第六話 (前編) 一角獣は曲芸がお好き
わたしがレポートを書く資料として、星智学や闇魔術、そして無窮神性『ゼルヴァナ・アカラナ』に関しての書籍が届けられた。
月の蔵書だ。
普段は手の届かない貴重な資料が、今ここにあるというのに………
「どうして読めない言語ばっかなんだ、クソ!」
部屋に絶叫が響いた。
『ゼルヴァナ・アカラナ』関連が読みたいけど、砂漠の帝国の共通語だった古代デゼル語か、二千年前から学者や聖職者の使っていた古代エノク語が多い。こんなん読めるわけねぇじゃん。
「あ、でもディアモンさんは読めるんですよね」
「アタシもデゼル語しか分からないわよ」
専門が古代魔術なのに?
「……文献がエノク語だったら、どうなさっていたんですか?」
「ニックに訳してもらってたの」
「は? マジかよ。いや、専門外ですよね、オニクス先生って、古代魔術」
「昔、エメラルド牌の解読研究やっていたらしいから、いま人類に発見されている古代語はすべて会得しているのよ」
いま発見されている古代語すべて……
確かにエメラルド牌の文字、十二章まですべて暗記していたな。神聖文字の解読なら、古代語は必須か。
「そうそう、ニックって「この分野は専門外だが」って質問するのが趣味なのよ。趣味じゃないって言ってたけど、絶対、趣味だと思うわ。アタシの研究を横で覗き込んで、「門外漢だが言わせてもらっていいか」って百回は言ってくるのよね。いいえ、二百回は言われたわ」
「得意そうだな、それ」
見たことないのに、見たことある気分だわ……
オニクス先生は闇魔術レベルカンストで、他分野が50レベルくらいなイメージ。本人視点は専門外だけど、他の分野にも的確な質問する能力はあるんだろうな。
あと上げ足取るの得意そう。偏見だけど。
しかし古代エノク語か~
最近やっとジズマン語を、まともに綴れるようになったっていうのにな~
「ニックがいてくれたら早かったけど、彼以外に読める魔術師って知らないのよね。テュルクワーズ猊下は得意だけど、さすがに翻訳に呼びつけるなんて出来ないし」
「クワルツさんが出来ますよ。古代エノク語」
わたしの言葉に、ディアモンさんは意外そうに瞳を瞬かせた。
「あらあら。クワルトスくんって古代エノク語が読めるの? あんなの司祭さまくらいしか読めないと思ってたのに」
「……ディアモンさんってクワルツさんの実家とか知らないんですか?」
わたしも最近知ったことが多いけど。神学校卒業したばっかで、オルガンが特技なんて。
「知らないわ。だって友人のプライベートに踏み込みたくないし、アタシも友人にプライベートを立ち入られたくないもの」
友人ってプライベートの象徴みたいなものでは……?
それとも上流階級的に、友人っていうのは社交的な意味合いが重いのかな……?
「その考え方は、オニクス先生の友人向きですね」
「そうね。だから付き合いが続いているのかもしれないわ」
ディアモンさんは古びた書物を手に取る。
まだ印刷というものが存在しなかった時代の書物だ。
「アタシは空飛ぶ絨毯に憧れたのがきっかけで、古代デゼル語を習得してるのよ。『ゼルヴァナ・アカラナ』関連はあまり得意じゃないのよね」
語りながら、ディアモンさんがデゼル語の資料を開いてくれる。
「要点だけ訳すわ。残ってる文献は少ないし」
「……あまたの文献は砂塵の下か」
わたしの呟きに、ディアモンさんは首を横に振る。
「いえ、大地震の直前に内乱があったのが幸いして、わりと残っている方なのよね」
「内乱だと燃えませんか?」
わたしは首を傾げてしまう。
「戦火をから逃れるために、当時の魔術師たちが書庫を厳重に封印したのよ。結果的に大地震もやり過ごせたの。千年も前の書物がこれほど残っているのは、内乱のおかげかもしれないわね」
皮肉な話だな。
でも大地震の前に戦が起こるなんて、当時のひとたちにとっちゃ最悪のタイミングだったな。
「『ゼルヴァナ・アカラナ』信仰って、主流ではなかったみたい。少数派だったのか、異端だったのか、それとも『ゼルヴァナ・アカラナ』の信仰にとって文字が禁忌だったのか。とにかく資料が極めて少ないの」
ディアモンさんは語りながら、ページを捲る。
「『ゼルヴァナ・アカラナ』を観測したのは、古代帝国の魔術師たちよ。信徒たちが讃える詩が残っているわ。『時間の輪の外を統べるもの。時を超越する錫杖を持ちて、あまたの予言を齎すもの。未来を齎すもの。すべての巫はひれ伏せ。女神にして女王なり。無窮の混沌なり』………信徒たちは『ゼルヴァナ・アカラナ』が、素晴らしい未来を与えてくれるって信じていたみたい」
素晴らしい未来を与えるか~
わたし世界鎮護の魔術師の次に、そんな仕事するんかな~?
