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エース戦記  作者: 瑞原螢
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ソード・オア・マジック

 魔法使いが実際に魔法を使っているところを見るのは、かなり稀な事だ。彼らは御伽話ほど頻繁に魔法を使う訳ではないからだ。勿論、日常生活ではその必要性が無いし、むしろ地域や宗教によっては、魔法が忌み嫌われたり、あるいは法的に処罰の対象になる事もあるというのが大きな理由の一つだが、魔法使い自体が稀な才能と努力の結晶の持ち主であるために、その絶対数自体が多くなく、魔法使いに会う事自体が稀だからだとも言える。

 逆に、魔法使いがいても、魔法さえ使わなければその存在に気が付かない事も多い。これは私も後になって知った事なのだが、魔法使いの中でもすぐにそれと分かる格好をしているのは精霊魔法や召喚魔法を使う者だけらしい。そして、彼らだって魔法を使う必要が無い時はそんなに分かりやすい格好をしているわけではない。それは勿論、日常生活での利便の問題だったり、不必要に身分を明らかにする道理がなかったりという理由からだ。


 世間一般程ではないが、我々冒険者の中でも魔法使いは珍しい存在だ。それ故に、魔法を実際に目にした者がそれに魅せられ、自分も魔法を使えるようになりたいと思う事も多い。とりわけ、冒険者の中で最も数の多い剣士が、最も数の少ない魔法使いに憧れる事も良くある事なのだ。今、平然とこう語っている私もまた、その一人だった。

 勿論、当時でも、私は魔法使いが数少ない存在である事は知っていたが、それは単に魔法を習得する方法が一般に知られていないからだと思っていたのだ。それもまた事実ではあるのだが、それ以上に魔法の習得には才能と努力が必要なのだ。ましてや、その魔法使いよりもさらに稀な存在である魔法剣士(一部では「聖戦士」と呼ばれる事もある)になりたいと憧れた事もあったのは、今になってみれば、我ながら恥ずかしいぐらいのとんでもない身の程知らずだったと思える。


 私とウルフトラップが出会った頃は、二人とも魔法に関する知識は似たり寄ったり、殆ど無いのに近い状態だった。もし私達が自分のパーティーに魔法使いを迎える事が無かったならば、それは一生変わらなかったかも知れない。そう、私達の魔法に対する認識が大きく変わったのは、リンクスとエルダーに会ってからなのだ。


 私とウルフトラップがリンクス達に会ったのは、まだ他にパーティーメンバーとなる仲間が見つからず、二人で賞金首を追っていた時の事だった。



 ウルフトラップは既に、扉に何か罠が仕掛けられていないかを調べ始めていた。

 「この家ね」

 私は、隣にいるウルフトラップに辛うじて聞こえるような小さい声で言った。私達はかなりの手間を掛けて、その賞金首の隠れ家を探し当てたのだった。そして、町外れに有るその隠れ家の前に来ていたのだ。

 扉を調べ終わったウルフトラップは、うなずきながら同じく小さな声で答えた。

 「俺が先に入る。左側を押さえるから、エースは続いて入って右を見てくれ」

 私もうなずき返し、剣を鞘から抜いた。ウルフトラップも剣を抜き、一旦振り返って私の用意が出来ているのを確認してから、隠れ家の扉を蹴破った。

 ドバンッ!

 扉は少々派手な音を立てて開き、ウルフトラップが中へと飛び込み、私も続いた。しかし、その時点で目的の賞金首の姿は目に入って来なかった。その代わりに、嫌な予感のする物が目に入ってきた。開け放されたままの裏口の扉である。

 「逃げられたか?」

 ウルフトラップはそう言いながらも、すぐにその裏口から飛び出すようなうかつな真似はしなかった。私達はそう広くない部屋の中に賞金首が隠れられそうな場所――衣装棚など――を探したが、やはり見つからなかった。

 「やっぱり、逃げたみたいね」

 私がそう言った直後だった。

 「ギャッ!」

 裏口の方、家の外から悲鳴がした。とっさに裏口から飛び出したい衝動に駆られたのだが、実際にそうするほど私達はうかつではなかった。入り口の扉を入るときもそうしたように、扉に罠が仕掛けられていないかをウルフトラップが調べた。扉というヤツは空いているか閉まっているかに関わらず、罠を仕掛け易い物なのだ。

 ウルフトラップが手早く扉を調べ終わり、私達は裏口から外へ出た。そこには二人の男が立っていて、その足元には賞金首が倒れていた。

 「あちゃ~……」

 恐らく状況をほぼ正確に把握しただろうウルフトラップは、剣を収めながら落胆の声を上げた。立っていた二人の男は、私達とそう変わりない格好をしていた。つまり、彼らも冒険者で、この賞金首を追ってきたのだろうという事は容易に想像出来るのだ。ただ、私が唯一疑問に思ったのは、二人の男の片方――少しばかり背の低い、向かって右側に立っていた方――が剣を持っておらず、代わりにまるで魔法使いが持っているような木製の杖を持っていた事だった。私ももう既に必要が無いと思い、剣を収めた。

 その二人も私達の突然の出現に少々驚いていたようだったが、やはり状況を正確に把握したらしく、それ以上の動揺は見られなかった。

 「あ~、やっぱりあんた達も賞金首狩りかい?」

 ウルフトラップは自分の悲観的な推測が正しい事を確かめるために、その二人組に対して質問を投げ掛けた。

 「ん……、そうだが」

 背の高い方の男が答えた。それを聞いて、このままでは全くのくたびれ儲けだと判断したのか、ウルフトラップは無謀とも言えるような提案をした。

 「いや……、実は俺達もこの賞金首を追って来たんだ。色々苦労したんだが、このままじゃくたびれ儲けだ。無茶な言い種だと思うが、少しは俺達にも分け前を分けて貰えないかな?」

 私が傍で聞いていても、それは余りにもずうずうしい提案だった。そんな事は、恐らく彼自身も分かっていて、彼なりに恥を忍んでの事だったのだろう。

 しかし、幸運を手にいれるためには、時には恥を忍ぶことも必要だと、私は思い知らされる事になるのだった。

 二人組にとってもその提案は意外だったらしく、それを聞いた二人はお互いに顔を見合わせた。そして背の低い方がうなずくと、高い方が私達の方へ向き直り、それもまた意外な答えを返した。

