだよ」
「休暇?」
「うん、ついて行こうと思ったんだけど。阻止されたんだ」
ニールは苦笑しながらそう言った。
「ニールも剣聖ダニエルに会いたかったの?」
「いいや。ハナが心配だったからついて行こうと思ったんだよ」
「へっ、団長もツイルさんもいるから大丈夫だよ」
「それでもな」
ニールは少し強引に私の手を取って、手の平に何かを乗せた。見ると円形5㎝大の綺麗な木彫りのペンダントだった。
「これ・・・」
「旅のお守り。コスタル神殿に行ってきて、旅の安全祈願してきた」
「えぇ! ありがとう! コスタル神殿て」
「王都から往復1日かかる古い神殿です。アロー様、ハナのためにご足労おかけ致しました」
私の疑問にツイルさんが答えてくれた。そんなに遠い神殿で祈願してくれたんだ。ありがたいなぁ。
「無事に帰って来いよ。この世界の旅は大変だからな」
「うん、ありがとう。元気に戻って来るよ。ニール、アリシア様やメイを守ってね」
「任せろ」
ニールはニッと笑った。
「さぁ、ハナ。ダフル団長が待ってますよ。急ぎましょう」
ツイルさんの声掛けに頷いて、ニールに手を振る。ニールも、私の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
「サイアス様もうかうかしていられませんね。それにしても、サイアス様もアロー様もなぜハナなんでしょう。まったく理解できません」
ツイルさんが、前を向いて何か呟いているけど、うまく聞こえない。
ダフル団長のお屋敷はラインシート家より小さめで、あまり人のいる気配がなかった。
「おっ、来たな」
団長はちょうど馬に荷物を括り付けているところだった。そんなことを自分でやるなんて、本当に使用人が少ないんだ。つい、お屋敷の方をキョロキョロと覗き込むようにしてしまった。
「さぁ、いくぞ」
団長は颯爽と大きな黒馬に跨った。彼は王城に出勤しなくていいからか髭が伸び放題になっていて、髪もボサボサだった。着ている服もサイアスさんと違ってきっちりした感じじゃなくて、なんだか着崩れている感じ。うーん、そんじょそこらのごろつきより悪党に見える。
団長の存在の方が、お守りより最強なんじゃないの。変な言いがかりつけられそうにないし、夜盗なんかも避けて通ってくれそうだしね。
うん、少し気が楽になったぞ。
さぁ、出発だ。




