プロローグ
「この中に私のお腹の中にいる赤ちゃんの父親が居るわ!」
彼女は荒れ狂う暴風だった。
華やかな鈴とラメが付いた衣装は、灰色の制服を着た事務員で埋め尽くされた事務局には明らかに不釣り合いだ。彼女が事務員達の顔を一人ずつ見上げていく度にシャラシャラと能天気な音を上げる。
「早く出てきなさいよ!」
天女のような羽衣と足に付いた金の輪でわかる。彼女は踊り子だ。袖元には闘魚のヒレのように華やかに垂れたサーモンピンクの布が重なり、警備員が彼女の手を掴むと華やかに揺れた。
「困ります。出ていってください」
「私はアリアンロッド。旅一座フランネルで一番の舞い手と呼ばれるアリアンロッドよ」
まるで会話になっていない。彼女の見た目は20になるかならないかだが、中身はそれより少し下だろう。
僕、シルヴィオ=アルスターは手元の書類に目を落とした。期限の近いものがいくつかある。
(こんな馬鹿と揉めるなんて災難な奴も居たものだ)
僕は踊り子が嫌いだ。
他の人の趣味にどうこう言うつもりはないが、相手の職業が踊り子というだけで信じた奴は愚かだったと言わざるを得ない。奴等は躊躇なく人を騙し、おちょくり、善意を踏み躙る最悪な生物なのだから。
(あ、この人。滞在期間が満期だな)
僕は手元の書類に朱のインクを引く。しかし、その手元が急に影になった。季節でもない春の花の香りが煩い。
「アナタ! アナタだわ!」
「はぁ?」
おでこが少し見えるぱっつんの前髪。子猫のような大きなぱっちりとした茶色の目。目元に引いたピンクのアイラインが彼女の気の強さを強調する。
「さぁ、責任を取って。結婚して」
「踊り子は悪の権化だ。僕は何があっても踊り子なんかとプライベートで会ったりしない」
僕の言葉に目を少し開いたアリアンロッドだったが、僕の右側の前横髪を引っ張る。
「とぼけるつもり? 証拠はコレよ」
そこには小さな菱形のエメラルドの髪飾りが付いている。僕の手作りの品であるこの飾りを持つ人間は僕ともう一人しか存在しなかった。
「………………ひとまず、外に出よう」
好奇心を隠そうともしない同僚達が僕達の後ろ姿をじっと見ている。そんな気がした。