 「いいだろう」

 その答えには私も驚いたが、提案したウルフトラップの方はもっと驚いたのか、目を丸くしていた。

 「但し……」

 但し、だった。こっちの方は予想通りだった。何の見返りも無くそんな虫の良い提案を飲んでくれる冒険者など皆無だろう。というか、もしそんな冒険者がいたとしても、私はそんな相手は信用出来ない。

 「こっちの条件を飲んでくれたら、という事にしよう」

 最初の答えを聞いた時からある程度予想は出来ていたのだろうが、ウルフトラップは少々厳しい顔になって聞き返した。

 「……で、その条件ってのは」

 「単純明快な話だ。俺達の仲間になって欲しい」

 今度は、私とウルフトラップが顔を見合わせる番だった。

 「あんた達のパーティーのメンバーになれと?」

 ウルフトラップは確かめるように聞き返した。男は声は出さなかったが、両の眉を上げて表情を明る目にすると、大きくうなずいた。

 私達は、もう一度顔を見合わせた。そう、パーティーのメンバーを探していた私達にとっては願ってもない話だったのだ。唯一問題が有るとすれば、この二人組の実力がどの程度だかというのを把握出来ていない事だった。もっとも、私達と同じようにこの賞金首を探し当て、そして仕留めたのだから、全くの役立たずとか腰抜けという訳ではないのだろうが。

 私は妙に可笑しくなった。今まで探してきても見つからなかった仲間が、ひょんな事から手に入りそうになっていたからだ。ウルフトラップの表情も、笑いをこらえているように見えた。私は、私達どっちかが声を上げて笑い出す前に答えを返さないとまずいと思い、ウルフトラップに向かってうなずいてみせた。彼は、男の方へ向き直ると、恐らくわざとだろうと思える低い声で答えた。

 「分かった。仲間にならせてもらおう」

 私達は、まだ笑いをこらえていた。


 「俺はリンクスと呼ばれてる。今は二人だけだが、ウチのパーティーのリーダーをしている」

 背の高い、がっしりした体格の男の方が言った。彼は、皮製の鎧を身に付け、レイピアを腰に下げていた。その時のリンクスは、私達が見慣れている甲冑に長剣のスタイルをしてはいなかった。これは、当時とそれ以後の彼の装備が違っていたという訳ではなく、するべき行動の目的によって装備を変えているのだ。つまり、その賞金首狩りの時も、目的に合ったその装備を選んでいたという訳だ。

 「始めに言っておくが、自分の身は自分で守る事だ。それが出来そうにないなら、我々のパーティーに入ろうなどとは思わない方がいい。探索中は各人がそれぞれ自分の役目をこなす。そして、モンスターとの戦闘になれば我々は協力して戦うが、勘違いするな。全員が自分の身を守るために協力して戦うだけだ。誰かに助けて貰おうなどとは思うな。万一、そんなことがあったとしても、それはたまたま運が良かっただけだ。自分と仲間の両方が危険だったら、まず自分の身の事を考える。それが我々のやり方だ。そして、それが我々が今まで生き抜いてきた方法だ。それが嫌なら、我々のパーティーには入れないが、それでも仲間になれるか?」

 リンクスが自分のパーティーの方針について説明した。それに関しては私達も異論は無かった。

 「私は構わないわ。ウルフトラップは?」

 私は即座に答えた。ウルフトラップにも迷いは無かったのか、彼もすぐに答えた。

 「俺も問題無い」

 「そうか。……で、こっちがエルダー。魔法使いだ」

 「え?」

 リンクスの紹介を聞いて、私とウルフトラップは全く同時に疑問の声を上げた。それはエルダーの格好が、あまりにも私達のイメージする魔法使いと違っていたからだ。彼が装備している物の中で魔法使いらしい物と言えば、その右手に持たれた杖だけだったのだ。

 私達の反応に対して、エルダーは驚いた様子も無く、落ち着いた雰囲気で会釈を返した。多分、自分に対して私達のような反応をされる事に慣れているのだろう。

 「どうした? 自己紹介してくれないのか?」

 リンクスの声で私は我に返った。

 「ごめんなさい。私はエースって呼ばれてるわ。……で、こっちが……」

 「俺はウルフトラップってんだ」

 ウルフトラップも、少々慌て気味に答えた。が、彼はすぐにニヤリと笑いながら言葉を続けた。

 「じゃぁ、合わせて四人になっても、リンクスがリーダーって事でいいな?」

 「え? あぁ。そっちが良いならそれで構わないが……、いいのか?」

 今度はリンクスの方が面食らったような感じになり、私の方へと顔を向け直して問い返した。

 「え? えぇ……」

 私は考える事も無く、その場の雰囲気で、勢いでうなずいていた。とは言え、後で考えたところで、その時の判断は間違っているとは思えなかった。というのも、私もウルフトラップも性格的にリーダー向きではないと思えたからだ。それなら、自分からリーダーを名乗っているリンクスに任せておくのが得策というものだろう。

 こうして、四人のパーティーが出来、そのリーダーが決まった。



 私達は、街に戻り、賞金を受け取った。リンクス達は賞金を均等分けにしても良いと言ったが、流石にそれは気が引けたので断り、それより少しばかり少ない額を受け取った。もっともウルフトラップの方は、黙っていたらそのまま受け取っていたかも知れない。私がその申し出をした時、彼の顔には不満そうな陰がちらりと見えたような気がしたのだ。それに気が付いた私は、彼に向かって「強欲な事を考えてんじゃないでしょうね?」と釘を刺したりもした。彼はかぶりを振って否定していたが。


 四人が同じパーティーになったので当たり前と言えば当たり前なのだが、私達は同じ宿を取った。そこは小さい部屋が多くあるタイプの宿だったので、一人に一部屋の個室という事になった。

 私は、部屋に入って普段着に着替えてから一息ついた。が、ふと思うところが有り、私はスカートに穿き変えた。

 部屋を出てエルダーの部屋の前まで行くと、そこには丁度、同じく普段着に着替えたウルフトラップが来ていた。

 「何してんのよ」

 その声で初めて私も来ていた事に気が付いたらしく、びっくりした様子で私の方へと振り返った。シーフらしからぬ(とは言っても、日頃も探索中ほど気を張っている訳にはいかないので、無理からぬ事なのだが)その反応に私が笑っていると、ウルフトラップはその慌て具合を隠すかのように、何故だか怒ったような口調で答えた。

 「何を笑ってんだよ。……いやな、魔法使いの生態ってのに興味が有ってな。折角、魔法使いがそばにいるんだから、色々聞いてみたいと思ったのさ。……って、お前こそ何だよ、その格好は」

