第六話 (中編) 一角獣は曲芸がお好き
エランちゃんの近くに、乳母やも子守女中も居ない。
迷子か。
一瞬、そう思ったけど、ちがう。
ドレスの装飾が繊細なんだ。傷つきやすいレースの縁取りや、リボンで埋め尽くされたスカート。裾も引きずっている。水難を退ける珊瑚の護符は付けているけど、お散歩に適したドレスじゃない。家の中でくつろぐためのドレスだ。
まさか無断外出か!
「どうしたの、エランちゃん!」
「妖精さんだ!」
エランちゃんは瞳を輝かせる。
お人形を抱きしめてにこにこ微笑むエランちゃんは可愛いの盛りだけど、この状況にぞっとする。王城通りは治安がいいとはいえ、大金持ちの幼女が独りなんて悪党ホイホイじゃねーか!
「お散歩? 乳母やさんたちはどこ?」
「サーカス行くの!」
「独りで?」
そう尋ねると、エランちゃんは顎下をクルミのようにしわくちゃにした。
「サーカスッ行くのッ!」
やっぱ無断外出か。
レトン監督生が卒倒する懸案だ。もう卒倒してんじゃないか。
「エランちゃん。サーカスより面白いものを見せてあげる」
「なにそれ!」
「わたしの正体」
「妖精さんは妖精さんでしょ?」
首を傾げる。
「内緒の正体だから、こっちきて」
「ないしょ!」
わたしはエランちゃんを箱馬車まで追い込み漁する。なんて誘拐しやすい子なんだ。顔見知りだからって油断するんじゃない。
馬車にエランちゃんを連れ込むと、ディアモンさんが瞳を見開いた。
「その子の衣装! ヴェズュヴィアニットのメゾンの子供服よ。なんてロマンテックな裁断とエレガントな縫製」
「特殊な緑の染料を使ってるメゾンだな。大金持ちの子供がよく着ている」
「しかも超一級の護符ね。宮廷魔術師レベルが作った護符だわ」
「アスィエ商会の一人娘です」
わたしの言葉に納得するふたり。
レトン監督生の実家であるアスィエ商会といえば、王都では屈指の宝石商だ。装飾と護符どちらも兼ね備えた品質の宝石を扱っている。
しかしディアモンさんって賢者連盟の魔術師なのに、護符よりドレスの方に視線がいくんだ。縫製技術がある魔術師じゃなくて、魔術を使えるクチュリエだな。
「住所はどこかしら」
「本宅の住所なら知っている。吾輩の実家のワインを卸しているからな。馬車ならすぐだ」
箱馬車の方向を変えさせた。
わたしは靴とストッキングを脱ぎ、ボタンを外し、呪文を唱える。
「【一角獣化】」
わたしの肉体の輪郭は揺らぎ、真珠色の毛並みの一角獣へと転じた。
ドレスの肩口や袖がちょっと突っ張る。
「ぴゃややや、きれい!」
エランちゃんは喜びの叫びをあげ、わたしに抱き着いた。
うむ。好評で良かった。
馬車の中で、エランちゃんを背中に乗せる。
「では吾輩も……」
「クワルトスくんはライカンスロープ術しないでね」
馬車の中とはいえ、クワルツさんがライカンスロープするなら、全裸にならなきゃいけないからな。さすがに全裸はちょっと勘弁してほしい。
屋敷の近くまで来ると、窓越しの空に緑色の点が見えた。
あれ、レトン監督生じゃん。
優等生のお手本みたいなレトン監督生が、飛行禁止の市街地で【飛翔】してる?
