第75話:「もち、ご主人の“報酬明細”に驚く!?」
吾輩は、もちである。
猫である。アイドルである。ときどき、グルメレポーターでもある。
だが──本日、ついに知ってしまったのだ。
「お金」という人間界の摩訶不思議な仕組みを……!
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ことの発端は、ご主人──みのりが、朝からやたらとパソコン前でウキウキしていたことである。
「え、これ……本当に? もち、ちょっと来て! これ見て見て!!」
「にゃ?」
吾輩は膝に乗せられ、液晶モニターを一緒に覗き込む。
そこに表示されていたのは──
「企業案件のギャラ、振り込まれてた! しかも、想定よりちょっと多い……! すごい……!」
……ぎゃら?
「にゃ……(ギャラ……? それは食べられるのかにゃ?)」
耳慣れぬ単語に、吾輩は首をかしげた。するとご主人はパソコンの画面をぐるりと吾輩の前に回し、満面の笑みでこう言った。
「もち、このお金、あなたのおかげだよ! “もちっとボウル”動画が大好評だったんだって!」
ふむふむ。
あれは確か、吾輩が陶器の器に顔をつっこみ、ちゅ~るをぺろぺろ舐める様子を撮られた日のことだな。
“もちっとボウル”とやらは確かに使いやすかった。吾輩のヒゲにちゅ~るがつかない設計も気に入っていたにゃ。
だが──まさか、その動画で「お金」が発生するとは。
「ほら、見て。源泉徴収もされてる……てことは、わたしもう“個人事業主”ってことになるんだね……!」
「にゃにゃ?(げんせん……じぎょう……? なんか難しそうにゃ)」
ご主人は目を輝かせていたが、目の下には薄くクマができている。
ここ数日は、編集やらスケジュールやらで寝不足だったに違いない。
それでも彼女の表情は、前の会社員時代の疲れ切った顔とはまるで違った。
そのとき、ご主人はポンと手を打った。
「もち、今日は“報酬明細記念日”だ! ごほうびちゅ~るにしようか!」
……待っていた、その言葉を。
「にゃーーーー!(吾輩に任せるがよい! どれでもいけるにゃ!)」
吾輩は台所の戸棚に駆け寄り、顔で「ここにあるにゃ」とアピールする。
ご主人は笑いながらパッケージを取り出し、
「うーん……やっぱ今日はスペシャルごまサーモン味かな?」
と言って、封を開けた。香ばしい匂いが広がり、吾輩はたまらず「にゃっにゃっにゃっ」と小さく声を漏らす。
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ちゅ~るを食べ終えたあと、吾輩はご主人のノートPCの前に戻り、もう一度画面を見た。
そこには「支払い明細書」とやらが表示されており──
数字がずらりと並んでいた。
「にゃあ……(これが……吾輩の“にゃんりょく”の価値か……)」
金額は──正直、吾輩にはよく分からぬ。
だが、ご主人が「こんなに頂いていいんですか!?」と叫んでいたからには、それなりの額らしい。
しかも、それはご主人の会社員時代の一ヶ月分の給料に迫る額だったという。
「このまま、うまくいけば……生活、成り立つのかもしれないね」
ご主人は、ソファに腰を下ろしながら、ふうっと息を吐いた。
その声には、安堵と期待と、そしてほんの少しの不安が混じっていた。
「でも、怖いなぁ……。これが続くとは限らないし、何か一つでも炎上したら終わりだし……」
「にゃ(焦ることはにゃい、ご主人)」
吾輩はそっと、彼女の足元に身体をすり寄せた。
しっぽをピンと立てて、「大丈夫にゃ」というメッセージを伝える。
ご主人はふっと笑って、吾輩の頭を撫でた。
「ありがと、もち。あんたがいてくれるだけで、なんとかなる気がするよ」
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その夜、ご主人は「個人事業主 確定申告 やり方」で検索をかけながら、地味に頭を抱えていた。
吾輩はその横で丸くなりながら、「それ、あとで姉ちゃんに聞けば早いにゃ」と心の中でつぶやいた。
(※ご主人の姉は経理が得意なフリーランスである)
「明日は、初めての請求書も出さなきゃ……。がんばるぞ、私」
うんうん、ご主人。
新しい世界に飛び込んだその勇気、吾輩はしっかり見ているにゃ。
この道の先に、どんな未来が待っているのかは、まだ分からない。
けれど──
きっと吾輩と一緒なら、どんな報酬明細よりも“幸せ”を見つけられるに違いにゃい!