 今度は、私の方が痛い所を突かれる番だった。そもそも、私が普段着としてスカートを穿く事は滅多に無く、その事はウルフトラップも良く知っていて、私がこういう格好をしているという事は、何らかの特別な意味が有るという事も知っているのだった。

 「えぇと……。ほら、やっぱり、魔法使いって興味有るから……。それに、折角あらたまって話を聞かせて貰うなら、それなりの格好をしてた方がいいかな、と……」

 私の答えは全くしどろもどろだったと思うが、ウルフトラップはそれ以上突っ込む事はしなかった。多分、当面の自分の興味の方が優先されたのだろう。

 「まぁ、いいや。目的は同じだろ」

 彼はそう言うと、続いてエルダーの部屋の扉に向かって声を上げた。

 「エルダーさん?」

 「開いてますよ。どうぞ」

 エルダーの声を聞いて、ウルフトラップと私はいそいそと部屋に入っていった。部屋の中ではエルダーがやはり普段着で、恐らく自分の物であろうレイピアの手入れをしていた。その、私が持っていた魔法使いのイメージから遠い姿を見て、私は「この人は本当に魔法使いなのかしら?」と思ったりもしていた。この時に見掛けたのが、彼がゆったりしたローブを着て厚くて何やら難しげな本を読んでいる光景だったら、私の疑問も起きなかったのだろうが。

 私は、エルダーの歳はウルフトラップと同じぐらい、つまり私より少し年上ではないかと思っていた。本当はもう少し上に見えたのだが、落ち着いた雰囲気のためにそう見えるのだろうと考えていたのだ。勿論、後で分かったことだが、これは実際にそうで、私以外の三人は同じぐらいの歳だったのだ。


 「やぁ、いらっしゃい」

 エルダーは私達の姿を認めると、手入れしていたレイピアをしまいながら、椅子から立ち上がって言った。そして、私達をベッドの上へと座らせた。一人用の狭い部屋なので、ライティング・デスクの所に有る椅子――エルダーが座っている――以外には部屋に椅子が無いのだ。多分、私達に椅子を譲るにしても一人しか座れないと思ったので、ベッドに座るように促したのだろう。

 「さて、何かお話が有るんでしょう?」

 エルダーは椅子に座り直して、ニコニコしながらそう言った。もしかすると、生まれつき人と話をするのが好きな人なのかも知れない、と私は思った。

 「あの~……」

 ウルフトラップのことだから、いきなり単刀直入に本題を切り出すものだと私は思っていたのだが、この時はそうではなかった。

 「リンクスって、どんな人だい?」

 私の期待ははぐらかされたが、この質問にも興味が有ったので、私はエルダーの返事を聞く方に集中する事にした。

 「ん……、腕の立つ剣士ですよ。人間的にも立派ですしね」

 エルダーは笑顔のまましゃべり続けた。きっと、エルダーにとってもリンクスという人間は誇りなんだろうと、私は思った。

 「リーダーとしても有能ですよ。彼はもともと傭兵で、小さな部隊とはいえ、指揮をとっていた事もあるそうですから」

 「へぇ……。で、彼はカタブツなのかい?」

 ウルフトラップらしい質問だった。彼にとっては、陰気だったり、真面目過ぎたりする仲間というのは付き合いにくいという事なのだろう。もっとも彼の事だから、たとえそういう相手でも、何か見つけてはおちょくろうとする事だろうが。

 「そう見えますか? ……そうかも知れませんね」

 エルダーは愉快そうな顔で、一旦上に視線を移して、それからウルフトラップの方へと向き直って話を続けた。

 「真面目は真面目ですが、カタブツと言うほどではないですよ。あれで結構、悪戯好きですから。まぁ、私も似たり寄ったりだと言われますけどね」

 「ふ~ん……」

 ウルフトラップは取り敢えず安心して、そして、次の話題を切り出すタイミングを考えているように見えた。


 「ところで、エルダーさん……」

 「『さん』は要らないですよ。『エルダー』でいいです。私も、『さん』抜きで呼ばせて戴きますから」

 「あ、あぁ。……魔法って、難しいのかい?」

 ウルフトラップの質問はどうにも間が抜けていたが、かといって、他にどう質問を切り出したら良いのかと考えると、無理もない質問だったのかも知れない。

 「ん~……、それ自体が難しい質問ですね。ただ、ある程度の素質を持っていて、それなりの努力をしたなら、魔法を使う事は出来るようになると思いますよ」

 エルダーは淡々と言ったのだが、ウルフトラップは徐々に身を乗り出し加減になって話を続けた。

 「それって、俺でも魔法が使えるようになるって事かい?」

 短絡的な質問だったが、これも私達にとっては最も興味の有る事だった。

 「そうですね。十分に可能性は有ると思いますよ。ただ……」

 「ただ?」

 ウルフトラップはけげんそうに聞き返した。

 「問題は、魔法を使える事に、どれぐらいの価値を見出せるかという事です」

 「価値? だって、魔法が使えたら便利じゃないか?」

 「便利……は、確かにそうです。でも、それにはそれなりの対価が必要だという事です。さっきも言った通り、魔法が使えるようになるには、それなりの努力が必要なんです。それでですね、たとえば……」

 そこまで言うと、エルダーは手の平を上にした右手を、肩の高さぐらいに出した。そして、そこに視線を向け意識を集中させると、小さな声で呪文を唱えた。

 「ロー・フル!」

 すると、彼の手の平より少しだけ上に、小さな火の玉が現れた。

 「あ!」

 私もウルフトラップも、これだけ間近で魔法を見たのは初めてだった。手品とは明らかに違うその現象を目にして、私達は思わず声を上げていた。

挿絵(By みてみん)

 火の玉は弱い光を放っていたが、暫くして徐々に光が弱くなり、やがて消えて無くなった。

 「努力をして、こんな魔法が使えるようになったとしましょう。でも、灯りが欲しいなら、これに火を点けたほうが簡単でしょ?」

 エルダーは、ライティング・デスクの上に有った、オイル・ランプを指差した。ウルフトラップは、それでも納得し難いという風に首を傾げながら質問を続けた。

 「でも、魔法なら火を起こす手間も無いし、油も要らないだろ?」

 「確かにそうです。でも、火を起こす手間が無い代わりに魔法を使うという事自体の手間が有りますし、油が要らない代わりにマナが必要なんです」

 「マナ?」

 聞き慣れない単語を耳にして、私は思わず聞き返していた。

 「ん……。説明が難しいんですけど、……簡単に言えば、精神力、みたいなものだと思っていいと思います」

 「ふ~ん、そのマナってのを使うのが、そんなに問題なのかい?」

 ウルフトラップの質問攻撃はまだまだ続いた。

 「そうですね……。ん~、じゃぁ、こう考えてみてください。……そう、イメージ的に難しいかも知れないですけど、仮に精神力と体力の『力』が同じ物差しで測れたとしてください。そう考えると、同じ量の精神力を使った場合と体力を使った場合では、その効果が違ってくる訳なんです」

