#117 《戦乙女の弱み》
広大な王都の中心に聳える王宮を見上げながら、ユエルは黒石離宮を目指して歩く。
王宮から少し離れた位置にあるものの、庭園を通して王宮へと繋がっているため、簡単に離宮へ立ち入ることは不可能だ。
依頼書に記載されている城門を通り、離宮が存在する庭園を目指す。途中に点在する門を通るたびに依頼書の提示を求められたのが非常に鬱陶しいと感じたが、こればかりは仕方がない。
そして暫く道なりに進むと、黒石で造られた立派な建物が目に入ってきた。
黒石離宮で間違いない。
「冒険者だな。依頼書を拝見させてもらおう」
「どうぞ」
離宮の前で待ち構えていた王国騎士に、依頼書を手渡した。
「問題ない。招集に応じてくれたことには感謝する。ま、我々としては貴様等と協力することは不本意だがな」
ジロリと、ユエルは目の前の王国騎士である青年を睨みつける。
「あ、そう。流石、冒険者嫌いで有名な王国騎士団第二部隊の隊長さんね。言うことがいちいち子供じみていて嫌だわ」
「貴様……」
王国騎士団、第二部隊隊長であるロンデルも、負けじとユエルを睨み返す。
ユエルは、王国騎士のことを別段嫌っている訳ではないが、自分達のことを理由なく嫌っている者とは仲良く出来ない。
少なくとも、今回の依頼任務ではこの男とはあまり関わりがないことを祈るのみだ。
「はいはい」
とそこに、手を鳴らしながら二人へと近付いてくる女性の声が響く。
「ロンデル。後は私が代わるから、貴方は本部へ行って総団長を呼んで来てちょうだい」
見てみると、やって来たのは女騎士だった。
青みが差す髪を背中まで伸ばす美女。
「し、しかしレイナ、この場は私の……」
「総団長命令よ。冒険者と問題を起こしそうなら、すぐに呼び戻すように言われているわ」
「ぐっ……」
女の言葉を受けて、ロンデルは渋々と去って行った。
そしてやれやれと、女はユエルへと視線を移す。
「カルディアの生誕祭ぶりね? 私は王国騎士第一部隊のレイナ・ジオリアよ」
差し出された右手をユエルはしっかりと握り返す。
「えぇ。第一部隊の噂はよく聞いているわ。今回の合同任務、騎士団からは貴方が参加するということかしら?」
「私? ふふ、残念。今回の合同任務は、王国騎士団からも精鋭が選ばれているわ。勿論、私もその一人だけどね」
スッとレイナが体を少しずらすと、奥から歩いてくる何人かの王国騎士の姿がある。どうやらその全てが、王国騎士第一部隊から選ばれた者のようだった。
「あとは、さっきのロンデルも今回の任務に参加することになっているわ。彼、ああ見えて実は優秀なのよ」
「そうは見えなかったけど……」
そしてどうやら、続々とこの離宮に冒険者も集まってきていた。
背後に近付く気配に気付き後ろを振り向くと、コチラに向かって歩く、よく知った顔がある。
「ユエルー!!」
金色の髪を靡かせながら歩く女性を先頭にした、冒険者の集団。
その集団は、間違い無く選び抜かれた実力者達だ。並の冒険者がここに居合わせたら、間違いなく卒倒してしまうだろうなと、ユエルは苦笑する。
「どうやら、全員集まったようね。中へ入りましょうか」
レイナ達騎士団に連れられて、ユエル達も離宮の中へと入っていく。
◇◇◇
離宮の中には豪華な椅子が並べられ、ソコに冒険者と王国騎士に分かれて腰を下ろす。
王国騎士のレイナも、自分達と同じように腰を落ち着けていることから、今回の依頼任務についての説明を行うのはどうやら彼女ではないようだった。
となれば、説明を行う人物が間もなく登場するのだろうと、ユエルは静かに待つことにした。が――
「ちょっとロゼ! 本当は私のほうが早くに離宮に到着していた筈なんですからね! 貴方より随分早く、組合には顔を出していたんですから!」
突如声を荒げる歌姫ことエヴァ。
ここは王族の持ち物である黒石離宮の中の筈だが、そんなことは彼女達はあまり気にしていない様子だった。
