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エース戦記  作者: 瑞原螢
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レイベン

 衣装棚の扉を開き、その内側に付いている大きな鏡を覗き込む。薄い黄色のドレスを着た私がそこに居た。あまり飾り気も無く、少々古ぼけているが、私にとっては一張羅だ。探索に出る時よりも少しだけ赤の濃い口紅も引いていた。

 「悪くないじゃない」

 私らしくない独り言を言ってしまい、それが私らしくないと気がついた私は、誰にも見られていないのに、独りで照れ笑いを浮かべていた。


 ここの宿のホールは、宿泊用の部屋の有る二階へと直接階段で繋がっていた。私はその階段から、他のメンバーがくつろいでいるホールへと降りていった。

挿絵(By みてみん)

 「おい見ろよ、エースが女装してるぜ!」

 ウルフトラップが階段を降りてきた私の姿を見て言った。おちょくるつもりで言ったのだろうが、気にはすまい。いつもの事だ。ふと逆に意地悪がしたくなり、私は飽くまでもおしとやかに、にっこりとウルフトラップに微笑み返した。ウルフトラップが急に困ったような顔になったのが可笑しかったが、その笑いさえもこらえて飽くまでおしとやかに。

 「良くお似合いですよ」

 エルダーがにっこりと笑顔を浮かべながら言った。少なくともいくばくかのお世辞が入っている台詞だろうが、それでも嬉しくないほど私は女でなくはない。自分の頬が少し紅潮するのが分かる。

 リンクスはニコニコとしながら私の事を見ていた。その隣にいたキトンは、初めて私のこんな格好を見て驚いたせいか暫く呆けた顔をしていたが、やがてリンクスと同じようにニコニコしながら私の事を眺めていた。


 冒険者のパーティーは男社会だとも言えるが、探索中ではない時は、そのメンバーを和ませるのも女性メンバーの役目である。私が時々メンバーの前でこんな格好を見せるのも、そのためだ。もっとも、私自身も時折は、そんな格好をしてみたいとも思うのだが。

 リンクスが、私が女性である故のパーティーへの不利を考えてもなお、私をパーティーメンバーとして高く評価してくれているのは、そのあたりに理由が有った。探索中であるや否やに関わらず、女性メンバーの存在はパーティー全体の士気に対して大きな影響が有る。まぁ、街に居るときは、酒場のウェイトレスやホステスをからかうなり、売春宿に通うなり、いくらでも女性と接触する機会は有る。しかし、彼女たちは冒険者と共に探索、つまりは死地へと赴いてはくれないのだ。

 パーティーの中にたった一人でも異性たる女性メンバーがいるだけで、男性メンバーの士気は上がる。生への執着が強くなるからだと言われている。それは、決して深い間柄でないにせよそうであり、探索中であるにせよないにせよ同じ事だった。ただ、最期の時になる可能性が日常生活より格段に高い探索中ならば、その重要性は一段と増す。その時に近くに居る事の出来るのは、女冒険者に他ならない。リンクスはその事を良く分かっていた。そして、女冒険者の数は、男に比べれば「いない」に等しいほど少ないのだ。

 私は、リンクスが私をパーティーメンバーとして大事に扱ってくれるのを感謝していた。いや、私だけでなく、多分、ウチのパーティー全員がそう思っていただろう。そしてリンクスもまた、私達がパーティーのメンバーとなっている事を嬉しく思っていたのだった。


 私自身は普段、化粧っ気など全く無いのだが、こうしてくつろいでいる時だけではなく、探索の時にも口紅――こういった時と違って薄いピンク色なのだが――を引く。これは、死地へ赴くための用意なのだが、決して死に行くための死化粧ではない。探索中のいつどこで死んでも後悔しないという、冒険者としての覚悟を表したものだ。また同時に、性別に関係無い探索という行動の中において、私自身の意識の残り僅かな部分で女を意識する事で、生への執着を強めるための暗示でもある。

 一見矛盾しているように聞こえるかも知れないが、冒険者と呼ばれる仕事は、死を覚悟しつつ、それでも生への強い執着を持っていないとやっていけない。死を覚悟しなければ、探索には赴けないし、生へ執着しなければ、生きて帰っては来られないのだ。



 あの探索――キトンにその渾名が付いた探索――以来、新メンバーが私達のパーティーに定着する事は無かった。新しくパーティーに加わりたいとやって来た者は何人かいたのだが、定着するには至らなかった。幸いな事に、その間の探索で戦死者は出なかったが、新入りは全て、初めて体験する探索で、自分の能力、あるいは探索という行動、もしくは冒険者という仕事自体に絶望して去っていった。それ以来、私達は少なくとも暫くの間は現在の五人でパーティーをやっていくという事にしたのだった。

 一方、キトンは探索を重ねる毎に逞しくなってきているように見えた。特に、精神面が、だ。普段はどちらかと言うとおとなしい部類に入るだろう彼だが、いざ探索になると、彼の目はギラギラと光を放つのだ。それは一度でも死線を越えた人間特有のものであり、それが冒険者には必要なのだった。


 そもそも、冒険者という仕事は乱暴なものだ。殺人、破壊等の行為もする。ただ、それは合法である場合に限るというだけだ。もしそれらが違法だったら、それは単なる無法者だ。中には冒険者を名乗っていても違法な事をする者達がいる。が、私はそんな彼らを冒険者と呼びたくはない。彼らは無法者に過ぎない(しかしながら、私達が全ての面で完全に合法かというと、それもまた疑問は残るのだが……)。しかし、逆に言うならば、冒険者という仕事は、それだけ乱暴で破壊的な仕事が多く含まれているという事でもある。そして、それに見合った分だけの危険も潜んでいるのだ。だからこそ、死への覚悟と、生への執着が必要で、少なくとも一度以上の死線を越えた経験が必要なのだろう。



