表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完結 吾輩は捨て子猫である ~動画投稿でご主人を救う恩返しにゃん物語~  作者: カトラス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/101

第99話:「みのり、ふたたび“命”と向き合う」

 初夏の始まり。

 窓を開けると、ほんのりと若葉の香りが風に混じっていた。

 季節は移り変わっても、私の中にある時間だけは、ほんの少しだけ、足を止めたままでいる。


 もちがいなくなってから、もう三ヶ月になる。

 最期の夜のことは、今でも昨日のことのように思い出せる。あの柔らかな毛並みも、最後まで凛としていた小さな背中も、全部。

 私は、もちのいない朝に、ようやく慣れてきた。

 でも、慣れることと忘れることは、違うんだと知ったのも、もちが教えてくれたことのひとつ。


 部屋の片隅には、いまもお気に入りだった丸いベッドが置いてある。

 そこに、小さな花瓶を置いた。

 白くてふわふわした、小さな花。あの日、もちを送り出す時に胸に飾ってあげたものと同じ種類。


「そろそろ……向き合ってみようかな」


 そう思えたのは、週末の午後、ポストに入っていた一枚のチラシを見た時だった。

「保護猫の譲渡会を開催します」――そんな言葉が目に入った瞬間、胸の奥がひとつ、軽くなるような気がした。


 また猫を飼いたい、とは違う。

 命と向き合うということ。

 誰かを迎え入れるということ。

 その重さと責任を、もちを通して、私はたしかに知った。


 次の日曜、私は譲渡会の会場に足を運んだ。

 たくさんのボランティアさんと、ケージの中で小さく震える猫たち。

 緊張してる子もいれば、興味津々に覗いてくる子もいる。

 私は「かわいい」じゃなくて、「この子と生きていけるか」を基準に、ひとつひとつ目を合わせていった。


 そして、ふと立ち止まったケージの中に、その子はいた。


 白とグレーの毛色。

 右耳が少し欠けていて、奥の方でじっと身を縮めていた。


「こんにちは」


 私はそっと声をかけた。


 一瞬だけ顔を上げたその子の目は、不思議なことに、もちの目に少しだけ似ていた。

 警戒しながらも、どこかで信じようとするような――そんな目。


「この子、人慣れはまだ時間かかると思いますけど、すごく優しい性格なんです。ごはんも好きで、よく食べてくれて」


 隣にいたボランティアの女性が、穏やかに教えてくれた。


 私はその子の前にしゃがみこんで、もう一度目を見た。

 鼓動が、ゆっくりと整っていくのを感じた。


「この子と……暮らしたいです」


 その言葉は、どこかでずっと温めていた想いが、ようやく形になった瞬間だった。


 帰り道、小さなキャリーケースを両手で持ちながら、私は空を見上げた。

 少しだけ湿り気を帯びた春風が、頬を撫でていく。


 もちのときみたいに、あの子にも名前を付けなきゃ。

 どんなふうに呼ばれるのが、あの子は好きだろう。


「もち……また新しい命に出会ったよ。ちゃんと、あなたから受け取ったものを、この手で抱きしめたよ」


 心の中で、そう呟いた。


 帰宅して、キャリーを開けると、あの子はそろそろと出てきて、部屋の隅にすっと隠れた。

 でも、少しすると、静かにこちらを見ていた。


「大丈夫だよ。ゆっくりでいいから」


 声をかけながら、私はもちのアルバムを開いた。


 1ページ目の写真。

 あの冬の日、ガリガリに痩せた子猫を、私が膝に抱いている。

 中盤は、旅やちゅ~る、たくさんの思い出であふれていた。

 最終ページには、白い紙が一枚だけ残っていた。


 私はその空白に、今日の日付を書いた。


「今日、新しい命に出会いました。ありがとう、もち。ずっとずっと、大好きです」


 そして、私は約束する。


 次の命も、ちゃんと抱きしめて、守って、生きていく。

 あなたがしてくれたみたいに、私も“誰かのために”生きることを、選んでいく。


 もち。

 あなたの命は、私のなかで、これからもずっと生きていくよ。


――本当に、ありがとう。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