「道に迷ってた癖に何言ってんの? 私が連れて来てあげなきゃまだ迷ってたよエヴァ」
「なっ……迷ってません! ちょっと早くに着き過ぎるのもアレだから、買い物しようと思ってただけです!」
「迷ってたでしょ? ってか、大事な依頼任務の前に買い物って何? "絶"級冒険者失格じゃない?」
「は、はぁ? 貴方だって、鳳凰討伐の直前に弟のためとか言って買い物してたって聞きました! 絶級特権で冒険者集めた癖に! 馬鹿でしょ! このブラコン!」
「ちょ、な、なんで知ってんの!?」
始まる口喧嘩。
騎士団の面々は何事だと言わんばかりに困惑しているが、冒険者達は平然としている。
彼女たちのことをよく知る彼等は、二人を集めるとこうなることを知っている。
「あの二人って、いつも喧嘩してますよね? どうしてあんなに仲悪いんですか?」
そう訊ねて来たのは、近くに座る"超"級冒険者のセイラ・フォレスだ。
「似た者同士なんじゃないの? すぐに疲れて止めるから、放っておきなさい」
「っていうか、説明はいつ始まるんですか……」
と、セイラが愚痴を溢した時――離宮の扉が開き、新たに入ってくる人物があった。
「静かにしろ! これより説明会を行う」
ロンデルだ。だが、彼はそう言いながら入ってきたかと思えば、すぐに扉の脇へとずれる。
そして軽くお辞儀をしながら、続いて入ってくる二人の女性を迎え入れた。
前を歩くのは騎士鎧を纏う女性。王国騎士で間違いない――
「……マジ?」
セイラが呆けた声を出している。
数名の冒険者も、同じように驚いているのが分かる。
彼等の前に現れたのは、背中まで伸びた蒼白い髪が特徴的な女性。肌は透き通るように白く、涼し気な碧眼は鋭くその場を一瞥する。たったそれだけの行為で、少し浮ついたこの場の雰囲気を即座に戒めた。
――王国騎士団総団長、クレア・イクシード。
「私初めて見ました。あれがルエルちゃんのお姉さんかぁ。に、似てる。ってか似すぎ!」
そして皆の意識は彼女の後に続くもうひとりの女性に集中する。王国騎士団総団長にも驚かされるが、コチラの女性の登場のほうが衝撃は大きい。
やがて、二人は集まった王国騎士と冒険者の前まで堂々とした態度で歩を進めてきた。
即座に、王国騎士達は立ち上がろうとするが、そんな彼等を総団長クレアが冷たい瞳で制する。
「形式的な挨拶は不要です」
そして、総団長クレアの横に立つ女性が穏やかな口調で話し出す。
「私は、グランゼリア王国第一王女。グライシャ・エーデルヴァイスです。今回は私の依頼に応じて下さった冒険者の方々に感謝申し上げます」
◇◇◇
総団長クレアにより、今回の依頼任務の説明が始まった。
ユエル達冒険者は黙って耳を傾ける。
「最近になって、大陸各地で狂暴化した竜種の目撃情報が相次いで報告されているわ。その目撃情報は、本来の竜種の生息分布から大きく外れた物も数多く存在している」
ここに集まった冒険者や王国騎士の中には、実際に狂暴化した竜種と遭遇した者も存在する。
この現状を軽視する者は存在しない。だからこそ、こうして招集に応じているのだ。
「竜種の狂暴化は過去に前例があり、その当時、暫くの期間を経て竜種の王――幻竜王が出現したわ」
勿論、今回もそうだという確証は無い。
だかしかし、その可能性は充分にある。だから、早めの対策を講じるために王女が冒険者組合に依頼を出したということだ。
「大陸各地を調査するには、王国騎士だけでは人手が足りないわ。そこで、冒険者の方々にも協力をお願いしたいの」
竜種は危険度が高い。
『人手が足りない』とは、竜種を調査するだけの実力を持つ個人の数が足りないということなのだと、ユエルは即座に理解した。
「幻竜王がどのようにして出現したのかは分かっていないけれど、竜種……得に上位の竜種については注意深く調査し、可能な限り討伐してもらいたい」