 「山賊?」

 外から帰ってきたウルフトラップから耳打ちをされて、私は素頓興な声を上げてしまった。私はもう普段着に着替えていたが、またしてもホールに居た人間の注目を集めてしまった。ウルフトラップは驚いて、私の口を右手で塞ぎつつ、自分の口に左手の人差し指を当てて「黙れ」のポーズを示した。やがて私の口から手をどかした彼は、周りをキョロキョロと見回した。そして、もう既に誰も注目していないのを確認してから、少し離れて座っていたキトンに手まねきをして、彼を呼び寄せた。

 「まぁ、いい。詳しい話は上で全員集まったところでしよう」

 ウルフトラップはそう言って、私とキトンを連れてリンクスとエルダーの部屋に向かった。


 二人部屋に五人も集まっているのは窮屈だが、単に話をするだけなら大した問題は無かった。

 ウルフトラップの話の要点はこうだ。今、私達が泊まっている街、デロガは、クレイメントという国の端、隣国スリダムとの国境から遠くない所に有るのだが、この国境付近の山岳地帯にいる山賊に対して国とここの領主から討伐の賞金が懸かるというのだ。特に、その山賊の首領のレイベンという女には高い賞金が懸かるという。まだ公示前の話だが、近々それが公示されるのだそうだ。ウルフトラップが果たしてどうやってその情報を仕入れてきたのかの方が不思議だったが、それは敢えて聞かなかった。「いつもの事」だからだ。しかし、彼が言うには確かな情報だそうだ。そして、彼がそう言う時は殆どの場合が正しい情報なのだ。


 この街に入ってから、山賊とその女首領の噂は聞いた事が有る。ものの十人前後の集団なのだが、山道を通る旅行者や商人等が度々それに襲われているという。そして、強盗のみならず殺人まで度々起こすようになったらしい。流石にそこまで騒動になると、国としても放っておくわけにもいかないのだろう。

 そもそも、大抵の国というのは山賊退治に軍隊等を出したがらないものだ。しかし、これほど大騒ぎになっても軍隊を出さないのには別の訳が有った。

 このあたりの国々はどこの国も、少し前まで長く続いていた戦争のためにひどく国力が疲弊し、それが原因で休戦を止むなくなったのだ。もっともこの一時的な和平のお陰で、私達のような冒険者等が比較的自由に国境を越えて移動出来るようになった訳なのだが。

 その頃は、クレイメントとスリダムも敵対関係にあって戦争状態だった。それ故に、一時的な和平が保たれている今でも、国境線付近の問題は神経質な部分なのだ。国境線に関係無く暴れ回る山賊は両国にとって共に頭の痛い問題ではあったが、それ以上に両国とも、国境線付近に軍隊を送る事で相手国を刺激したくはないのだった。その結果、クレイメントの国とデロガの領主が共同で山賊狩りに賞金を懸け、無国籍のような者である冒険者に始末をさせようという事になったらしい。


 しかし、流石に私達五人で十人もの山賊を一度に相手にするのはちょっと厳しい。たとえ、一対一での技量ではこちら側が上回っていたとしてもだ。そこで、ウルフトラップの提案が有った。

 「偽装で誘き寄せるってのはどうかな?」

 「偽装?」

 リンクスはその内容に期待している風に聞き返した。

 「あぁ。山賊ってのは、旅行者とかを襲う時は全員で襲う訳じゃない。そこで、それを逆に利用しようって訳だ。俺達が旅行者の格好で旅行者の通りそうな道を歩いて、山賊を誘い出す。うまくすれば何人かの山賊が出てくるから、そいつを騙し討ちという寸法さ。まぁ、騙し討ちってのは、正義の味方の俺には気に喰わないがな」

 ウルフトラップが苦笑しながら言うと、リンクスも苦笑しながら答えた。

 「旅行者や商人を襲うような山賊が相手なんだったら、騙し討ちぐらいは構わんだろう。確かに、最初の一回を向こうから手を出して貰えれば、巧い具合に敵の戦力は減らせるだろうな。ただ、騙し討ちである以上、こっちも完全武装で戦うわけにもいかないから、多少の危険は有るがな。それよりも問題なのは、山賊が本当に十人ぐらいなのかって方だが……。どうなんだ?」

 「面が割れてるのが十人ぐらいって事かな。山賊共の隠れ家のおおよその位置は分かっているから、そのあたりの情報はそう不正確でもないと思うぜ。ただ、山奥にそれ以上の面の割れてない連中が潜んでいるとしたら、それはいったいいくらいるか分からないけどな。もしそんな連中に囲まれたら、皆には悪いけど、せいぜい俺のことを恨まないようにしてくたばって貰うしかないな」

 それを聞いたリンクスは再び苦笑しながら、他のメンバーの方に向き直って言った。

 「まぁ、それを聞いてやるかやらないかは、皆の判断だ。さて、どうする? やろうというヤツは手を挙げてくれ」

 全員がほぼ同時に手を挙げた。ウルフトラップは愉快そうに言った。

 「これで恨みっこ無しだな」


 リンクスは一旦座り直してから、話を続けた。

 「さてと……、そうなると具体的な行動だが、まず、出撃は賞金首の公示が出てすぐという事になるな。流石に公示前だとまずいからな。そのためには、数日分の食糧と水を用意しておく必要が有るな。しかし、実際に出撃するとなると、荷物運びに人を雇ったりロバを借りたりするほど、今のウチのパーティーには余裕が無い。それに、山賊に襲われた時、危険が増えるかも知れないしな。となると、荷物は極力少ない方がいい」

 「携帯食糧を買っておきましょう」

 エルダーが言った。携帯食糧というのは、主に小規模編成の旅行者や軍隊、冒険者等が遠距離移動時によく使う物で、乾燥や塩漬けなどの処理がされているために、軽く、日持ちがするのだ。食べればそれなりに腹には溜るのだが、味の方はお世辞にも褒められた物では無い。私達が普段摂っている粗末な食事よりも不味いぐらいだ。ただ、この場合は、贅沢を言っていられないので仕方が無いのだ。

