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追放令嬢は、化学調味料で異世界の食文化を革命する!~100%人工のうま味で背徳の日本食を広めます!~  作者: 速水静香
第一章: 追放の果てに芽生える野望

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第四話:スーパーメイドへの指令

 マリアが私の野望を受け入れたことで、私たちの主従関係は新たなステージへと移行した。そう、私は『食の伝道師』であり、彼女はその第一の使徒。この薄暗く埃っぽい部屋は、我らが革命の拠点となる作戦司令室であり、これから始まる聖戦の幕開けに、私の心は研究者としての冷静な興奮に満たされていた。


「さて、マリア。感傷に浸っている暇はないわ。早速、私たちの第一歩、『うま味成分抽出計画』に着手するわ」


 私はすっかり冷めてしまったおかゆの盆を脇に押しやり、ベッドの上にあぐらをかくと、まるで作戦会議を始める将軍のように言った。病み上がりの身体には少々こたえる姿勢だが、この精神の高揚の前では些細なことだ。


「はい、お嬢様。して、具体的には何を」

「まずは座学からよ。敵を知り己を知れば百戦殆うからず、って言うでしょう? 私たちがこれから対峙する相手、つまり『うま味』の正体について、あなたにも最低限の知識を共有しておく必要があるから」


 私がそう言うと、マリアはこくりと頷き、どこからともなく取り出した小さなメモ帳と炭の芯を手に、居住まいを正した。その淀みなき動作。いつでも主人の命令を記録できるよう準備しているその姿勢は、メイドとして満点どころか、博士課程の学生助手としても通用しそうだ。


「いいわね。では、特別講義を始めるわ。テーマは『うま味の分子生物学的概論および、その応用について』よ」

「……はい」


 マリアが一瞬、遠い目をしたような気がしたが、きっと気のせいだろう。


「いい、マリア? 私が『うま味』と呼んでいるものの正体は、主に三種類の化学物質に分類されるの。これらを効率的に自然界から抽出し、あわよくば精製、結晶化させることが、私たちの当面の目標になるの」


 私は指を一本立てる。マリアのペンが、さらさらとメモ帳の上を走る音がした。


「第一のターゲット、それは『グルタミン酸』よ」

「ぐるたみんさん……」

「ええ。これはアミノ酸の一種。生命の根源たるタンパク質を構成する、非常に重要な物質なの。特にそのナトリウム塩、グルタミン酸ナトリウムは、それ単体で強力なうま味を呈し、あらゆる料理のベースとなりうる、まさに『うま味の王様』と呼ぶにふさわしい存在なのよ!」


 熱く語る私の前で、マリアは「おうさま」と小さくメモに書き加えている。よろしい、その調子だ。


「このグルタミン酸、自然界ではどんなものに含まれているかと言うと……代表的なのは、そうね、海に生えている大きな葉のような植物、いわゆる海藻類ね。特に、乾燥させることで表面に白い粉が浮き出るような種類のものが、極めて有望なソースと言えるでしょう。前世では『昆布』と呼ばれ、珍重されていたの」

「こんぶ……」

「ええ。それから、特定の赤い果実や、乳を発酵させて作る『ちーず』っていう食品にも豊富に含まれているわ。共通しているのは、発酵や熟成といった、時間が作り出す複雑な味わい。つまりグルタミン酸とは、『生命の熟成が生み出す深みの味』と定義できるわね」


 マリアは黙々と、「じゅくせい」「ふかみ」といった単語を書き留めている。彼女の黒い瞳は、ただひたすらに静かだった。果たして、この講義の内容を理解しているのか、それとも単に音として記録しているだけなのか。判別は難しいが、その忠実さだけは本物だ。


「次に、第二のターゲット。それは『イノシン酸』よ」

「いのしんさん……」

「これは核酸に分類される物質ね。生物の遺伝情報を司る、あのDNAやRNAを構成する要素の一つ。それがなぜ食べ物の味に関係するのか、不思議に思うかもしれないけど、生命の設計図である核酸が分解される過程で、このイノシン酸が生まれるのよ」