総団長クレアは話を続ける。
幻竜王がどのようにして誕生したのかは分からない。竜種が進化して竜王へと至るのか、はたまた竜王として新たに誕生したのか。
ただ、どちらにせよ竜種の上位種は討伐することが望ましい。討伐することで、竜王の出現を阻止できる可能性があり、新たに竜王が誕生してしまったとしても、竜王の討伐に専念するためにも、厄介な竜種の数は減らしておくべきだからだと。
「どうかお願いします」
王女が一歩前へと進み、口を開く。
「以前は、対応が遅れてしまったがために竜王と他の竜種により多大な被害が発生してしまいました。同じ過ちを繰り返さないためにも、王国騎士と冒険者の方々の力が必要です」
「当時の幻竜王の危険指定レベルは25と評価されているけれど、もし新たな竜王が出現したとしても、同じ評価であるとは限らないわ」
過去の幻竜王は、当時のローゼが討伐している。
だがしかし、その時どんな戦闘があったのか知る者は少ない。上位の冒険者とそれに関係する者。そしてほんの一部の王国騎士しか、詳しいことを知る者はいない。
ふと疑問に思ったのか、近くのセイラが小声でユエルに訊ねてくる。
「ユエルさん。幻竜王って、ロゼ姉さんが倒したんですよね? ロゼ姉さんって今何歳なんですか?」
「……後で本人に聞いてみなさい」
そう答えるしか出来ない。
総団長クレアの言うように、新たな竜王が幻竜王以上に危険だとしたら、最悪手が付けられない可能性かある。
結局の所、今すぐにでも対処を始めておく必要があるということだ。
そして話は進み、冒険者と王国騎士がそれぞれ、目撃情報のある各地へと手分けして調査に当たることとなった。
しかし優先順位が存在する。目撃情報が多く、かつ高レベルな竜種が多く出現している場所には、より実力のある者を送り込むべきだからだ。
「まず最も目撃情報が多く、危険な竜種も出現しているのは、王都外れのグラム平原よ。ここには"絶"級冒険者ローゼ・アライオン、そして王国騎士レイナに向かってもらうわ」
誰からも文句は出ない。
ローゼの実力を疑う者は冒険者の中には存在せず、王国騎士団総団長の言葉に意義を唱える者も、騎士団の中には存在しないからだ。
こうして、順番に冒険者と王国騎士の配置が決まっていく。
「そして三番目に危険だと考えられているのが、山岳都市――イナリよ」
「――?」
――山岳都市イナリという単語が出ると、ピクリと一瞬、ユエルの視界の端に映るローゼの肩が震えたように見えた。
「狂暴化した翼竜の目撃情報が最も多いのがこのイナリ。更に冒険者組合からの報告によれば、危険な狩人ギルドの構成員も、この騒ぎに乗じて何かを企てている可能性があるとのことよ」
当然、竜種の調査を行う過程で、この狩人達と接触してしまう可能性がある。となれば、やはりこのイナリの調査もそれなりの実力を有している者に向かってもらわなければならない。
ユエルの見立てでは、このイナリの優先順位は、高過ぎず低過ぎずと言った所だ。
総団長クレアが言う三番目とは、妥当な評価のように思えた。
「このイナリには"超"級冒険者の――」
総団長クレアの視線が、ユエルの所へと移動するが――
「私が行きます」
ここまで全員、総団長クレアの話を黙って聞いていたにもかかわらず、自ら名乗り出る者が現れた。
ユエルは、よく知る声の主を一応確認する。
立ち上がっていたのはやはり、"絶"級冒険者のローゼだった。
(ど、どうしたのよロゼ)
総団長クレアの話を聞いた限り、わざわざローゼが出張る程の所ではない。既に決められたように、集まった冒険者の中で最も実力のあるローゼには、やはり一番危険だと疑われる場所に行ってもらうのが正しい。
皆同じように思っているのか、困惑していた。
しかしすぐにユエルは思い至る。
ローゼがこのようにおかしな行動に出るときは大概、愛する弟を想ってのことなのだと。
