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第三話 ジョブチェンジは計画的に


 エグマリヌ嬢はサフィールさまの従者として、身の回りの手伝いをする役目を担っているらしい。お茶を淹れたり、書類を運んだりっていう雑用係。わたしはその横でちょろちょろしている係だ。

 ちょろちょろする係ってなんやねんと思うけど、ぶっちゃけると女の子がひとりにならない係である!

 ずっと前、フォシルくんが女は防犯のため固まってトイレ行けとか抜かしていたアレである。

 正直、それに関してビタイチ納得できねぇけど、現実問題として必要なので、わたしはエグマリヌ嬢の周りでちまちま存在する。そんなわけでエグマリヌ嬢は、小間使い付き従者というなんか面白ユカイな存在になっていた。

「小間使いがついてる従者っているんですか?」

「王宮勤めだと、小間使い付きの女官は普通だけどね。王族の傍仕えは貴族しか許されないから」

 ああー、王家のお姫さまは貴族夫人が世話して、その貴族夫人には平民がお仕えするって仕組みだね。

 身分社会~

 身分の高いひとは、使用人もそれなりの身分じゃねーとな。

「では伯爵令嬢の従者に、労働階級が小間使いしてるのは正しいんですね」

「ミヌレ。きみを小間使いとして扱いたくないから! きみも自分を小間使いにしないで! いいね!」

 めっちゃ圧を込めて釘刺されてしまった。

 対等な友人って関係性がいいんだろうな。

 素直に頷いた。



 わたしはエグマリヌ嬢について回り、警備のミーティングにちょろっと紛れ込む。いわゆる何食わぬ顔というやつですな。

 大聖堂内部には騎士と兵士が、勢ぞろいしていた。

 サフィールさまは、ステンドグラスの光がいちばん美しく差し込む場所に立っている。無数の光の結晶だ。神の手で造りなした王冠を被っているみたい。

 スチルで見たことある姿だけど、実物は神々しさのあまりお祈りしたくなる。

 威厳のある声で指示を出すサフィールさま。

「怪盗クワルツ・ド・ロッシュは今まで手書きの予告状だったのに対して、本日の正午に撒かれたものは銅版印刷だった。これにより騎士団本部は、模倣犯の可能性を高くみている。今までの怪盗の犯行では傷害殺人は皆無だったが、今回は強盗犯であってもおかしくない」


 大正解~~

 脳内で拍手する。


「大々的な予告状によって、賞金稼ぎや野次馬が徘徊している」

 庶民にとっては、3000エキュは魅力だもんな。

 怪盗を捕まえたら、遊んで暮らすこともできるし、商売の元手にもできる。 

「群衆に紛れて逃走する計画かもしれない。野次馬が扇動されて暴徒化する可能性もある。たとえ大衆が暴徒となっても、陽動の可能性を視野に入れ、与えられた持ち場をけして離れることのないように」  

 陽動攪乱は怪盗の手口だからなあ。

「便乗する窃盗犯が出る。敷地侵入者は、見物人であろうが拘束しておくように」

 ミーティングが終わって、騎士たちは持ち場へ向かう。

 わたしはエグマリヌ嬢に手招きされて、奥の事務室に入った。のっぺりとした白い壁に、飾り気のない机や椅子と書架。何百年前から変わらないような素朴な事務室だけど、鉱石電話はついている。

「ミヌレ。書類ができたからサインしていって」

「なんのですか?」

「予知で軍事機密を知ったから、誰にも言わないって誓約書」

「うぃ……」

「大事なところを読み上げるよ。ここからね。次に示される情報は、エクラン王国騎士団において厳格に管理されている国家機密であることを認識し、開示、漏洩、使用しないことを誓います。ここからチェックつけていって」

「うぃ」

「魔導銃の装填方法・射撃方法」

「うぃ」

「魔弾の装弾数・射程距離・耐久年数」

「うぃ」

「万が一漏洩してしまった場合、すぐに報告すること。報告先は兄になってるからね。ここにサインして」

「うぃ」

「こっちにもサイン」

「うぃい」

 わたしは延々とサインを続ける。

 未来をうっかり口から出すと、マジで大変なことになるな。

 気を付けよ。 



 

 日が落ちて、わたしたちは大聖堂職員の部屋が貸してもらえた。

 ろうそく職員や教会帳簿係が宿直するときの部屋だった。

 窓が小さくて、狭くて、寝台はひとつ。折り畳み式椅子がひとつ。寝台の下には大きな引き出しがあって、そこが使用人が眠る場所になっていた。

 殺風景だけど、わたしは髪に飾っていた黄水仙をコップに飾る。お花があると空気が違うよね。

 ドレスが後ろボタンだから、エグマリヌ嬢にドレスを脱がせてもらう。

「エグマリヌ嬢はサフィールさまの小姓になられたなら、学校はどうするんですか?」

「実はプラティーヌ殿下から、ボクが宮廷勤めしないかって要請があってね」

「マジかよ」

 プラティーヌ殿下。

 学院の監督生にして、国王の従妹。

 やんごとなきお方だけど、中身は邪悪にして陰湿。おまけにセクハラ女。

「新しい王妃さまがいらっしゃって宮廷行事が増える間、プラティーヌ殿下の学友として宮廷にこないかって言われたんだ。王族の学友に選ばれるのは、本当に名誉なことなんだよ」