「これが発掘されたお廟に描かれていた『ゼルヴァナ・アカラナ』を擬人化した姿よ」
資料を開いてくれる。
挿絵があった。
顔の部分は削れているけど、女性だってわかる。
ほっそりとした手に錫杖を持っている。腰から下は一角獣の前脚、さらに下は人魚。
「……いえ、アナタは『ゼルヴァナ・アカラナ』と戦ってきたのよね」
「ええ。この姿はそっくりですよ。錫杖って物理攻撃しかしてこなかったんですけど、呪符の一種だったのかな……?」
銀のサークレットから変化する錫杖。
あれは綺麗だった。角折られたけど。
「アナタたちが時間障壁を越えて、『ゼルヴァナ・アカラナ』に会ったなんて、カマユー猊下が報告しなかったら信じられなかったわね」
「突拍子もない話ですからね」
「ところで邪竜の力を借りて突破したのよね。どうやって邪竜の力を借りることができたの?」
「うーん」
それは邪竜、というか、古代竜ラーヴさまがオニクス先生のお師匠さまだから力を貸してくれたんですよね。ディアモンさんがそれ知らないってことは、先生はディアモンさんに師匠がラーヴさまだって喋ってないんだよ。
オニクス先生に無断で、師弟関係を喋っちゃまずい気がする。
「それは追々まとめます」
玄関のチャイムが、アトリエまで響いてきた。
お客さんは、クワルツさんだ。
「お、古代エノク語を読めるひとがきたぞ!」
「断る。吾輩、もうやりたくないぞ。卒業したのだからな」
「永久回廊ですらっと読めたじゃないですか」
「すらっと読めるなら、あれほど周回しておらん。今日は仮縫いに来ただけだ」
ちえーー。
「クワルトスくんも来たしお茶……あ、お茶切らしているわ」
ディアモンさんはあまり飲み食いしないひとだからな。
食事の支度をする時間があったら、その分、針を動かしている。
時間があっても、軽く済ませるタイプだ。今日の朝ごはんはミルク屋さんが配達したミルクとサブレだったぞ。
「では食事しに行くか? 『白鳥の歌亭』はどうだ?」
「いいわね。でもせっかくレストランなのに、ミヌレちゃんのお散歩用ドレスはまだかかりそうなのよね。もっと早く針仕事できればいいんだけど」
「十分異常な速さですよ」
「まさか徹夜か? 徹夜すると魔力が回復せんぞ」
「でもドレス作るだけなら、魔力が不要だもの」
あっ、これ徹夜してるな。
魔術師が徹夜とか、自殺行為じゃねーか。
「あのね。アタシだってお肌に悪いからきちんと睡眠は取りたいのよ。でも横になると色んなドレスのデザインが思い浮ぶし、仕立てたくなるの」
ディアモンさんは虹彩を輝かせていた。
オタクは自分の寿命よりジャンルを愛するものだし、わたしだって健康なんかよりオタ活したいわい。だがしかしマジで尊敬している神作家は長生きしてほしい!
ディアモンさんには末永くドレスを作ってほしいのだ!
