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#120 イナリ山惨劇 破

 

 竜種が空を飛び回るイナリ山を走り回っていると、少女の叫び声が聞こえてきた。

 ただならぬ状況だと思い急ぎ駆けつけた結果、何とか間に合った。

 今まさに、火炎竜が二人を捕食しようとするところだった。


「とにかくコイツを何とかしよう」


 体を捻り大剣を叩き込むと、火炎竜はバランスを大きく崩す。


「ルエル、後ろの二人は頼む。この竜種は俺が何とかするから!」


「分かったわ」


 耳だけで返事を聞き、即座に火炎竜に追い打ちをかける。様子を見てる時間なんてない、一気に討伐してやる。

 火炎竜の背後からもう一体の竜種、翼竜が突っ込んでくるのが分かる。奴の血走った目も、俺に向けられていた。

 そして火炎竜も、これだけ至近距離にもかかわらず咆哮(ブレス)を放とうと身構えている様子だ。


「はぁっ!!」


 即座に肉薄し、大剣を再び叩き込んだ。


 ◇◇◇


 ズシンと、翼竜が地に伏せる。

 火炎竜は、やはりまた跡形もなく消え去った。音無さんが言っていた魔力によって創造されたものだったようだ。


 集まっている竜種が、この火炎竜のような存在に誘導されてやってきたのなら、いったい誰が何のためにこんなことをするんだ。いや、ここはイナリ山なんだからやっぱり目的はイナリ社なのか?