 マリアのペンが、一瞬だけ止まった。おそらく彼女の語彙の中に「いでんじょうほう」などという単語は存在しないのだろう。


「まあ、難しい話は置いておいて。要するに、これは主に動物性の食材、獣の肉や魚の肉に多く含まれるうま味成分なの。特に、新鮮な状態よりも、少し時間が経って死後硬直が解けた頃、もしくは乾燥させて水分を飛ばした時に、含有量が最大化する傾向にあるわ。肉が腐敗する寸前に最も美味しくなる、っていう話を聞いたことはないかしら?」

「……いえ、初耳でございます」

「そう。それはこのイノシン酸の働きによるものなのよ。つまりイノシン酸とは、『生命の躍動が残した力強い味』と、そう言えるでしょうね。前世では『鰹節』という、魚を燻して乾燥させ、石のように硬くした食品が、このイノシン酸の塊として重宝されていたの」

「かたいいし……」


 マリアのメモ帳に「いのしんさん=にく=かたいいし」という、恐ろしくシンプルかつ間違ってはいない図式が書き加えられたのを、私は視界の端で確認した。


「そして、最後。第三のターゲットが『グアニル酸』よ」

「ぐあにるさん……」

「これもイノシン酸と同じく核酸系のうま味成分。でも、含まれる食材が少し特殊なの。これは主に、きのこ類、特に乾燥させたきのこに豊富に含まれているのよ」

「きのこ、でございますか」

「ええ。森の薄暗い木陰にひっそりと生え、生命の循環を担う菌類。その中にこそ、第三のうま味は眠っているの。グアニル酸は、グルタミン酸やイノシン酸と比べると、単体での力は少し弱い。けど、他の二つと組み合わせることで、とんでもない爆発力を生み出す、いわば名脇役。これが『うま味の相乗効果』の鍵を握る重要なピースなのよ! つまりグアニル酸とは、『生命の循環が生み出す滋味深い味』と表現するのが一番しっくりくるでしょうね!」


 一通り三つのうま味成分について解説し終えた私は、ぜえ、はあ、と少しだけ息を切らしていた。病み上がりの身体で、これだけの専門的な講義をするのは、なかなかの重労働だ。

 一方、講義を受けていたマリアはと言えば、その無表情を一切崩さず、静かにペンを置いた。そして、メモ帳を几帳面にぱたりと閉じると、深く、深く一礼した。


「……大変、勉強になりました。お嬢様」

「そ、そう。それならよかったわ」


 本当に理解しているのか、という疑問は喉元まで出かかったが、今はそれを問う時ではあるまい。


「それで、マリア。今私が説明した三つのうま味成分。これらを豊富に含む可能性のある食材の情報を、あなたに集めてきてほしいの」

「かしこまりました」


 マリアは即答した。その黒い瞳に、迷いや戸惑いの色は一切ない。


「任務の要点をまとめるわね。よく聞いて」


 私は、ベッドから降りると、彼女の目の前で指を折りながら、具体的な指令を授けた。


「第一。グルタミン酸源の探索。この辺りでもし海が近いなら、浜辺に打ち上げられたり、岩場に生えていたりする、大きな海藻類を調査してきて。村人に聞き込みをして、食用にしている、あるいは出汁を取るのに使っている、といった情報があれば最優先で。もし海が遠いなら、人々が保存食として利用している発酵食品、例えば獣の乳から作る固形物や、酸味のある果実の漬物などを調べてきて」

「はい。海藻、発酵食品、にございますね」


「第二。イノシン酸源の探索。この辺境に生息する獣や鳥、川魚について、村の猟師や漁師から情報を集めてきて。特に『味が濃い』『良い出汁が出る』と評判のものが狙い目よ。どんな方法で狩り、どんな風に食べられているのか。干し肉などの保存食に加工されているなら、それも重要な情報よ」

「はい。獣、鳥、魚。味が濃いもの」


「第三。グアニル酸源の探索。この辺りの森に分け入り、食用とされているきのこについて調査を。村の古老や薬師などが詳しいかもしれないわね。特に、乾燥させて保存し、料理の風味付けに使われているようなきのこがあれば、それが私たちの求める『グアニ茸』である可能性がすごく高いわ」

