第80話:「みのり“もち本”企画を出版社に送る」
【みのり視点】
私は朝から落ち着かなくて、何度もノートとスケッチを見返していた。
「……やっぱ、まだ早いかな」
パジャマのままテーブルに肘をついて、ため息ひとつ。
昨夜、もちに見せた「絵本のラフ案」。ページをめくるたびに、心臓がドキドキする。
何かが変わりそうな予感がして、怖くなる。
けれど、それでも──
「やらなきゃ、何も始まらないよね」
私はそう呟いて、ノートを閉じた。
朝食代わりのインスタントスープを流し込んで、パソコンを立ち上げる。
ネットで探した小さな出版社の「企画持ち込み募集ページ」。
応募フォームに「お名前」「連絡先」「作品概要」……ひとつずつ、入力していく。
震える指で「添付ファイル」のボタンを押し、PDF化した企画書とスキャン画像を添える。
『ちいさなねこ もちのぼうけん』
それが、私の夢のはじまりのタイトル。
「送信……!」
クリックひとつが、こんなにも重いなんて。
心臓がバクバクして、指先が汗ばんでいる。
「……送っちゃった」
ちょっと泣きそうになりながら、私は背中を椅子にもたれさせた。
【もち視点】
ご主人が朝から妙にそわそわしておった。
キーボードをカタカタ打っては、頭を抱え、スープをすすっては、また戻る。
パトロールの時間なのに、吾輩の猫じゃらしも完全無視とは……なかなかの集中力である。
だが、ついに「送信」とやらをした瞬間、ご主人はぐでんと背もたれに倒れ込み、
「送っちゃった……」
と、妙なテンションで笑っておった。
ふむ。これは、たぶん──“やったぞ”の顔、であるな?
吾輩、ソファからひとっとびでご主人の膝の上に飛び乗り、「にゃっ」とひと鳴きしてやった。
褒めてつかわす、というやつである。
「もちぃ~……ありがとうね、ずっとそばにいてくれて」
撫でられる頭に、ぬくもりがじんわりと広がる。
吾輩は何もしておらぬ。ただ、いつも通り、そばにおっただけ。
だがご主人にとっては、それが大きな意味を持つようである。
【みのり視点】
メール送信から一時間。スマホを何度も見てしまう。
いや、返信なんてすぐに来るはずないってわかってる。でも……そわそわして仕方ない。
私は無理やり気持ちを切り替えるため、掃除を始めた。
もちの毛がたまっているソファの下。猫トイレの砂も入れ替え、床を雑巾がけ。
片手でモップを持ちながら、もう一方で洗濯機を回す。
こんなときだけ、家事のスイッチが妙に入る。
それでも、ふとした瞬間に「返信来たかな……」とスマホをチェックしてしまう自分が情けない。
午後三時。
カーテン越しの光が、リビングをやわらかく照らしていた。
もちが丸くなって寝息をたてているのを見て、ようやく、心が少しだけ落ち着いた。
「もち、ありがとう。背中、押してくれたの、もちだよ」
そう呟いた瞬間──
ピロン。
スマホにメールが届いた音。
「……えっ?」
あわてて画面を見る。
差出人は──「●●出版 編集部」。
「!?」
心臓がバクンと跳ねた。手が震える。
『このたびは企画をご送付いただき、ありがとうございます。編集部内で検討のうえ、一次審査に進ませていただきたく──』
……一次審査通過!?
「やば……やばい……」
叫びたいのをぐっとこらえて、私は胸の前でスマホを抱きしめた。
ちょっとだけ、泣いた。
「もち、通ったよ。通ったよぉ……!」
【もち視点】
ご主人が泣いておった。
嬉しそうに、涙をぽろぽろこぼしながら、吾輩にすがりついてくる。
「ありがとね、もち……がんばるから……」
吾輩は、そっとその手を舐めてやった。
ほんのり塩味がする涙の跡。
吾輩は何が起こったのか詳しくはわからぬが──
ご主人が「嬉しい」と感じておることだけは、確かにわかる。
吾輩は、そばにいる。どんなときも。
物語の主人公は、吾輩であって、そしてご主人でもある。
どこまでも一緒に歩む旅──それが「ちいさなねこ もちのぼうけん」なのだから。