 くそ、どうしても頭を悩ませてしまいそうになるが、今はそれどころじゃない。


「兄さん! 兄さん!」


 少女が倒れている男に向かって必死に呼び掛けている。

 今になって気付いたがこの二人、イナリへ来る途中の東陸街道で出会った狩人だ。

 仲の良さそうな兄妹だったな。たしか、イナリ社の宝を狙ってるみたいなことを言っていたが……。


 男の方を見てみると、上半身に大きな傷がある。竜種の牙によって出来た物のようだ。見るからに痛々しい。

 見ている俺も、一瞬心臓がドクンと跳ねてしまう。


「ふぅ」


 軽く深呼吸することで、何とか気分は落ち着いた。


「だ、大丈夫だフィリス……まだ生きてるよ」


 すると、掠れたような声だが、確かに倒れている男が口を開いた。


「……情けねぇな、まさか、冒険者なんかに助けられることになるとはな」


「まだ助かってはいないわよ。山を降りなければ貴方は死ぬわ」


 かなりの重傷だ。俺達の持つ薬草や魔法薬じゃ、この男を救うことが出来ない。精々が痛みを和らげることと、出血を防ぐことくらいだ。


「私が兄を連れてすぐ山を降ります!」


「あなたが?」


 少女がそう言って立ち上がるが、ルエルが顔を傾げている。

 この少女もかなり疲れているように見える。魔力もほとんど残っていないようだし、間違いなく途中で力尽きるか、竜種の餌食になってしまうことが分かりきっている。

 以前に会った時は冷静だったのに、兄がこんな状況になってしまって正常な判断が出来なくなってしまったようだ。


「私の兄です!」


 少女が、兄を担ぎ上げようと腕を肩に回すが――


「あ……」


 そんな体力が残っている訳もなく、その場にヘタリこんでしまう。


「…………」


 次第に、少女の瞳に涙が溜まっていく。

 自分の力で兄を支えることが出来なくて、悔しい思いなんだろう。

 俺だって、もし姉に何かあったときに同じ状況になったとしたら……きっと耐えられない。


「っ……ごめんなさい。どうか力を貸してください。私一人じゃ、兄を助けられない」


「悪いな……俺からも頼む。どうやら……俺達兄妹は離れちゃいけねーみたいなんだわ」


 兄妹が、悔しそうに頼んできた。


「ルエル。頼めるか?」


「えぇ」


 というより、俺もルエルも初めからそのつもりだ。

 仮に少女にまだ魔力が残っていたとしても、一人で兄を抱えて山を降りるのは無茶だ。最低限一人は、兄妹を護るために必要だ。


「私が彼を背負って山を降りるわ。貴方はついてきて」


「……はい」


 こうするしかない。

 本当は俺もついて行ってやりたいが、イナリ山のあちこちでまだ竜種の気配がある以上、俺は少しでも多くの竜種を討伐する必要がある。

 助けが必要なのは、この兄妹だけとは限らないんだから。


「可能な限り竜種との遭遇は避けて山を降りるけど、もしもの時は戦闘になるから、その時は覚悟してちょうだい」


「分かりました」


 ルエルが男を背負う。


「ルエル、お前も気をつけてくれよ。ひと一人背負った状態じゃ、まともに戦闘なんて出来ないんだからな?」


「わかってるわ。だから早く降りて、また戻ってくるわ」


 ずっと一緒に行動してたからか、ルエルと別行動となると……妙に不安になってしまう自分がいる。


「……じゃ、行ってくるわ」


 そう言って、ルエルが歩き出そうとするが――


「その必要はありません」


 どこからともなく発せられた声が、ルエルの足を止めた。


 声の主は、着物を来た黒髪の女性――音無さんだ。


「音無さん? どうしてここに……」


 ちょっと前に別れたと思ったが、ホントこの人はいつも唐突に現れるからびっくりする。

 身に纏う着物は、さっき見た時よりも汚れが目立つ。この短い時間でも、多くの竜種と討伐してきたのだと予想がつく。


「偶然、お二人の姿が目に入ったので……状況はだいたい理解出来ます。この方達を連れて山を降りるのは、私が引き受けましょう」


 そう言いながら、音無さんは兄妹の方へと近付いていく。


「イナリ山の地形については私の方が詳しいですので、私なら竜種に遭遇することなく山を降りることも可能です」


 確かに。それに音無さんなら安心して任せることも出来るか……。


「それに――この方達には聞きたいこともあります」


 ――聞きたいこと。

 なにやら気になる話だが、今は一刻も早くその男を街まで連れて行ってもらう方が先決だ。

 俺が頷いて見せると、ルエルは音無さんに男を渡した。


「よろしくお願いします」


「はい。街の様子も気になりますので、確認が終わればまた戻ってきます。それまでどうか……イナリ山のこと、こちらこそよろしくお願いします」