 リンクスは苦笑しながらうなずいた。

 「そうだな。皆には我慢して貰うしかないな。それと……、もう一つの問題は天気だな。少なくとも何回かは野営する事になるが、ひどく雨が降るようならテントが必要かも知れんなぁ……」

 「俺が街で聞いてきた限りでは、今の時期このあたりは、殆ど雨は降らないって話だぜ。テントは持っていく必要は無いんじゃないか? 荷物運びを使わないとなると、ひどくかさばるし、重いだろう。大体、あのあたりを通過する旅行者なんてのは野営なんかしないから、テントを持っていたらかえって怪しいだろうし……」

 ウルフトラップが言うと、リンクスはうなずきながらも、顔を曇らせて言った。

 「確かにそうだな。しかし、万一、雨が降った時が心配だな」

 すると、キトンが提案した。

 「マントとかを持って行くのはどうです? フード付きのマントでも」

 「悪くないわね。それなら移動中でも使えるしね。私は賛成よ」

 私がそう言いながらキトンの方を見ると、彼はニコッと笑った。リンクスもうなずきながら賛成した。

 「そうだな。妥当な線だろう。その案を採用って事でいいな?」

 皆、既に乗り気になっていたのか、全員が狡そうな笑顔でうなずいた。



 私達は、少々余裕を見て五日分の食糧と水を準備した。まぁ、実際のところは、食糧が足りなくなるという事はそれほど心配はしていなかった。山は砂漠と違って不毛の土地ではない。いざとなれば、現地で食糧を調達する事も可能だ。特にリンクスは元傭兵ということもあって、野生の動物を獲って食糧にする事も得意で、サバイバビリティーには長けている。ウルフトラップもその名の通り、野生動物を獲るための罠を作るのが得意だ。


 ウルフトラップとキトンは交互に度々、公示が出ていないかを見に行っていた。そしてそれから二日目の昼、ウルフトラップがまさにその賞金首の公示が出るところを見ていた。ウルフトラップがその報告に帰って来てコップ一杯の水をあおってからすぐ後、私達はすぐに出撃の準備にかかった。

 山賊の手配書は、首領のレイベンを含めて全部で十二人分。その全員が「生死を問わず」だった。

 私達はそれぞれが服の下に着けても目立たないだけの最低限の防具を身につけ、武器は荷物の中にすぐ取り出せるように、仕込んだような状態で入れておいた。そのため、リンクスは長剣、エルダーは杖を使う訳にはいかず、二人ともレイピアを使うことにしていた。また、エルダーは杖を持たない代わりに、手の平から僅かにはみ出るぐらいの小さな銀で出来た棒を左手に持っていた。これは杖ほどの容量は無いが、マナの容器になるそうなのだ。

 しかし、ある意味一番のハンデを背負っていたのは私かも知れない。ただの旅行者らしく見えるように、スカートを穿くようにしていたからだ。

 とは言え、かさばらず重量もそれほど無い装備、特に防具と着替えは、全員が荷物の中に入れていた。これは、山賊の隠れ家に攻め入る前に、偽装から着替えて装備を整えるためだった。



 かくして、私達の山賊討伐作戦は始まった。強行軍だったため、その日の夕方には既に私達は街から遠く離れ、山道に入っていた。しかし、日が落ちてすぐ、私達は野営の準備にかかった。

 普通に考えると、もっと行程を稼げるような気がするが、これは十分な休息を摂るためだった。というのも、山賊の誘き出しという目的が有る以上、山賊の不意討ちを受ける訳にはいかないので、見張りを立てておく必要が有る訳だ。となると、必然的に一人当たりの休息時間が短くなる。しかも、見張りを交代するために休息を途中で中断する必要が有る。休息を中断すると、意外と疲れが取れないものなのだ。そこで、早目に野営を始めて、長目に休息を摂ろうというのだ。

 計時用の小さな松明もいくつか持って来ていたが、その晩は晴れていたので星の位置で見張りの交代のタイミングを計っていた。


 「エース、悪いけど交代だ」

 自分ではさほど感じなかったのだが、強行軍で疲れていたのか、食事を終わって休憩に入るとすぐに眠ってしまったようだ。二番目の見張り、ウルフトラップの声で起こされた時はもう真夜中だった。

 「ん……、ふう……。うん、大丈夫」

 私は二、三回ほど強く頭を左右に振った。それで眠気は大分晴れた。

 「疲れてるみたいだな。良く寝てたぜ。……なんならもう少し寝ててもいいぜ。俺はそれほど疲れてないし」

 「なら、最初から起こさなきゃいいじゃない。……冗談よ。大丈夫。ゆっくり休んでちょうだい」

 「なんだい、可愛いのは寝顔だけだな」

 「御生憎様だったわね。生まれつきなんであきらめてね」

 「そうするよ。……ありがとう。じゃ、休ませて貰うよ」

 ウルフトラップが横になりながら笑顔で言った。私も笑顔で答えた。

 「ん、お休み」

 焚き火がチリチリと小さな音を立てて燃えていた。野営の準備の時にあらかじめ集めておいた薪の内何本かを、私は新しくくべた。



 「朝ですよ!」

 最後の見張り、キトンの声で再び目が醒めた。キトン以外は皆がそれぞれに、それなりに眠そうな顔をしていたが、それでもちゃんと起きていた。多分、私も眠そうな顔をしていたのだろう。

 私から少し離れた所に居たウルフトラップは、私に向かって右手を挙げ、その手を握ったり開いたりしながら微笑んだ。私はそれを見て苦笑していた。


 朝食を摂って一息ついてから、私達は再び移動を始めた。国境側に向かう山道を移動していたのだが、昼頃には既に山賊の被害が多く出ている地帯に入っていた。私達は傍からはそうは見えないように、しかし警戒を強めながら歩いていたが、暫くは何も起こらなかった。


