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二話 軍事機密は攻略本をご覧ください



 夕餉の時刻が近づいてくる。

 プレニット農園主催のパーティはお開きとなり、ほろ酔いになった客たちはそれぞれの家庭へ、もしくは他の友人たちとレストランへ、あるいは妾宅へと箱馬車を走らせていった。

 クワルツさんはわたしを家に送っていくという名目で、家族と別れた。大通りに出て、辻馬車を口笛で呼ぶ。

 黒い車体に、緑と黄の車輪。二人用の馬車だ。人通りが多い町中を流して走っている辻馬車は、馬車を雇えない中流階級が使う乗り物である。

 クワルツさんはスカートで足の上がらないわたしを馬車に乗せてくれて、持っているステッキで天井を叩く。

「ロリケール大聖堂へ。ゆっくりと良い道を走ってくれ。遠回りで構わん」

 辻馬車の御者は、蹄鉄が痛むような石畳の硬い道ではなく、踏み固められた土の道を選び、やや大回りでゆっくりとロリケール大聖堂を目指した。

 穏やかな道を進んでくれるけど、市井の馬車だ。貴族や財閥が擁する馬車ほどスプリングが快調じゃない。密談にはちょうどよい騒音に、わたしは唇を開く。

「この件で、奇妙なことがあります」

「何か気づいたのか?」

「わたしは去年の秋から五年間、精密な能動予知が出来ているんです」

 声を潜めて呟く。

 車輪の音に踏み潰されるほど絞った声だけど、クワルツさんは聞き取ってくれた。聴覚強化しているのかも。

「でもこのイベン……いえ、事件は予知になかった」

 怪盗クワルツ・ド・ロッシュの偽物なんて、そんな面白い……いやいや、大変な予知は無い。

「未来は変えられる。吾輩が流れから大きく逸脱したから、変わったか? 最近、時間の外にも行ったしな」

「それもあるかもしれませんが……この事件の犯人の魔力が高く、わたしより闇耐性が強い場合、わたしは予知できません」

 そしてわたしが知る限り、該当者はこの国に三人いる。

 予知が絶対不可能なプラティーヌ。

 あと先生と寮母さんだ。

 真面目で世間体を気にしがちな寮母さんは除外するとして、残りはプラティーヌとオニクス先生。


 可能性1 プラティーヌ。

 プラティーヌが真犯人だとしたら、怪盗の名前を借りて、大聖堂の宝物庫に押し入る理由はなんだろう。国宝を呪符として使いたいから、その罪を有名な賞金首のクワルツ・ド・ロッシュに擦り付けようって魂胆だろうか。

 あるいは別の目的があって、陽動として予告状をばらまいたのか。

 予告状は本人でなく、【泥人形】に彫って刷らせれば大変ではない。

 盗むとしても【泥人形】にさせればいいのだ。


 可能性2 オニクス先生。

 強い動機を持っているのは、オニクス先生だ。

 先生は今、呪符を持たない。

 新しく作るか、以前の呪符を引っ張り出すか。

 【制約】解除されているから、新しい呪符も作れる。宝物庫にある素材なら、かなり良質の護符や呪符ができるだろう。ただ「呪符の七割が国庫に召し上げられた」って言ってた。もしかしたらその七割の呪符が大聖堂にあって、奪い返すつもりかもしれない。

 彫金が巧みだからって、銅版画ができるとは限らないけど、先生は手先が器用だ。

 でも予告状ばらまく理由がさっぱりだ。


 どっちにしたってケレン味が強すぎる。

 

 わたしがまったく知らない人間が、犯人って可能性もあるけどさ。

 それならそれで凄いぞ。

 なんといってもわたしの予知に引っかからない人材なら、世界鎮護の魔術師候補だ。

 賢者連盟に推薦できる。

「つまりあの教師か、あるいはオプシディエンヌとかいう女か」

「……そうですね。闇の教団の総帥だったひと。どんな性格か知りませんが、わたしの予知範囲外でしょう」

 オプシディエンヌ。

 名前を聞いた途端に、皮膚が粟立つ。

 だけど可能性3としてエントリーさせなくちゃな。

「公妾から総帥か。野心が強いだけでなく、実力を伴っている。公妾を務める女は、おおむね熾烈な性格だ。もし生きているのなら、ふたたび高い地位を目指していそうなタイプだな」 

 野心家の美女。

 その女が、また何かを成そうとして宝物庫を狙っている?

