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能なし王女の不自由な結婚  作者: 玖珠ゆら


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ブルーノのおやつ



 浮き上がるように意識を取り戻した。何かに包まれているような温かさの正体を確かめたくて、目を開ける。


 

「………………クライヴ?」



 物凄く近い距離に、クライヴの顔がある。

 目が赤くて、泣き腫らしたみたいでかわいそう。

 その後ろに、真っ青な空が見えた。

 どうやらここは、天国でも地獄でもないらしい。目を瞑る前にいた場所と同じ、森の中だ。

 

 ぱちぱちと瞬きをして確認していると、クライヴの顔がくしゃりと歪んだ。



「うわっ!?」


 思い切り抱きしめられて、驚きのあまり大きな声が出た。

 ユーナだった時にこんなことがあった気がするけど、今はユージェニーの姿だ。さすがに照れる。


「あなたはどうして、いつも自分の身を顧みず無茶ばかりするんですか……!」


「えっと……。ご、ごめんなさい?」


 感情的に非難されつい謝ってしまったが、クライヴには言われたくない。

 そう思って、それから重要なことを思い出した。


 

「あ! クライヴ生きてる! リューくんはクライヴを殺さなかったんだ! あれっ、リューくんは?」


「まさかその可愛らしい呼び名は、悪竜のことですか? あなたの傷を綺麗に治して、どこかへ行ってしまいましたよ」


「リューくんはみんなを助けてくれたんだ……。でも私、代償を払ってない」



 呆然としていると、焼け焦げた草木の匂いに混じって、ふと甘い香りが鼻腔をくすぐった。


 

「おいしそうなにおいがする……。おなかすいたな」


 ぽつりと零すと、クライヴがふっと笑った。


「なんとなくそんな気はしていましたが、あなたという人は随分と能天気ですね。立てますか?」


 クライヴの手を借りて、立ち上がる。

 

 目の前には、悪竜が中からぶち壊してしまい、見る影もないほど無惨なクライヴの屋敷。屋根は吹き飛んで、中は瓦礫に埋もれてぐちゃぐちゃだ。

 辛うじて形を保つ壁の一部分から、甘い香りが漂っている。

 覗き込むとそれは、かつてキッチンだった場所。そこだけが不自然に綺麗に整えられている。

 真ん中に、ブルーノとマリアの姿があった。


 顔を覗かせたクライヴとユージェニーに気付いて、ブルーノが少しだけ気まずそうに笑いかけた。



「奥様、目が覚めたようで何よりです。お体は大丈夫ですか?」


「うん。何かつくってるの?」


「パウンドケーキです。干しぶどうと、砕いたナッツ入りの」


「ブルーノのおやつ! おいしそう!」


 顔を輝かせたユージェニーに、マリアが勢いよく抱きついてきた。


「この反応! 本当にユーナちゃんだわ! 間違いない!!」


「こらこら、マリア! 気持ちはわかるけど、ユーナがびっくりしてるよ」


 

 マリアをユージェニーから引き離したブルーノと、目が合う。一瞬目を泳がせたブルーノは、真っ直ぐに頭を下げた。マリアもそれに倣う。


「奥様。数多くの無礼をはたらき、本当に申し訳ありませんでした」


 

 ユージェニーは驚いて目を瞬かせる。

 するとブルーノが困ったように苦笑いした。


「非礼を承知で、一言だけ。……冷たい態度で接してごめんね、ユーナ。まさか王女殿下がユーナだなんて、思いもしなかったよ」

 

「ユーナちゃん! 私もごめんなさい! あの憎らしい悪竜から全て聞いたわ。さっきのユーナちゃんの反応を見るまで、半信半疑だったけど……」


「リューくんが? 話してくれたの?」



 ユージェニーの怪我を治し、ユーナの正体までかわりに明かしてくれた。

 それなのに……。


「リューくんは、どこへ行っちゃったんだろう?」


「わかりません。でもきっと、すぐに戻って来ますよ。ケーキが焼けたなら、四人でお茶にしませんか? おなかがすいているんでしょう」


 