 が、薄暮の頃になって、リンクスが隣を歩いていたウルフトラップに小さな声で言った。

 「来てるな」

 「ん。三人以上はいるな」

 ウルフトラップは、意識的に頭を動かさずに答えた。

 山賊の気配にはパーティーの全員が気付いていた。しかし、私達は飽くまでも気が付かない風に装いつつ歩き続けていた。今、山賊達にこちらの狙いに気が付かれたら、ここまでの苦労が台無しになってしまうからだ。ぎりぎりまで誘い込んで、逃がさないように仕留めなければならない。

 「来ましたね」

 キトンが言った。確かに山賊達は私達を包囲するように道の両脇から距離を詰めようとしてきているようだった。

 「五人だな」

 ウルフトラップが言った。丁度、こっちと同じ人数だ。逃がさないように一度に仕留めるのは簡単ではない人数だが、ここまできたらやるしかない。

 と、山賊の一人が私達の進行方向の路上に飛び出した。

 「よぉし、お前ら、動くなよ!」

 私達を囲むように、残りの四人の山賊も出てきた。私達は、お互いが近付き過ぎないように気を付けながら、輪形の陣を組んでいた。そして、お互いが目で合図しあって、誰がどの山賊の相手をするかを確認しあっていた。

挿絵(By みてみん)

 山賊達が徐々に私達に近寄ってきた。私達はリンクスが持っている荷物に注意していた。彼が持っている荷物を地面に落とした瞬間が、攻撃開始の合図だとあらかじめ決めてあったからだ。リンクスは山賊との間合いを計っていた。

 「おとなしく金目の物を出すんだな!」

 山賊が、そう言いながらまた一歩近付いてきた。

 ドスッ!

 リンクスの荷物が地面に落ちた音がした。と、私達は一斉に山賊にかかっていった。私も荷物からニンジャ・ソードを引き抜きながら、そのまま斬りかかった。

 戦闘はほぼ一瞬で片が付いた。私とリンクスはそれぞれ、一の太刀で相手の山賊を倒し、他の三人も二の太刀で倒していた。とどめを刺すまでを考えても、殆ど時間は掛からなかった。


 山賊にとってもまさかの攻撃だったのか、彼らは全く手ごたえ無く倒された。それにしても、エルダーもそのレイピアで見事に山賊を倒していたのだ。魔法使いとはいえ、冒険者である以上、彼の真剣勝負の勘というのは確かなものだった。私達剣士ほどでは無いにせよ、彼の扱うレイピアだって充分な戦闘力を持っているのだ。


 作戦通りに山賊の一部を倒したが、問題なのはその死体だった。本来ならば生死不問の賞金首というものは文字通り、首を落としてそれを持ち帰るのだが、今回に限ってはそうもいかなかった。というのも、私達はこれから山賊の本拠地である隠れ家へと向かうのであって、すぐに街へと戻って警固隊へとその首を引き渡すわけではないからだ。このまま五つもの首を持ち歩くのは、あまりにも邪魔な荷物を増やすことに他ならなかった。かと言って、これらの賞金首を無視して捨てて行けるほど、私達は金銭的に余裕の有る冒険者でもなかったのだ。

 結局、彼らの死体はこの近くに隠しておく事にした。しかし、そのままでは死体が痛んでしまう。そこで、エルダーの出番となった。エルダーは魔法だけでは無く、薬品にも詳しい。彼が薬品を使って死体に防腐処理をする事になった。それが済むと、次に防虫、防獣処理もした。その間にウルフトラップは、持っていた地図に隠し場所を書き込み、隠し場所の近くに目印を作っていた。



 偽装による誘き出しによって山賊の戦力を削るという最初の目的は成功したので、私達は既に旅行者を偽装する必要が無くなっていた。ほどなく日が沈んで野営をする事になったのだが、食事にする前に着替え、装備も換えていた。

 ようやく皆、冒険者らしい格好になった。ただ、リンクスは甲冑と長剣という装備ではなく、皮鎧とレイピアを装備していたし、エルダーも杖の代わりに、レイピアと小さな銀の棒を装備していた。まぁ、流石にそんな重い物を荷物として持ち歩く訳にはいかなかったので仕方無いのだが。

 私もほっとしていた。やはり、スカートで歩き回るよりは、この方がよほど私には合っていると思った。

 しかし、気を緩める訳にはいかなかった。稼ぎに出た仲間が帰らなかった以上、残った山賊達が異変に気が付くのは時間の問題だ。そうなると、逆に私達が襲われる可能性も有る。十分な警戒が必要だった。


 警戒のため、この日の野営は山道からちょっと離れ、少し木の間に入った所で行っていたが、食事が終わって休息に入る前、ウルフトラップがキトンに手伝わせてその野営地の周囲に罠を張り巡らしていた。これも、山賊に対する警戒のためだった。


 幸いな事に、この罠が役に立つ事は無かった。



 翌日、朝食を摂ってから罠を解除した私達は、昨日、山賊が襲って来た地点に戻っていた。山賊の足跡を始めとした手掛かりから、彼らの隠れ家の正確な位置を割り出そうとしていたのだ。エルダーが見つけた足跡は、重要な手掛かりになった。私達は、ウルフトラップが持っている地図と照らし合わせて隠れ家のおおよその位置を推測しながら、その足跡を逆に辿る事にした。

 足跡は途中で何度も途切れていたが、そんな時は推測した方向へと進んでいくと暫くしてまた足跡を見つける事が出来た。そんな事を繰り返していく内に、やがて、獣道のようになっている所に出た。恐らく、山賊達が作った間道のような物だろう。つまり、これを辿って行けば山賊の隠れ家を発見出来るだろうと思えた。しかし、山賊の間道だとすれば、逆に山賊に遭遇する可能性も高い。私達は警戒のために進む速度を落とし、しかし、しっかりと道を辿って行った。


