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ミニャルディーズは幸せに 8




 セラが子爵家と縁続きだと、すでに学校中に知れ渡っている。

 教師から用務員、いちばん下の下級生に至るまで噂が持ち切りだった。いや、もう周辺の屋台でも膾炙されてる。

 コランドン氏が四頭立て馬車で通うなんて愚行は、ラリマー編集長が止めてくれているはず。

 だから原因はコランドン氏じゃない。

 噂話に盛り上がる学校から、そくささと抜け出す。

 アルと並んで下校した。

 足早に向かう先はセラのアパルトマン。今日は家庭教師から授業を受けている。

「いきなり広まったね」

 ぼくらにまで興味本位の問いかけが飛ぶ。問いから逃げても視線が刺さる。ともかく居心地悪い。

 アルは思いっきり嫌そうな顔で口を開いた。

「セラだ」

「言いふらしたの?」

「そういう可愛げのない振る舞いはしねえよ。あいつ、父親を引き連れて、高級店で買いまわったとよ。好きなものを好きなだけ」

「なるほど、それは一発だね」

 うちの学校の生徒って、貴族向け商家の子が多い。

 宝石商や仕立て屋、レース専門店、造花商に香水商。楽器商や画廊。自営じゃないなら、劇場やレストランの総支配人。そういう家ばかりだ。

 高級店で豪遊すれば、校内で喧伝するに等しい。

「じゃあアルんとこのショコラ買ったの?」

 アルの家も貴族御用達のショコラ専門店だ。

 豪奢な内装に、優雅で古風な身なりの店員たち。硝子ケースに入った宝石のようなショコラを選べば、店員が銀のトングでショコラを特製の紙箱に入れて、リボンを結んでくれる。そういう庶民には手の届かないお店。