 名誉な事だけど、エグマリヌ嬢は憂い顔だった。

 それゃそうだ。

 あんなセクハラ殿下の学友なんて、絶対に嫌だ。

「普通の貴族だったら光栄だからって即参内だったけど、兄はボクの気持ちを慮ってくれたんだ。まだ参内にするに未熟だからって保留にして、騎士団で見習いやらせてくれている。宮廷式の礼儀作法を学ぶって名目でね」

「そいつはラッキーでしたね」

 エグマリヌ嬢の夢は騎士だ。

 騎士団に見習いは夢の第一歩だろう。

「貴族としては殿下の申し出を受けるべきだと思うけど、個人的には受けたくないな。他の適任者がいるといいんだけど……」

 喋りながら、ドレスが脱ぎ終えた。

 エグマリヌ嬢はしわにならないように、スカートを伸ばしてハンガーにかけてくれる。

「ミヌレ。きみが上のベッドを使って」

「のんのん。押しかけたわたしが使うなんて駄目ですよ。わたしが下です。いいですね」

「ボクは夜中に行かなくちゃいけないかもしれない。ボクが気兼ねしなくていいように、ミヌレが上の寝台。その方が合理的だろ」

 合理的って説得されると、負けちゃうな。

 結局わたしは、きちんとしたマットレスの入っている寝台で眠ることになった。


 わたしは横たわり、瞼を伏せる。

 魔法空間へと降りた。







 リビングの大きなガラス窓から、お月さまが深く入り込んでいる。レモネードみたいな月明りに照らされているのは、設定資料集やアートワークブック。わたしの過去視の結晶体だ。

 クワルツさんがページを捲る。

「ここだ。予知の背景はここで間違いない」

 アートワークブックの大聖堂のページ。

 地下納骨堂の背景資料を、クワルツさんは指で押さえている。

 閉鎖されている地下納骨堂だ。

 教会信仰が強かった時代は聖別された土地に埋葬していたけど、魔術が発展して遺体による土壌汚染が常識として広まったため、王都内埋葬が禁じられた。百年前に地下納骨堂は使われなくなっている。

 ゲーム中だと闇魔術の素材を拝借するため、納骨堂に忍び込むイベントあるのだ。

 

 サフィールさまは地下納骨堂で殺される?


「宝物庫はブラフ?」

「かもしれん。賊が地下に降りて、あの騎士と鉢合わせたのか。そして賊に殺されたということか」

 サフィールさまお強いのに……

 いや、ほんと強いんだぞ。

 ステータス、初期から規格外だぞ。ウィンド開いた瞬間、物理の高さに笑ったわい。


「だが未来は変えられる。吾輩の名で殺しなど断じて許さん」


 凛とした声。

 怪盗クワルツ・ド・ロッシュの矜持と美学が漲っていて、すごく綺麗だ。 

「ただ予知した夜が、今夜なのか明日の夜なのか、判断できんな」

「予告は明日の夜ですけど、引っ掛けってことですか」

「ああ。他人の名を騙る賊に、犯罪倫理観を求めん」

 犯罪倫理観……とは…? 

「ふむ。もしあの騎士が地下に降りるなら、その前に吾輩が気絶させて、物置に縛って投げ込んでおけばいい。命は助かる」

「名誉はガタ落ちですけどね」

 騎士として、名誉を損なうのと、死ぬのと、どっちがマシかな。

 サフィールさまの価値観は窺い知れないけど、死んだ方がエグマリヌ嬢が悲しがるだろう。簀巻きにして監禁は賛成だ。

「あの騎士はなかなかの手練れと見受けたが、どうかな? 吾輩が勝てるか?」

 難しい質問しやがって……

 速度と魔術耐性はクワルツさんが群を抜いている。

 ちっちゃくてちょろちょろした敵や、嫌な魔法を使ってくるモンスターには、クワルツさんだと楽。永久回廊向き。

 物理攻撃と物理防御に限れば、サフィールさまがパーティメンバー中最強だ。

 でかくて物理が硬い敵には、サフィールさまが最適。図書迷宮にいる青銅のミノタウロスと赤銅のケンタウロスを攻略するんだったら、サフィールさまが必須なんだよねぇ。

 で、このふたりはどっちが強いんだ? 