 じっくりと道を辿っていく内に、昼を過ぎ、夕方も過ぎ、徐々に日も暮れようとしていた。すると、道の先が開けているのが見えた。リンクスは私達をその場で待機させ、ウルフトラップだけを連れて先の偵察に行った。

 偵察から戻ってきたリンクスは、全員を集めて少し後退させてからしゃがませると、小さい声で話を始めた。

 「開けた先に岩壁が有って、そこに洞窟らしい物が有る。その前に二人ほど山賊が見張りに立ってるから、多分あれが隠れ家に間違いないだろう」

 「どうだい? すぐに乗り込むのかい?」

 一緒に偵察から帰ってきたウルフトラップが言ったが、リンクスは首を横に振った。

 「いや。もう既に暗くなり始めてるから、乱戦になったら土地勘の有る向こうの方が有利だ。急ぎたいのは分かるが、不必要な危険は避けるべきだからな」

 その言葉にウルフトラップも納得したようだった。

 「そうか。なら、今晩は少し戻って野営だな」

 次いで、キトンが質問した。

 「で、明日は朝に攻撃開始ですか?」

 「そんな感じかな。朝食がこなれた頃に、かな。だから、今晩は皆ゆっくり休んでくれ」

 リンクスはそう言いながら、のんきそうな笑顔を見せた。こののんきそうな笑顔が、リンクスの優れたところの一つでもあった。信頼のおける指揮官が余裕の有るような表情をしていると、それに続く者達も安心するものだ。実際には余裕が無くても、指揮官にはそう見せるような演技が必要なのだ。この時もそんな感じが少なからず有った。戦闘経験の豊富なリンクスとはいえ、少人数で山賊の本拠を襲撃しようというのだ。全く緊張していないという事は有るまい。しかしそれでも、彼は余裕の有る表情を見せていたのだ。


 私達は来た道を暫く後退し、さらに道から少し林の中へと入った所で野営をする事にした。流石に山賊の隠れ家から遠くないこの場所では、火を焚くような目立つ真似も出来ないので、完全に日が暮れて暗くなる前に罠を張り巡らし、食事と休息を摂る事にした。

 その晩の見張りは、全く神経をすり減らすものだった。星灯りしか無い状況で周りを警戒するのは、本当に神経を使うのだ。闇の中に光る目が、全て山賊のそれに見えてきてしまう。実際にはその全てが動物のものだったのだが。それに、近くに肉食獣が潜んでいて、それに襲われないとも限らなかった。確かに、環状に張った罠のさらに少し外側にはエルダーが獣避けの薬品を撒いておいてくれたのだが、それでも絶対に安全という訳でも無かった。そもそも、全ての危険を完全に取り去る事など、この世の中では不可能な事なのだ。ましてや、自ら危険に身を投じることの多い冒険者の生活の中では特に。



 各人一回ずつの長い夜が過ぎ、やがて日が昇ると、私達の、不意討ちをされる事による突然死の恐怖は、闇と共に晴れた。


 食事が終わり、一休みしてから、各人が装備の最終確認をした。全員が本来の装備という訳では無いが、今更これ以上は望めない。

 罠を解除した。これは、私達が防御から攻撃に転じる印でもあった。私達は、もう後戻り出来ない事を承知の上で、山賊の隠れ家へ向かって歩き出した。

 昨日、全員で進んだ地点まで再び進んだ。そこから、今度はウルフトラップが一人で偵察に向かった。その間、私達は息をひそめて彼の帰りを待った。


 「見張りは四人出てるな。少なくはないが、どうする?」

 戻ったウルフトラップは、待っていた私達と同じようにしゃがみ込み、すぐにリンクスに報告した。リンクスは、顎に手をやりながら言った。

 「残りの山賊が七人だとすると、洞窟内に人数が残って立て篭もられた方が攻め込むには面倒だろう。その四人は、外にいる内に倒してしまいたいな。かえって洞窟内に逃げ込まれる方が面倒なんだが……。エルダー、どうだ」

 エルダーはうなずきながら答えた。

 「私が魔法で掩護しましょう。毒の霧を使って敵の足止めをします。その間に何人かが息を止めたままその霧を突っ切って洞窟の中へと飛び込み、敵の退路を断つというのはどうですか?」

 「悪くない考えだが、その飛び込む役は……」

 リンクスの台詞は、私が遮った。

 「私がやるわ」

 ウルフトラップも続いた。

 「エースがやるなら、俺もだな」

 リンクスは笑いながらうなずいた。

 「うん、二人なら適任だな。ただ、洞窟内に飛び込んだ時、中の近くに山賊がいないかには気を付けてくれよ。さもないと、君達が挟み討ちされかねん。で、俺は洞窟の外側左から囲い込むようにする。キトンは右側から頼む」

 「分かりました」

 キトンは落ち着いた口調で答えた。が、彼の目は既にあのギラギラとした輝きが宿っていた。

 「よし、行こう!」

 リンクスの声と共に全員が立ち上がった。



 道をさらに進み、洞窟の有る岩壁前の開けた場所に私達は飛び出した。エルダーが真ん中、その左右にウルフトラップと私、少し離れて左にリンクス、右にキトンという陣形だった。

 見張りは洞窟の入り口の前に二人、そこから少し離れて左右に一人ずつが居た。見張りはこちらに気付いたようだったが、すかさず、エルダーは呪文を唱えた。

 「オン・オー・ベン!」

 エルダーがかざした右手の平の前に、周りの空気の中から小さな黒い点が集まって来るように見えたかと思うと、すぐにそれは青黒い球を形作り始めた。それを見て、ウルフトラップが叫んだ。

 「行くぞ!」

 その合図で、私達は少し左右に離れて、しかし並んで走り出した。私達を発見して一旦は洞窟内へ入ろうというそぶりを見せた洞窟前に居た二人の見張りだったが、私達が突進して来るのを見て、こちらに向き直って剣を抜いた。私とウルフトラップも剣を抜いた。