エランちゃん探しているんだな。
わたしは一角獣のまま、馬車の屋根に上る。石畳の市街地に白い一角獣はめっちゃ目立つから、すぐに気づいてくれた。
降り立って、ゴーグルを取るレトン監督生。
「ひょっとしてミヌレ一年生か?」
わたしは頷く。
蹄で足を叩き、元の姿に転じる。ドレスがくしゅくしゅになってるな。素足だし。
わたしはレトン監督生に抱えられて、屋根から降りた。
兄の姿を見つけたエランちゃんは、ぱっと微笑む。
「妖精さんは一角獣なのよ!」
「エラン、そうか。お茶の時間にお話しようね。エランの人形たちも話を聞きたいだろうし。ミヌレ一年生、服の整えは、僕の家でするといい」
「ところでレトン監督生。市街地での【飛翔】は禁止では?」
「それはエランの無事より大切じゃない」
真顔&早口で言い切った。
おっしゃる通りですね。
「エランちゃん、サーカス行きたかったみたいですよ」
わたしの言葉に、レトン監督生は白皙を渋くする。
「家政婦のお孫さんがやってきてね。遊び相手になってくれたはいいけど、サーカスの話ばっかりして。クー・ドゥ・フードル曲芸団って、人気のサーカスがあるんだ」
「新聞の広告で見ました。エグマリヌ嬢のお兄さんが主役の寸劇をやるとか」
クー・ドゥ・フードル曲芸団は、サーカス&ダンスショーを披露している旅芸人一座だ。
王都での公演は晩秋から初春まで。夏場は地方を巡っている。
女座長はピエロ。
ピエロの仮面に、ポンポンをたくさん飾り付けてて、モブではないキャラデザだ。でも名前がゲーム中に登場しなくて、設定資料集に載ってるだけだった。
「使用人たちも見たがってるよ。でも去年あんなことがあったから、エランがサーカスに行くのは父も義母も反対だ」
エランちゃん誘拐未遂事件だ。
わたしが見過ごしていたから、エランちゃんには怖い思いをさせてしまった。
寸前で食い止めたとはいえ、ドヤ顔した自分を殴りたい。
イベント扱いせず、きちんと対処していたら……
予知を信じてもらうのは難しい。クワルツさんから聞いた聖ステラ伝を思い出す。予知を信じてもらえずに、火あぶりにされた尼僧だ。
それでも予知夢ってかたちでレトン監督生に相談すれば、誘拐未遂まで防げたかもしれない。
「エランのお願いは叶えたいけど、僕はサーカスが苦手なんだ」
「人込みだと空気が汚れていますからね」
「ミヌレ一年生。肉体的にじゃなくて、精神的に苦手なんだよ。あれを観覧していると、団員たちはほんとうに職業選択の自由があったのだろうかとか、差別問題や社会福祉を考え出してしまうから」
沈痛な面持ちだった。
「生真面目だな……」
「お金を出してもどうにもならないものって痛ましいだろう」
そうね。
数あるサーカス団の中でも、クー・ドゥ・フードル曲芸団は特に考えさせられる。
「だからお金を出せば解決することは、解決した方がいいね。エランがそんなに見たいなら、家にサーカスを呼ぼう」
おっ、金持ちはトチ狂ったこと言い出すのが得意なのかな?
クー・ドゥ・フードル曲芸団の千秋楽。
その翌日に、レトン監督生の実家の庭でサーカスが上演されることになった。
いやあ、金持ちの行動力ってマジすげえな。
レトン監督生ちの庭に、サーカス団のテントが建っている。
それだけじゃない。お庭にはお祭りっぽく魔術ランタンが吊り下げられて、カラフルな旗がはためいている。シードルの売り子とかクレープの屋台まであるんだよ。的当てボール投げに、輪投げまで開催されていた。
アコーディオンの音色は絶えず流れ、雰囲気大盛り上がり。
サーカスが始まる前のわくわく感まで用意してあるとは、さすがだ。
「はじめまして、ミヌレさん」
きりっとした三十路くらいの女性に話しかけられた。
紳士仕立てのドレスを着ている。乗馬や狩猟用より都会的なデザインで、旅行するときのためのドレスだ。
「やっとミヌレさんをお呼びできて嬉しいわ」
「今までせっかくのお呼ばれをお断りして申し訳ございません、奥さま」
わたしはカーテシーをする。
この女のひとは、レトン監督生の義母だ。初対面だけど、設定資料集を読み込んでいるから顔は分かる。スチルで見たことがあるし。
「いえ、給費生だもの。勉学を優先しないといけないわ。あのシトリンヌは厄介でしょうし」
「お知り合いなんですか?」
ちょっとびっくり。
学院教師で実技担当のシトリンヌ。
厄介な性格ってことも把握してるってことは、レトン監督生の話だけじゃなくて面識あるのかな?