 ひどく難しい事をあっさりと言われたような気がして、私はそれを頭の中で整理しようとしていたため、問い返すことも出来なかった。ウルフトラップもそれは同様だったらしく、彼も難しい顔をして、その視線は宙を泳いでいた。私達のそんな様子に気が付いたのか、エルダーはもう少し噛み砕いた説明をしてくれた。

 「たとえば、ある敵を攻撃する場合を考えてください。攻撃魔法の代表的なものにファイヤー・ボールというものが有ります。これは、あなた達も知っているかも知れませんが、命中すると爆発する火の玉を目標に向かって飛ばすというものです。自分の手で攻撃するには殴るという方法が一般的ですが、殴るという攻撃法とファイヤー・ボールを撃つという攻撃法を比べると、ある体力を使って殴るのと、それに使う体力に相当するだけの精神力を使ってファイヤー・ボールを撃つのでは、殴る方が相手に与えるダメージが大きい、つまり、より効果的だという事です」

 「それじゃ、魔法を使う意味が無いんじゃ……」

 ウルフトラップは、がっかりしたような、それでいてまだ疑っているような口ぶりで言った。

 「そうです。単に、使った『力』に対して相手に与えるダメージの効率という事を考えれば、確かにそうです。でも、それだけなら誰も魔法を使ったりはしないはずでしょう? 魔法を使う場合には、別の利点が有ったりするのです。ファイヤー・ボールを撃つという攻撃法には、殴るという攻撃法には無い利点が有るのです。それは……」

 そこまで説明を聞いて、私の頭の中には何故か鮮明なイメージが浮かんできた。そしてそれは、自分の口を突いて出て来た。

 「遠くの敵に攻撃出来る!」

 エルダーは私の方を見てニコッと笑うと、右手の人差し指を立ててから、その指で私の方を指差しながら言った。

 「その通り」


 「ところで、エルダーさ……、いえ、エルダーはなんで、あんな格好をしているんです? 私は、魔法使いっていうのは、ローブを着ているものだとばかり思っていたんですけど……」

 今度は私が、あまりにも単純な疑問をエルダーにぶつけてみた。

 「そうですねぇ。普通の人の持ってる魔法使いのイメージっていうのはそんな感じなのかも知れませんねぇ」

 彼は、苦笑しながら答え始めた。

 「端的に言うと、私が使う魔法は、別にローブを着る必要が無いって事です」

 「え? 魔法の種類で違うと……?」

 「そう。魔法には大きく分けて三種類が有るんです。召喚魔法、精霊魔法、それに私が使う古代語魔法です」

 「じゃ、古代語魔法を使うなら、ローブは着なくていいって事なの?」

 「そう。……と言うか、召喚魔法や精霊魔法を使う方が、ローブを着なきゃならない場合が多いと言う方が正確かな」

 「何故、召喚魔法と精霊魔法はローブを着ないといけないんです?」

 「それには、召喚魔法と精霊魔法に付いて説明しないといけないかな? ……召喚魔法や精霊魔法ってのは、私達の居る世界とは別の世界からの助けを呼ぶ魔法なんです」

 「別の世界?」

 「別の世界と言っても、遠い場所とかではないんです。普通は私達からは見えなかったり、感じられなかったりするだけで、確かに存在するという世界だったり住人だったりするんです。その、違う世界の住人を私達の世界へと呼び出すのが召喚魔法で、私達の世界に存在するけど見えない住人を呼び出すのが精霊魔法という感じですね」

 「でも、違う世界にいる住人を呼び出すのって、凄い事じゃないの?」

 「そうなんです。普通、我々が彼らの居る世界に影響を与えられないのと同じで、彼らが我々の世界に影響を与えるのも難しい事なんです。つまり、自分が本来住む所と違う世界に出現するという事自体が、凄く『力』の要る事で、さらにその先で影響を与えるとなると、本来彼らが持っている力のごく一部しか発揮できないという事になるんです」

 私には「違う世界」という物自体が漠然とし過ぎていて分かりにくかったが、取り敢えず、「そんなような」物だとして理解しておく事にした。そして、エルダーに元の疑問を聞き直した

 「……で、ローブを着ないといけない理由は?」

 エルダーは笑みを浮かべながら話を続けた。

 「あぁ、その話でしたね。……そうした召喚魔法で呼び出される彼ら、……一般に召喚獣と呼ばれてますけど……、召喚獣や精霊魔法で呼び出される精霊の多くが、金属や皮の殆どや、その他、特定の材質なんかを嫌うんです」

 「嫌う?」

 「そう。嫌う理由も様々ですけどね。それが有ると力が弱まってしまうので苦手だっていう理由から、単なる好き嫌いの問題までね」

 「ローブだと平気な訳?」

 「まぁ、大体のヤツはね。特に絹のローブを嫌う召喚獣や精霊は極めて稀ですから。ローブって、普通、金属や皮は付いていないでしょ? それに、絹という素材を嫌うヤツも少ないんですよ。まぁ、どちらにも例外はいるんですけどね。だから、どうしてもそういった服装をしないで召喚魔法や精霊魔法を使いたいなら、そういう天邪鬼みたいな召喚獣や精霊を探さないといけない訳になりますね。もっとも、そうして探し出した珍しいヤツが使い物になるかどうかってのが、また問題かも知れませんね」

 「でも、嫌いな材質が有るという事は、逆にそれを巧く利用する事も出来るんじゃないの?」

 「そう。それが、いわゆる『御守り』ってヤツです。召喚獣や精霊が苦手な材質や形を利用して、その力を弱めようという訳です。まぁ、効果に関しては、本当に効果が有るものから全くのまがい物まで様々ですけどね。あと、人間の社会と同じで、ある場所に、呼び出そうとしている召喚獣や精霊自身より強い支配力を持つ者が存在したりすると、その場所には呼び出せないことが有りますね。勢力的に中立に近いか、自分の勢力圏内である場所じゃないと出て来れないという訳です」


