第58話:「もち、そっと背中を押すとき」
【もち視点】
人というのは、不思議な生き物であるにゃ。
吾輩のように、昼寝して、ごはん食べて、ちょっと遊んで、また寝る──という生き方では満足できぬらしい。
とくに、みのり殿はそうである。
カメラの前で吾輩がちゅ~るを食べれば笑い、
その動画を編集するために夜ふかししては、眠そうな目であくびをしながらも、笑っていた。
けれどもここ最近のご主人は、あの頃のキラキラした目をしておらぬ。
撮影をお休みして数日。
吾輩たちは、ゆるりとした日常を取り戻した。
みのり殿はベランダでハーブをいじったり、
本棚の整理をしたり、昼寝中の吾輩の写真を撮っては「かわいいねぇ」と言ってくれたり。
だが、どこか、ぽっかりと何かが欠けているように見えるのだ。
その日も、吾輩はいつものように窓辺でごろごろしていた。
みのり殿は、ノートPCを開いたまま、手を動かさずにぼんやりと画面を見ていた。
画面には、吾輩の動画チャンネル。
過去の動画が自動再生されており、元気な吾輩の姿が映し出されている。
「もち……あの頃の私、楽しそうだったよね」
ふと、そんな独り言が聞こえた。
吾輩はその声に、小さく耳を動かす。
にゃるほど、そなたは今、自分の中でなにかを整理しておるのだにゃ。
吾輩はすくっと立ち上がり、ソファに座るみのり殿のひざに乗る。
くるりと丸まりながら、そっと手をなめた。
「もち……?」
吾輩のこの行動が、どれほどのメッセージを持っているか──
みのり殿は、ちゃんとわかってくれるはずにゃ。
「もう少し……がんばってもいいのかな」
にゃうん。
吾輩はのどを鳴らしながら、背中で小さくうなずいた。
【みのり視点】
部屋は、あたたかな日差しに満ちていた。
でも私の心の中には、まだ決めきれない思いが残っていた。
撮影再開するか、それともこのまま休止するか。
思えば、最初は軽い気持ちで始めた猫動画だった。
それが気づけば多くの人の目に留まり、
応援の言葉やギフトが届き、ついにはテレビにも出演して──
誇らしくもあり、でも……どこか「やらなきゃ」という義務に変わっていった。
「もち、あなたはどう思ってるの?」
そうつぶやいた私の声に応えるように、もちが私のひざに乗ってきた。
ふわふわとしたそのぬくもりが、まるで“だいじょうぶだよ”と伝えてくる。
もちの舌が私の手をぺろっとなめる。
その行為は何度もされてきたけれど、今日はなぜか涙が出そうになった。
「もち……ありがとね」
私はもちの頭をそっとなでた。
もちの丸い背中が、なんだか背中を押してくれているようだった。
「もう一回、やってみようかな……ううん、やってみたい。もちと一緒に、楽しく、また始めてみたい」
そう決めた瞬間、不思議と胸の奥が軽くなった。
やらなきゃじゃない、やりたいからやるんだ。
私がもちとの日々を記録したいと思う、
その気持ちこそが原点なんだ。
【もち視点】
吾輩は満足げにのどを鳴らす。
これでいいにゃ。
そなたがまた“やりたい”と思えるのなら、それが正解にゃ。
人の世界にはいろいろなしがらみがある。
だが吾輩たち猫は、ただ生きる。それがすべてにゃ。
吾輩はみのり殿の膝の上で、ごろりと寝返りを打つ。
もうすぐ、またカメラが回るかもしれない。
けれど今回は違う。
“使命”じゃにゃい“喜び”としての撮影にゃ。
吾輩も、ちゃんとにゃん力を磨いておかねばにゃらぬ。
ちゅ~るの角度、寝転びポーズ、そして得意の「もっふんジャンプ」──
吾輩の芸はまだまだ進化できるにゃ。
「もち、撮影また始めようか?」
ふと、みのり殿が笑って言った。
にゃうん。
吾輩は声には出さず、そっと彼女の胸に顔をうずめた。
次回、第59話:「もち、再始動!小さな再出発」につづく!