 そして音無さんが『行きますよ』と少女に声をかけてから進み出すと、少女は俺達に向き直り、深く頭を下げてから音無さんについていく形で山を降りていった。


 あの様子なら、何の心配もいらないだろう。音無さんの実力なら、仮に竜種と遭遇してしまったとしても上手く切り抜けてくれるに違いない。


「ルエル、俺達はこのまま竜種の討伐だ」


「えぇ、分かってるわ」


 再び走り出した。


 ◇◇◇


 竜種の気配の多いところを目指して走ると、すぐに見つけることが出来た。


「ルエル、翼竜だ。二体」


「見えてるわ」


 まだ少し距離がある。奴等はまだこっちに気付いていないが、このまま近付けば感覚の鋭い竜種は確実に俺達の存在に気付く筈。

 しかもかなり高い位置で滞空し続けている。あの場所では俺の攻撃は届かない。あの位置から咆哮(ブレス)みたいな攻撃でもされたら、少し厄介だ。


「一気に討伐しましょう。貴方なら出来るでしょ?」


 コッチが頭を悩ませているとを知らずにそんなことを言ってくる。


「いや届かねーよ」


「いいからこのまま走って近付きましょう」


「いや、だから届かねーって」


 まさか前のときみたいに剣を投げて討伐出来るなんて思ってるのか? あのときとは翼竜のいる高さが全然違うぞ。


「とにかく走って! 私に任せてちょうだい!」


 とは言え、コチラから近づかなければ状況は変わらないのも事実か。

 ルエルの言葉に従って、このまま走って近付くことに。どうせならと、更に速度を上げる。


 すると――


「スゥ――」


 隣を走るルエルが深く息を吸ってるのが分かった。

 次第に、周囲の体感温度が下がっていく。


「貴方はそのまま走って!」


 そう叫んで、ルエルはその場で急停止した。


 ルエルが何か魔法を使おうとしている。

 なら、俺はアイツを信じて走るだけだ。

 空にいる翼竜との距離が近くなる。まだコチラに気付いていないが、この位置では奴等を攻撃する術が無い。


 しかし――


 ――バキバキバキィ!! と、目の前に巨大な氷の足場が出来上がった。


 そういうことか。


 速度を緩めることなく、目の前に出来上がった氷の足場に飛び乗った。空まで続いている。これなら、翼竜にも攻撃が届く。

 突如現れた氷の創造物に、翼竜が警戒心を見せているが――もう遅い。ここまで近付いてしまえば、後は簡単な物だ。

 一気に距離を詰め、まず一体の翼竜の首を斬る。そして跳躍し、体を回転させて炎帝を叩き込んだ。

 勢いよく地面に叩きつけられたもう一体の翼竜も絶命した。


「ふぅ」


 そして無事地面へと俺が帰ってくると、氷の巨大な創造物は霧散して消えた。


「凄いなルエル。こんな物まで創り出せるのか」


「私だって、いつも努力しているのよ? いつまでも貴方に頼り切りという訳にはいかないもの」


 どちらかと言うと、俺の方がいつもルエルに助けられてばかりの気がするが。


「魔法の根本は想像力よ。ソレを忘れなければ、大抵のことは出来るようになるの」


 なんて言ってるが、少しだけ顔色が悪くなっている。

 あれだけの創造物……やはりかなりの魔力が必要なんだろう。


「それよりも、まだ近くに翼竜の気配があるわ。急ぎましょう」


「あぁ」


 そうだ。

 空の翼竜を優先して討伐したが、まだ近くに気配が残っている。

 しかもこれは、どうやら誰かがその翼竜と戦闘しているようだ。


 戦闘の音がする方へと走る。


「――あれは!」


 一人の女性が翼竜と戦っていた。

 しかし、かなりの劣勢のように見えた。

 女性の身のこなしは軽く、動きを見るにかなりの実力者なのだと分かるが、彼女の攻撃が翼竜に対して致命傷になるほどの力が無い。

 その理由は一目瞭然。この女性、右腕が無い。


「ラキア!」


 あのとき出会った"上"級冒険者のラキアだ。

 右腕が無ければ、やはり攻撃に重さが乗らないらしく、翼竜にかなり手こずっている。


「加勢に行くぞルエル!」


「っ……え、えぇ」


 ◇◇◇


「いやー、助かったよ。やっぱり腕一本無いとキツくてさ、危うく食べられちゃう所だったよ、マジ命の恩人だよ二人はさ!」


 テヘヘー、と舌を出して笑うラキア。

 とても今翼竜に食べられそうになっていた奴が見せる顔じゃない。


「ラキアさんはどうしてここ(イナリ山)に?」


 そこに、ズイッと俺を庇うように前へと出るルエル。

 やはり、ルエルはラキアのことをあまり良く思っていないようだ。


「どうしてって……山で素材を集めてたら急に翼竜がわんさか出てさ、そりゃ放っとけ無いでしょ? 冒険者としてさ!」


