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第十五話(後編) 破門司祭が不受理の鐘を鳴らすなら



「えーとですね、その、教区に届け出をしたら、保護者から異議申し立てありました」

 未成年だからな、わたし。

 そうか両親(顔が思い出せない)が、異議を申し立てたのか。

 当然といえば当然なんだけど、釈然としない。

「正式な婚約でなくても、簡易の宣誓は出来ますよ」

「それだと遺品を貰えないですよね」

「ええ、まあ、でも、オニクスどのが遺言をしたためれば、包括受遺者として相続できますよ。あ、でも、エクラン王国の法律だと、配偶者と嫡子以外は相続税が大きいですよ。でないと隠し子や愛人など、教会がお認めにならない関係に容易く財産が渡りますから」

「……相続税」

 それは困る。

 非常に困る。

「先生の博物標本と魔術書と調度品は、どのくらい相続税かかりますか?」

「あ、ええっと、オニクスどのの収集物は実際にお目にかかってないので、いかんとも。税金は司祭でも魔術師でもなくて、事務弁護士が処理する懸案ですし……でもオニクスどのの蔵書ですから、安くはないでしょう」

 だよな。

 実家が大金持ちのレトン監督生だって、オニクス先生の収集物には羨望の眼差しだったもの。

 相続税が払えないかもしれない。

「そもそも未成年者って、相続指定できた?」

 首を傾げるディアモンさん。

「爵位は相続できますけど、財産相続は親からでも後見相続になります。うちの城は母方の財産だったんですが、兄が成人するまでは祖父が所有してました」

「婚約していると成年擬制で、相続可能なんですけどね」

 メンドクサ。

 先生が遺書を選択しなかったのは理解できた。

 遺品の譲り先として、わたしが正式な婚約者だとスムーズに処理できる。

「親権があるから、婚約が差し止められているんですよね」

「え、ええ、まあ」

 曖昧な声を上げるテュルクワーズ猊下。

「ではわたしの親権の一時停止措置を。そのあとに婚約式なら大丈夫ですか?」

「ミヌレ・ソル=モンドさま。親権を停止するには、親として重大な瑕疵がないと………」

「わたしは日曜学校にも通うことを許されませんでした。公共教育を受けさせなかった。教育遺棄による虐待を理由に、わたしは司祭さまへ、両親の親権の一時停止を申請します」

 司祭さまは口のかたちを疑問形にしたまま固まる。

 揺らいでいた瞳の色合いが定まって、わたしをまっすぐに見据えた。

「本当に教育遺棄が……」

「その件に関しては、ボクが証言できます」

 エグマリヌ嬢が声を上げてくれた。

「ミヌレは学院にやって来た時、自分の名前くらいしか綴れなかった。ボクの備忘録に覚書があるので提出可能ですし、彼女のノートを見れば文字の上達の過程が分かります。エリオドールとサフィリーヌの第二子長女エグマリヌ・クリストー=カルケール・リコルヌが、偽りなき発言だと聖書にかけて誓います」

 さすが伯爵令嬢。  

 裁判所にそのまま出しても瑕疵のない、完璧な誓いだった。

「未成年者保護のため超法規的親権一時停止。その一時停止間に婚約。ああ……これ完全に、法の穴をくぐってますよ」

「オニクス先生と婚約できるなら、法の穴のひとつやふたつくぐりますよ!」

 システムの穴をついてるだけで、バグでもチートでもないぞ。

 だけど元司祭の賢者さまは痛みを堪えるような、困ったような、漠然とした負の感情を浮かべた。何か説教したいけど、我慢してる顔だ。

 先生曰く「七賢者のうち、五人と折り合いが悪くてな」だからな。

 カマユー猊下の反応から察するに「折り合いが悪い」ってレベルじゃねーけど、テュルクワーズ猊下とも悪いんかな。

「テュルクワーズ猊下もオニクス先生が嫌いですか?」

 わたしの質問に、一瞬、頷きかける。中途半端な頷きで硬直し、青緑の瞳を胡乱に動かした。

「ええっと……その…あなたの一途な想いで、彼も変わってくれるといいんですけどね」

 んなわけないだろ。

 半眼になって、元司祭を見上げた。


「わたしはオニクス先生に変わってほしいと思ってません」

  

 課金もファンレターも、それで公式に変わってほしいと思ってするものじゃない。

 ありのままで続いてほしいからこそだ。

 変わってほしいと願って愛しはしない。

「先生が悪辣なら、悪辣で結構です」

「ミヌレちゃん」

 ディアモンさんがわたしを制する。

 彼の表情からして、わたしはあまり口に出しちゃいけない発言をしたみたいだった。テュルクワーズ猊下は温厚なふりしているだけで、カマユー猊下みたいに恨み骨髄なんだろうか?