 悪竜のことは気がかりだったけれど、クライヴの提案があまりに素晴らしくて、嬉しくなって頷いた。


 クライヴが瓦礫の中から壊れていない椅子を四脚探し出してくれて、ブルーノがケーキを切り分ける。マリアは四人分の紅茶を淹れてくれた。



「いただきます! ……っ、おいしい!」


 しっとり甘い生地はバターが香る。干しぶどうの酸味が程よいアクセントになっていて、ナッツの食感も風味もいい仕事をしている。


 久しぶりのブルーノのおやつ。

 四人揃って頬が緩む。青空の下の開放的なお茶会は、とても楽しくて幸せな気持ちが溢れてくる。



 ────が。


「クライヴのお屋敷、ぐっちゃぐちゃだね。ここじゃ今夜、とても寝られそうにないな」


 周囲を見渡すユージェニーに、クライヴが呆れたように小さなため息をついた。


「はぁ……。本当にあなたは能天気ですね。例え屋敷が無事でも、ここにはもういられません」


「えっ、どうして?」


「俺は生きている限り、悪竜の檻を維持すると王家に誓っています。しかし悪竜は解放されました。故意に悪竜を放ち、国を危機に晒したと見なされるでしょう。実際悪竜は、今どこでどんなことをしているかわかりませんしね。つまりこのことが知られれば、俺は王家に仇なしたとして追われる身になるということです」 


「そんな……! クライヴは命懸けで戦って、檻もずっと守ってきたのに? 悪竜とクライヴの両方が生きてるだけで、悪竜は何もしないかもしれないのに?」


「仕方のないことです。俺といると、あなたまで命を狙われますよ。これを食べたら俺なんか置いて、ブルーノとマリアと一緒に逃亡した方がいいでしょう」


「…………どうして? 私、クライヴと結婚したのに。クライヴの妻なのに」


「つま」


「そうだよ。クライヴを置いて行ったりしない。ずっとずっと、クライヴと一緒にいる。約束したんだから。そのために、クライヴと結婚したんだから」



 クライヴのフードの下、長い髪に隠れた瞳を覗き込む。藍白の瞳が大きく見開かれて、ユージェニーの視線と絡み合う。


 目を合わせて、気持ちを言葉にする。ずっと難しかったことが、今は容易に叶う。

 ユージェニーの思いは、正しくクライヴに伝わるはずだ。 


 やっとまっすぐに向き合えて、自分の意志を口にすることができて、ユージェニーはそれだけで満足だ。

 しかし対するクライヴは、さっと目を逸らしてしまった。

 そしてなぜかブルーノに縋る。



「ブルーノ、大変です。俺に妻がいます。それも、とびきり美人で可愛い妻が」


「知ってます。今更なんですか」


「健気で可愛いと思っていた女の子が、突然妻になってしまった……! 十年後こうだったらいいな、という理想が現実になったんですよ、今!」


「えっそれって、あの小さくて可愛いユーナちゃん相手に、あわよくば十年後結婚したいって妄想してたってことですか。うわロリコン……」


「ちが……っ! わない、ですけど」

「気持ち悪い」

「…………………………………………」



 マリアに辛辣に罵られ、軽蔑の目を向けられて、クライヴの顔色が真っ白になった。

 ユージェニーの方を恐る恐る窺って、目が合う前に怯えたようにフードを引き下げ、顔を隠してしまった。



「クライヴ? どうしたの?」

 

「…………あなたに嫌われたくないです」


「嫌いになんてならないよ。甘いもの食べる? ほら、きっと元気が出るよ」

 


 一口大に切ったパウンドケーキをフォークでさして、クライヴの口元に差し出す。何度もこうして、クライヴにおやつを食べさせていたから。

 顔を上げたクライヴは、目を丸くして血色が良くなって、なぜだか余計に俯いてしまった。



「無理です……! 俺の妻が可愛い……!」 

 


 ブルーノとマリアが、主を残念なものを見る目で見ている。

 

 ケーキのささったフォークを持ったまま、ユージェニーは首を傾げる。その隙に横からさっと現れた黒い影が、ケーキをぱくりと食べてしまった。


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