 セラの豪遊っぷりを知ってるってことは、アルの店にも訪れたんだろう。

「うちのショコラ、コランドンさんが気に入ったらしくて、定期購入の契約、結んだ」

「太客が増えて良かったね」

「うう。やっぱでかい貴族と定期結ぶと、ギルドや銀行からの扱いも良くなるってさ」

「融資とか?」

「らしい」

「アルのお姉さん夫婦が支店出したいって言ってたけど、うまくいきそうだね」

「ああ…ぅ……」

「なんで嫌な顔してるの?」

 喜ばしい話題なのに、アルの表情はまだ渋い。

 口の中に苦虫が住み着いているのかなってくらいの渋面だ。

「………このままだとセラと友達じゃなくて、取り巻きになりそうだからだよ」

 頭を抱える。

「セラのやつは別に好きじゃねぇけど、友達を辞める気はないし、取り巻きになるのは御免だ」

「なるほど」

「つーか、お前もそれ分かってるから、セラに写真館に撮りに来なくていいって釘さしたんだろ?」

「あ、うん………まあ」

 マルブル先代子爵の血縁の写真を撮る。

 ぼくの友達だからって、兄さんも姉さんもいい気分じゃない。

 だからあらかじめ一言断っておいた。

「うちは従業員も抱えてるし、俺の気分で嫌とは言いづらいんだよなぁ」

 アルのお店はうちみたいな零細じゃない。

 ショコラ職人(ショコラティエ)を抱えているし、給仕や事務員まで含めると何人いるんだろう。

「がんばるしかないな」

「なにを?」

「いろいろ……」

 アルにしては珍しくぼんやりした発言だ。

 ぼやいていると、アパルトマンが見えてきた。 





 花柄紙張り子(パピエ・マシェ)の小卓や鏡。

 装飾輝く足踏みハープ。

 そしてお姫さま度合いが跳ねあがったセラ。

 子爵家庶子になったとはいえ、セラは相変わらず自由に好きな恰好をしている。

 むしろ今まで以上に可愛らしいドレスを纏っていた。パステルブルーのドレスはどこをどうタック取ったのか複雑なラインを構築して、繊細なレースに縁どられている。

 世界で一番かわいいお姫さまじゃないと似合わない衣装が、ぴったりだった。

「豪遊真っ盛りって感じだな」

 アルの呟きは多少に嫌味を含んでいたけど、セラの微笑みは翳らなかった。

「母さまがね、甘えていいって言ってくれたんだ。父さまは頼りないけど、甘い汁………甘えるには最適だって」

 聞き捨てならない発言だったけど、セラの言い間違いか、あるいはエマイユさんの原文がほんとに甘い汁だったのか。

 生き別れの親に甘えるのが悪いとは思わないけど、なんかこう………このままでいいのかなって思う。

 ノックが響いた。

 家政婦だ。

 相変わらず眉間の皺は深いけど、身なりは以前より上等だって分かる。地味で流行遅れで、かつ真新しい上質の服はまさに貴族の使用人って感じ。

「セラドンさま。ご注文の品が届きましたわ」

「わあ! 早い! やっぱり貴族の注文は最優先だもんねぇ」

 嫌な現実だな。

 それを嬉々としている友人も少し嫌だな。見なかったふりをする。

 セラの手にあったのは、小さな包み。きれいなリボンで包装されていた。

「また高価なもん注文したのか?」

「高価と言えば高価だねぇ」

 そう嘯きながら、包装を解く。

 ブローチだ。

 白鳥の胴体はバロック真珠。銀無垢で首からくちばしを象っている。

「アル、セラ。このブローチ、可愛いでしょ。僕がデザインしたのを、父さまが宝飾職人にオーダーメイドしてくれたんだ」

「カワイイよ」

「カワイイな」

 ぼくとアルはいつもと同じように返す。

 セラは満足げに、ブローチを胸元につけた。

「理想のブローチだよ。ここ最近、ブローチだけじゃなくて、いろんな職人さんたちと打ち合わせしたけど、やっぱり一点物を作る職人って凄みが違うね」

 口調は真剣だった。 

「僕、芸術学園に進学しようかな」

「お前、さんざん行く気ないって言ってたのに」

「………想像の翼って片翼なんだね」

 くるりと一回転する。

 真珠と銀無垢の白鳥も、羽ばたくようにきらりと輝いた。

「絵画も音楽も彫刻も好きだけど、出来る事だけやってた。精一杯やっても、それってたぶん妥協なんだよ。無意識のうちに自分の技術の範囲までで妥協しちゃう。技術の翼がないと、結局、ほんとの可愛さに行き着けないんだ」

 本気で頑張るの避けてたセラが、覚悟を決めたように語る。

 傍から見てたら呆れる遊蕩だけど、セラにとっては超一流の職人や芸術との触れあいだったんだ。将来を決めるほどの。

「ペピット絵画彫刻学園。母さんも賛成してくれたよ。貴族の庶子も多いみたいだしね」

 よく芸術系の記事に登場している学園か。

 詳しくはないけど有名な学校なんだろう。

「そっか。俺はヴェヌ鉱業高等学校を目指すよ」

「え?」

「本気?」

 突然ぶちまけられた告白に、ぼくもセラもびっくりする。

 ヴェヌ鉱業高等学校。

 そこはさすがに知っている。

 エクラン王国の五大名門校のひとつだ。

 鉱山学、鉱脈の探索から採掘、選鉱、製錬に至るまでを、座学と実習で身に付ける。

 そこから結晶学、地質学、博物学で奥深く学ぶか、あるいは環境学、鉱株経済学、魔術公害学で幅広く学ぶか。兎に角そういった分野を専門にしている高等学校だ。

 格式や学力は、スフェール学院にも劣らない。

「魔力が無くて頭のいい貴族の次男三男が行かされる男子校だよねぇ。あそこ卒業しないと、鉱山長官や鉱山総監になれないから。理工学系のエリートの花形だもんねぇ」

「超難関校だよ」

 賢い貴族の子弟が努力して入る。理工の最高峰だ。

「おう。貴族でも倍率すげぇからな。受かるかどうか分かんねーけど、つーか無理っぽいけど、挑戦させてもらえる。今、理工に強い家庭教師を探してもらってんだよ」

「思い切った進路だね」

「お前だってスフェール学院へ進学するんじゃん。だったら俺だって行きたい学校、挑戦させてもらう」

 ぼくも気を引き締め直さないと。

「ふうん。じゃあさ、アルが掘った宝石を、カイが呪符にして、僕のデザインした装具を付けられるようになるかもねぇ」

 セラが頬を薔薇色にして語る。

 今、進路は別れても、大人になってまた語り合えるようになる。

 いいな、その未来(ゆめ)

 想像してみれば、頬の中が緩んできた。まるで可憐なお菓子(ミニャルディーズ)を含んだように。


  




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