 だけど元司祭のテュルクワーズ猊下の瞳は、優しい青さを帯びていた。

「ミヌレ・ソル=モンドさま。神はこうおっしゃいました、ひとはいつでも悔い改めることができると。そしてひとはひとを赦すことができると」

 きれいごとだった。

 だけどテュルクワーズ猊下の眼差しは、言葉にした綺麗ごとより、はるかに綺麗だった。語る言葉より、瞳が澄んでいるひとを初めて見た気がする。わたしは反論さえ思いつきもしなかった。

「すぐに親権停止を申請しておきます。失礼します、『夢魔の女王』ミヌレ・ソル=モンドさま。あなたに神のご加護がありますように」

 テュルクワーズ猊下が去る。

 魔術師に神のご加護はないと思うけど……

 何故かエグマリヌ嬢が悲しそうな眼差しをしていた。

「どうしたんです?」

「ボク、さっき婚約式に家族呼ぼうって言って、無神経だったなって……家族関係なんて色々あるのにね」

「気に病まないで下さい」

 笑ってみせたけど、彼女の周囲には沈んだ空気が留まっている。わたしはエグマリヌ嬢の頬をつついた。

「いきなり何?」

「えくぼが出で来ないかなって思って」

 わたしの発言に、エグマリヌ嬢はぽかんとして、それから表情を緩ませた。笑顔にしては晴れやかさが足りないけど、それでもかわいい表情だ。

「いっしょにご飯の準備をしましょう」

 エグマリヌ嬢と一緒にテーブルセッティングをして、お惣菜たちをお皿に盛りつける。

 『小鳥の墓』は無かったらしく、代わりにメインは鴨のサルミだった。狩猟鳥のソテーをワイン煮にしたシチューだ。家禽より野性味と滋味が豊かだな。

「あとこれ、兄の大好物なんだ」

 添えとして、お米のグラタン。

 にんじんの照り煮や、いんげんのバター炒め、それからマッシュルームの詰め物。彩り華やかな昼食会だ。

 これだけ色んなお惣菜が売ってる王都って最先端。

 都会の恩恵を味わう。

「グラタン、美味しいですね。刻んだオリーブときのこがアクセントになっていて、いくらでも食べられそうです。サルミも狩猟肉のクセがあるのに、まったりとした風味が上品で、濃いのに食べやすい。きめ細かなねっとり感というか………」

 久しぶりのご馳走を堪能する。

 この前食べたのはサンザシの実で、その前は一角獣のクリーム煮込みだったからな。 

 やっぱり食材向きの植物やお肉って、美味しいな。

 人類が植物を品種改良したり、動物を食べられるように捌き方を試行錯誤したりした成果だからな。先人の努力に感謝。もぐもぐ。

「あそこのお惣菜屋さんのサルミって、ブランデーとフォアグラのピューレを使っているからコクが深いのよ」

「うちのシェフに食べさせたいな。うちの領地に、鴨狩りにうってつけの湖があるんだよ。これを作ってほしい」

 上流階級の話題っておもしろいなあ。

 知らん生態を聞くのが好き。幻獣とごはんいっしょに食べてるのと同じくらい楽しい。

 わたしは聞き役と美味に専念した。

「いいわね、鴨が獲れるって」

「実家でたくさん採れるので、今度、お届けしましょうか?」

「シェフがいたらぜひお願いしたところね」

「鳥の羽ぬくの、わたし好きですよ。柔らかくて楽しいです」

 村にいたときに、鳥とかウサギを捌いていた感覚を思い出す。そう、母と一緒にふたりで捌いていた。  



 ………ミヌレ、うちの蜂蜜をたくさん集めてくれる蜜蜂さんよ


 脳の奥底に、女の人の声がした。

 それから蜜蜂の群生の音。

 

 …指にね、蜂蜜をつけたら止まってくれるわ

 ……ほら、ミヌレ、おひさまに透かして

 ………おなかにいっぱい蜂蜜をためて、金色に輝いているでしょう…………


 この優しくてどこか弱々しい声は、母親のものだ。

 蜜蜂の羽音に取り囲まれた声。

 顔は思い出せないけど、間違いない。



 母は優しかったかもしれない。

 魔法空間に降りたとき、母の幻はいた。わたしの無意識が母親を恋しく思っているのか?

 テュルクワーズ猊下に、親権停止を頼んだのは間違いだっただろうか。

 手段としては合理的だったけど、倫理的には?

