【尖閣医療センター②(Senkaku Medical Center)】
明日中国船がやって来るので、各担当者は急いで撤収作業に入っていた。
作業員の中には残って、彼らと共にウィルスと戦いたいと言う者も多くいた。
とくにその数は医療従事者に多くいたが、政府は完全撤退を崩さなかった。
日本人スタッフが居れば数値などのデーターだけではなく、数値では見えない100パーセントの生の状況がつかめる。
中国人医師とは違う、日本人ならではの問診により新たなアプローチを見つけられるかもしれない。
だがそこには96パーセントという、驚異的な致死率がそびえ立つ。
必ず死ぬと分かっている場所に、わざわざその死と関係のない人は派遣できない。
たとえ独身であろうとも、その人には親や親戚、それに友人や知人が必ずいる。
本人の意志だけではなく、その人が亡くなって悲しむ人がいる限り96パーセントの高い確率で死ぬと分かっている場所にわざわざ行かせることはいくら政府といっても決断できないのだ。
これに対して中国人医師たちは、当事者だ。
彼らは96パーセントという死の壁のすぐ間近にいて、彼らには既に死と隣り合わせの位置にいる。
つまり彼ら中国人医療スタッフにとって、この場所は生きるか死ぬかの戦場なのだ。
そんな所に、もし何かあった場合に救助の手を差し伸べなければならないような日本人スタッフを入れるわけにはいかない。
たとえ日本人スタッフが死を覚悟して現地に赴いていたとしても、彼らの中にはそう思わない人も必ず出てくるはずで、そのような不協和音を抱えたままではプロジェクトは成功しない。
次の日、タグボートに曳航された中国の貨客船団が尖閣諸島の北小島と南小島に到着した。
道中なにもなく平穏でここまで辿り着いたわけではない。
曳航中に浮き輪やボートを使って船から逃げ出そうとした中国人が何人もいた。
中には何も持たずに海に飛び込む者や、曳航戦が曳いているロープを伝って曳航船に乗り込もうと企てる者もいて目が離せなかった。
曳航戦のロープには途中に高圧電流が流れている場所があるので、ロープを伝ってきた者たちはそこまで来ると感電して、必ず海に落ちた。
この海域から沖縄本島までは200kmほどもあるから、泳いで本島に辿り着くことはまず無い。
まして感電して気絶した状態で海に落ちれば、助かる確率なんて無いに等しい。
動力のないボートや浮き輪をつかったとしても、その確率はかなり低い。
しかし100パーセントという保証はない。
もしも生きたまま上陸され、その中国人がもしもすでに感染していれば、その人を経由して感染が拡散してしまう。
西寧ウィルスは潜伏期間が非常に長いのが特徴だから、いま誰が感染していて、誰がまだ感染していないかなんてわかるわけもない。
だからこの船団に随行する海上保安庁の船の乗組員たちは、日本を守るため、感染ルートを根絶するための行動を取らなければならない。
それは中国人民解放軍を相手に戦ってきた自衛隊も同じこと。
静かな夜の海に、幾つもの銃声が断続的に響いていた。
無事に尖閣センターに到着した一行は、順番に桟橋に降りて、入島ゲートで振り分けられる。
手続きは全て無人のリモートで行われる。
難民として入居棟に入る手続きはそう難しくはない。
所持している武器屋や薬物は、手続きの際に行われるCT(コンピュータ断層撮影)と、高感度臭気センサーでほとんどわかるが、警備員が居て強制的に排除できる状態ではないので本人に廃棄するように促すことしかできない。
人民解放軍やその関係者、警察、政府関係者には銃を所持した者が多くいて、その殆どが「自衛のためだ!」と言い廃棄には応じてくれなかったので収容棟に入るルートに進んでもらうことになった。
また富裕層の中には麻薬や禁止薬物を所持している者がいて、廃棄を促すと一応は捨てたふりをするだけで決して手放さない。
再度捨てるように促すと、悪態をついて激しく喚き散らしたり暴れたりするので、収容棟に進んでもらった。
たくさんの人がいて、長い列ができてしまうので、ごねる人に長い時間は掛けていられない。
検問が終わった彼らはシューターと呼んでいる特殊な1人乗りのカプセルによって、視界を奪われたまま目的へと連れられて行く。