「どんな相手でも構わん。必ず吾輩が鉄槌を下してやろう!」

 意気込むクワルツさん。

 もし犯人がオプシディエンヌだとしたら、オニクス先生も来るかもしれない。それならわたしが見届けるべきだ。

 辻馬車に揺られていると、ロリケール大聖堂が見えてきた。 

 エクラン王国が誇る大聖堂だ。

 冠するは壮大な薔薇窓。

 聖書の物語を一枚の絵に落とし込めたステンドグラスは、美しさで大陸に名を轟かしている。

 二百年前の獅子戦争で攻め込んできた連合王国軍が、この世のものとは思えぬ壮麗さに感銘を受けて、王都破壊を断念したという伝説があるほどだ。

 ほんとかどうか知らんけど、この大聖堂一生に一度見るために地方から足を延ばすひとも多い。

 サフィールさまとの恋愛ENDだと、ここで結婚式なんだよな~


 辻馬車が止まる。

 ロリケール大聖堂の前に到着したからじゃない。これ以上は辻馬車で進めないほど混在していたからだ。

 辻馬車もいるけど、遊覧馬車や箱馬車もわんさか並び渋滞している。

 もともと観光名所な上に、婚礼パレードの影響で王都は遠方からの観光客でごった返して、さらに怪盗からの予告状が届いている。混雑もむべなるかな。

 クワルツさんは辻馬車の御者にチップを弾み、わたしを抱えて軽快に降りた。

「あの混雑じゃ下調べも出来ませんねえ」

「予告状があれば、霊視の細分化は出来る。他人の予告状という点は、気に入らんがな」

 クワルツさんは嘯きながら、分厚い眼鏡を外した。 

 脆弱かつ強力な水晶体が、世界を視る。

 魔法による霊視だ。

 ただし遠視か未来視かは、クワルツさんは判断できない。クワルツさんが未熟ってわけじゃなくて、そもそも人間の脳は魔法に向いていない。だから予告状に頼っている。

 クワルツさんは顔を顰めた。


「……視えん」


 やっぱりオニクス先生か、プラティーヌ殿下。そして魔女オプシディエンヌの三択か。

 ん?

 大聖堂じゃないところからも、騒めきが聞こえてくる。

 視線を向ければ騎士たちが、大聖堂に向かっていた。軍馬に跨って、レイピアを腰に下げている騎士たち。

 警備に派遣されたのか。

 でも婚礼祝賀の王宮大舞踏会が本腰入れるべき場所だし、こっちに回される騎士って冷や飯ぐらいなんじゃねーの。

 そう思って目を凝らしたら、見知った顔があった。

「……サフィールさまっ?」

 次期伯爵で有望な騎士のサフィールさまだ。 

 長髪を古風に結い、腕にはマン・ゴージュ、腰にはレイピアを下げていた。麗しい馬に跨っているその姿は、宮廷恋愛古典に登場する騎士さまだ。 

 その斜め後ろにエグマリヌ嬢もいる。

 ふたりともアイリス色のマントを、家紋入りのブローチで留めていた。まだ春が浅くて灰色の石畳が目立つ時期に、アイリス色はひときわ鮮やかだった。

 サフィールさまのやたら目立つ顔の良さのせいか、華やかな騎士が隊列組んでるからなのか、田舎からやってきた観光客がぞろぞろついてきている。あれじゃ仕事にならんぞ。

「あの蒼い瞳の騎士……」

「サフィールさまですか。王国騎士団に属している方で、わたしの親友のお兄さんです」

 喋っていると、エグマリヌ嬢が気づいたみたいだ。

「ミヌレ! 元気になったのかい?」 

「こんにちは、エグマリヌ嬢。サフィールさまが大聖堂の警護に?」

 意外だな。宮廷の華みたいな騎士なのに。

 宮廷舞踏会の警備って、実力の他に顔と家柄がものをいうんじゃないか。

 新しい王妃がきて人員が刷新されたせいで、王宮の勢力争いに競り負けたんかな?

 やっかみも多そうなひとだし。

「ああ、忙しないが失礼するよ。拝命された任務があるから」

 優雅だ。それでいて反論を許さない強さだった。

 マントが大きく翻る。

 サフィールさまの腰には長方形の革鞄が付いている。真鍮の金具と、蓋の下にある真鍮の棒が、西日に反射した。

「魔弾盒だ!」

 この革鞄は、魔導銃に込める魔弾を収めておく小箱だ。蓋の下にある真鍮の棒は、銃身に突っ込む手入れ棒である。

「じゃあ魔導銃が装備できるようになったんですね」

 サフィールさまの武器のひとつだ。

 これ、ゲームイベント『守るべきもの』が発生しないと、魔導銃は装備できないのに。

 剣に生きてきたサフィールさまが、戦闘中わたしを守り切れなくて、己の不甲斐なさを顧みて、最新式の武器である銃という選択肢を考えるってイベント。

 そのイベ…事件が発生してないのに、魔導銃装備?