 断片的にしか浮かび上がらない、わたしの過去の記憶。数か月前なのに、村に居た頃が思い出せない。

 ……そもそもわたしの記憶は正しいのか。 

 多重予知発狂者だぞ、わたしは。

 わたしの記憶なんて、信じるに値するわけがない。

 オニクス先生のことがひと段落したら、村を覗いてみるべきだろう。帰りたいとは思わない……いやもうぶっちゃけ寄り付きたくないって気持ちが大きいんだけど、このまま記憶が欠落した状態って良くない気がする。 



「どうしたんだい、ミヌレ」    

 いつの間にかエグマリヌ嬢が、わたしの顔を覗き込んでいた。

 食事の手が止まって黙っているわたしを、案じてくれているみたい。

「いえ、その。親権停止がだいじょうぶかなって……」

「ミヌレちゃん。そこは大丈夫。あの方は気が弱そうに見えるけど、親権の一時停止措置がルーチンワークだった方だから素早いわよ」

「親権停止がルーチンワーク……虐待保護の担当だったんですか?」

 わたしの質問にディアモンさんは、微かに悲しそうな面持ちになった。

「チェンジリング」

 単語がひとつ落ちた。

 わたしが黙り込んでしまうと、テーブルが静けさに包まれる。エグマリヌ嬢が口を開いた。

「北の方の民間伝承だよ。我が子が妖精の仔と取り換えられてしまう御伽噺があるんだ。卵の殻でお湯を沸かすといいとか、暖炉に投げ込もうとすると正体を見せるとか……」

「獣属性の魔力暴走です」

 わたしは失礼を承知で、エグマリヌ嬢の言葉を遮って喋った。

 魔力は体外に出すのが難しい。

 逆に言えば、体のなかだったら魔力は簡単に発動してしまうのだ。

 もっとも多く発露するかたちは、闇属性。

 わたしやクワルツさんのような予知。あるいは透視や遠視、読心や探知などがいちばん多い。子供の頃に予知夢を視るなんて、珍しくもない事例だ。

 次いで獣属性。

 民間伝承にある人狼や狐の変化だ。

 それからチェンジリング。

 『妖精の取り換え仔』と呼ばれる現象。

 幼い子供が高すぎる魔力を暴走させた結果、身体の一部が獣になる。尻尾が生えたり、耳が尖がったりしてしまうのだ。

「テュルクワーズ猊下はチェンジリングとされた子供の保護と支援。そして魔力の暴走結果だと調査して、啓蒙しようと粉骨砕身なったわ。でもその姿勢は、信仰ではなく探求だと異端審問されたのよ」

 信仰の道から踏み外せば破門される。

 でも子供たちを迷信から救おうとして、破門されるなんて。

「調査結果の論文は卓越しておられた。破門されたあとは賢者連盟に引き抜かれて、今は魔術師になっておられるけど、それでもテュルクワーズ猊下は、神の慈悲と救いを信じているの。あの方は今でも信心深い方よ」

 わたしは神さまなんて、天空のティーポットほども信じてない。

 でもテュルクワーズ猊下の前で、そんなことは言わないようにしよう。

「ミヌレは予知で、まだ、助かったよね……」

 あんま慰めになってねえけど。

 だけどあの閉鎖的で平凡極まりない村でチェンジリング起こしたら、幼児のうちに処分されそうではある。学院に入れるくらい生きてこれたのは、幸運だし、幸福だ。

 今ここで親友とご馳走を食べられる幸福。

 そして明日、誰より愛している相手と婚約できる幸福。

 ひとつひとつの幸せを噛み締めて、昼食を取った。

 食事が終わり、ディアモンさんは仕立てに戻る。わたしたちはお皿洗いだ。

「胃の中の米がちょっと重いですね」

「正式な宮廷料理に出ないくらい、胃のこなれが悪いからね。お米を食べると、正餐がぜんぶ入らなくなるから」

「へえ。だから学院でも出なかったんですね。美味しいのに」

 お喋りしながらお皿を片付けた。

「ミヌレ。綴りの練習しようか」

「え?」

 なんで今更、文字の練習?

 わたし、けっこう読み書き上達したのに。

「婚約誓約書って、羊皮紙に鵞ペンでサインするんだよ。ミヌレ、羊皮紙に書いたことある?」

「な、ないです」

「誓約書の羊皮紙は上質なものだろうけど、やっぱり紙と違うから引っかかったりするよ。手袋したままだと余計に書きにくいし」


 経験者がいてくれてよかった。

 エグマリヌ嬢の指導で、羊皮紙に鵞ペンでのサインを練習する。


 ミヌレ・ソル=モンド。

 

 わたしの名前を、先生の横に綴るために。 



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