「はい。乾燥きのこ」


 マリアは、私の指令を、メモを取るまでもなく完璧に暗唱してみせた。その記憶力たるや、もはや人間業とは思えない。


「調査にあたっては、決してあなた自身の判断で口にしたりしないでね。未知の食材には毒を持つものも少なくないから。あくまで情報の収集と、可能なら少量のサンプルの入手を目的としてちょうだい。分かるわね?」

「了解いたしました。サンプルの取り扱いには、細心の注意を払います」

「いいわ。では、早速任務に取り掛かってちょうだい」


 私がそう告げると、マリアは再び深く一礼した。


「かしこまりました。では、お嬢様。これより、近隣の村へ情報収集に赴きます。お嬢様は、どうかご無理なさらず、ゆっくりとお休みください」

「ええ、分かってるわ。行ってらっしゃい、マリア」


 そうして、マリアは音もなく部屋を出ていった。ぱたん、と閉まる扉の音だけが、やけに静かな部屋に小さく響いた。


 ◇


 一人きりになった部屋で、私は窓の外に目をやった。荒涼とした景色が、どこまでも広がっている。

 マリアは、今頃あの道を歩いているのだろうか。

 そう思った瞬間、ふと、ある重大な問題点に気がついた。


(待って)

(私は今、ごく自然に、メイドである彼女に「村へ行ってこい」と命じたわけだけど)


(まず、この洋館から一番近い村まで、どれくらいの距離があるのかしら?)

(徒歩で行ける距離なのか、それとも馬でも使わなければならないのか。そもそも、この館に馬なんていたかしら?)

(それに、聞き込み調査やサンプルの入手には、当然お金が必要になるはずだわ。追放された私たちに、今、どれほどの所持金が残っているというの?)

(というか、そもそも、追放された罪人である公爵令嬢のメイドが、村でまともに相手にされるものなのだろうか?)


 次から次へと、基本的な、しかし致命的な問題点が噴出してきた。

 科学者として、あまりにも初歩的な確認を怠っていた。仮説を立て、実験計画を練る前に、まずは現状の観測と分析を行うべきだったのだ。

 私としたことが、なんという失態……!


 しかし、まあ、いいか。

 相手は、あのマリアなのだから。


 私は、すぐに思考を切り替えた。

 そうだ。彼女なら、きっと何とかするだろう。

 あの、私の支離滅裂な化学講義を、表情一つ変えずに聞き通し、あまつさえ的確(?)な要約までしてみせたメイドだ。村への移動手段や、資金調達、情報収集における交渉術など、きっと彼女の能力の前では、取るに足らない障害に過ぎないに違いない。


 それにしても、と私は改めて思う。

 マリアというメイドは、少しばかり有能すぎるのではないだろうか。

 貴族の令嬢に仕えるメイドに必要なスキルセットは、身の回りのお世話、作法、護衛術、その他諸々、多岐にわたるだろう。しかし、その中に「未知の化学物質の原料探索」などという項目が含まれているとは、到底思えない。

 それなのに彼女は、私の常軌を逸した命令を、まるで「お紅茶をお淹れします」とでも言うかのように、ごく自然に受け入れてみせた。

 あの冷静さ。あの対応力。そして、あの底知れない忠誠心。

 彼女は一体、何者なのだろう。

 私の知る『メイド』という職業の定義から、あまりにもかけ離れている。


 ……まあ、いいわ。


 その疑問も、いずれ解明すべき研究テーマの一つとして、頭の片隅に置いておくことにしよう。

 今の私には、もっと優先すべきことがあるのだから。


「さて、と」


 私は、ベッドから立ち上がると、ぱん、と両手を打ち合わせた。


「私の優秀な助手が、貴重なサンプルの収集に出かけている間、研究主任である私が、ただ遊んでいるわけにはいかないわよね」


 そうだ。

 どんなに素晴らしい食材が手に入ったとしても、それを分析し、抽出し、精製するための場所と道具がなければ、研究は一歩も進まない。


「まずは、この館の中に、私の研究室、そう、『ラボ』として使えそうな場所があるかどうか、探索してみることにしようかな!」


 私の新たな野望、その記念すべき第一歩。

 辺境の洋館を舞台にした、私だけの化学実験室探しの冒険が、今、始まろうとしていた。

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