 ……オニクス先生に負けて、未熟さを悔んだのか、それとも剣では勝てないと認識したのか。

「飛行タイプのモンスターに有効なのが嬉しいですね。お持ちの魔弾は氷系ですか?」

 魔導銃に込める魔弾は、護符作りに近い。使い捨てタイプの護符。

「氷系だと射程50メートルしかないのがネックですけど、追加でランダム即死があるのが良いですよね~」

 サフィールさまはわたしを凝視していた。無言で。

 めっちゃ圧のある無言だ。

 なんでや?

「ミヌレ嬢、何故……どこから聞いて……いや、予知か」

「ええ。グリフォン戦にめっちゃ有効です!」

 わたしの発言に、サフィールさまは戸惑いの後、エグマリヌ嬢を一瞥した。

 空気が硬いぞ。

「マリヌ。私は大聖堂に向かうから、ミヌレ嬢を頼めるか」

「もちろんです」 

 一礼するエグマリヌ嬢を置いて、サフィールさま騎士団ご一行は大聖堂に行ってしまう。

「ミヌレ、きみ一人かい?」

 エグマリヌ嬢の疑問に答えるように、クワルツさんが前に進み出た。

「ああ、クワルトス氏とご一緒だったのか。とりあえずボクと一緒に来てくれないかな」

 エグマリヌ嬢とクワルツさん、いつ知り合ったんだと思ったけど、わたしの見舞いで鉢合わせていたっけ。

 わたしはエグマリヌ嬢の馬に乗せられ、クワルツさんは横をついて歩く。大聖堂の裏手に連れていかれた。

「ミヌレ。魔導銃の性能は、軍事機密なんだよ」

「へえ~」

 攻略本とか設定資料集とかに、めちゃくちゃ詳しく描いてあるけど~

「……未来視はすべて賢者連盟の管轄って、理解できた。そうだね。あんなにがっちがちに守られてる軍事機密が、ぺろっと漏れるんだからそりゃ管理もするよね」

 エグマリヌ嬢は沈痛な面持ちだった。

 苦悩する王子さまって感じで、険しい顔つきも綺麗だなあ。  

「他の騎士だったら、間諜疑惑で即座に拘束だよ。もちろん賢者連盟に訴えれば身柄は解放されるけど、その間にミヌレが疑惑をかけれるのは耐えられない!」

「他の騎士には、予知なんて喋りませんよ」

「兄だって予知だと分かっていても、機密を知ってるきみを拘束しなくちゃいけない」

「マジかよ、理不尽じゃねーか」

 やっと理不尽さが腹の底に届いたぞ。

 予知なんて制御できねーのに、拘束ってどういう了見だ。

「軍事機密を知ってしまった民間人の拘束は、絶対に見逃せないよ。騎士として規律を破るわけにはいかない」

「ぐぬぅ」

「ではミヌレくんを保護してもらえぬかな?」

 温和な単語をチョイスしてくれたのは、クワルツさんだった。

「保護?」

「未来視は間諜にとっても得難い情報源だ。今の王都はごった返して怪しい人物が紛れていても分からん。ミヌレくんが他国の間諜に目を付けられたら、魔術的にも国家的にも困ったことになる」

 間諜に誘拐。

 ふたつの単語を、エグマリヌ嬢はことさら重く受け止めたらしい。

 凛々しい顔つきに翳が入る。

「日も暮れてきた。貧弱な吾輩ひとりのエスコートより、騎士の近くにいてくれた方が心強い。吾輩は賢者連盟に連絡しておくから、それまでミヌレくんを護っておいてくれないか?」

「そうだね。ミヌレは保護しなくちゃ。すぐ無茶するから」

 エグマリヌ嬢はえくぼを作って、わたしの手をぎゅっと握る。

 わたしと一緒にいられるのが嬉しくて、この流れに関して深く考えてねーな。

「ミヌレくん」

 クワルツさんの小声が、わたしに届いた。


「あの騎士、殺されるぞ」


 夕焼けの中で耳打ちされた台詞は、大通りからの喧騒に紛れ、雑踏に踏みつぶされて、現実感を失っていた。


 殺される?

 サフィールさまが?


 クワルツさんは瓶底眼鏡をかける。

「確認したいことがある。吾輩は離れるが、あとできみの魔法空間に降りさせてほしい」

「了解しました」 


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― 新着の感想 ―
怪盗がめっちゃ頼もしい。けど十分狂人なんだよな。幸有れ。
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