 サフィールさまはオニクス先生に剣技だけで負けていたし、オニクス先生とクワルツさんはほぼ互角だったな。でも先生VS怪盗は、クワルツさんが古文書を抱えていたせいで、先生が全力を出せなかったんだよな。

 よし。

 オニクス先生がいちばん強いという結論に達した。

 うへへ、やっぱ先生は最強だよね。

「ミヌレくん。今、あの教師のこと考えるだろう」

「ぉふっ? なんでバレた!」

「涎が垂れてるぞ」

 わたしは口許を引き締め、ハンカチでお上品に拭いた。よし、これでどっから見てもお嬢さまだな。

「おふたりは互角でしょうか」

「ならば不意打ちだな」

 不意打ちは犯罪哲学に抵触しないんだな。

「ただ不安要因として、それにサフィールさまは魔導銃をお持ちです。えっと……」

 設定資料集の武器一覧をぺらぺら捲り、魔導銃のページを開く。

「これ、国家機密なので、誰にも言っちゃダメって誓約したんですが」

「吾輩とて予知能力がある。自分の予知で視たと証言すれば、きみに害は及ばん」

「護符にした鉛、魔弾を火属性の呪符で打ち込む魔導機械です」

 有効射程距離50メートル。

 装填速度は、熟練者ならば一分に一発程度。

 魔弾によって追加効果は違う。

「利点は魔力の無い人間にも扱えること。それから攻撃魔術だって感知できない点ですね」

 攻撃魔術とそれに類する捕縛系って、発動前から攻撃的なのだ。

 わたしはそれを金臭い感覚として捉えていた。

 だけどクワルツさんの隠れ家を狙撃された時、攻撃魔術の気配も詠唱もなかった。あれは魔導銃を騎士団に組み込んだ、実験的投与だったかもしれない。

「どのくらいの威力だ?」

「クワルツさんの隠れ家を狙撃してきたのは、魔導銃だと思うんです。ですから予知で視た状況が、威力です」

「………!」

 クワルツさんは口許を手で覆った。

 あの時視たのは、オンブルさんの死。

 親友の死の反芻したせいか、ただでさえ色素が乏しい膚が褪せていく。

「急所に当たれば一撃で死ぬ」

 クワルツさんは大きく息を吐いてから、吸って、呼吸を整えた。

「さすが名高い帝国の魔導技術。よく他国に渡してくれたな」

「最先端ってわけじゃないですし、魔導銃を譲ることによって、魔弾を買ってくれますからね」 

 コピー機を安く売って、インクを高く売る商法ですな。

 高額な機械を廉価で売って、部品代やメンテナンス代で稼ぐってのはやり口として有効だ。帝国は友好国に銃を贈って魔弾を売ることで、長いスパンで利益を得る予定なのだろう。

 そもそも魔導銃が広まったところで、魔導航空艇団を擁する帝国にとっては、さしたる脅威じゃないような気がする。帝国が西大陸の制空権を完全に握っているもの。

「情報感謝する。あとは吾輩が動く」

「お手伝いします!」

 わたしの発言に、クワルツさんは困ったように首を傾げた。

「きみが優秀な魔術師なのは知っているが、吾輩の私事にこれ以上、巻き込むのは……」

「クワルツさんは一角獣化して戻れないわたしを、助けてくれたじゃないですか! それに犯人がひょっとしたら先生かもしれないんですよ。勝手についていきますから」

「………」

 クワルツさんは腕組みして、沈思黙考のターンに入った。

 数拍後、口を開いた。

「約束してほしいのはひとつ。吾輩がもし捕まっても、絶対にしらばっくれてくれ。助けないように」

「ういうい!」

「ではミヌレくんは、出納室近くの閂を開けておいてくれ。地下墓地に入りやすい」

「ういうい!」

「怪盗ミーヌのデビューだな」

 なんや、その満面の笑みは。

「いや、お手伝いしますけど、怪盗に鞍替えする予定は一切ありませんからね」

「きみの怪盗衣装を持ってこよう」

「ジョブチェンジ推すな」

 即座に釘を刺す。

「だがミヌレくん、怪盗こそ喜悦の極み! きみも気に入るだろう」

「わたしが世界鎮護にならず、あの古くて偉大な竜のお方が起きたらどうするんです。クワルツさんも怪盗やれなくなりますよ」

「しまった!」

 いやいや、しまったじゃねえよ。


 わたしは魔術師。

 この身に纏うのは怪盗の衣装ではなく、呪符だ。 

 呪符を重いと感じることはあっても、投げ出すことはない。

 

「ふむ、致し方ない。今回変える未来は、あの騎士だけにしておくか。では失礼」

 クワルツさんはわたしの魔法空間から出ていく。

 静かになり、月が満ちるリビング。

 クワルツさん、何故かわたしのジョブチェンジを諦めないな。

 恋愛値が爆上がりしたという可能性もあるけど、なんとなく違う気がする。

 だってゲー…予知で恋愛値が上がった場合、クワルツさんの台詞の糖度が増すのだ。1000周して台詞は漏らすところなく書き起こしたからな。

 わたしを怪盗に勧誘してるのは、恋愛値じゃない気がする。

 同じ予知とライカンスロープ術使えるから、後輩でも持った気分なのかな?

 

 そんなことを考えながら、わたしも現実空間へと戻った。


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