 と、私達の間を青黒い球が追い抜くように飛んでいった。エルダーの放った魔法だ。その球はそのまま見張りの一人に向かって飛んで行き、彼に当たった。そして、その球は青黒い霧となって広がり、彼らを包み込んだ。

 彼らは恐らく何が起こったのか分からないまま、毒の霧を吸い込んでむせていた。私達もその霧へと次第に接近し、息を止めるタイミングを計っていた。が、むせながらもその見張りの片方が明らかに私の進路を妨害しようとしていた。私は息を止めたまま、剣で払った。彼の剣は振り下ろされたものの、むせながらだったので殆ど効果は無かった。しかし、私の剣の効果には殆どハンデは無かった。


 私とウルフトラップはそのまま洞窟の中へと駆け込んだ。息を開放しつつ、警戒行動を続けた。ウルフトラップが振り返って入り口の方を見ている間に、私は洞窟の奥の方を注視していた。洞窟の中はいくつかの灯りが壁に有り、決して暗くはなかった。どうやら、この入り口から暫くはほぼ真っすぐに洞窟が続いていて、その奥で右に曲がったようになっているらしい。が、今のところはこちら側には山賊の影は見えない。取り敢えずは挟み討ちの危険は無いようだった。

 振り返ると、入り口の外で、私が斬った方の見張りは倒れていた。もう一人の方は、やはりむせながらもウルフトラップにかかって来ていた。が、やはりそんな状態では彼の敵では無く、ほどなく倒された。


 洞窟の外でも、既にリンクスとキトンがそれぞれ見張りを倒していた。毒の霧も既に晴れていて、私達も自分たちが倒した見張りの死亡確認をしていた。

 それが済むと、私達は一旦、洞窟の中に集まり、それから洞窟の外を警戒していた。見張りが居たとはいえ、首領を含む残りの三人の山賊が洞窟の奥に居るとは限らない。それに、洞窟の奥に居るのならば、今までの騒動で連中は気が付いているはずだ。それなら、奥へと急ぐ必要はさほど無い。むしろ、仮に連中が洞窟内におらずに外に居た場合、私達は洞窟の入り口を塞がれるような攻撃を受けかねない。リーダーのリンクスとしてもそれを心配していた。そこで、エルダーとキトンが洞窟の入り口で外を見張り、他の三人が洞窟の奥を調べる事になった。

 可能性は低いとはいえ、洞窟内に罠が仕掛けていないとも限らないので、ウルフトラップは慎重に周囲を観察しながら進み、リンクスと私がそれぞれ彼の斜め左右後方から前方を警戒していた。


 ドクン!

 何故だか急に、私の胸の鼓動がひどく高くなってきたような気がした。その時は、全くどうしてだか分からなかったが、後になって、それが虫の知らせだったと分かったのだった……。


 やがて私達三人はその奥まで達し、右に折れた先をうかがっていた。どうやら中は大き目の部屋状になっているらしい。が、その入り口は狭くなっており、中に山賊が居るとしたら待ち伏せ攻撃を受ける危険性が有った。そこで、一計を案じたリンクスはウルフトラップをエルダーの所にやり、交代させた。そして、代わりにエルダーがやって来ると、リンクスは彼に耳打ちした。エルダーはうなずくと入り口の少し手前に立ち、その内側の床に向けて右手をかざすと、また呪文を唱えた。

 「ウム・フル・イル!」

 彼の手の平から光球が放たれ、それは彼の狙い通りに入り口から吸い込まれると、床に当たって爆発した。

 「うわっ!」

 部屋の中で声がした。その瞬間、もうリンクスと私は部屋の中へ飛び込み、彼は左、私は右に体を向けた。案の定、入り口の陰で待ち伏せしていたらしい。が、エルダーのファイヤー・ボールで驚いたらしく、その有効な待ち伏せの位置からは下がっていた。しかも、私の向いた側に居た山賊は、剣を手放し尻もちをついていた。当然、私はそのまま苦も無く、その山賊を倒した。

 振り向くと、リンクス側に居た山賊が彼に対して反撃を試みようとしていた。が、それは絶望的な反撃だった。リンクスは上段から振り下ろされたその剣をレイピアで受け流すと、横殴りに来た山賊の次の一撃は、僅かに下がってかわした。次の瞬間、彼のレイピアは正確に山賊の胸を貫いていた。


 部屋の奥は灯りが少ないために薄暗くて良く見えなかったが、確かに奥にもう一人が居た。最後の山賊、つまり、山賊の女首領だろう。

 私達がその二人の山賊の死亡確認をしている間に、エルダーが洞窟の入り口の所で見張りをしていたウルフトラップとキトンを呼び寄せていた。五人が揃って、部屋の奥を注視した。部屋の奥の暗さに目が慣れてきて、徐々にそこに居る人物の姿が鮮明に分かるようになってきた。


 ドクン!

 その人物の姿を見て、私の鼓動の高まりは確かなものになった。そして、さっきからの鼓動の高まりの理由も、私は理解した。


 そこには、漆黒のマントを羽織り、同じく漆黒に染めた皮鎧で身を包んだ女が立っていた。その黒いマント、皮鎧とバックラー、彼女が恐らくぎりぎり片手で扱えるであろう大きさの段平、私と同じぐらいの長さに切られ黒く染められた短い髪、それら全ては違っていたが、その青い瞳だけはあの日から決して忘れる事は無く、決して見まごう事も無かった。その女、レイベンは、かつてライトニングと呼ばれていた事を私は知っていた。そう、彼女こそ、かつての私の相棒だったのだ。

挿絵(By みてみん)