 つまりラキアも、他の冒険者達やさっきの兄妹のように巻き込まれてしまった訳だ。

 イナリ山に出現した翼竜は数多い。今は一人でも戦力が必要な状況だが……片腕を失ってしまったラキアは、少し心配だ。


「あ、シファくんまた私のことジッと見て、もしかして左腕だけの私じゃ死ぬだけだって思ってるんでしょ」


「いや、そこまでは思ってないけど……」


「言ったでしょ? 私は冒険者をやめるつもりは無いって」


 可愛く微笑んで見せるラキア。


 確かに言っていたな、そんなこと。

 っていうか、だからこそさっきも翼竜と戦ってたんだろうな。

 でも、流石に片腕だけのラキアを放っておくことも出来ない。


「なら、とりあえず三人で行動しよう」


「え、いいの?」


「あぁ。構わないよな? ルエル」


 今度はルエルの目をジッと見つめる。

 ルエルは、ラキアのことを信用していない。なら、目に見える範囲に置いておく方が、それはそれで安心出来る筈だ。


「……えぇ、勿論構わないわ」


 こうして、俺達は三人でイナリ山の翼竜を討伐することとした。


 イナリ山の翼竜の気配も、確実に少なくなっているようだった。色んな所で、他の冒険者達も討伐にあたってくれているのかも知れない。

 片腕を失っているとは言え"上"級冒険者。ラキアは持ち前の身軽さで翼竜を翻弄し、俺達の援護をしてくれる。おかげで、討伐がかなり楽になった。


 それなりの翼竜を討伐し、残った気配がする方へと移動している途中、後ろを歩くラキアが口を開く。


「かなり山の奥の方まで来たね」


 言われてみれば、翼竜を討伐しているうちに、どんどん奥の方へと進んで来てしまったようだ。


「もしイナリ社があるとしたらここらへんなのかなぁ」


 ポロッとラキアがそんなセリフを零す。


 イナリ社がどこにあるのかは、入ったことのある俺達にも分からない。

 というよりも、あの場所(イナリ社)はどこにあるとか、そういう問題でも無い気がする。玉藻前が招けば、イナリ山のどこにいても入ることが出来るからだ。


「あはは、ごめんごめん。実は私も、人並にはイナリ社のこと興味があってさ」


「いや、気持ちは分かるよ」


 イナリにやって来た冒険者や狩人の殆どが、イナリ社が目当てなんだという話だ。

 このラキアも、やはりルエルが疑っているようにイナリ社や玉藻前のことを狙っているのかも知れない。とは言え、それだけだ。

 イナリ社に玉藻前がいる以上、この二つを見つけることは出来ない。

 玉藻前が、自ら姿を現しでもしない限りは――


「っ!! 二人とも! 気を付けて! 何か来るよ!!」


「「――ッ!?」」


 急に、ラキアが大声を上げる。


 すると、上空から落ちてきた巨大な物体が、大きな地響きを上げて、俺達の目の前に降り立った。


「クソッ! またかよ!」


 火炎竜だ。

 おそらく魔力で創造された火炎竜。

 いったい誰がこんなこと。まぁいいさ、さっさと討伐して――


「――シファ!!」


 瞬間、俺の体が横に投げ出された。

 いや、ルエルの体当たりによって突き飛ばされたんだ。

 それと同時に、ザシュ――という小さな斬撃音と共に血飛沫が上がった。


「――は?」


 何が起こったのか分からなかった。

 見えたのは、俺がさっきまで立っていた所でルエルが胸を抑えて踞り、そんな彼女を笑って見下ろすラキアの顔だ。ラキアの左手に持つ長剣には、ルエルの血がついていた。


「あれ? これでも出てこないんだ。やっぱりシファくんが一人の時じゃないと出てこないのかなぁ」


 理解が追いつかない。


「ルエルちゃんが庇ったから出てこなかったのかな。ま、いいか……それはこれから試せば良いよ……ね!」


「……ぐっ!」


 そう言って、ラキアが回し蹴りをルエルに浴びせていた。

 勢いよく吹き飛ばされてしまうルエルを見て、ようやく何が起こったのか理解出来た気がした。


「なにやってんだお前」


「見て分かんない? 邪魔な女を蹴飛ばした所だよ」


「――――オオォォォ!!」


 ラキアの気色悪い笑顔を見ていると、火炎竜の威嚇の声が聞こえてきた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ルエルは、ラキアのことを信用していない。なら、目に見える範囲に置いておく方が、それはそれで安心出来る筈だ これは100主人公が悪い 正体の分からない敵を相手しながら信用してないラキアを手元…
[一言] ルエルの儚げなイメージが決定的になった瞬間にて、彼女を護ってあげたくなりましたね。
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