第26話:もち、ミステリーゾーン「冷蔵庫裏」に潜入する
吾輩は猫である。名はもち。
好奇心の塊であり、家の隅々にまで“吾輩チェック”を怠らぬ優秀な探偵でもある。
そんな吾輩が、ずっと気になっていた場所がある。
それは、キッチンの奥――
ご主人様・みのり曰く「入っちゃダメ!ダメってば!」と声を張り上げる、“ミステリーゾーン”こと……冷蔵庫の裏である。
◆
その日も、吾輩は暇だった。
午前中はカーテン越しに日光浴。昼は窓辺で鳩の観察。夕方はこたつ布団でぐっすり昼寝。そして夜――
「にゃーう(さて、今日はどこを探検するかのう……)」
ふと、冷蔵庫の前を通る。ご主人様がそこから牛乳を出し、トントントンと音を立てて野菜を刻んでいる。
吾輩はさりげなく背後から近づき、冷蔵庫の側面をじっ……
「ふむ……この奥に……何かあるな……?」
隙間がある。小さな、でも確実に猫一匹分くらいの隙間だ。
「にゃっ(ちょっとだけ……見るだけ……)」
吾輩はスッと前足を突っ込み、ぬるりと体を滑らせるように冷蔵庫と壁の間へ潜入開始。
その瞬間――
「!? もち!? ちょっ、どこ行ったの!? ちょっと!? やめてぇぇぇ!」
みのりの叫びを背に、吾輩は狭き道をくぐり抜けた。ここは人間には到達できぬ、聖域である!
◆
【エリア:冷蔵庫裏】
──暗い。
──狭い。
──そして、あったかい。ちょっとホコリくさい。
「ここが……伝説の“裏”……!」
吾輩は四つん這いで奥を探る。コンセントのコードが絡まり、黒い板(放熱板というらしい)が、ほんのり温かく壁沿いに立っている。
「むむ、この匂い……これは数年前に転がった煮干しの残骸では……?」
鼻をヒクヒクと動かす吾輩。
謎のホコリの塊や、封印されしペットボトルキャップ、誰かが落とした輪ゴムなど……まるで時を超えた遺跡のような光景!
「こ、これは“旧文明の遺産”……!」
吾輩の探究心は最高潮に達する。しっぽをピンと立て、奥へ奥へと進んでいく。
そこに――
「もちーーーーー!! ちょっと! 出てきてー! そんなところ入っちゃだめーーー!!」
地鳴りのような叫び声。
揺れる冷蔵庫。
飛び交うホコリ。
「うぉぉ……! 揺れる! 揺れるぞ!! 地殻変動か!!?」
ご主人様の必死の呼びかけが頭上から聞こえてくる。
「出てこないと今日のちゅ~るなしだよ!? ごはんも抜き! もう怒った!!」
「にゃあああああああ!(それはダメである!!!)」
ピクリ。
その一言で我に返る吾輩。危険地帯へのロマン探検も、食の誘惑には抗えぬ。
吾輩はくるっと身を翻し、ぬるぬると方向転換。だが――
「うぐっ……うご、動けぬ……?」
しっぽが引っかかる。肉球がコードに絡まる。ああ、出入りは慎重にと“先人の知恵”で読んだばかりなのに!
「もぉ~~~ちぃ~~~~~~~!!!!」
どん!
揺れる冷蔵庫。
どすん!
頭をぶつける吾輩。
「にゃふっ……いたっ……!」
と、そのとき――ご主人様の手が伸びてきた!
「そこかーっ!! いたーっ!!! まって、助けるから! ほら、おいで! ちゅ~る! ちゅ~るだよ~~~~!!」
「にゃっ!(ちゅ~るぅ!!)」
ちゅ~るの魔力は絶大だった。
吾輩は最後の力を振り絞り、コンセントコードを飛び越え、ついに――脱出成功!
◆
「はああああああああああ……もぉぉぉぉぉぉぉ……ほんと心臓に悪い……」
みのりは汗だくで座り込む。髪は乱れ、エプロンもズレていた。
だがその膝に抱かれ、頭をなでられる吾輩は、まるで“大冒険を終えた英雄”のようであった。
「もう、ほんと心配したんだからね……何があるかわからないんだから……」
「にゃあ……(それがロマンである……)」
ぺろっとみのりの手を舐めると、彼女は苦笑いを浮かべた。
「まったく……でも、無事でよかったよ……もち、探検おつかれさま」
「ふにゃ……(うむ、またいずれ潜入する……)」
◆
その夜、吾輩はこたつの中でうとうとしながら思った。
冷蔵庫裏――そこは確かに危険で、ホコリまみれで、ちょっと臭かった。
でも、誰にも知られていない秘密の通路には、確かに“猫だけの世界”が広がっていた。
そして、そんな世界から戻ってくるたび、ご主人様の腕の中が、いちばん安心できる場所になるのだ。
「ふにゃ……やはり吾輩は、この家の冒険者である……家族にして、探検家なり……」
次回、第27話:もち、謎の音の正体を追う に続く。