 「ふ~ん……」

 私は、魔法、というか世の中の仕組みというのは巧く出来ているもんだ、と、良く分からない事を感心していた。一方のウルフトラップは、未だに魔法を使うことに関する損得勘定にこだわっていたようで、再びそれに関する質問をエルダーに浴びせた。

 「でもさ、そんなに装備に気を使わなきゃいけないって事は、充分な防具を身に付けられないって事じゃないのかい?」

 「そういう事になりますね」

 「だったら、わざわざそんな危険に身を曝すような真似をしてまで、召喚魔法とか精霊魔法とかを使う必要が有るのかい?」

 「それも、さっきのファイヤー・ボールの話と同じ理由ですよ。別の点で長所が有るんですよ」

 エルダーは少しばかり狡そうな笑みを見せながら、愉快そうに話を続けた。

 「実は、召喚魔法や精霊魔法は、殆どマナを使わないんです」

 「えっ?」

 今度のウルフトラップの驚きは、少しばかり明るい声が伴っていた。彼には、魔法に関してどうにも現金な考えが付いて回っているらしい。

 「それなら、魔法を使い放題みたいなものじゃ……」

 ウルフトラップは興奮気味に言ったが、エルダーはやはり少しだけ意地悪そうに笑いながらかぶりを振り、ウルフトラップの希望的観測を否定した。

 「いえ、実は、マナが要らない代わりに契約というものが必要なんです」

 「契約?」

 ウルフトラップはまたしても疑問の声を上げたが、私もその「魔法」という現実離れしたものとは懸け離れた「契約」というひどく現実的な言葉が出て来た事に驚いて、聞き返していた。

 「契約って、商売とかの取引の、あれ?」

 「そう。基本的には一緒です。あらかじめ召喚獣や精霊か、あるいは彼らを統べている、より上位の者と契約しておかなければいけないのです。術者が彼らを使う以上、報酬を与えるのも当然でしょ?」

 「は、そりゃそうだ」

 ウルフトラップは、納得したような、それでいて飽きれたような声を上げた。

 「で、契約では、術者が彼らを使う方法や、回数、期間等と、それに対する報酬等が決められるんです」

 「まるで傭兵みたいね」

 私はひどく魔法が現実的なものに思えるような気がして、そんな事を口にした。

 「そんな感じです。まぁ、実際には、ちょっと面倒な契約の儀式みたいなものも有るんですけどね」

 エルダーは、殆ど同じなんだと言いたげな感じに、軽く言い放った。が、ウルフトラップはそれを全く気にしていない様子で、自分の疑問の方を投げ掛け続けていた。

 「で、報酬って、何を与えるんだい? まさか金とかじゃないだろう?」

 エルダーはちょっと考えるようなふりをしながら答えた。

 「う~ん……。お金が報酬という事も有りますよ。でも、そういうケースは少ないですね。報酬の内容は様々です。宝石や銀を要求される事が多いですね。特に、魔法の力を封じ込めたり、マナを込めてある宝石や銀を欲しがる事が多いです」

 「え? 連中は金属は苦手じゃなかったのかい?」

 「えぇ、そうなんですけど、どうも銀だけは別らしいんですよ。勿論、これにも例外はいますけどね。それに、銀は体積の割にマナを込められる容量が大きいんです。銀というのは色々な意味で魔法と相性がいいんです」

 「ちょっと待って。マナって精神力みたいなものだってさっき教えて貰ったけど、それが銀とかに込める事が出来たりするの?」

 今度は私が疑問を割り込ませた。

 「それが、精神力とマナがちょっと違うところですね。マナは、術者の素質や訓練の度合いによってその容量が違うんですけど、術者の身に付けている物にも溜めておく事が出来るんですよ」

 「身に付けている物って、服とか武器とかにも?」

 「そうですよ。まぁ、効率の良し悪しは有りますけど、大抵の物にマナを溜める事は出来るんです。ほら、魔法使いのイメージというと、よく杖を持っているでしょう? 私も持っていますけどね」

 そう言って、エルダーはライティングデスクの横に立て掛けてある杖を指差し、さらに話を続けた。

 「あれはもともと、マナの容器として持っているんですよ。それに、自分のマナが満たされたマナの容器というのは自分の体のように使えますから、その杖から魔法を放ったりする事も出来るんです」

 「へえぇ~……」

 子供だった頃からの疑問の一つが氷解したような気がして、私は思わず感嘆の声を上げていた。

 「それに、本人は気が付いていないだけで、あなた達の体や身に付けている物にだって、マナは溜っているんですよ」

 「えっ?」

 今度、感嘆の声を上げたのは、ウルフトラップの方だった。

 「それじゃ、使わないと損じゃないか!」

 それを聞いて私は思わず苦笑してしまったが、エルダーも苦笑しながら答えた。

 「そう考えられなくもないですね。でもまぁ、基本的には体力とか精神力みたいなものですから、それらを使わないと損と思うかどうかっていう話と同じですね。マナも体力や精神力と同じで、使えば減りますけど、生きている限りは、時間が経てば自然と回復しますしね。それ以前に、魔法を使えるようになる迄には、それなりの努力が必要ですしね」

 そこまで説明した彼は、少し視線を上げて何か考えるようなそぶりをして間を開けてから、話を続けた。

 「え~と……。報酬の話でしたよね。……宝石や銀以外にも、場合や相手によって色々な要求をされます。食べ物を欲しがる事も少なくないですね。中には、ある種のモンスターなんかと同じで、コップ一杯の牛乳で働いてくれるのもいますよ」

 「へぇ。そいつはきっとエースとお友達になれ……、イテテッ!」

 ウルフトラップの台詞は悲鳴で途切れた。彼の足が私の足の下に入り込んで潰されていたからだ。エルダーは不思議そうな顔をしたが、さらに話を続けた。

 「まぁ、その程度で働いてくれるのは、大抵、力も大したことがないんですがね。私達の世界の取引と同じで、大概は、強い召喚獣や精霊と契約を結ぶにはそれなりの大きな見返りが必要なんです。マナを吸い取って自分の力に変換したりするのはまだ可愛い方で、魂自体や、逆に体や、命なんてのを要求するのもいますからね」

