君と心を奪われて 4
翼と一緒に居るには、結構な覚悟が必要だった。
気候が秋らしくなってきた。翼はサッカー部の朝練により、不在となる。
教室に入って、花菜は自分の机を見て目を見張った。そこには憎しみ込めて書かれたであろう鉛筆の文字が書き潰されていた。
『アンタが翼と居るなんて似合わない』『消えろ、死ね』『翼と居ると、アンタは不幸になる』
酷い内容の物、よく分からない物もあった。花菜は呆然と突っ立っていた。その後の授業もずっと聞き流していた。
次の日。花菜は今日も一人で学校に来た。下駄箱を開くと、雑巾が敷き詰めてあった。花菜は泣きそうな思いで教室に入ると、一人の少年が花菜の机を拭いてくれていた。
「いじめって酷いよね。こんなのされて、辛くない?」
少年の言葉に花菜は俯いた。辛くない訳がない。辛いよ、そりゃ辛いに決まってるじゃん。
「俺は風間祥也。何かあったら相談していいよ、本村さん」
「うん……ありがとう」
花菜は泣きそうになりながら笑顔を頷いて見せた。祥也の言葉が何より救いだった。
体育の授業が終わると、花菜の鞄が消えていた。目を見開いて方を震わせている花菜に話しかけてきたのは祥也だった。
「本村さん、大丈夫?」
「うん……」
「盗んだ奴誰か知ってる奴いる?」
祥也の言葉にクラスメイトは誰も知らないと答えた。
「きっと、加藤先輩と一緒に居る花菜さんを嫌がる人物が原因だと思う。おそらくだが、敵は先輩達だ。かなり険しくなりそう」
祥也は一旦自席に戻り、教科書を持って花菜のところに戻った。教科書を持って来た祥也に花菜は目を丸くする。
「貸すよ」
「でも……」
「大丈夫だから」
祥也はそう言って、自席に戻ってしまった。花菜は申し訳無くて俯いた。
その後の授業で彼が怒られていて、花菜は複雑な気持ちだった。
昼休みの時だった。また祥也が花菜に話しかけてきた。
「俺が探しに行ってくるよ」
「でも……」
「加藤先輩ってヤキモチ妬くでしょ?だから、会って来なよ。じゃあね」
祥也はそう言って、走り去ってしまった。花菜も追いかけようとした時だった。
「花菜、久しぶり。会えなくてごめんな。幼なじみがうるさくてさぁ」
「大丈夫だよ」
翼には言えない。花菜は必死に笑顔で誤魔化した。
「良かった。中庭に行こうか」
良くない。大丈夫じゃないよ。辛くて辛くて、こんな本気のいじめ初めてで辛いの。だけど、翼には言えない。どうしても言えないんだ。
花菜は校内で走っている祥也を見つけてしまい、どうしようもない気持ちになって、繋がれた翼の手を強く握った。
「もうすぐで着くから待っててな」
二人は中庭のベンチに座った。花菜は翼に身を寄せた。翼は嬉しそうに笑っていた。
「今日の花菜は甘えん坊さんだなぁ」
翼は花菜の体を抱き締めた。花菜は泣きたいのをどうにか堪える。
辛くて、怖いの。こんないじめ受けたことないから怖いの。だけど、翼には言いたくないの。だから、今日ぐらい貴方に身を委ねてもいいでしょうか。
翼と別れて教室に戻ると、祥也は眠っていた。花菜の机には埃だらけの鞄を置かれていた。
「ありがとう、風間くん」
花菜はそう言って、自分の席に戻った。
次の日。花菜は下駄箱に入っていた手紙に体を震わせていた。
『昼休み、会おう』
さすがに翼はこんな遠回しな誘い方なんてしない。多分だが、このいじめの張本人だと思われる。
祥也に相談すると、自分も陰で見守ってくれると言ってくれた。それでも、この恐怖を取り除くことは出来なかった。
そして、恐怖の昼休みになった。手紙に書かれていた場所に向かっていた。すると、キレイな女子が立っていた。
「もしかして、噂の花菜ちゃん?私は翼の幼なじみの田中茜だよ。よろしくね」
「はい……」
「こっちに来て」
翼の幼なじみと主張していたので、嫉妬から来ているいじめだと理解出来た。
茜先輩に連れて来られた場所は立ち入り禁止の屋上へ繋がるいつも人が居ない部屋だった。
「私は翼のことを愛してた。小さい頃からずっと……」
やっぱり、と花菜は思った。きっと殺されるかけるだろう。
「何でアンタなんかに取られなきゃいけないの?どうして、アンタなの!ふざけないでよ!翼は私の物よ!」
翼は誰の物でもない。翼の人生は翼の人生なんだ。そう言い返してやりたいが、一応先輩なので言葉を呑み込んだ。
「消えろよ!翼の前から消えてよ!」
花菜は押し倒され、腹を蹴られた。花菜はあまりの痛さに踞った。茜の暴行はさらに酷くなる。
「死ね!こんなブスなんかに似合わないんだよ!」
茜はひとしきり暴言を吐き、蹴り終えた後、何も無かったように去って行った。
