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SS4 続・異世界サニタリー事情

※生理ネタです 読み飛ばしても本編に支障はありません



 書き物机のフルキャップ紙は白いまま。

 ペン軸のインクは乾いている。


 あぁ~、カマユー猊下に要請されたレポート、遅々として進まねぇ~

 要請されたレポートは、時間障壁の突破方法と時間外領域、そして【制約】の解除方法についてだ。

 一年生で習う範囲の星智学では語彙が足りないし、知ってる単語も綴りが難しすぎて辞書を調べないと書けねぇし。

 エグマリヌ嬢への交換日記みたいに気楽じゃない。


「ミヌレちゃん、エグマリヌ伯爵令嬢がお越しよ」

「やった!」

 本日はエグマリヌ嬢の非番だから、息抜きを許してくれたのである!

 おっきな姿見の前に立つ。わたしは髪が整っているかチェックして、それから今日のために買っておいた空色のリボンを結んだ。

 




 花瓶には春の花、ババロアには春の果物。お花のかたちのお皿にベニエも盛られ、春爛漫のお茶会だ。

 ディアモンさんが用意してくれたジャスミンティーの香りが、テーブルを馥郁と満たしていた。

「小姓のお役目が忙しいのに、来て頂けて嬉しいです」

「ミヌレのお招きならいつでも飛んでくるよ」

 気品溢れる微笑みを浮かべるエグマリヌ嬢。

 相変わらず王子様オーラすごい。

 っていうか、さらに王子様度アップしてるのだ。

 その理由は、レイピア。

 鞘に白珊瑚が彩られて、滴るほどに水の加護を帯びている。水の護符だ。芸術的にも魔術的にも、そんじょそこらにはない逸品である。

 これが王子さまっぽさを加速させているのだ。

 サフィールさまの小姓として騎士団で働き始めたから、祖父のカルケール伯爵からの贈り物。

「こんな立派なレイピアに、ボクは釣り合っているかな?」

 エグマリヌ嬢ははにかんでいる。

「もちろんです。しかもエグマリヌ嬢の気品が増すばかりですよ。普通の人間だったら、武器を持っていると物騒な雰囲気になるものなのに、エグマリヌ嬢とかサフィールさまみたいな気品がある方が持つと、むしろ完成された状態になりますね! 知性と品格が際立っている人間は、武器を持っていても優美ですね!」

「あ、ありがとう」

 雪色の頬をほんのり染めて、えくぼを作る。

「わたしからのプレゼントなんですけど……」

 わたしは空色のリボンを解く。

 上質なシルクは、しゅるりと綺麗な音を響かせた。

「このリボンをレイピアに結んでよろしいでしょうか?」

「ありがとう! ……きみはボクのいちばん欲しかったものをくれるね」

 色づいた頬がますます赤くなった。

 わたしはレイピアにリボンを結ぶ。

 これは騎士の古い伝統だ。

 守りたいと想っている女性のリボンを剣に結ぶと、戦場から無事に帰ってこれるという言い伝えがある。ロマンティックだし、いざってときは止血に使えるからいいよね。

「……予知だって言ったら、がっかりします?」


 小姓になったエグマリヌ嬢へのプレゼントって選択肢がある。


 1 自分のリボン

 2 手作りの護符

 3 手作りお菓子


 リボンがいちばん好感度が上がるんだよな。

 この選択肢は初見だと、手作り護符が最強だろ、パーティーメンバー強化できるし~って疑いもしなかったけど、ほんとはリボンが最適解なんだよ。

 物よりロマンティックな騎士の儀式が、エグマリヌ嬢の喜ぶことなんだ。

 