 「そりゃ怖いな。でも、魂とか体とか命なんて、貰ってどうするのかねぇ?」

 私のことを睨むのをやめたウルフトラップが、足をさすりながら言った。

 「魂とか命ってのは、それ自体が彼らの生命力を高めるらしいですね。体の方は、それを乗っ取って、本人のふりをして悪さをしたりとかもするらしいですが。どちらにせよ、私はそんなのは御免ですけどね」

 エルダーは、とんでもない、とでもいう感じで笑いながら首を振った。


 「よお、楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ」

 部屋に笑顔のリンクスが入ってきた。両手には盆が持たれていて、その上には酒の瓶と四つのコップ、それに四個のリンゴが載っかっていた。

 「ずるいぞ、俺を仲間外れにするなんざ」

 彼は、盆をライティング・デスクの上に置くと、エルダーに向かってそう言いながら右手で瓶、左手でコップの一つを取り上げた。

 「済みません。別にそんなつもりじゃ……」

 私がそう言うと、彼は笑いながら否定した。

 「いや、別に怒っちゃいないよ。楽しそうだったもんでね」

 そう言いながら彼は私にコップを渡し、瓶の酒を注ごうとした。が、例によって私がそれを拒んだ。

 「あ、済みません。私、お酒は飲まないので……」

 「こいつは、牛乳なら飲みま……、イテテッ!」

 今度のウルフトラップの台詞も、再び悲鳴で途切れた。が、その意味するところはリンクスにちゃんと伝わったようだった。

 「ん、酒はやらないのか。それは済まなかったな。……んじゃ、ちょっと待っててくれ」

 「え? あ、いえ、ちょっと……」

 私が気を使わせまいとして発した台詞が完成する前に、リンクスは盆の上に瓶を戻すと、部屋から飛び出て行ってしまった。


 「……マメな人だね」

 その様子を見ていたウルフトラップは、全く他人事のように言った。

 「彼のリーダーとしての素質だと思いますよ。こと、メンバーの事をいつも気に掛けています」

 エルダーはしみじみとそう語った。誇り、というより、絶対的な信頼をリンクスに寄せているのかも知れない、と私は思った。そして、私達もそうなれればいいな、とも思った。

 「あんたの直感は正解だったみたいね」

 私が少しばかり皮肉っぽくウルフトラップに向かって言うと、彼も苦笑しながら言った。

 「いやなに、取り敢えず俺はリーダー向きじゃないから。俺以外なら誰でも良かったんだ。でも、リーダー経験者がいるなら、それに越した事は無いだろ。……にしても、正解だったみたいだな」

 ウルフトラップも、私と同じような事を感じ取っていたのかも知れない。


 「なんだぁ、俺の悪口でも言ってたのか?」

 リンクスは再び笑顔で部屋に戻ってきた。今度はその右手にコップが一つだけ持たれていた。

 「まぁ、そんなところです」

 リンクスはエルダーのその答えに苦笑しながら、私の手からさっき渡したコップを奪い取り、代わりに今持ってきたコップを渡した。コップから私の手にヒヤリとした感触が伝わる。中を見るとアイス・ミルクだった。元より氷は安い物では無いが、この暑い地方ではなおさらだ。

 「え? こんな高い物を……、いいんですか?」

 私はちょっとした感激と共に、恐縮して言ったのだが、リンクスは笑顔で、そして軽く言った。

 「なに、お近づきのしるしってやつだ。気にしないでくれ」

 彼はウルフトラップとエルダーにもコップを渡すと酒を注ぎ、最後に自分のコップにも酒を注いだ。そして、私の隣に座った彼は、コップを持った右手を掲げて言った。

 「では、新しいパーティーの誕生を祝って!」

 エルダーが続いた。

 「その前途に栄光あれ!」

 ほんの少し間を置いて、ウルフトラップも続いた。

 「探索でお宝が手に入るように!」

 私も少し遅れて続いた。

 「え~と……、仲間内で喧嘩が無いように!」

 苦笑も笑顔の内だった。

 カツンッ!

 四つのコップが合わさる音が響いた。


 「で、エルダーの所に来たって事は、魔法の話でも聞きに来たんだろ?」

 コップを口から戻しながら、話を再開した。あまりにも見透かされているような気がして、私はちょっと焦りながら答えた。

 「え、えぇ。そうですけど」

 私を挟んで彼と反対側に座っているウルフトラップの方を見ると、やはり焦っているような表情をしていた。

 「うん、そうだろうと思った」

 リンクスはニヤリと笑った後、私達の表情に気が付いたのか、すぐに自分なりの補足を続けた。

 「いや、俺も昔は魔法剣士になりたくて、エルダーに魔法の事を色々と聞いたもんだよ」

 かえってその言葉を聞いて、私とウルフトラップは再び顔を見合わせて焦っていた。私もそうだが、ウルフトラップもほぼ同じ野望を持っていたらしい。どうにも完全に見透かされているようで困っていたのだが、私はその場の話を続けるために無理に質問をした。

 「で、リンクス……さんは、なぜ魔法剣士にならなかったんですか?」

 リンクスは苦笑しながら答えた。

 「さんは要らないよ。……ならなかったと言うより、なれなかったと言う方が正しいだろうな。魔法を使えるようになるのは大変な事だと思うよ」

 ウルフトラップは、怪訝そうな顔をしながらエルダーの方に聞いた。

 「古代語魔法ってのは、やっぱり、呪文を唱えるだけじゃ使えないのかい?」

 「そうですね。実際には、自分のマナをどうやって制御するかが重要ですから、呪文を知っていてそれを唱えれば魔法が使えるという訳では無いです。逆に、卓越した能力を持つ魔法使いなら、呪文を唱える事無しに魔法を使うことも出来ますね」

 「じゃぁ、何のために呪文を唱えるんだい?」

 「そうですね……。たとえば……、涎を出せと言われて、すぐに出すことが出来ますか? それよりも、美味しい料理を見たり、想像した方が出し易いでしょ?」

 彼のイメージからすると、あまりに俗っぽいたとえなので笑いそうになってしまったが、それは分かりやすいたとえでもあった。彼は、私達の顔色をうかがいながら話を続けた。

 「それと同じ事なんです。古代語魔法に使われる呪文は、ルーン文字と言われる物です。その文字の組み合わせを呪文として使うのですが、これは古代魔法文字とも言われていて、それが古代語魔法と呼ばれる所以です。でも、実際にはその文字自体に魔力が有るわけではありません。それぞれの文字は魔法として重要な要素のシンボルになっているんです。それで、そのそれぞれシンボルの意味を正しく理解して、それに自分の意識を集中させる事によって、マナを制御しやすくする訳です」