立てずに踞っていると、祥也が焦った様子で来た。
「大丈夫?立てる?」
「……うん」
花菜をゆっくりと歩いた。突然、花菜は立ち止まった。目の前には窓がある。
死んでしまおうか。そう思った時だった。祥也は花菜に壁ドンをした。
「死ぬなんて許さないよ。先輩も悲しむよ?」
分かってるよ。分かってるけど、辛いんだよ。逃げ出したくなるんだよ。
「俺は部室で歌ってた本村さんに惹かれた。だから、本村さんが湖に居た時話し掛けようと思った。だけど、先輩と仲良くなってた」
私が死のうとして、たまたま先輩に出会った日。風間くんもその場に居たらしい。
「俺はいじめから助けてあげることしか出来ない。本村さんの全ては加藤先輩にしか助けられないと思うから。ごめん、変な話して」
「……大丈夫。嬉しかったよ。そうやって、私を好んでくれて。私はちゃんとここに居たって分かったから。生きてる感じがする……ありがとう」
こんな私のことを好きになってくれてありがとう。だけど、私には翼が居る。風間くんを受け止められないのが悲しい。
「花菜!」
「終わりか」
翼の声が聞こえて、祥也は離れた。
「先輩、本村さんを支えてあげて下さい。人が辛い思いしてるのを察して下さいよ」
祥也はそう言って去って行った。翼が泣いている私に駆け寄った。
「花菜、大丈夫か?」
「助けて……」
花菜は子供のように泣き出した。翼はそんな花菜の頭を撫でているだけだった。
「風間くんが助けてくれたの。やだよ、あんな痛いの……」
「そっか。ごめん、気付けなくて……」
翼は花菜の様子がおかしかったことをやっと気付いた。
「俺は花菜が居るから幸せなんだよ。死のうとするなよ」
「うん……ごめん……」
二人はどちらかともなく唇を重ね合った。久しぶりなように感じる翼の温もりが花菜の傷を癒してくれた。
また次の日。祥也に下駄箱の中に入っていた手紙を見せた。花菜と祥也は顔を蒼白させた。
『今日は人生最後の日だよ。静かに死んでね』
「いじめるヤツの気持ちなんかわかんねぇよ!何でこんな!」
騒ぎを聞いた栞奈と清香、陽太が駆け寄った。
「どういうこと?力になれるか分からないけど聞かせて」
栞奈の言葉に花菜は頷いた。固まっている花菜の代わりに祥也が説明してくれた。
「最低じゃん!幼なじみだからって、酷すぎるよ」
「うわぁ、女の嫉妬って怖っ」
三人は花菜を心配してくれた。それが嬉しかった。
「俺は一日中遠くで見守ってるから。俺らは友達だ。友達を助けるのは当然だろ?」
「ありがとう」
花菜は目の前で力強い表情をしている四人に全力の笑顔を向けた。
今日は早帰りなので、たくさんの人が歩いている。花菜は久しぶりに翼と帰ることになったのだ。
学校の目の前にある交差点で信号待ちをしていた時だった。花菜は誰かに背を押され、横断歩道に放り込まれる。
「危ない!」
翼が花菜を走って、引っ張り戻そうとした時だった。花菜を押し出した翼に車が襲い掛かってきた。
強い力で押された花菜は祥也に受け止められていた。花菜はゆっくりと後ろを振り向いた。
「ひっ!翼……翼!」
翼は赤く染まっていて、地面に倒れていた。翼の匂いと血飛沫が発する独特の鉄の匂いが混ざり合って、吐き気がするほどだった。
「加藤先輩!」
祥也は急いで病院に電話を掛けた。横断歩道の前で震えている女が居た。きっと、花菜の背中を押したのは茜だ。
数分後に救急車が来た。翼を運んで行く。
「誰か一緒に乗られますか?」
「花菜、行って来い」
救急隊員の人の言葉に祥也が言った。花菜は頷いて、救急車に乗った。
救急車の中は騒々しかった。花菜は人工呼吸を付けられた翼を見た。
「翼……お願い、死なないで……」
手術室の前にある椅子で花菜は待たされていた。涙と震えが止まらなかった。
「花菜!」
祥也が息を荒らして来た。誰かが来てくれたことに安堵したのか、花菜を子供のように泣き出した。祥也にはそんな彼女の頭を撫でてあげることしか出来なかった。
翼は一命を取り止めたが、一向に目覚める気配が無い。
花菜を押して、事故の原因になった茜は一ヶ月の謹慎処分を受けた。
花菜はずっと家で泣いていた。学校にも行けず、栞奈達が来るのも拒んでいた。
君に出会わなければ、こんな辛いことにはならなかったのかな。
お願い、生きてよ。また大好きって笑ってよ。
超シリアスな感じで終わりましたね。
シリアスな人生しか送っていないせいか、創作意欲が出ましたね。
この二人の話は一旦打ち切りです。
次もまたシリアスな男の子の話です。