 彼女は暫く私達の方を眺めていたが、私に気が付いたのか、一瞬驚いたような表情を見せた。しかし、すぐに不敵な笑みを浮かべると、私に向かってしゃべり始めた。

 「誰かと思ったらエースじゃないか。久しぶりだね。こんな所で、こんな形で再会するとは、奇遇……、いえ、運命かしらね」

 彼女の口調は以前と全く変わっていた。いや、口調だけでは無く、彼女自体が昔の彼女とは違っている事も、すぐに分かった。

 「賞金首と話すような無駄口は持ち合わせてないわ。ライトニング。……いえ、レイベン!」

 私は、自分自身の気持ちの整理をつける意味も含めて、きっぱりと言い放った。いくら賞金首とはいえ、かつての相棒と戦うというのは、正直言って複雑な思いが有った。しかし、そんな不安定な精神状態で戦って勝てるほどの甘い相手ではない事も、私は知っていた。だからこそ、自分の気持ちを自分の台詞によって整理しようとしたのだ。

 「相変わらずだね……」

 レイベンは、皮肉っぽく言い、笑った。私は一人で彼女に近寄ろうとしたが、その肩をリンクスに押さえられた。

 「待て。まさか一人で戦おうとか思ってるんじゃないだろうな?」

 「ごめんなさい。悪いけど、一人でやらせて」

 私はリンクスの顔も見ずに言った。

 「しかし……、ヤツと何があったのかは知らないが、わざわざ危険を冒すことは無いだろう? それに、万が一という事もある。もしもエースがやられるような事が有ったら、ウチのパーティーとしても大きな損失になるし……」

 リンクスはさらに何か言いたげだったが、私の台詞がそれを遮った。

 「お願い! もし私がやられたら、後は好きなように戦っていいわ。でも、私がやられるまでは、手を出さないで。パーティーメンバーとして我が侭な言い種なのは分かってるわ。でも、これだけはお願い!」

 「……分かった」

 リンクスは、暫く間を置いてから、理由も聞かずにそう言った。

 「ちょっと待てよ、エース! リンクスも何を……」

 ウルフトラップはうろたえているのか、その後の台詞が続かなかった。

 「ごめんね」

 私は彼に向かってウインクをした。そして、再びレイベンの方へと向かって歩き出した。

 私の脈拍数は上がっていたと思うが、鼓動の高まりはもうおさまっていた。


 「ほう、正義の味方でも気取ってるのかい?」

 レイベンは一人で近寄ってきた私を見て、マントを外して、それを下に落としつつそう言った。

 「悪を気取るあなたの相手としては、お似合いでしょ?」

 私の台詞に、彼女の顔には一瞬怒りの影が走った。が、すぐに不敵な笑顔を取り戻して答えた。

 「丁度いいわ。昔から、あんたとは一回、真剣勝負がしてみたいと思ってたんだよ」

 「私も、ライトニングとは一度真剣勝負がしてみたいと思った事は有るわ。でも、あなたはライトニングじゃないわ。ねぇ、レイベン」

 再び彼女の顔に怒りの影が走った。しかし、今度はそれを隠そうとはしなかった。いきなり彼女はその左腰に下げていた段平を右手で抜き、その抜きざまに私に向かって振り上げた。私は二歩ばかり素早く飛び退くと、剣を抜いた。

 彼女は剣を両手に持ち直し、その刃を腰から自分の体の後ろに隠すように構えた。私は剣を正面に掲げ、正眼の構えを取った。

 リンクス達は少しばかり近寄って来てはいたが、約束通り、少し離れて見ていた。


 私は、少しばかり広目に間合いを取ろうとしていた。彼女が使っている武器が昔のレイピアならともかく、見慣れない段平だったので、その間合いが把握出来ていなかったのだ。一方の彼女も、その事は十分承知していた。そして、私にその段平の間合いをじっくりと把握させないような戦法を取ってきたのだ。

 彼女はじっくりと間合いを詰め、自分の間合いになると、いきなり斬りかかって来るようにしていた。最初はレイベンも間合いぎりぎりで斬りかかって来たので、私は下がってよけることが出来たが、その内に彼女が徐々に踏み込んで来るようになったので、私も剣で受け流さなければならなくなってきた。

 彼女の剣さばきからは、昔の美学は消えているように見えた。ただ、昔と変わっていなかったのは、彼女の剣が死の力学を伴って舞っている事だけだった。そしてそれは、今、私に向かって牙を剥いているのだ。

 何度かのレイベンの攻撃を私が剣で受け流した後だった。彼女が振り上げた段平を受け流した後、次の攻撃に対する私の反応は完全に遅れていた。剣で受け流すのは間に合わず、辛うじて足だけが反応していた。

 ビッ!

 不気味な音がして、彼女の段平の先が私の髪の毛をかすめ、その何本かをちぎり取った。ほんの一瞬でも私の後退が遅れていたら、間違いなく私の頭は振り下ろされた段平に砕かれていただろう。しかし、そんな危機が有ったにも関わらず、逆に、私の体はそれによって彼女の段平の間合いを把握出来たのだった。

 一旦、広く間合いを開けた。そして、その後に私から彼女の段平の間合いへと入っていった。予想通り、彼女は段平を振り上げた。が、その瞬間には私は既にわずかに後退して、その間合いの外に居た。そして、彼女の段平が振り切るよりも早く、剣を右に倒しながら踏み込み、彼女の胴を右から左へと払った。

 バシュッ!