「きみの予知夢に登場できたなら嬉しいよ!」

 エグマリヌ嬢は満面の笑みだった。

 なんでこの子、闇魔術は怖がっているのに、予知夢はドン引きしないんだよ……

 催眠系と霊視系の違いはあれど、どっちも闇属性ですよ。

 その感覚は分からんけど、エグマリヌ嬢の視点からだと爬虫類と両生類くらい違うんかもしれんしな。


「あともうひとつ。これプレゼントじゃなくて消耗品なんです。便利そうだから差し入れしたくて」

 わたしは用意しておいた包みを出す。

 プレゼントにしては地味な包装だ。素っ気ないというには丁寧に、愛想がいいというには簡素に、パピエで包んである。でも中身が中身だから、このくらいの包装でいい。仰々しくはできない。

「なんだい?」 


「使い捨て生理用ナプキンです」


 言った一拍後、エグマリヌ嬢は露骨に後ずさった。

 あれ? 意外な反応だな。

 お手軽だと思うのに。

「…えっ、使い捨て……? 嫌じゃない?」

「洗うって面倒じゃないですか。他人に洗ってもらうのも嫌ですし」

「洗うのは女性だけど、捨てると処分に関わるのは女性だけじゃないよ。恥ずかしいじゃないか……」

 使い捨てが恥ずかしいのか。

「素朴な疑問なんですけど、エグマリヌ嬢は将来、騎士として遠征した時はどうするんですか。どこに干すんです?」

 洗うのは出来る。

 洗面器と魔術【水】を使えばいい。エグマリヌ嬢は飛びぬけて水属性が高いのだ。

 けど汚水も処理しなきゃいけないし、洗ったら乾かさないといけないんだぞ。

「タオルに挟んでおくとか……」

 戦場でそんなタオルが手に入るのかな。

 緊急時の衛生を考えるなら、絶対に使い捨てが向くと思うんだよ。

 でも何を恥らうか、ひとそれぞれだ。

 騎士として働くなら重宝するだろうって思ったけど、エグマリヌ嬢には忌避感がある。

「便利だって思ったんですけど……予知から外れる行動って、なかなかうまくいきませんね」

 ちょっと残念。

 ま、エグマリヌ嬢の思考が知れて良かったな。

「そんなことない。ミヌレからのプレゼントだったらなんでも貰うよ! ありがとう!」

 何故か手を握られた。

 勢いが強いぞ。

「試しもしないのは失礼だ。今度、試してみるね」

「是非。よければこれ、取り扱っているお店のチラシです。素敵な香水店ですよ」

 エグマリヌ嬢は石刷りのチラシを眺める。

「この商品は載ってないね」

「ああ、大っぴらに売ってないんですよ。わたしもオニクス先生から聞いてはじめて知りました」

 エグマリヌ嬢が氷像になった。

 もちろん比喩表現なのだが、表情から一切の色がなくなって冷気までもが漂ってくる気がする。ジャスミンティーが冷めるどころか、凍り付くレベルの冷気。

 しまった。

 オニクス先生はエグマリヌ嬢の父親の仇だ。

 めでたい席だから名前は出さない方がいいのに、うっかり言っちゃった。ごめんなさい。

「どういう、え、ミヌレ、なんで、あの男が、そんなこと、を、教えてくるんだ」

「わたしが生理用ナプキン編んでたから、このお店を勧めてくれたんですよ」

「……は?」 

 冷気が増してくるのは何故だ。

「わたしが成績を優先しなくちゃいけない給費生ですから、編んでるのは時間の浪費って。勉学に励めるように」

「親切心でも女生徒に直接言うのは、デリカシーが欠けている」

「そりゃわたし以外には言わないと思いますよ。もしかしてわたしに生理があって、内心、ほっとしていたのかな?」

 冷気が頂点に達した。

「父の仇だと知ったときより、殺意が湧く」

「何故だ!」

 今の話の流れだけだったら、オニクス先生にブチ切れる箇所ひとつもなかっただろうが!

 むしろ親切なひとじゃん!

「今度からそういうデリケートな話題は、真っ先にボクに相談してほしい」

 デリケートだったんか、この話題……

 一応、わたしが頷くと、エグマリヌ嬢の眼差しは氷解した。 


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