あわよくば一生、ディアモンさんのドレスを着たいぞ。
ダブスタだけどさ。
「良くないって分かってるから、たまにニックに【睡眠】かけてもらってたわ。あれは熟睡できるもの」
世界鎮護の魔術師の本業だからな、眠らせるのは。
「ふむ。ならば強制的に仮眠させても構わんのか?」
「そうね」
頷くディアモンさん。
わたしとクワルツさんは、目を合わせる。
クワルツさんの経絡締めで、ディアモンさんに強制的仮眠をプレゼントした。
怪盗クワルツ・ド・ロッシュお得意の皮膚接触による魔法。
経絡を締めて、対象を気絶させるのだ。
「ハッハッハ、闇の力を宿す水晶とは吾輩のこと!」
「それ、闇属性じゃないですよ、たぶん」
たしかにクワルツさんって予知できるから闇属性も適性ある。でも闇耐性が人類最高に近いわたしにも経絡締めが通っているんだから、闇属性じゃない。わたしに【睡眠】かけられるのはオニクス先生くらいだ。
「その魔法、いちばん近い魔術は、獣属性【麻痺】だと思うんですよね」
「獣の力か。その方が吾輩らしいな」
魔法だから獣属性と闇属性が混ざっているかもしれんけどな。たぶん七割以上は獣属性な気がする。
さて、気絶してるディアモンさんを寝かせよう。
無断で自室へ立ち入るのは気が引けたので、ディアモンさんを気絶用カウチに寝かせる。
ディアモンさんは料理しないのに、キッチンに気絶用カウチがあるんだよな。不思議。これは夏場にキッチンが熱すぎて卒倒する主婦のためのカウチだ。ここは家具付き貸家なのかな。
「ミヌレくん。エノク語の書物なら、教会献金で翻訳してもらえるだろう」
「魔術書だからそうもいかんのです」
さすがに教会に魔術書を翻訳してもらうほど面の皮は厚くない。
「『ゼルヴァナ・アカラナ』の文献なんですよ」
「……『ゼルヴァナ・アカラナ』。『夢魔の女王』のことか」
分厚いレンズの底にある瞳は、焦点が合っていない。色素がさらに淡くなっている。
時間の果ての事を思い出しているのかな。
「ミヌレくん……『夢魔の女王』の正体は一切口外しておらん。それでよかったのか?」
「はい。ありがとうございます」
誰も知らなくていい。
『ゼルヴァナ・アカラナ』、すなわち『夢魔の女王』が未来のわたしだなんて。
「何故?」
「……時間を巻き戻すためにわたしの未来が犠牲になったなんて、オニクス先生に知られたくないんです。あのひとの重荷になりたくない。自由を捧げたかったのに、重荷になったら……本末転倒ですよ」
「そうか」
それだけ呟いて、クワルツさんは黙った。
居心地の悪い沈黙だな。
クワルツさんからしてみれば、最低最悪の男だもんなあ。
名前は騙るし、後ろから心臓を刺す。好感度マイナス値だろうな。
「ところで偉大な竜のお方から魔法をお借りしたこと、どうレポートに書きましょうかね。先生と師弟なの、言っちゃったらまずいですし……」
「ふむ。あの山脈の竜か」
クワルツさんは腕組みして、沈思黙考のターンに入った。
「吾輩の感覚だと、あれが喋るたびに脳と鼓膜の隙間に、音響だが予知だが分からん感覚が入ってきたな。風の結界がうまく働いていないときの感覚に似ている。意思は伝わってくるが、言語化は不可能だとお茶を濁しておけばよいのでは」
「それでいきます。あと翻訳してほしい箇所があるんですが」
「よし。吾輩の部屋にまだ初級エノク語教書があるから、それを貸そう」
「ありがとうございます。根本的解決はあとにして、とりあえず今回のレポートは手伝ってほしいです」
「吾輩も得意ではない。卒業論文は、オンブルに手伝わせたぞ」
「なら今度はクワルツさんがわたしを手伝うという運命なんですよ」
「運命とは! 立ち向かって倒すべき敵だ!」
「運命とは! 受け入れて前へ進む糧です!」
屁理屈こねまくって、わたしはクワルツさんに翻訳を頼み込んだ。
ディアモンさんが仮眠から回復した後、レポートは完成していた。やったね。
箱馬車でレストラン『歌う白鳥亭』に向かう。
貴族御用達の高級レストランだ。
「今なら赤鯛のファルシが絶品だ」
『白鳥の歌亭』は【霧氷】と【飛翔】によるクール超速便を抱えており、新鮮な魚介が味わえるのである。
ホタテ貝の王都風ソース添えとか、舌平目のムニエルとかが人気のレストラン。
「ミヌレちゃんはお魚だったら何が好きかしら?」
「わたしはニシンです!」
内陸国だからニシンは燻製だの塩漬けだので流通している。ニシンは庶民のおさかな。
「でも高級料理じゃないから、メニューには無いでしょうかね」
「どちらかといえば家庭料理だからな。燻製ニシンのレモンマリネは吾輩も好きだが」
「白ワインに合うものね」
ディアモンさんとクワルツさんはワインの話を始めた。
ワインの話はよく分からんな。
窓を眺めると、雑踏に知った姿がちょこんと見えた。
「待ってください!」
わたしが馬車の天井を殴ると、手綱が引かれ、車輪が止まる。
馬車から飛び出して、追いかける。
ちいさくて人込みの流れに埋もれかけていたけど、間違いない。
エランちゃんだ。
豪商の一人娘にして、レトン監督生が溺愛する異母妹。
どうして、こんな雑踏に。