 「ふぅん……。じゃぁ、ルーン文字ってのも、知ってるだけじゃ魔法は使えないんだな。使える人じゃないと使えない訳か。……て事は、ルーン文字は、杖と同じで、魔法のための道具みたいな物なのかい?」

 ウルフトラップはまたしても残念そうに言ったが、エルダーはにっこりと笑って答えた。

 「いいたとえですね。その通りだと思いますよ」

 きっと私も残念そうな顔をしていたのだろう。エルダーは私の方を見て、逆に質問をした。

 「エースさん……、いや、エース達も魔法剣士になりたいんですか?」

 最初はそう思っていたにも関わらず、実際にそう聞かれて、恐縮している私がそこに居た。

 「え、……まぁ、出来れば……」

 彼はかなり真面目な顔になって答えた。

 「私は、あなた方に魔法を教える事自体は全く構いませんよ。……ただ、かなり素質のある人でも、それなりの努力とかなりの時間が掛かります。それに、魔法の習得は集中して行わないと効果が薄いので、生活時間のかなりの割合を魔法の習得のために裂かなければならないとも思います。勿論、その間は冒険者としての探索は減らさざるを得ないでしょうが、それ以上に、既にあなた方が持っている技術、……たとえば剣技とかの事ですが、それの訓練が充分に行えずに衰えてしまわないかというのが心配です。確かに、魔法の習得は魅力的な事ですが、それ以上に、今持っている技術を失うのは悲しい事です。……まぁ、そのあたりをどうするか決めるのは、あなた達自身です」

 私とウルフトラップは黙ってしまった。気を使ったらしく、リンクスが一言付け加えた。

 「ん……、二人が魔法を習いたいなら、俺は構わんけどな」

 しかし、私の気持ちはもう決まっていた。このエルダーが誇りに思っているリンクスがかつて魔法剣士になる事をあきらめたのだという事実と、折角パーティーとして新しい仲間が増えたのに、そのパーティーのスケジュールに影響を与えるかも知れないという点で、魔法を習得するのには大きな喪失が伴うように思えたのだ。仮に、自分の剣技の衰え等を置いておいて考えたとしてもだ。

 ウルフトラップの顔を見た。残念そうな顔をしてはいたが、その顎は横に振られていた。

 「仕方無いわ。あきらめることにするわ」

 大きなため息と共に、それでも私はエルダーとリンクスになるべく余計な気を使わせないように、努めて明るく言った。


 エルダーはリンゴを服の袖で少しばかり拭くと、そのまま噛り始めた。それを見たリンクスも、そのまま噛り始めた。

 私はリンゴの皮を剥こうと思って、腰に下げているスローイング・ナイフを手探りで探した。目当ての物を探し当てたのだが、そこでようやく、それが変だという事に気が付いた。私は何を勘違いしていたのか、スカートの上にナイフ・ベルトを付けてきてしまったのだ。スカートの下、太腿にでもナイフをくくり付けておけば、それはそれで少々色気の有る絵になるのかも知れないが、これではただの間抜けだった。私は自分のアンバランスな格好に気が付き、恥ずかしさを抑えるために一心にリンゴを剥き始めた。

 ウルフトラップは、私がリンゴを剥き始めたのを見て、競争するつもりか、自分もリンゴを剥こうとした。が、彼は彼でナイフを自室に置いてきていたため、これも何故だか腰に下げたままの短剣を抜いて、それでリンゴを剥く事になった。

 リンクスとエルダーは黙ってその競争を見ていたが、結局そのハンデ戦は私の勝利に終わった。


 自分から仕掛けたしようのない勝負で負けて悔しそうな顔をしていたウルフトラップは、悔しさ紛れなのか、先に口を開いた。

 「エルダー、その杖に触らせて貰えないかい?」

 「えぇ、いいですよ」

 エルダーはライティング・デスクの横に立て掛けてあった杖を取ると、ウルフトラップへと手渡した。いかにも魔法使いが持っていそうなその杖を、どちらかと言うと、ウルフトラップの方が大事そうに受け取った。

 「ん? こりゃ結構重いもんだな」

 両手で杖を受け取ったウルフトラップが、それを片手に持ち変えて重さを確かめるようにしながら言った。そして、それを確かめさせるかのように、私に杖を渡した。見た目からして軽そうには思えないその杖だったが、確かにそれなりの重量は有った。持ち方にもよるだろうが、これを片手で扱うには、やはり、それ相応の筋力が要るだろうと思えた。

 「いざという場合は、魔法使いにとっては格闘用の武器ですからね。やはり、ある程度の重量が無いと。……まぁ、この木はマナの蓄積効率が比較的良いのですが、たまたまその木が重い種類だという事も有りますけどね」

 こんな物を持ち歩いたり振り回していれば、確かに体つきもしっかりするだろうなと私は思った。しばしばリンクスの隣に居るために目立たないが、エルダーもかなりしっかりした体格なのだった。これも、私の御伽話レベルの魔法使いのイメージから、エルダーが遠く離れている理由の一つだった。

 「そうそう、魔法使いの杖というと木の杖が一般的ですけど、お金持ちの魔法使いとかだと、銀の杖を持っている事もありますよ」

 エルダーが私から杖を受け取りながら言った。

 「それって、さっきのマナの蓄積効率の関係で?」

 自分にも解ける問題を与えられたような気がして嬉しくなり、私は言った。

 「その通りです」

 エルダーはまたにっこりと笑った。しかし、私はまた別の疑問を投げかけたくなっていた。

 「そういえば昔、魔法使いが使う物に『ミスリルの杖』っていう物が有るって聞いた事が有るけど、『ミスリル』って、何なんです?」

 「あぁ、ミスリルってのは銀なんです」

 「えっ? じゃぁ、なんで銀と呼ばないんです?」

 「ミスリルっていうのは、銀のある状態のことを指した言葉なんです。銀に魔力を封じ込めたり、マナを込めてある物の事です。だから、別名を魔法銀とも言いますよ」

 「へぇ、そうだったんですか……」

 「狭い意味では、永続的な魔力を封じ込められた銀の事を指すのですけど、実際には長い目で見て永続的な魔力を持たせるのは無理ですから、そういった物は存在しない事になりますね」