「"絶"級冒険者ローゼ。貴方には貴方に適した場所に向かってもらわなければ困るわ。いくら貴方でも、今回ばかりは私の言うことを聞いて欲しいわね」
ローゼの鋭い視線を浴びても、総団長のクレアは全く動じない。それどころか、更に厳しい視線をローゼに浴びせている。
「イナリへは私が行きます」
「却下します。今回の依頼任務については、個人のわがままに付き合う程の余裕は無いわ」
「…………」
しかしローゼは立ったまま。それはつまり、このわがままを押し通そうとしているということ。
出来れば、今回ばかりはローゼには折れてもらいたいものだと、ユエルは内心で思う。相手が悪過ぎるのだ。
「まぁまぁ、クレア。理由くらい聞いてからでも良いのではないですか? こうして私の依頼を聞き入れて集まって下さったのですから」
「……理由を聞かせてもらえる?」
王女に促されて、総団長クレアがローゼに問いかけた。
「大切な人が今、イナリにいます。それだけです」
「大切な人……恋人ですか?」
ローゼの言葉に興味を引いたらしく、総団長ではなく王女が訊ねた。
「ちょっとロゼ! もう良いでしょ?」
これ以上ローゼに喋らせては不味いと、ユエルが堪らず立ち上がり声を上げるが、返ってきたのはローゼの鋭い視線のみだった。
「…………」
何を言っても無駄。
そう悟ったユエルはグッと拳を握り締めて、また腰を下ろす。
まさかこんな所で、心配していた事が起ころうとは思ってもみなかった。
冒険者最強と言われている『戦乙女』に弱点があるのか? と聞かれれば彼女のことを知る者達は『無い』と即答する。
だがしかし、彼女のことをよりよく知る者達は知っている。『戦乙女』に弱点は存在する。しかも、絶対的な効果を持つ弱点が。上手く利用すれば、あの『戦乙女』を意のままに動かすことも可能な程の弱点だ。
とは言え、その弱点を知った所でどうしようもない。それほどまでに『戦乙女』は強いのだから。
――しかし、王女は話が別だ。
「恋人ではありません、弟です。出来れば、大切な弟の近くで仕事がしたいので、私の配置はどうかイナリにして下さい」
「弟……家族ですか。それはとても大事なことですね。クレア? この場に集まってくれた方々は皆が素晴らしい実力を秘めた方達だと伺っております。ならば、多少の配置変えは問題無いのではないですか?」
「…………」
「それに、グラム平原は王都の外れ、多少の融通は効く筈です。そして何より貴方は王都から離れないのですから、いざという時は貴方が向かえば良いのでしょう?」
「私は、いざという時も王都を護るために、ここを離れる訳にいきません」
「でも貴方なら、王都を護りながら危険な竜種を討伐することも可能でしょう?」
ハァ――と、総団長クレアは軽く息を吐いた。
どうやら結論は出たらしい。
「では、グラム平原には"超"級冒険者のユエル・イグレイン。そして山岳都市イナリには、"絶"級冒険者のローゼ・アライオンに向かってもらいます」
「ありがとうございます。グライシャ殿下」
ローゼはその場で大きく腰を折る。
「お気になさらなくて宜しいのですよ」
王女はにっこりと、優しい笑みをローゼに返す。そして続けて、口にする。
「ですが、貴方程の方がそこまで大切に思っている弟の名を……是非とも聞かせて欲しいです」
最早、ユエルに口を挟むことは出来ない。
ローゼの願いを聞き入れてくれた王女の会話を邪魔するなど、出来る筈がない。
王女がローゼの弟の名を知ることで、何がどうなるのかは分からない。ただの興味本位で訊ねているようにしか見えない。だがしかし、妙に胸がざわついてしまうのは――
――ローゼの弟、シファ・アライオンは、自分にとっても既に弱点になってしまっているからなのだと、今になって気付いた。
「弟の名前は――」
ローゼが、嘘偽りなく弟の名を口にするのを、ユエルはただ黙って、聞いていた。