 血しぶきが飛んだ。次の瞬間、彼女の段平が降り下ろされた時には、私はもう既にその間合いの外に戻っていた。そして、そのまま床へと突き立てられた段平は、二度と振り上げられることは無かった。

 勝負は既についていた。レイベンの顔がかすかに笑ったような気がした。

 「エース……、また、強くなったわね……」

 彼女がその台詞を言い終わるか終わらないかのタイミングで、私の剣が彼女の胸を貫いた。そして、彼女の体は完全に力を失い、私が剣を引き抜くと、その体はうつ伏せにぼとりと倒れた。


 ウルフトラップに声を掛けられて我に返った。その間の事は覚えていない。ウルフトラップによれば、私は「あんたの方が弱くなったんだ……」と呟いていたという。



 レイベンの死体もまた、他の死体と同じように防腐処理をした。それは、他の死体と同じ理由からでは無かった。本来なら、彼女が最後の敵だったので、その首を切り落として持ち帰るべきなのだが、これもリンクスが私の我が侭を聞いてくれたのだ。私が昔の相棒として彼女に対して出来る事は、もうあまりにも限られていたのだ。

 レイベンの確認をさせるため、ウルフトラップとキトンがデロガの街まで警固隊を呼びに行く事になった。彼らは山を下る途中で他の山賊達の首を回収して行ったので、その分の二度手間は掛からずに済んだ。一方の私とリンクス、エルダーの三人は、山賊の隠れ家で彼らが警固隊を連れて帰ってくるのを待つ事になった。これは、食糧と水が余り、しかもウルフトラップ達が自分達の分の内のいくらかも置いていってくれたために出来た事だったが、やはり、リンクスが私に気を使ってくれたのだろう。


 ウルフトラップ達が警固隊を連れて戻って来た。警固隊がレイベンの死亡を確認した後、私は警固隊からかなり無理に許可を貰って、レイベンの死体を引き取った。

 私は、その隠れ家からそう遠くない小高い丘に、レイベンの死体を埋葬した。ウルフトラップ達が戻ってくる前に隠れ家で見つけた、レイベンがまだライトニングだった頃のレイピアやバックラー等の装備品も、一緒に埋めた。誰もお参りに来てくれそうも無いそんな場所に粗末な墓を立てる事だけが、今の私が昔の相棒に対して出来る最後の事だった。



 デロガの街へ戻り賞金を受け取った私達は、次の街へと向かった。


 次の街での最初の夜、宿のベッドの中で私は考えていた。

 果たして、レイベンは私に倒されたかったのだろうか? もしそうだとしたら、それは自分が犯した失敗で仲間が殺されてしまった事に対する贖罪のため?

 それは勿論、今となっては永久に分からない事だった。しかし、間違いなく確実なのは、彼女の剣が明らかな殺意を持って私に襲いかかって来た事と、私がそれを退けた事だ。そして、一つ間違えれば、倒されていたのは逆に私の方だったかも知れないという事も。

 自分が生死不問の賞金首となる理由を作ったのも彼女なら、賞金首狩りである私に倒されたのも彼女なのだ。言ってみれば、それは正当な取引だった。ただ、私の心に引っ掛かっていたのは、彼女が私の昔の相棒であり、彼女がそう変わってしまった一因は私に有るのかも知れないと思えたところだった。

 自分の失敗の責任に耐えかねて、彼女は自分自身を悪だと思い込もうとしたのかも知れないと私は思った。正直言って、そう考えると彼女が哀れに思えた。しかし、冒険者はそんなものに負けてはいけないのだ。事実、彼女は冒険者から犯罪者になってしまった。

 最終的には、最も単純な原理で決着がついたのだった。彼女は私より弱かったから死んだのだった。それは恐らく、肉体的によりも、精神的に。

 そして、残された結果はこうだ。彼女は死んで、私は生き残った。残酷な言い方になるが、これは事実だ。彼女の人生は終わったが、私の人生は続く。これからも、冒険者として。

 強引にも思えたが、私の心の中で一つの決着がついた。そして、私は深い眠りに落ちた。



 次の日……。


 衣装棚の扉を開き、その内側に付いている大きな鏡を覗き込む。皮鎧を身にまとい、左腰にニンジャ・ソード、右腰にスローイング・ナイフを下げた私がそこに居た。そして、薄いピンク色の口紅を引いていた。


End of Story "Raven" from "Record of Ace".


 恐らく、夢膨らむ普通の「剣と魔法物」の小説を期待して読んだ方には、この話は消化不良な感じがしたかと思います。

 エース達は、(この話読んで下さった方々が――恐らく――そうであるように)決してそれほど突飛な世界に居る訳ではなく、破天荒な行動をしている訳でもありません。ただ、私達よりはほんの少しだけ、冒険や死が身近にある世界に住んでいるのです。

 死が身近にあるというのは、不幸なのでしょうか? 私は、一概にはそうとは言えないと思います。死が身近にあるからこそ、生きる事の意義や価値を見出せる事もあるからです。勿論、死が身近に無くても、それを見出す事が出来れば、それは素晴らしい事なのですが。

 そういった意味で、「真剣勝負」や「戦い」、「生きる事」をテーマにした既存の話に対するオマージュも、この話の中には沢山込められています。TVドラマ「コンバット」の中の「三人の新入兵」とか、ロバート・A・ハインラインのSF小説「宇宙の戦士」など、実際に気が付かれた方も少なくはないと思います。そして、それらが(僭越ながら、可能ならばこの話も含めて)扱っているテーマというのは、永遠の物だと思います。


 さて、「ゲーム的」と評される事もあったこの話ですが、この話自体の殆どはエースのモノローグです。よって、たとえ背景なり設定として存在していても、彼女の認識していない事は書かれていません。が、何かヒントになる事は書かれていたりします。それが何なのか、ゲーム感覚で探してみるのも良いかも知れません(笑)。

 あるいは、なんらかのゲームの中で安易に「死」と接している方は、これを機に、その「死」の重みという物を感じてみる(もしくは、再び考えてみる)のも良いかも知れません。それによって、そのゲームの味わいも深みを増すかも。


 さぁ、エース達もまだまだ成長の途中です。そして、彼女達の戦い(というか、日常生活)は、まだまだ続きます。あなたの日常生活がこれからも続くのと同じように。


 この話が少しでも、読んでくださった方の勇気や活力にでもなれば、またあるいは、「真剣勝負」というものについて考えるきっかけにでもなれば、作者としてはこの上無い喜びです。


 なお、この小説に登場してくる魔法の体系に関しては、FTL GAMES社の「Dungeon Master」を参考にしました。


瑞原螢


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