第73話:「もち、ご主人の“スケジュール管理”に物申す!?」
吾輩の名は、もちである。
職業──猫。特技──寝ることと、ご主人の心を読むことである。
しかし、ここ最近、ご主人がなにやら落ち着かぬ様子である。
いや、正確に言えば、常に何かに追われているような、そんな妙な気配が漂っているのだ。
「えーっと、今日は午前中に企業コラボ動画の確認出して……午後はリール用の縦動画撮影して……あ!ちゅ~るレビューの編集も終わらせないと……」
ご主人は朝からキーボードを叩き、ノートにペンを走らせ、カレンダーに書き込みをしていた。
朝ごはんのサバ味噌も、湯気が立たぬうちにかきこんで、もはや「食べる」というより「流し込む」に近い。
「にゃっ(ちょっとは吾輩のごはんタイムを見習うべきにゃ)」
そう思った吾輩は、あえて食器の前でしばらく“待ち”の姿勢を見せる。
そう、ご主人のペースが速すぎるときは、吾輩が“スローライフ”の大切さを身をもって教えてやるのだ。
「……あれ? もち、ごはん食べないの? もしかして体調悪い?」
にゃいにゃい。
違うにゃ。
吾輩はただ、ご主人の焦りに気づいて欲しかったのである。
■
ここ最近、ご主人の“お仕事”は怒涛の勢いで増えている。
企業案件、SNSの更新、ファン対応、動画の編集、さらにはYouTubeのショート動画まで──。
もはや、朝から晩まで猫関連の予定がびっしり。
最初は楽しそうだった。
でも最近のご主人は、どこか顔が疲れている。
編集ソフトの前でウトウトする姿も、夜中にこっそりカップ麺をすすっている背中も、吾輩はすべて見ていた。
「吾輩は……心配である」
■
夜。
撮影の合間、いつものようにご主人が言った。
「もち、明日は朝イチで撮影ね。そしたら午後は郵便局行って、夜はZoomで打ち合わせ……あー、でもインスタライブもあるんだった……」
カレンダーに書き込みながら、小さくため息をこぼすご主人。
そのとき、吾輩はついに立ち上がった。
「にゃっ!(ご主人、ちょっと待つにゃ!)」
「ん? どうしたの、もち?」
吾輩は、ご主人の使っているタブレットの上にドンと乗り、作業を強制終了させる。
「え、ちょっ……も、もち!? そこダメ!タッチ反応するから……!」
「にゃーー!(ダメなのはそっちにゃ! 吾輩は“猫監査”を実行するにゃ!)」
そして、吾輩は小さな肉球でカレンダーアプリをペチペチ。
そこには、休憩の文字などひとつもなかった。まるで、働き詰めのサラリーマンのようなスケジュール帳。
「にゃあ……(これは、非常によろしくないにゃ)」
■
翌日。吾輩は決意した。
ご主人がリール動画を撮ろうとカメラを構えるその瞬間。
吾輩はカメラの前でゴロンと転がり、ヘソ天ポーズで完全なる“撮影拒否”を実行したのだ。
「えっ……もち? なにそのポーズ……え、今日この前フリなかったよ? もちー?」
「にゃああ(抗議にゃ!)」
それでも、ご主人は慌ててカメラを回し続けようとした。
そこで吾輩はさらなる“奥義”──フテ寝を発動。
「……う、うそでしょ……急にやる気なくなった……? 今日、絶対いいカット撮るって思ってたのにぃぃぃ!」
その落胆ぶりに、吾輩の胸がちょっぴり痛んだ。
でも、ここで譲ってはならぬ。吾輩はあえて背を向け、ぷいっと顔を逸らした。
しばらくして、ご主人がぽつりとつぶやいた。
「……もしかして、もち、疲れてる?」
ようやく気づいたにゃ。
吾輩は静かにふり返り、ご主人の膝の上にのしのしと乗って、体をすり寄せた。
「にゃ……」
「……そっか、そりゃそうだよね。最近、毎日撮影だもんね……」
ご主人の手が、ぽんと吾輩の背をなでた。
その手は少し冷たくて、でも震えていた。
「ごめんね、もち。私……何かを“仕事”にするって、こんなに難しいんだね……」
その言葉を聞いて、吾輩はそっと喉を鳴らした。
「ご主人、夢に真剣だから、きっと忘れたにゃ。好きなことは、楽しむことが基本にゃ」
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その夜、ご主人はカレンダーを見直して、いくつかの予定に「休息マーク」をつけた。
“もちと散歩する日”、“撮影なしの日”、“ただ一緒に昼寝する日”。
ご主人は小さく笑って、吾輩をなでながら言った。
「……うん、もちの方がずっとスケジュール管理うまいかもね」
当然にゃ。吾輩は“猫の神髄”を体現しているのである。
「……にゃあ(無理しすぎは禁物にゃ)」
「ふふ、ありがとね、もち」
吾輩は満足そうに目を閉じた。
こうして吾輩は、今日もご主人を守り抜いたのだった──。
次回:「第74話:みのり、夢の“初クライアント打ち合わせ”へ」へ続く!