 「永続的な魔力を持たせるのは不可能なんですか?」

 「そうですね。魔力を封じ込めることは出来ますが、封じ込めただけで開放されないのなら、外に魔力を及ぼさないので意味が無いですし、外に魔力を及ぼすのなら、徐々に封じ込められた魔力が減少していくので、いずれはただの銀に戻ってしまいます。そう考えると、狭い意味でのミスリルというのは存在しない事になるんです」

 「なるほどねぇ。魔法って、御伽話の中ほど荒唐無稽な物じゃないのね」

 私が感心してそういうと、エルダーは苦笑しながら答えた。

 「済みませんね、夢を壊して。でも、魔法というのはそういう物なんです」



 ここのところ疲れていたのか寝ても夢を見なかったのだが、その晩は久しぶりに夢を見た。

 私は素晴らしい魔法剣士で、剣を振るえば向かうところ敵無し、自分にさえも理解出来ない呪文を唱えれば、大地さえ裂く事が出来た。

 素敵な夢を見たのだが、朝になって目が醒めるとそこには、現実との差を感じて少々がっかりしている自分がいた。


 と、宿の中が騒がしいのに気がついた。部屋から出てみると、宿の従業員の二人の男が、階段から下のホールの方をうかがっていた。どうやら、騒動はホールで起きているらしい。

 「何が起きたの?」

 私がその従業員の片方に聞くと、その中年の男は困った顔をしたまま答えた。

 「へぇ、チンピラが来て暴れてるんでさぁ。なんでも、昨日喰わせた飯が原因で腹をこわしたとか言いまして……」

 「何? 腐った物でも喰わしたの? それはそっちが悪いんじゃないの」

 「いえいえ、古くて家畜にやるための残飯を、連中が勝手に持ってって喰ったんでさぁ」

 私は思わず吹き出した。

 「そりゃ、全く勝手な言い分ねぇ……。でもそれなら、警固隊に突き出せばいいじゃないの」

 「それが……、連中、腕っぷしだけは結構強くて……、ウチの主人も殴られたり蹴られたりしまして……」

 「しょうがないわねぇ……」

 私がそう言うと、突然、ウルフトラップの声がした。

 「おい、エース、まさか余計な事を考えてるんじゃないだろうな? 金にならないもめ事には首を突っ込むなよ!」

 気が付くと、私の後ろにはウルフトラップの他にリンクスもエルダーも揃っていて、話を聞いていたのだった。

 「でもこれじゃ、やかましくてゆっくり休んでられないわ。ねぇ、そうでしょ、リンクス」

 試した訳でも無かったのだが、私はリンクスに向かって話を振った。彼は苦笑しながらも同意した。

 「そうだな。……まぁ、ちょっと落ち着けてくるか」

 私、リンクス、エルダーと、階段を降り始めた。

 「全く、物好きな……」

 結局、ウルフトラップも文句を言いながらついて来た。


 「なんだ、お前らはぁ?」

 暴れ回っていた三人の内の一人が、ホールに降りてきた私達の姿を見て叫んだ。

 「うるさいわね。静かにしてくれないとゆっくり休んでられないじゃないの」

 その男は私が言った台詞にカチンときたようだったが、私を女だと認めて、口元に悪そうな笑みを浮かべながら言った。

 「ほぉ、姉ちゃん、それは悪かったな。お詫びに俺達がたっぷり可愛がってやるぜ」

 他の二人も下品な笑い声を立てた。

 「ふん、女相手じゃ殴ることも出来ない根性無しかい?」

 私の言葉を聞いて、その男はいきり立った。

 「なんだと、このアマ! 言わせておけば……」

 お決まりの台詞と共に、その男は攻撃体勢に入った。しかし、そのパンチは地平線の彼方から近付いてくるほどの遅さだったので、私は難なくそれをよけた。というか彼がパンチを繰り出す前に、私は既に彼の左横に居た。彼のパンチが十分に伸び切る前に、私の左手の平、親指の付け根あたりが彼の顎を強烈に捉えた。

 ガクンと彼の首は振られ、体は床へと崩れ落ちた。パンチよりも早く、彼本体の方が伸びていた。

 と、ホール内にウルフトラップの笑い声が響いた。彼は、私にかかってきた男があまりにも想像通りになったので、ついおかしくて大声で笑ってしまったのだ。

 「てめぇ……!」

 その笑い声に、彼の近くにいた方の男が怒り、ウルフトラップにかかって行こうとしていた。

 「おいおい、俺は何もしていないぜ」

 ウルフトラップは一応そう言ったが、まだ笑っていた。

 「うるせぇ!」

 男はそう叫んで、彼に向かって突進した。

 「この糞アマ……!」

 もう一人の男も叫んで、私に向かって突進して来た。が、両方の男とも、目的を果たす事は出来なかった。私もウルフトラップも、ひょいと体をかわしたからだ。

 私に向かって突進した男は、私の所を通り過ぎ、そのままバランスを崩し気味に走って行った。その先にはリンクスが居た。次の瞬間、男は背後からリンクスの太い腕でその首を裸絞めにされていた。

 一方、ウルフトラップに向かって行った方の男も、バランスを崩して走っていた。そして、その先にはエルダーが居た。彼は身をかわすと足だけをひょいと男の通り道に出した。男は見事にその足に引っ掛かり、ちょっとした勢いで床にうつ伏せに倒れた。エルダーはそれに馬乗りになると、男の手を後ろ手に絞り上げ、動けないようにした。

 リンクスの方を見ると、彼は男を捕まえたまま私にウインクしてみせた。私も彼にウインクを返した。ウルフトラップはエルダーと視線が合うと、ニヤリと笑って右手の親指を立てて見せた。エルダーも同じサインを返していた。


 私はこの時、このパーティーは巧くいくかも知れないと思った。



 警固隊にチンピラ共を引き渡して宿に戻ってくると、そこでは宿の主人が私達の事を出迎えた。あの男たちに殴られたのか、顔を腫らしてはいたが、表情を笑顔にして言った。

 「いやぁ、助けていただきまして有難うございます。あのままではどうなっていた事やら……。大したお礼は出来ませんが、本日のあなた方の宿泊代と御食事代を無料にさせていただきます。どうぞ、ごゆっくりおくつろぎ下さいませ」

 それを聞いて一番目を丸くしていたのはウルフトラップだった。私はニヤリと笑って彼に向かって言った。

 「悪くないでしょ?」

 「……負けたよ」

 彼は苦笑しながら言った。リンクスとエルダーも、声を上げて笑っていた。


End of Story "Sword or Magic" from "Record of Ace".


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