「シトリンヌは後輩よ。リトテラピー女学園の護符科のね。成績は優秀だったけど、貴族と財閥以外は露骨に見下してたから、いい気分じゃないわね」
そのころを思い出したのか、奥さまは鼻白んだ。
エランちゃんが駆け寄ってくる。
「母さま、おやつ、あれがいい。クレープ!」
「いいわよ、きちんと列に並んで、このお金を渡すのよ」
真珠細工のお財布から銅貨を渡す。
本物の銅貨なんだけど、銭垢ひとつ無く磨かれている。エランちゃんのふわふわした白い指先を汚さないように、誰かがお酢で磨いたんだ。
エランちゃんはクレープ屋さんで順番待ち。
その前にはエグマリヌ嬢が注文している。
なんで全然関係ないエグマリヌ嬢がいるかっていうと、わたし一人で行ってレトン監督生の恋愛値が上がっちゃったら嫌だなって思って、エグマリヌ嬢と一緒に観たいってお願いしたからです。
「ミヌレ! ミヌレの分も買ってきたよ! スリーズの実とフロリーナの実、どっちが好き?」
「エグマリヌ嬢もけっこうはしゃいでますね」
「こういうお祭り、行けると思ってなかったから!」
えくぼを作って微笑む。
好きに行けばいいと思うけど、伯爵家のご令嬢だもんなあ。身にまとってるボタンひとつでも、庶民にからすれば一か月分の給金と等しい。庶民の賑わしいところに近づかないように、教育されているんだろう。
わたしはクレープを齧る。スリーズの実のコンポートの甘酸っぱさを、増し増し生クリームで包んでいる。美味い。
ちなみにサフィールさまもいらっしゃってる。
たまたま非番だった。
隣に立っているのは、クワルツさんだ。もちろん一般人の仮装をしている。
「クワルトス氏。どこかでお会いした気がするんですが……」
あなたが先日ブタ箱にぶちこんだ怪盗です。
「ハッハッハッ、初対面だな。お近づきの印にひとつ酌をさせてくれ。怪盗クワルツ・ド・ロッシュを逮捕した、偉大な騎士どのと乾杯したい」
「怪盗の逮捕は、帝国の魔導銃の恩恵です」
「いやはや。ご謙遜も過ぎると嫌味だぞ」
あの怪盗、正体バレチキンレースを一人で開幕中だった。
魔法で体形を変えているとはいえ、なんでバレんの……?
口調は同じだし、声もほとんど変えてないしな。オタクなら同じ声優さんだって判別できる程度にしか、声を変えてないんだよなあ。
サフィールさま本当に有能なの……?
「クワルトス氏って陽気な方だね」
「あれはテンションがイカレてるって言うのでは?」
「ミヌレが回復してほっとしたんだよ。ミヌレが意識失ってるとき、すっごく心配してたから」
エグマリヌ嬢はにこにこしている。
ちなみにディアモンさんは来なかった。サーカスは好きじゃないらしい。
エランちゃんがクレープ食べながらやってくる。その後ろにはレトン監督生。
突然、エグマリヌ嬢を指さした。
「この王子さま、妖精さんのこいびと?」
「ともだちですよ」
「じゃあレトンお兄ちゃんと結婚して。そしたら妖精さん、ここで暮らせるでしょ!」
なかなかすごいおねだりだな。
それは金で解決できんぞ。
「うん、ボクもそうした方がいいと思う」
横にいるエグマリヌ嬢も真顔で言い切る。
聞かなかったことにしよう。
「エランちゃん。わたしはもう好きなひとがいるんですよ」
「どんな? レトンお兄ちゃんよりすてき?」
「悪の魔術師です」
即答した。
それ以外どう説明しろと。
「なんで……悪い魔法使い……」
めっちゃ真剣に眼開いて、わたしを凝視していた。
それから抱っこしているお人形と、何やら小声で相談し始める。
「そうか……妖精さんのおかげで……悪い魔法使いが悪いことしないのか。しかたない」
エランちゃんは、唐突に大人ぶった口調で頷いてくれた。
納得してくれたみたい。
わたしの横にいるエグマリヌ嬢は納得していないのか、クレープ頬張っているのに、虚無味チューインガムでも噛んでいるような顔つきだった。
「曲芸団クー・ドゥ・フードル、開演! 開演!」
そばかすの少年が、真鍮のメガホンで開演を叫んでいた。




